EP.8 よーし父上貧乏だけど、今日は現ナマの力で無双しちゃうぞー 100円ショップでなぁぁぁぁぁ
どんどん狂って行く主人公と周囲と世界とサブタイ。安心して読める王道ファンタジーを目指したはずが……。これはもう次回、脈絡もなく金髪巨乳エルフの一群と、無法者しかいない冒険者ギルドを出すしかないか……。
衝撃の一言! 俺の中ではハーレム要員第一号だと思ってたのが、既に売約済だった!
俺は悲しみで一杯だった。まあ残念だし美少女とは思うがすげえ好みというわけでもないからいっかー、正直性格はアレだし、という素直な感想で己を慰めながら、控えている対サハギン戦のことに思考を注力する。今日中に、戦地となる場所を確認に行かなくては。
でも俺は悲しみで一杯だったのだ。何故かって? 彼女の乗り換え縁談、幼馴染ポイ捨て婚に関して特に感銘も受けてない、平気そうな素顔をしていると、どんどん金髪の機嫌が悪化していくのを感じたから……。
俺は頑張って痛ましそうな顔を続けた。ローレラがかなり疑わしそうな目で見てきていた。詐欺師を見る目だ。別の意味で悲しい。
さて、ゼトにお願いしてブツの売買ができないかを聞いてみると、ちょうど今日の昼前にここへ行商がくると分かった。ありがたい話だ。ここから三キロの距離はあるというサリアまで移動しての物資調達は、残り三日では時間のロスも甚だしい。
しかし、アイテムは依然として、足りていない。『お出掛けグッズ』は数少ない現代日本の残り香だ。価値の上でも、生まれ故郷との繋がりという意味でも浪費したくないし、最悪でも相応のカネに換えるか、さもなくば難しい相手との取引に使いたい。言うまでもないが、最善のケースとは自分で大事に使える場合を指す。
チュートリアルでのブツは有益は有益だが量が足りず、また種類が偏りすぎだ。ここでできる限りべべリアスク現地のブツは補充を行ないたい。
その思いは一部伝わっていたのだろうが、訝しげにゼトが聞いてきた。
「しかし失礼ながらレンジュアーリ様、売買と仰っても、剣と皮鎧以外に何か物品をお持ちなのですか。見たところ、特段カバンでさえもお持ちではないように」
「あー、それがだな」
「おお! 失念しておりました! ヨキア様もお使いだった結界袋ですな」
アイテムインベントリをどうやって誤魔化すか考えていなかった間抜けさ。必死に言い訳を探していたのに、ゼトが勝手に勘違いしてくれた。
ローレラは会話から置き去りにされるのが嫌なのか、不満顔で質問してくる。
「なんですの、それ」
「高位の結界術です。異空間を作り上げ、そこへ道具を収納する偉大なる術ですとも。中に入れた物は錆びず腐らず、保管庫としてもヨキア様がお使いでした」
「ああ、実は俺もそれを使えるんだ」
確かにゲーム版でも『スフィア』なる呼称で、結界袋なる魔術は存在した。効果は『使うとマナの最大値を食ってしまう代わりに、インベントリの収納限界数が増える』、以上。
使い勝手は正直悪かった。しかしお袋、俺がこっちに来たときに怪しまれないための工夫をゲームに凝らしまくっているな……。結界袋がこっちの世界になかったら、『べべリアスク・オンライン』にはインベントリはなく、魔法収納袋とかになっていたのだろう。
「さて、じゃ、昼前まで俺は小屋の裏で売りたい物品を整理してくるよ。行商が来たら呼んでくれ。ああ、ゼト。これを」
「こ、これは。いえ、受け取るわけには……」
「少ないが従士としての支度金だ。当然、働きに応じて今後も渡すが、ひとまず今はこれだけだ。あと、さっきの小剣もお前のものだし、荷物の中に皮鎧が余っていたと思うから、持ってくる」
ひとまず、インベントリを背中側で起動し、カネを取り出しておいた。そして中からゼトに金貨一枚と銀貨十枚を渡しておく。追加で銅貨百数枚を詰めた皮袋も。金額は考えて選んだ。俺の手持ちの残りより少な目になるようにね。
どうもこの世界の通貨は、金貨一枚=銀貨百枚=銅貨一万枚、らしい。クウォーターなる四分の一価値貨幣もあるそうだがマイナーだそうだ。金貨より上はあるのかも知れんが分からん。あとで調べよう。そして普通の平民の月収は大体銀貨二十枚とのこと。貧富の差が激しいのだから、あまり参考にならないだろうが銀貨一枚が一万円か?
お嬢が驚いていた。何でお前が驚くんだ。お前もカネ持ちだろ。
「ははっ。で、では遠慮せず頂戴いたします。かっ必ずや、ご期待に恥じぬ働きを……」
またジジイが感動して泣いていた。それより買い物の仕方を見せて欲しい。素直に受け取ってくれたからいいものの、ゼトが率先して買い物してくれないと、俺は買い物の仕方すらこの世界の流儀と合ってなかったりしても分からないのだ。
それに非武装、準備なしで還暦くらいの他人を戦闘に巻き込むとか、いくら俺が生き残りと帰還のためなら何でもやるつもりの外道寸前の男とは言え、無理だ。
俺は恥ずかしくなって、そそくさと小屋の裏手に向かった。
裏手には衝立があったので、ありがたく利用する。これから行うことはゼトにもお嬢にも見られたくはないのだ。
さて、俺がゴキブリのように移動し、犯罪者のごとく隠れたのには理由がある。俺に与えられている能力のうち、利用可否が生死を分けそうな要素について確認するためだ。
「まさか、べべリアスクにおいて『帝国の蒼き謀将 レンズ』の異名を取り、プレイヤースキルと策謀のみで立ち回っていた俺が課金を行う日がこようとはな……」
そう、オンラインゲームの華、課金である。ただでさえ死が近い立場の昨今、チートによって無双ができそうな気配があったら、俺は何にでもホイホイ手を出す予定だ。
それほど期待もしていないが。なぜなら『べべリアスク』では課金と言えるほど課金は発達していないからだ。そもそもがゲーム内の課金はバランス取り用、ゲームやり込み用措置くらいの地位だった。お袋から見れば、現代日本が絡んだ要素は、『お出掛けグッズ』を除いてこちらへ移動した俺には無用の長物となるのが見え切っていたからだろう。だから他のオンラインゲームにおいて『課金勢』と呼ばれる、リアルマネーで戦況、戦力を押す一派も『べべリアスク』にはいなかった。
具体的には『べべリアスク』の課金に、レベルアップを行えるようなアイテムやサービスパックはない。特殊な職業も、ネーミングやビジュアル面以外にメリットのあるものは存在しない。装備もアイテムも、店売りの上級下位くらいより優れたものは出ない。スキルポイントや能力値を稼げるようなアイテムはあるが、参入に出遅れたプレイヤーへバランス調整を行なう程度のメリットしか取得できない。
一言で言うと、課金はそこまでのチートでは全然ない。ただし、今の俺にはすごく助かる。とにかくレベルもアイテムもスキルも足りないのだ。ついでに兵力も。
加えて期待していたゲーム仕様が現実に塗り潰されて行く幻滅の中、様々なものを諦めた俺だが、課金を無理やり現実化して帳尻を合わせようとするとどうなるかには興味があった。
課金アイテムのコースは三つ、初心者アイテムの百円コース(間違えた能力値振りを補正する宝玉、序盤中期の装備、低レベルスキル学習書、低ランクポーション詰め合わせなど、便利なスタートブースト系のアイテムが多い。ある意味スキルポイントも稼げるアイテムもあり)、ネタアイテムの三百円コース(ペットに芸を仕込む鞭と首輪、村人などのモブキャラの能力値を高める宝玉、コスプレ装備、協賛しているスポンサーの食品、調味料、文房具など。ホントにネタが多い。お袋がスポンサー集めに苦労しタイアップ先を探しまくったせいなのか、洋風ソースだけで三社あった)、実力派の廃人たちには遠く及ばないのは当たり前であるものの、早めに上位陣に追いつくためだけなら使いでのあるプラチナアイテムの千円コース(中級上位~上級下位装備で制限が緩いもの、中盤以降にしか出ない鑑定の指輪、耐性の指輪、学習の指輪、ティム用アイテム、稀にレベル3学習書など)がある。出現アイテムは支払い単位に対し一個で中身はランダム。そして、十二個詰め合わせの十倍価格パックがある。しかし、課金要素はこれだけだ。マジにこれだけ。
おもむろにウィンドウを開く。空中に出現する画面から課金を意味する『精霊界との交信』アイコンを見つけてクリックする。うわめっちゃ中二。このノリだと信用金庫は庶民派精霊、中央銀行は精霊の元締めだ。……俺も帝国の蒼き謀将レンズについては忘れよう。
しかし、クリックに反応はない。何も起きない。再度アイコンをクリックする。何も起きない。またクリックした。何も起きない。
……駄目か。やはり駄目なのか。課金ファンタジーなど、現実離れしすぎていたのか。しかし俺は腹癒せや八つ当たりは忘れない男。しっかりとアイコンをピンポンダッシュのように連打する。そう、在りし日の少年の憧れ、かのゲーム名人であるかのように。
急に画面が切り替わり、課金三コースや十二個セットが映る画面となった。やった。やはり人間、何事もやってみるものだ。特に嫌がらせなどは重点的に。
そのままコースを選択しようとして、衝立の中に気配が発生したのを感じた。振り向かず誰何する。手元には、音もなくインベントリから飛び出す、我が愛の鈍器折り畳み式スコップ。
「何奴」
「名乗るほどの精霊ではない。つまり僕ゴレムント、よろしく」
名乗ってる名乗ってる。そしてノリがいい。意外に高い少年のような声だったことに驚きながら、噛み合わない受け答えの相手に対して振り向く。
そこには岩がいた。
正確には岩だが、ただの岩ではなく小型の生き物の形をした岩だった。ずんぐりとした胴体に、大きい頭と太い手足が四足獣のような生え方をしている。体型は簡潔に言ってカバ。ただ頭部が、人間をイメージしているのか球状をしており、目も正面に付いている。よく見ると顔だけは少年を象ったギリシャ彫刻のようだった。
さっぱり分からないが、石でできた人面カバ。すなわち敵、なのか?
「えーと、貴様はゴーレム、という奴か。おお、俺を殺しに単騎挑んでくるとは殊勝な奴。待ってろ。今すぐ正々堂々叩き砕いて素材にしてやる」
「違う。僕、土精霊。結界とミスリルの英雄様が呼んだから来た」
「それ俺のことか? 多分だが呼んでないと思うから砕かれて素材になれ」
「絶対呼んだ。さっき、僕を呼んだ。物品、イナッシ、交信。精霊の意志も無とする恐るべき強制力、英雄」
「……おい、まさかだろ!」
どうも、課金を無理やり現実化した結果、こうなったらしい。話を聞くとゴレムントと名乗るこの石の人面カバは下級の土精霊であり、この課金システムの担当として上級の精霊から急ぎここへ行くよう命じられたそうだ。俺がアイコンを連打していたとき、精霊の世界には奇妙な呼び出しの声が何度も何度もやかましく響いたとのこと。
精霊は元来が下級でさえ人間や魔物より自分たちが上位と信じる者たち。基本的にさらに上位の神に命じられるとか、巨大な力を持った個人に儀式で呼び出されるとか、個々が相手の人間を気に入ってとかでない限り、人間なんかと組まないそうだ。今回も最初は誰も来ようとしなかった。
しかし、俺のアイコンクリックを無視していたら、この世界の全ての上位精霊たちが束になってさえ勝てない恐怖の超越存在、ハルミシアがなぜか精霊界に来てしまった。カッパは怒りに顔を紅潮させた上に完全武装していたらしく、すぐに賢い精霊たちは親父の件から『次の英雄出立のときか!』と事情を察して誰かすぐに送らないと精霊界皆殺しだと悟り、慌てて担当者を選出しようとしたそうなのだが。
「揉めた。屈辱。英雄の神話の栄誉。相反」
「何でよ?」
ゴレムントは興奮するとカタコトになるらしく話が通じないが、丁寧に辛抱強く聞くと、大体意訳できた。
英雄の側付きになれると思い、最初は精霊みなが来たがったらしい。俺のコールが響いた時点で『確認が取れるまでは行く気はない! だがこんなふざけた真似ができるのは英雄じゃないか!? 俺以外の誰かが確認に行くべきだ!』と一部の者たちが騒いでいたそうだ。英雄の物語に絡むのは、ほぼ全ての精霊の憧れで、それは自然な反応だったが。しかし。
「店番。それ無理。僕。押し付け。被害」
「なるほど」
英雄の直参として、一緒に戦ったり助言を与えたりの立場は名誉だが、英雄が課金システムを使うときにブツを出すだけの役目は嫌らしい。まあ、親父の例を見るまでもなく、精霊は組むだけで戦力強化になりそうだしな。最初から英雄物語の相棒枠なのに、わざわざ脇役、いやチョイ役転落を望む奴はいないか。
結局この労役は、土精霊の中でもあまり要領のよいタイプではないゴレムントに押し付けられることになった。ちなみに久しぶりの英雄である俺の相棒役に就任する権利を巡り、精霊界は内戦中でゴレムント以外は当分人間の世界には来ないそうだ。哀れな……。
親父の先例から考えて精霊との契約を得るのはかなり難しいことなのだろう。精霊界で権利を争う戦いに勝利したところで、階級上はハルミシア直参の俺と契約を認めるかは、カッパの気分次第。俺は『プレイヤー性能』を既に英雄能力として与えられてるから、追加してもらえる見込みは薄い。
女神>英雄≧精霊の公式がたった今、完成しました。しかしひでえ世界だな精霊界は。人間界や女神界に匹敵するクソっぷりだ。
「しかし何で候補が土精霊一択なんだ? アイテム交換なんて特に縛りはないだろ?」
「女神様の鶴の一声。道具=ドワーフとか器用な種族=土、のイメージで決めたらしい」
「なんと安直な。ま、まあいいや、ひとまず課金と行こう」
さらにヒドイ奴がいたので俺は安心した。精霊たちは最悪な奴らじゃなかったんだ。そしてカッパよお前それでいいのか?
とにもかくにも、まずは全てのコースを試そうと思う。ゴレムントが承知したように手を振ると、地べたから膝の高さまで土が隆起した。そして土は、再度沈んで行き、残った部分は野球の硬球程度の大きさの丸い石が詰まった箱になった。それが三つ。断ってから試しに石を持ち上げると、どれも同じ重さだった。
精霊により、砕いて開けるまでは各品みな同一の外見になるよう揃えている。大きさ重さ手触りで区別はできない、そうはっきり断言された。また、修練場と同一の出現内容、出現確率で含まれていることも間違いないとのこと。
これは本式の、ガチャの予感。搾取の土石流が、べべリアスクに荒れ狂う。俺こういうの大好き。
俺はべべリアスクの銅貨と銀貨を出して石のカバに握らせようとした。チュートリアルの殺戮劇で稼いだ由緒卑しいおカネだ。
しかしカバは静かに首を横に振ると、そっと銀貨、銅貨を押し返してきた。
「べべリアスク大陸の通貨は駄目だ。受け取れないし、換えてあげられない」
「あ、そうか……」
今頃気が付いた。『課金』システムは『リアル』マネーだ。つまり、日本や最悪アメリカやらの『俺の出自の世界の』貨幣でないと駄目なのだ。
俺は慌てて、インベントリの中から財布と、『異世界お出掛けグッズ』の隠し通貨コーナーを洗った。
「おっ、おっ、おおおぅー! ああううあおぉぉ!」
「英雄様喜ぶ。僕もうれしい。イナッシ貨幣もらえる。僕うれしい」
俺は別に狂ってはいない。歓喜の中にいるだけだ。百円、三百円、千円コースを試しに一回ずつやってみた結果、かなりの当たりが出たのだ。これは、とりあえず節約を兼ね、十二個セットコースを何回かやらなければ。
アイテム、アイテムを稼ぐぞ! 稼ぐぞ俺は!
手元にある日本円の残金は十四万と少しといったところだった。俺の財布の中には二万円ちょっと、お出掛けグッズ一つに付きそれぞれ五万円が各種の硬貨紙幣に分けて入っていた。
あとは親父が出立前に捻じ込んだ手紙に二万円と、それぞれ俺の誕生日前日に銀行の悪いレートで慌てて仕入れたのだろう、両替時の引換票が挟まれた数万円分の米ドルやユーロやアジア諸国通貨。親父、気持ちはありがたいがアンタは何と戦っていたのか。
とにかくこの課金システムを俺はコースにもよるが、あと数百回利用できる! 確かめてないが、外貨も使えるならもっと! チートや、チート! 俺はこの世界に勝った!
ちなみに出たのは百円コースが『生命/マナポーション(下級)×5 詰め合わせセット』、三百円コースが『飛躍の宝玉』、千円コースが『鑑定の指輪』だった。
どれもこれも、現状ではありがたすぎるアイテムだった。
「イナッシ通貨、万歳」
「そんなに貴重なのか? 俺の世界の通貨って」
「イナッシ貨幣が手に入るって知ったら、精霊はみんなこの仕事やりたがる。小さい貨幣でも、高価値。価値低いものさえ、数あれば威張れる。僕の取り分、取引のうち半分。英雄様に会えるだけで名誉。そして実利大」
「ほほう」
どうも、異界のブツの中で貨幣は精霊界での貴重品らしい。元々その価値があったから、交換する物品は精霊に出させるという発想をハルミシアがしたのか。そう考えると普通にカッパがすごい神に思えてきた。あるいは不足分は女神の力から詰めているのかも知れないが。ひとまず確認するところまでしよう。
俺は一ドル紙幣を一枚差出し、質問する。
「例えばこれだが、イナッシ製は間違いないが、俺が住んでいた国のものではない。他国の通貨っていけるのか?」
「んー。使用可能。ただし確認時間を要する」
「確認?」
「レート。果たしていくらの価値か。指標。価値不足分、申し訳ないが、切捨て。貨幣温存か使用して残余を諦めることを推奨」
「なるほど。物々交換は?」
「難しい。基本不可。単純物品、異界製でも低価値。金券他、『イナッシでの』換金性が高いものは僕が精霊界に申請する。結果はその裁定による。正直、運も大きい」
「おお。お釣りは?」
「出ない。そもそも僕、所有しておらず。他の精霊、所有するも出さず。価値超過分、申し訳ないが、切捨て。高額紙幣、権利使い切りを推奨」
こいつ、喋りや要領に問題があるだけで、頭は悪くないな。さすがは貧弱でも上位存在だ。そして意外に柔軟で公平な対応。オーバー分、ショート分を切り捨てるのは正直あまりありがたい話ではないが、見事なものだ。
しかも、ゴレムントは『日本円での価値のとおり』精霊界でも価値があるとは言っていない。ひょっとしたら精霊には一円玉や百タイバーツが最高価値なのかもしれないのだ。なのにあくまで俺の課金に関する能力は『日本円での価値に従って』アイテムと交換する権利を取得したものと理解している。
意外に優秀なのかもしれない。
「さて、最後の質問だ。終わり次第、本気の本気で交換開始だ。……このアイテム群がどこから来たのか知ってるか?」
「精霊界に落ちているもので過半の説明がつく。精霊界では無価値。持ち出し許可承認済み。しかし英雄様は喜ぶ」
「お前らから見て価値のあるものも景品の中にはあるだろうが。その、イナッシ製のものも」
「価値あるものは、少数。あったとしても、精霊界の宝物庫から持ち出される。イナッシ貨幣、交換対象として十分。また精霊界、価値なき異界の物品も、多少落ちてる。イナッシ物品大半が低価値。ただ無許可の越境が重罪ゆえ、量が出回らず、精霊と契り得る者多くなく、人間見ること少ない」
「この世界に、存在が、自然にはあり得ないようなものは……」
「ごく少数。加えて女神様の領分。物品を作り上げてでも、確実に契約は履行される。神には児戯」
もう憂いはない。行こうか。諭吉先生。
結果だけ言うとすげえ儲かった。いや、日本円のリアルマネーは残り八万円強だし(外貨は温存した)、そんなに得な取引とも言えないのかも知れないが、現状で俺ができるアイテム取得方法としては最大最高の結果となった。
「この成果はゴレムントのおかげでもあるような気がする。いや、単純に正当な取引なのだが、ちゃんとまともな交渉をやってくれるような上位存在に他に心当たりないしな」
「英雄様の過分のお褒め。照れる。羞恥。天狗」
人面カバがいやいやと体をくねらせるのを見るのは悪夢だ。俺は学んだ。口には出せないが、かなりキモい。
森林マラソンのダメージから回復したはずが、吐き気がぶり返してくる中、俺は二つのことを考えていた。
この世界に俺以外の世界移動者はいないのだろうか? あるいはいなかったのだろうか。カッパとハルフィネン一派以外にはできないのかも知れないが、越境の歴史がある限り、他にもいるはずだ。そいつらの遺品や紛れ込んだ異物としての貨幣などはあり得るように思う。
ひとまず言質だけでも取りたい。ゴレムントの公平さに期待だ。
「イナッシの貨幣がこの世界のどこかにまだ落ちてる可能性があるよな? それを集めてきた場合、交換の対象として認めてくれるか?」
「いいよ。ただし窃盗、強奪によるものは推奨しない。悪質ならば貨幣のみ回収し交換は認めない。極めて悪質なら、交換の権利そのものを英雄様から剥奪する」
あら、あっさり。そして警告も道徳的。おじさんゴレムントが可愛く思えてきちゃった。
ついでももう一つ、考えていたこと。ボケーとした顔ながら、そわそわと迷う足腰から考えてそろそろ帰ったほうがいいのかと悩んでいそうなゴレムントに提案する。
低確率ではあるが、危険が確実にある提案を。
「課金の時間以外は、お前は精霊界に戻らなきゃならない理由って、あるか?」
「ない。ただし人や魔の世界に留まる理由はさらにない」
「現在、精霊界は内戦中と聞いた。正式な俺付きの精霊なんて、当分本決まりにはならないだろう。どうだろう。それまでの間、俺と一緒に戦ってくれないだろうか」
「僕が英雄様と契約することは、認められていない。……しかし、禁じられてもいない。困惑、混乱、栄誉、ただし不安」
これは賭けだった。俺とゼトだけでは統制の取れた四百のサハギン討滅戦など、確実に実現不可能だ。加えてサリアの戦力など、どこまで当て込んでいいかも未知数。新従士団は、つまり俺は、今すぐ即戦力を要している。下級とはいえ精霊が味方に付いてくれるのは、天佑といっていいレベルの戦力テコ入れだ。
上位存在である精霊相手に無理な相談かもしれない。しかし状況は人員、アイテムと若干良くなりつつあるだけで、いまだに奇跡抜きには勝算すらないほどの窮地だろう。可能性があるなら、俺は賭けざるを得なかった。
今の内にゴレムントの戦功を実績として残していたら、遠い未来にハルミシアから気の狂った精霊が送り付けられてくるのを防げるかもしれないし。勘だがコイツより性格がマシな上位存在はいない気がする。ああ、常識的だからアホ揃いの精霊界で疎んじられているのか……。
俺は外貨の内、数があるため被っていて使用する機会もまずないだろう、五万ウォン紙幣や千フィリピンペソ紙幣や十万インドネシアルピア(親父なぜこんなもん仕入れた。異世界はバリ島旅行じゃねえだろ)を何枚かずつ差し出した。無論カバが求めるなら、円でもユーロでもポンドでも出すつもりだった。
ゴレムントは無表情ながら目を紙幣から逸らさない。悩んでいるのは俺でさえ簡単に見て取れた。
「いやいや、もちろん、本契約はしない。あくまで正規の精霊の契約とは形を異とする、仮契約ということで」
ここでダメ押し。熱意が伝わったのか、イナッシの紙幣の魅力に負けたか、それとも空気読んでくれたのか。カバの精霊はそっと短く太い手を伸ばし、恭しく数枚の紙幣を受け取った。
「……了解した。僕は今より一時的に英雄様の指揮下に入る。ただし、指揮権の掟をここに定める。与えられた紙幣の価値から参戦回数は残り四戦とする。また、英雄様が正規の精霊を取得された際には、この権利を消滅したものとする。申し訳ないが、残余権利分の払い戻しはできない。予定する希望参戦回数以上の支払は、行なわないことを推奨」
「今後追加で払って、さらに参戦してもらう権利を得る分にはいいのね?」
「構わない。ただしやはり正規の精霊を……」
「分かった分かった、正規の精霊到着後、お前へ支払済の分の権利は消滅するんだろ」
「そのとおり」
「それでいいよ。ありがとう……協力、してもらえるか駄目元だったから、嬉しいぜ。今日からよろしくな。ゴレムント」
「よろしく願う。実は僕も嬉しい」
マジで嬉しい。俺の心象風景では、無理やろ無理やろせやかて結局無理なんやろと、関西人が夜の梅田で酔っ払いながら絶叫していたのだ。藁にもすがる気持ちだったが、意外な快諾。生き残りが、見えてきた。
「あと、頼みが二つある。一つ、人前で活動する際には、人間か動物、あるいは精霊でもいいが、周りが驚かないような形に化けておいてもらえないだろうか。もう一つは、俺を呼ぶときはレンジュアーリで頼む。さすがに英雄様は……」
「”恥ずかしい”、両方とも了解した。レンジュアーリ様」
それだけ言い残すと、ゴレムントは形を変えた。全身を鱗で覆われた、小さな、石でできた、生物に。この生物は何?
俺は驚かせるなって言ったよね? 動物なら犬とか猫とかさ。突然喋る怪生物が従士団に増えたら、お前どう思うよ?
「これはアルマジロか……だが我が戦友になったはずの精霊ゴレムントよ、お前はなぜ精霊を捨てアルマジロになってしまったのだ……」
「我が英雄レンジュアーリ様、形相は正解。しかし理由は開示不可。行商人が来たら戻る」
ゴレムント、いやアルマジロはもう俺の質問に答える気はなくなったようで、そのまま体を丸め完全防御の構えを取ると、勢いよく森の方へ転がっていった。おい、狭いサリア、そんなに急いでどこへ行く気だ。いや、ホントどこへ行く気なのだ、親父とお前は。もしかしてバリ島か。
帰ってきてよ。
作者はこの小説に関しては、友達にたまに投稿前に内容を見てもらいます。今回はなぜか絶賛ぶち切れた電話がかかってきていて、怖いです。やはり彼の過去をモデルにした帝国の蒼き謀将レンズがいけなかったのか……。