隊長、リクヤ。
いつの間にか雨は上がっていた。濡れた石畳の上を5人が進む。
からりと晴れはしないが、どんよりと垂れ下がった雲の向こうから朧げな光が路面を照らす。リタはあの後口を聞かない。アテネもなんとなく話しかけるなオーラを放っているし、もともと無口なクレルに、考え事をしだすと黙るリクヤ。なんと言うか、あれ以降、隊のみんなの向いている方角がバラバラになった感じがする。良いことではない。連携が乱れたらそこまでだし、それ以前に索敵が上手く機能しないかもしれない。リクヤはどこにに向かっているのかはわからないが、良くない予感はイアンの頭で警鐘を鳴らし続けた。
陽はとうの昔に西に沈んで、東の空から満月が昇り輝く。
蒼白い光が闇に沈む世界を照らす。
窓から差し込んだ月光が各々の疲労の色を強調する。
イアンの頬も、一日では塞がらなかった。疼くような痛みが訴えるが、それに取り合ってられないほど、疲労困憊であった。リタも座り込んでしまって、虚ろな目を外に向けている。
今日一日でどれだけ走ったのか。
明日も同じだけ動くのか、と思うとゲンナリする。
そこでふと思った。いつからこれが日常になったのか。手を伸ばせば届く平穏はいつ、どこで逃げたのだろう。そして俺はなぜそれに気づかなかったのだろう。そんな記憶は膨大な昨日に流され、埋れて今のイアンの思考回路に繋がることはなかった。
ぐるりと見回した部屋の隅に、リクヤが昼から同じ思案顔でブツブツ言っている。
独り言が急に止んだ。と思ったら、
「なあ、今日第4大隊見たか?」
ピクッと全員が反応する。
「確か参加してたはずだよな…」
見ていない気がする。勿論、全員の顔を知っているわけではない。普段、大隊同士で交流することはないからだ。しかし、見てそれと分かる印がある。腰に締めたベルトの色がそれぞれ違うのだ。第3大隊は紺色。第4大隊は確か濃緑だった。
「…でもおかしい」
クレルが突然喋った。既にリタは寝ている。その看病にアテネが就ているが、彼女には話が聞こえていないらしい。自分の世界に入ってしまっているようだ。実質3人の議論になる。
「…裏切るとしても、俺たちを始末するなら接触してくるはず。それに接触するなら怪しまれないルーナの軍服を着ているべきだ」
「…クレル、第4大隊は特別な任務でももらっていたか?」
リクヤが問う。
「…いいや、俺たちと同じ討伐任務だったはず」
偶然見かけなかっただけじゃないか-誰もが言いたいセリフだった。そう思いたかった。
「…そうか」
小さな目を大きく開いてクレルが推論を話す。だが俺は耳を塞ぎたかった。
「…戦線に参加できない理由があるんじゃないか……?」
「例えば…?」
やめてくれ。答えを聞きたくはない。しかし、聞かねばならない。そしておそらく、俺の予想は外れていない。
「…自律兵器の投入」
予想的中。
「…どうする」
様々な意味を持った問いかけがリクヤに為された。
「……どうするもこうするもねぇ。ここで退いたら、他はどうなる」
そして俺を見る。
「なぜかルーナで唯一、自律兵器に対抗できる奴がここにいるしな」
既に塞がった脇腹の傷痕が疼く。あの時の硬質な機械の目は忘れられない。
「俺たちはここで退くわけにはいかん。俺たちの肩にはルーナのその先がかかってるんだからな」
そして、自らを奮い立たせるように言った。
「…お前等の命、俺に預けてくれないか?」
この時初めて、リクヤを隊長だと思った。