Climax from the beginning
残酷な描写をご不快に思われる場合、その場面を飛ばして読むことをお勧めします。
降り続く雨は周囲を煙らせる。
かかった靄の向こうから、見慣れた建造物群が姿を現す。
大きく窪んだ地形の街。
ルーナの工業を司る北部地域の中枢都市。
それが、ハルル。
全ての物語の終着点。
俺たちがハルル付近に到着した頃には、雨は幾分か弱くなった。
ただし、ハルルの街の底に溜まった靄は一層濃くなり、視界が十分とは言えない。
所々の建物の明かりが点いている。風雨をしのげる建物が一時的な宿になっているのだろう。
イアンが療養した郊外の軍病院は、人の気配がなく銃弾や砲弾の弾痕によって朽ちかけていた。
ハルルの街が廃墟となりかけていることを改めて知った。
知らず知らずのうちに、ヒエラの事など頭から抜け落ちていた。
「行くぞ」
最終決戦にしては、えらく静かな始まりであった。
1590名の総攻撃が始まる。
広くはないハルルの街に、大勢の殺し屋が放たれる。
迎え撃つのも殺し屋。総数不明。
降る雨は時間ごとに勢いを弱め、濃い靄もゆっくりとだが晴れていく。
ガロウの守備隊の目の前に陣取る。
リクヤが手を上げる。
4人が構える。
リクヤが手を下ろす。
4人が撃つ。
ババッ。
数発の弾丸が命を終わらせる。
ほんの数瞬の命の瞬き。
走る。奔る。
重い装備に、余分な体力を削られながら、走る。
ただし、静かに。
「どこまで行くんだ」
苛立ちを隠さず声に出したリタの質問に
「…止まれ」
リクヤは行動で示す。リクヤが目線で示した先には敵影。
「引き付ける」
見えるとは言っても、まだ影だ。残念だが銃を以ってしても、射程圏外だ。
ひたひたと緊張が高まる。街に入ってから最高潮に緊張していたと思ったが、まだ張り詰める余地があるようだ。
自分たちの呼吸音や心音が敵に聞こえそうで、不安になる。
緊張のあまりか、ノイズが耳に入る。
ジャリッ、ジャリッ…。
ブーツが路面の砂地を捉えるに似た音が聞こえる。音のでどころが何処かはわからないし、考えることもできないが、今は前に集中する。
ジャリッ、ジャリッ…。
次第に大きくなるノイズ。
「後ろっ!」
アテネが叫んだ。
反射的に振り返る。
目線の先、真正面に黒い筒。
光る。爆発音。亜音速で迫る飛翔物。
マズイ!
顔を逸らす。頬に衝撃。耳元で慣れない音。
弾丸は頬を掠めて、耳元を通り過ぎた。
「クソがッ!」
リタが発砲。ババババババッ、バラまいた弾は幾つか当たったものの全てを斃すには至らない。なおも、トリガーを引いた瞬間。
バヅッ。
鈍い爆音とともに、リタの構えた銃が悲鳴を上げた。機関部が爆発し、それに伴い機関装甲が破裂。破片がリタの右眼を切り裂く。
「うお!」
リタが珍しく呻いて、代わりにクレルが発砲する。
俺は前方の敵に発砲。さっきの銃声で気づかれたため、もう潜伏の必要はない。
負傷兵を抱えて、挟撃を受ける。最悪だ。
「具合はどうだ」
アテネがリタの手当てをするのをリクヤが覗く。
「…問題ない」
手早く包帯でグルグル巻きにされたが、傷に当てられた脱脂綿は血を吸って真っ赤に染まり、包帯も染まり始めている。それだけでも悲惨だが、戦闘に関して言えば、右側の視界が制限された今、マトモにやりあえば確実に負ける。無理をするべきではない。気を失わなかっただけでも人間離れしていると思ったが、戦うつもりでいるらしい。
「無茶言うな。前に出るなよ」
リクヤが好戦的なリタの態度を一蹴しリクヤも銃撃を開始する。丁度T字路の両サイドから敵が迫る。後退すれば、二つのグループは合流するだろう。そうなれば、多数に無勢。ただでさえヤバいのに、全滅を免れない状況になる。
「ここで気張るぞ!」
リクヤが珍しく叫んだ。
「当然でしょ!」
アテネが叫び返す。
だが、銃器の性能差が大き過ぎる。こちらは、文字通り弾を「バラまく」だが、向こうは狙ったところに射ってくる。
「俺が出る!左を頼んだ!」
左側の敵は5人。右側は、アテネが減らして4人。
「馬鹿野郎!今出るな!」
リクヤが命令するが、
「このままじゃダメだ。俺がイアンを支援する」
リタが口を挟む。
「はぁ!?」
俺とリクヤがハモった。
「このままだと銃が焼け付く。そうなったらお終いだ。その前に片付ける手立てがあるならば、それに賭けるべきだ」
「…同意」
黙って撃ち続けていたクレルも口を出した。
「…行くなら早くした方がいい」
クレルは相変わらず敵を睨んでいたが、リタを支持した。
「…まったく、なんでお前らは隊長の命令に従わないんだ、畜生。行けイアン!」
リクヤに頷くと、銃をリタに預ける。今更だが、俺は銃撃が一番下手くそだ。上手い奴が撃った方がいいに決まってる。
「…眼は大丈夫だな!?」
「ああ、問題ないぜ!」
リタが間髪を容れず応えると、向こうの銃撃が止むタイミングで飛び出す。
意識が加速される。
集中力が冷たい針の様に前方を向き、世界が放射状に延びる。
50メートル足らずの道に掩体はない。敵が発砲しようとしたタイミングで、リタが支援射撃をする。いつも通りの正確性は確保できていないが、牽制としては充分だ。そして、その一瞬の時間で充分だ。
両手に持つ剣は、両刃がクロスする軌道で振り下ろされる。それを防ごうとした敵の一人は、自分の銃を掲げて構える。が、銃器が真っ二つに切れて、そのまま胸から腹までザックリ切る。肉と骨を断つ感触が伝わり、ますます、アドレナリンが分泌される。さらに世界が加速する。目を見開く残りの3人のうち、隊長格らしき人物がさすがの反応で、腰だめで銃を撃つ。だが、基本的に弾は銃口からの一直線上にしか飛ばない。つまり、
「…バカな!」
避けられる。左へのサイドステップで躱したまま、身体を左に流しながら剣を振るう。平行線を描いた二刀は、その隊長の腹を抉る。噴き出す鮮血は残りの仲間を染めて、恐怖に慄く2人を憐れみを以って首を刎ねる。不思議な感覚だった。少なくとも抵抗は感じなかった。それどころか、剣を伝わって感じる人を斬る感覚は恐ろしく甘美であった。イアンは、自分が殺人狂になったのだと、どこか他人事の様に感じた。
何かがゆっくり壊れていく。