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承:令嬢陥落

 世界は私に優しいものだと思っていた。


 ラングバルド王国でも有数の貴族であるアウグスト侯爵家の長女として生まれ、綺麗なドレスも高価な宝石も望めば何でも手に入った。第一王子であり王位継承権1位を持つフェルディナンド殿下の婚約者に選ばれ、将来の王妃の地位が約束されていた。殿下は私にそっけないけれど、心の中ではきっと私のことを愛してくれていると思っていた。


 歯車が狂ったのは学園に入学してからだった。

 とある平民の娘が学園の中で特に目立つ男子生徒達に近付き媚を売っているという噂が立った。噂となった男子生徒の中には貴族生徒も含まれており、平民の娘が気軽に近付いてよい存在ではない。それだけでも許し難いというのに、その娘──カテリーナは身の程も弁えずにフェルディナンド殿下の周囲にも付き纏い始めた。

 私は取り巻きを使って忌々しいカテリーナを排除しようとしたが、カテリーナは諦めずに殿下に付き纏い、最初は冷たく接していた殿下もいつの間にかカテリーナを笑顔で迎える様になっていった。


 そうして迎えた学園卒業の日、突如カテリーナに神の啓示が齎された。

 カテリーナは魔王を倒す存在──勇者として覚醒し、国家からも認められる様になった。これまで平民でありながら目立つカテリーナを冷やかな目で見ていた貴族生徒達も掌を返す様に彼女を称賛し始めた。私がカテリーナと対立していることは周知の事実であったため、彼女の評価が上がると同時に私の評価は地に墜ちた。私の周囲に居た取り巻き達は巻き添えを怖れるように私を避ける様になり、私は孤立した。

 やがてその事実を知った実家から私は呼び出され、私はアウグスト侯爵家の恥部として殿下との婚約を解消され、半ば幽閉扱いで修道院へと押し込まれた。


 冷たい石造りの狭い部屋で1人きりで過ごす毎日。

 気の狂いそうになる日々を過ごす中、他の修道女からある噂を聞いた。勇者が魔王を倒し世界が平和になったこと、そして魔王を倒した勇者は英雄としてフェルディナンド殿下との結婚を認められ王太子妃の座に就いたこと。

 私は失意の中で首に縄を──



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ーーーーーーッ!!」


 豪奢なベッドから幼い少女が悲鳴を上げて飛び起きました。薄い純白のネグリジェを纏った金髪の少女は、しかしその愛らしい顔を涙で歪めています。


「……ゆ、夢!?」


 歳相応の薄い胸元を抑えながら、荒い息を整える10歳くらいの少女。私は彼女の言葉を肯定します。


「そう、それは夢ですよ」

「だ、誰なの!?」


 ベッドの脇に置かれた椅子に腰かけながら少女に話し掛けた私に対して、少女は恐怖に歪んだ表情で誰何の声を上げました。周囲からは黒の麗人などと呼ばれる私の姿も、この状況では逆に恐怖を煽るだけでしょう。流石に翼は隠しましたが。


「そんなことは後にして下さい。

 それよりも、先程の夢の感想を聞かせて貰えますか」

「あ、あんなの……あんなことある筈ないわ!

 ただの夢よ、そうでしょう!?」


 縋る様に問うて来る少女に、私は邪悪にして妖艶な笑いを作って彼女を絶望へと突き落とします。


「確かに夢ですが『ただの夢』ではありません。

 先程見せたのは、このままいけばそうなるであろう未来の貴女の姿です」

「み、未来?

 い、いや!?」


 魔法によって見せた夢は自分自身がその場に居る様な臨場感を彼女に与えていたでしょう。

 その臨場感故に、少女は嘘だと撥ね退けることも出来ずに半狂乱に陥りつつありました。

 私はそんな少女の顎に指を這わせながら、彼女にトドメを刺します。


「そうでしょう。

 全てを奪われて孤独の中で惨めな最期を遂げる悲惨な未来、誰だってそんなのは嫌です。

 でも残念ですね、『このままいけば貴女はそうなる』のです」

「い、いやぁ……そんなのいやよ」


 絶望の中でただ涙を流すしか出来ない少女。

 そんな彼女に私は一滴の希望のしずくを落としてあげます。


「助けて欲しいですか?」

「………………え?」


 絶望に乾いた彼女の心に一滴のしずくは響き渡りました。


「このままいけば貴女に待つのは絶望の未来だけです。

 私を信じて言うことを聞くなら、その未来を回避出来る様に導いてあげましょう。

 ──もう一度聞きましょう、助けて欲しいですか?」


 私はその問い掛けと共に彼女の眼前に手を差し出します。

 少女は差し出された手をじっと見つめると、やがておずおずと手を伸ばして合わせました。


「助けて……欲しいです」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 悪役令嬢ゲット。

 え、何やってるのかって? 幼い少女を脅し弱みにつけ込んで誘惑しました。それこそまるでおとぎ話の悪い魔女や悪魔の様に。


 彼女の名前はシャルリーヌ=アウグスト、端的に言ってしまえば恋サヤのライバルキャラである悪役令嬢です。美しく才能豊かだが気位の高い彼女は、平民であるヒロインのカテリーナが貴族階級の者が親しくなることが気に入らず、婚約者である王子だけでなく他の攻略対象との間でもカテリーナの前に立ち塞がります。彼女や取り巻きの嫌がらせは苛烈を極めますが、カテリーナが勇者に覚醒すると一転して転落人生が待っています。先程シャルリーヌに魔法の夢として見せたのは前世での記憶を元に再現した彼女の末路です。多少の脚色はしましたが。


 何故私が彼女を誘惑したのか、それは彼女こそがカテリーナの勇者覚醒を止めるキーパーソンになり得るからです。


 順を追って説明しましょう。

 先日情報収集を行った結果、今がゲームによって語られていた時期よりも6年前であることが判明しました。これが分かったのは、16歳で学園に入学するシャルリーヌや王子が現在10歳だからです。


 私の目的は勇者覚醒の妨害、一番手っ取り早いのはヒロインであるカテリーナを今の段階で暗殺してしまうことです。カテリーナはシャルリーヌや王子と同い年であるため、彼女も現在10歳ということになります。いずれは勇者となる彼女も現時点ではただの幼い少女であり、赤子の手を捻る様に始末出来る筈です。

 しかし、この方法は諦めざるを得ませんでした。幼い少女を殺すなど可哀相、という気持ちも全くないわけではないのですが、諦めた理由はもっと現実的で切実でした。



 ……カテリーナが何処に居るか分かりません。



 恋サヤにおいてヒロインであるカテリーナの出自についての情報は驚くほど少ない。ゲーム内では名前と平民であることくらいしか語られなかったため探す手掛かりもそれだけとなるのですが、ラングバルド王国にカテリーナと言う名前の少女が何人居ると思いますか。これが貴族であれば母数が少ない為にまだ見つけ出せる可能性がありましたが、平民ではまず見付けることは不可能です。


 諦めた私は次善の策を採ることにしました。

 勇者覚醒はカテリーナが5人の攻略対象の好感度を上げ、逆ハーレムを築くことによって初めて行われます。それならば、カテリーナの逆ハーレム構築を阻止すれば、結果的に勇者覚醒を妨害出来ることになるでしょう。

 勿論、逆ハーレム構築=勇者覚醒と言うのはゲームでの話であり、現実となったこの世界ではそんな条件は関係無しにカテリーナが勇者覚醒する可能性はあります。しかし、その場合でも勇者パーティ候補である攻略対象とカテリーナとの関係阻害は、勇者パーティの戦力ダウンとして私にとっては有利に働きます。


 そして、カテリーナの逆ハーレム構築妨害のために私が目を付けたのがこの悪役令嬢シャルリーヌです。逆ハーレムはカテリーナの高い魅力によって作られますが、カテリーナを超える魅力的な少女が居れば攻略対象の目はそちらに向かう筈です。そして、恋サヤにおいてライバルキャラを担うシャルリーヌはカテリーナに対抗出来るだけのハイスペックな人物です。家柄は高位貴族であり本人の容姿も優れている、運動能力も高く魔法の才能もある。加えて、攻略対象である第一王子の婚約者でもあるのです。彼女の資質を幼い内から育て、唯一の欠点と言っていい性格を矯正出来れば、カテリーナを超えることも出来る筈です。


「私が貴女を誰からも愛される魅力的な女性に育ててあげましょう」

「あ……はい! お願いします!」


 さて、結界で外を誤魔化しているとはいえ、そろそろ退散すべきですね。彼女の教育も基本的には夢の中を通して行うことを考えています。遠隔地から夢に介入する為に腕輪型の魔導具をシャルリーヌに渡し、寝る時は必ず着けておく様に命じました。加えて、この魔導具は身体に負荷を与えて鍛えることも出来る優れ物です。幼い内は下手をすれば肉体の成長を阻害してしまう可能性があるためあまり多用は出来ませんが、夢を介しては出来ない身体能力の鍛錬として用いるつもりです。

 私はそれらのことを簡潔にまとめて説明すると、魔王城に帰還する為に部屋を出ようとしました。


「ま、待って下さい!」


 立ち去ろうとしたところ、後ろから慌てたシャルリーヌに呼び止められた為、足を止めて振り返ります。


「あの、お名前を教えて頂けますか」


 シャルリーヌがおずおずと尋ねてくる。そう言えば名乗っていませんでした。しかしマズイですね、名前を教えたら魔王であることがバレてしまうかも知れません。かと言って偽名を使うのはどうも好かない。仕方ない、今は誤魔化しておくとしましょうか。


「それは今は秘密にしておきましょう。

 いずれ貴女が一人前になったら私の名前を教えます。

 それまでは、私のことは師匠と呼んで下さい」

「えと、はい。 分かりました、お師匠様」

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― 新着の感想 ―
カテリーナが何処に居るか分かりません > なら攻略対象をどうにかしてもいいかと思うんだが、ダメなの? 今の内にパーティー編成を出来ないくらいにしちゃえばいいのに。 「私のことは師匠と呼んで下さい」 …
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