隠した想い
変わって見張りになったのは、アテネだった。
男3人で見張りを回すつもりだったが、人数が増える分には問題ない。
月は中天を少し西に進んだあたりで鎮座しており、相変わらずここが戦場であるという意識を薄れさせる。
昼からずっと話しかけるなムードだったアテネは、陽が沈んで落ち着いたのか、こちらがなにも言わないのに話を始めた。無論、手持ち無沙汰な俺は相槌をうって会話にする。
「…ねえ、イアン」
独り言にしては声が大きく、向いた方向も自らではなかった。
「なんだ?」
無視する理由も無く、返事をする。
「…その、エネアさんはどんな人だったの?」
もう懐かしい思い出になってしまった記憶を辿る。
「俺も2,3度言葉を交わしたくらいだからはっきりとは言えないけど、いい人だなあ、ってのが第一印象だな」
「…いい人?」
そうだった。アテネは抽象を嫌う。だから、結果的にクレルと衝突することが多々ある。それも見ていて面白いが。
「…なんて言うのかな、とにかくいい人なんだよ。上品だし、優しいし、丁寧な言葉だし、綺麗だしな。かと言ってとっつきにくいわけでもないし」
「…完璧な人?」
珍しくアテネが抽象的な言葉を使う。たまにあるが。
「うーん、完璧ってのは違う気がするな。怖いくらい一途だったし」
「リタは?」
「リタも満更でもないって感じだった。ま、なんだかんだ言っても好きだったんだろうよ。リタなりに彼女を想っていたんだろうな。エネアさんが訪ねてくれば取り敢えずつきっきりだったしな」
「この人をよろしくね」と言っていたエネアさんの姿が、急に色褪せて遠退いて行くような気がした。
「2人はどんな雰囲気だったの?」
「どうって……、なんて言うか『夫婦』だったな。なにも言わないのに意思が伝わる、って感じ」
しかし、アテネはやけに突っ込んでくる。
「…そっか」
そして黙る。アテネはそれ以降、リクヤが起きて俺と交代するまで黙ったままだった。その眼は、遥か遠くの星を眺めているようだった。