EP.6 今日は美少女と一緒です 俺を嫌ってますが あれなんでナイフ出すの
遅くてすみません。主人公冷静な慎重派だと思ってましたがただのアホでした。ただし、私のキャラクターデータノートを見る限り、初期路線どおりなのです。なぜだ。
「来たくなかったが、とうとう本番が来てしまったか……せめて命を大事にしたい。取り合えず使えるものは全部使いつつ、テストも兼ねて慎重に行こう……」
ぼやきながら、俺は閉じた瞼に当たる光が強くなったのを感じた。視界の色が切り替わったということは、世界を越えたのだろう。
ハルミシアの力でべべリアスクに降り立ったのだ。
「最低限のレベリングはできているが、引き続きできそうなら続行する。あと他に三日で可能だとしたらシステム、アイテム、スキル、戦場、敵の確認くらいだな……っておおっ」
瞼を開いたとき、まず俺の目に映った風景は木漏れ日の差す森だった。林道は整備が行き届いていないのか、一部雑草に覆われ始め、木々もかなりモンスターか獣によって傷を刻まれていたが、それでも静かで心地よく、温暖な空気と雰囲気。近くからスズメのような鳥の歌とせせらぎが聞こえてくる。木漏れ日を腕に当てると季節は春なのか、汗が出ない程度に優しく服が温度を上げた。
清冽な世界。本当に、幻想の国へ、来てしまったようだ。
「素晴らしい……これでこそ異世界。これでこそ冒険譚。実は異世界に憧れがないわけではなかった。不本意ながらカッパ直属の英雄とかにまでなってやって来た甲斐があったというものだぜ……早速港町で海を見ながら名物料理を食べよう。そして港町美人と仲良くなるんだ。彼女が良家の子女なら、内政無双もしたい。そして忠実な奴隷を買う。チーレムに理解がある娘だといいな」
俺は一瞬、任務とか全部忘れていた。完璧にこの世界を観光する気分だった。忘れなかったのはチーレムと家族のことくらいだった。
「約束の刻は来たぞ……べべリアスクよ……歓迎の声を上げるがいい! 帰還を遂げたのだからな! 女神に選ばれし英雄であるこの俺が! ……あれ? 住んでたのは俺じゃなくてご先祖様だし、この世界で戦ったことあるのは親父とお袋だから、帰還じゃなくて来訪か? まあいいや」
調子に乗って中二病全開の大声を出してしまったせいか、森中で小動物が逃げ惑う気配がする。
これこれ森のリスさんたちや、俺は危険な男じゃないよ。そう、モンスターや猛獣や魔王軍以外にはな。あと俺の命や金を狙ってくる人間も。
他の奴は楽に死なせてやるが、悪意ある人間については別だ。一罰百戒の為にもできるだけ惨たらしく殺す予定にしている。そう、急所という急所を外した上で、切れ味の悪い刃物で滅多刺しにするとかして。
あれ、客観的には俺って結構危険な男か?
そこまで考えていたとき、無情にも視界が点滅し始めた。注意を引こうと光っているのは、システムウィンドウのアイコン。よく見るとクエスト欄が、絶賛アラート発信中だった。
クエストの達成期限が迫っているせいだ。ようやっと俺は正気を取り戻し焦った。マップにろくでもないものが映っていたから。
「やべえ! 急がねえとチーレムどころか世界が破滅してまう! この際、郷土料理と港町美人は後回しだ!」
「はっ。はっ。はっ。はっ。はッ! はッ! はッ! はッ! はッ! は、うええええ気持ち悪ぃ。自分で自分の息が臭ぇ」
俺はレザーアーマーを装備し鋼の剣(-1)を背負った上で、森の中を全力マラソンしていた。片目は常にシステム内のローカルマップ(森)を参照しながら。息は上がり、自分の内臓の酸臭がしている。
別に罰ゲームを実施中なわけではない。汗だくになりながら、悪路に転びそうでも。虫が寄ってきて、藪に肌を引っ掛けようとも。
これはハルミシアとの交渉の成果である。俺は幸運だ。
「ぅぅぅやべえゲロが口と鼻の穴からレーザーのごとく放出されそうだ……今ならゲロを水圧カッターとして放ち、鋼の剣を両断する自信がある」
俺は幸運だ。例え食事を戻しそうでも。なぜなら質問には満足な回答を貰えたし、ささやかな願いは叶ったのだから。
それにこんな軍人がやりそうなマラソンに肉体が耐えている。
質問は一つ。『一つの因果の狂いを越えたとき、次の戦いに能力やアイテムを持ち越せるのか』、これの答えはイエスだった。
願いは『かつての父母の仲間であった者たち、英雄の従士団がどこにいるのか教えて頂きたい』。
そして『サリアの町の近くに旧従士団がいるなら、その中で一番友好的な者のところに私を送って頂きたい』。
ハルミシアはかつての英雄の部下ということで、旧従士団の生死や居所を教えるのはやぶさかではないようだったが、転送先については難色を示された。
どうも速攻で決戦のフィールドへ送ってくれるつもりだったらしい。
すげえ大きなお世話だ。異世界降臨したのち十分以内に死ぬじゃねーか。コイツ戦術とか戦略という言葉を知らないのだろうか。それ以前に準備とか対策とかもっと日常的な言葉も知らなさそうだ。
新人勇者を研修もせずサハギンの住居に即案内してくれるなんて、ありがた過ぎて涙を通り越し涙腺が飛び出そうだ。
俺だってもう少し命を重んじて生きていきたい。特に自分の命を。
とにかく開戦前に準備したいこと、英雄として最低限の身支度も不足ではあまりにもまずいことを伝え、ひとまず願いへの了解を得た。
その結果、親父たちに前大戦で付き従った英雄の従士団『ハルミス』に所属していた者の居場所がマップ上のマーカーで示されるようになり、その上、旧メンバーの一人が住まう近くの森へ送ってもらえたのだ(サハギン関連の町の近くにいるかは運だったが)。
今は一番近い距離にあるマーカーへと走っている。
何も俺は考えなしにチーレムチーレム叫んでいたわけではない。現実的に異世界人なんて生き物が生き残るには、どれほどのチートがあろうとも味方がいなければ望み薄、だと思っていただけだ。
だって身分証明はどうするのだ。買い物や寝る所は。背中に目があるわけでもないのに集団戦はどうする。
ゲームでやっていたような宿と狩り場の一人往復が、自分に続けられるとは思えない。いつかモンスターに殺されるか、悪意ある人間に食い物にされるだろう。
できれば自分を信じて守ってくれる、最低限意見だけでも聞いてくれる(この程度でも現実、チートがなければ普通の人間には高望みだろう。余所者なのだから)人間がいなければ、生存もおぼつかない。
それこそ、チーレムでもない限り、異世界人の子供など安全が保障されるわけがない。人生というゲームをソロプレイする勇者には生存率の観点からなりたくないのだ。
そう、俺は親父とお袋のかつての部下を、この世界での配下に組み込むつもりだ。コミュ障と呼ぶほどでもないが、変人一歩手前の人生を送ってきた俺が、この似非中世世界で浮かないわけがない! そして鬱展開系の中世騎士物語を読む限り、中世社会が変わり者に甘いとは思えない! 今から既に、俺が周囲から向けられる悪意については事前予約してしまっている状態だろう。
ましてや俺は異世界人、そして子供である。俺を教育し、庇護し、導く者が必要だ。と言うか居ないと詰む。このあたり奴隷は不安だ。リアル奴隷に俺自身が死や戦闘を命じられるかどうかも未知数だ。そもそもべべリアスクは奴隷制度こそあったが、現実に俺が利用できるのかは知らん!
また、ゲームと比べて一部未知数となってしまったシステム、アイテム、スキルしかない俺が、『百の因果』に立ち向かえるとは思えない! 特に序盤戦!
俺なんぞ、今までの異世界対策人生という意味でも、『べべリアスク・オンライン』の知識という点でも、所詮は半養殖英雄である。物語に出てくる、神に選ばれた勇者のような絶対的な強さはない。
だから急遽、必要になった戦力をかき集めるため足掻いているのだ。それも育成可能な、将来有望な戦力ではない。今必要なのは即戦力。
今欲しいんだよね、中年以上の力。
現在の問題と言えば、生存しているメンバーが今日この日に死なないとは限らない、という点か。叫びを上げる。
「俺の異世界ガイドよ! 俺の兵よ! 俺の庇護者、俺の壁、俺の丸投げ要員よ! 異世界めぐりは無情が常よ、死んでくれるなおやっさん!」
マップでは、旧『ハルミス』メンバーのマーカーが青く点滅しており、黄色の中立マーカーと並んで、赤い敵マーカーに包囲されていた。
何で速攻包囲されてんの? これ、俺が遅れたら下手せんでも死なね?
「魔物に襲われた旅の方々とお見受けする! このレンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレラインが助力するゆえ、しばし持ち堪えられよ!」
目的地へ到達して、俺はすぐに全てを察した。主にローカルマップの力で。ここは低レベルな薬草の群生地で、薬草集めを行っている住民が襲撃されている模様。
なぜ旧従士団が薬草を集めているのかは知らんが、こういうのは第一印象が大事だ! 俺は武装した亜人系モンスターに包囲されている二人の人間をチラ見したあとすぐに名乗りを上げて、敵であるハイゴブリン(レベル9)×8の群れに突っ込んだ。
襲われていたのは老人と少女。手足が短い頑強そうな老人と、一目でお嬢様と分かる可憐な金髪の美少女。老人はこん棒で、少女はナイフを手にして青い顔をしている。どうもあんな貧弱な武器でモンスターを牽制していたらしい。
これは……多分だがテンプレ的な主従だ。なんとも味わい深い。
彼女にはハイゴブリン皆殺し完了のタイミングで是非とも俺に惚れて欲しい。そして片方の老人こそ多分、旧『ハルミス』だから、主従セットで俺についてきて欲しい。
第一庇護者(俺の)発見!
この世界のチーレムが今、始まる。
俺の冷静な思考を、敵が断ち切った。
ギィッギィィィー! とどうしようもなく生理的嫌悪感の湧き上がって来る叫び声を上げながら、ハイゴブリンたちは標的をこちらに変えた。武器も鋼の小剣か短剣で、結構悪くない。
あれこいつら俺と大してレベル変わらない? と言うか、人間基準じゃかなりの強者たちじゃね? しまった、初チュートリアルのときと同様、調子に乗りすぎたか……。
などと言うとでも思ったか! バカどもめが! 俺は失敗に関しては改良こそするが、反省はしないんだよ!
俺は鋼の剣(-1)×1と木のバックラー×2を、インベントリを利用することで二人が簡単に拾え、怪我をしないで済む位置に敵を素通りする形で転がす。助け出すまでは何とかこれを使って凌いで欲しい。
チュートリアルによる殺戮訓練は俺にかなり戦闘に関する機転を与え、そして殺傷への忌避感を奪っていたようだった。体が勝手に動く。
「なぜ、ジュアン、カーリ、様……」
「ジュッ、ジュアンカーリって、あの方がですの! まだ子供にしか見えませんが、ちょっとゼト様!」
どうも美少女と老人が何か言いながら動揺しているみたいだが、何とか武器を拾い上げたので動けてはいるようだ。老人が剣に武器を持ち替え、リーチのあるこん棒を少女が借りる。
ハイゴブリンもまだまだ動揺しているようだから問題ない。俺も動揺してなくはないんだが、それはもうしょうがない。
老人たちを襲おうとしているのは二匹。残り六匹が俺を包囲し、じりじりと迫ってくる。
こいつらは俺の背中から鋼の剣が消え、武器がなくなったと勘違いしているだろう。だから。
迷わず、無手のまま一番近い敵に飛び込み、焦って武器を振りかぶってきた相手の腕が伸び切ったところを、片手で掴んで押さえつつ、
「なかなか鍛えたものだなぁ名もなきゴブリンよ。さて死ぬがいい」
残った片手でインベントリから組立完了した折り畳み式スコップを引き抜いて、飛び込む勢いを殺さず思い切り払い抜く。ジャグ、という一つの音とともに一閃がハイゴブリンの首を切断した。
二つ。腕を押さえていた奴とは別の、慌てて仲間を助けようと駆け寄ってきていたハイゴブリンも含めて二つ。
「えっ」
老人も、美少女も、ハイゴブリン残り六匹も唖然としていた。ついでに俺も呆然としてしまった。
何じゃこれ。同レベル帯の屈強な人型モンスターの首が、一撃で二つまとめて飛んだ。スキル補正のせいか? 多分だが同じ真似は、村の力自慢とか剣術自慢じゃ、無理だ。
強すぎるだろ! ……これ、強すぎるだろ! 目立ちすぎるだろ!
これはまずい。このまま二人に庇護者になってもらえないなかったら、異世界での俺の破滅は近いとしか思えない。老人と少女を力を込めて見据える。二人ともまだぼんやりしていた。スコップを天にかざし二人に呼びかける。
「このレンジュアーリ、ここに誓おう! 二人とも、こんなところで死なせはしない!」
主に俺のために。かなり強引に流れを変えたが、そこまで不自然とは感じなかったらしく二人は勇気付けられたようだった。ちゃんと翻訳の魔法のようなものが機能しているようで、意思疎通にも問題なさそうだ。
そのままハイゴブリンが持ち直す前にスコップを肩に担ぎ、俺は敵へと突撃した。狼狽する敵手はみな、手は戦おうとし、腰は逃げようとしており、足は固まる惨めな動き。
心技体、バラバラの盆踊りだ。それではこの一撃を受けられはしない。何の工夫もなくただ恐怖で繰り出された短剣の突きを掻い潜り、小剣の振り下ろしを払い除け、自分に向かってきていた四匹の中央に滑り込む。その一瞬前に武器を投げてきた奴もいたが、短剣は当たったはずの背には刺さらず、そのままぽとりと地べたに落ちた。戦闘前から掛けておいた『スキンガード』のおかげだ。
俺はそのまま――先ほどと同様にスコップを振り抜く、今度は全身ごと回転しながら、両手持ちで。
今度は、鋼と肉が立てた音は二つだった。飛んだ首は、四つ。俺が回転した体を止めてスコップの血を払ったとき、俺を狙っていた者は、例外ない死を迎えていた。首を失った死体が四つ、密生する薬草の上に転がった。
仲間のあっけない死に、完全に残った二匹は恐慌を起こし、慌てて武器を捨てて逃げようとするが、それはさせない。仲間がいたら厄介すぎる。
土魔術、発動。
「フィード!」
逃走者たちの足元の土に異変が巻き起こる。そう、栽培に、農耕に、食糧生産に向く養分豊かな、柔らかく良い土になったのだ。
空気と攪拌され、地下五メートルまでが。
ギィッと驚愕の鳴き声を上げながら、二匹はいきなり自重で首まで土に埋まった。土は本当に柔らかかったようだ。落とし穴レベルになるほど。
俺はおもむろに二匹に近づき、ゴブリン草とでも呼ぶべき状態に陥った両者の首を、思い切り力を込めて収穫してやった。スコップで。
殲滅、完了した。これでしばらくは安全だ。
俺はまだ固まっている老人と美少女に声をかけることにした。
「大丈夫か?」
ビクッ、と二人の肩が跳ね上がる。そうだよね。ドン引きだよね。立場が逆だったら、俺も逃げると思う。
しょうがない。怯えきっている二人が落ち着いた反応を見せるまで待つことにした。
この力自体は異常かも知れないが、起きている現象に異常なところは実はない。手品ならちゃんとタネはある。
無論、これはハルミシアに送ってもらう前にやっておいたスキルポイント振りの成果であった。
ちなみに現在の俺のスキルとスキルレベルはこれです。
・刀剣 :レベル0/2
・鈍器 :レベル4/4 ←NEW!
・格闘 :レベル1/3
・捕縛 :レベル5/5 ←NEW!
・結界術:レベル5/5 ←NEW!
・土魔術:レベル5/5 ←NEW!
・軽装備:レベル4/4 ←NEW!
・隠密 :レベル5/5 ←NEW!
・精錬 :レベル5/5 ←NEW!
・鑑定 :レベル1/2
・演奏 :レベル0/2
・料理 :レベル1/4
・裁縫 :レベル0/2
・野営 :レベル1/3
・開錠 :レベル0/1
・弁舌 :レベル1/4
・英雄性:レベル0/5
スキルを絞っての熟練度向上。おかげさまでかなり俺は強くなっていた。
確認した限りでは俺の持ちうるスキルの中では、『素質が生まれつき高いものは、向上、取得にあまりポイントを食わない』(英雄性とやらは除く)。素質が元々レベル5のものは目的レベル×1ポイント、元々レベル4のものは目的レベル×5ポイントしか消費しないことが分かった。逆に素質のないもの、一例として元々レベル3のものは目的レベル×10~15ポイント、元々レベル2なら目的レベル×20~30ポイント消費するようになってしまったが。
その現象を利用して、割と凡庸な振り方だが安易に成長させてもらった。これで元々レベル5で開始時0のもの三つ、元々レベル5で開始時1のもの二つ、元々レベル4で開始時0のものと開始時1のもの一つずつ上げられるまで上げた。
いまのところ15×3+14×2+50+45で計168の消費、残ポイント661だ。
料理や弁舌などあったら便利そうなスキルを取ってない理由は、ただの節約。欲しいしいつか必要だろうが、目先の危険に怯えて取れないだけだ。ついでに鑑定も。まあこれは元々レベル2で開始時1であり、レベル2取得に60ポイントを消費することになるが、どう考えても最重要能力のため、近々取らざるを得ないだろう。
以上のスキル熟練度取得によって、俺は各種の補正を得た。現在、結界術と土魔術については、純べべリアスク人のトップランカーの奥義と恐らく初期魔法で渡り合える状態だ。
隠密と捕縛と精錬についても同様。また、鈍器と軽装備によってそれぞれ武器防具がスキルと合っている状態に限り、鈍器からは常時の攻撃補正と武器防御状態での防御補正、軽装備からは常時防御補正と回避補正を受けられるようになっている。レベルや能力値が遥か上の相手にも通常攻撃でさえ普通に通り、防御面では同レベル帯より上の敵に袋叩きにされても容易には死なないだけの強化ぶりだ。ハイゴブリンなど鈍器の一撃で粉砕する。スコップが鈍器枠なのかはさておくし、重装備のスキルとかないため、重武装すると軽装備補正が働かず、布の服よりも防御力が下がるというシュールな状態だが。
熟練度を上げたスキルについては、俺は全て超人かさもなくば達人級の補正値を持つ、はずだ。自分で言うのもなんだが、そこそこの性能の英雄に仕上がってるのではないだろうか。
ただ、一部残っている、問題点が不安だが。
まず、やはりスキルに付属する魔法や技を覚えていない。いまだに俺は『フィード』とか『スキンガード』しか使えないのだ。対策も頭の中にはあるが、レベルが上がった後では下位のスキルは覚えられないみたいな罠があったらヤバい。ゲームにはそんなのなかったが、現実寄りだからな……。
次に、成長阻害の罠があったらやはり困る。無理やり強化したら経験的な強さがなくなり最終的な強さが頭打ち、とかあり得そうだ。これに関しては存在しないことを祈るだけだ。罠があろうと、序盤戦は強化に次ぐ強化を行わねば生き残れないのだから。
最後に、長期を見据えると確実にポイントが足りない。強化対象をかなり厳選し有益な能力もいくつか外したつもりなのに、ポイントをかなり食っている。俺個人に関しては、今後かなりの技能に関する可能性を諦めなければならないかも知れない。
と、そこで老人が動いた。いきなり足元に跪いてくる。跪くを越え、土下座に近い体勢だ。
「あり、ありがとうござ、ます。お、おまっっお待ち、」
「待て待て待て落ち着かれよ、ご老体」
とんでもなく老人はテンパって、いや緊張、感動? していた。まるで古くからの主君に再会したような、いや、彼にとってはその通りなのか。親父とお袋の部下だもんな。旧主の息子が相手じゃな。
「わっ私の名はゼト・ガッドと申します。この度は危ないところを助けて頂き、まことにありがとうございます」
「いえ、お気になさらず……」
「失礼、ながら、お父君の名はジュアンカーリ様、お母君はヨキア様、とおっしゃい、ませんで、しょうか?」
「確かに、そうですが……」
「なんと! やはりそうでしたか! 先ほど、あなた様の戦われるお姿を拝見いたしましたが、かつてのジュアンカーリ様とヨキア様がお戻りになったのかと……このゼト……生き恥をさらしていた甲斐がありました……」
「! 父上と母上の戦いぶりについてご存知なのですか。もしや貴方はかつての従士団、『ハルミス』に所属されていた方では?」
必殺びっくらこいたフリ。俺の台詞棒読みになってないよな。不安だ。やはり弁舌は取っておくべきだったか……? 親父たちが帰った日から十七、八年経過してるから、従士団の中には忘れてる奴も、恨んでる奴も、もう自分が地位を確立したから今更巻き込んで欲しくない奴もいるはずだ。だからドラマティックな英雄の息子との邂逅を演出する茶番で、庇護者に仕立て上げようとしているのだ。バレたら困る……。
「はい! 左様でございます! 私不肖ゼト、かつては従士団『ハルミス』の序列7位を賜り、お二方とともにまおっ、魔王軍と……」
そのまま老人は男泣きに泣き出してしまった。立派な体格だけに、ちょっと怖い。成功したんかな、これ。
途方にくれる俺を、冷たいような熱すぎるような目で、金髪美少女が見ていた。あれ、俺君を助けたよね。なんか挑発的な目。蔑むような、期待するような。
「わたくしからも命を助けて下さったお礼を。サリアの町長の娘、ローレラ・サリアントと申します。本日は所用あって森に立ち寄り、森番のゼト様に案内を頼んだところ、先ほどのモンスターに襲われ、立ち往生しておりました。心から感謝いたします。でもまさか伝説の銀風が私と同い年くらいだなんて、驚きましたわ」
は? なんか違うぞ。そしてわざとらしい。
「お噂はかねがね伺っております、ジュアンカーリ様」
「……俺の名はレンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレラインです。ジュアンカーリは、父上の名だ」
「あら大変失礼しました。間違えたこと、お許しをレンジュアーリ様」
助けられた奴の態度ではない。なぜ喧嘩を売られているのか。そして親父と俺を同一視することがなぜ嫌がらせになると思っているのか知らないが、息子と分かっててわざと言いやがったのは間違いないぞコイツ。
悪意に反応してとっさに強気でソウルネーム名乗っちまった。さっきまで可愛いと思っていたが憎さ百倍だ。すっげえ憎らしい面に思えてきた。
クソッ。町長の娘で美少女。俺の庇護者、パトロンとしては完璧なのに。敵対フラグが立ってたなんて。
どうでもいいが主従じゃないのか。
しかし何じゃこりゃ、助けたらジジイとフラグが立って、野生の美少女が挑戦してきた。コイツも味方にしなければ俺の命は危ないというのに……。わがままな小娘め! 惚れろよ! 頼むから俺に惚れろよ! 俺はまだ死にとうないんだ! 俺を守って!
俺が少しだけ自分勝手なことを考えていた間に、ゼトが涙をぬぐい、立ち上がって来た。もう一度こちらに頭を下げて言う。
「え、英雄の血筋二代に渡り、私の命を助けて頂いているのにこのままとは参りません。き、汚いところですが、是非とも私の家にいらっしゃいませんか。お父君の配下として扱って頂いた頃から十七、八年の月日を経ております。申し上げたきことも、多うございます」
金髪から嫌な目線を向けられながら、俺は一も二もなく、その提案に飛びついた。
やっと主人公活躍しました。そしてゼトを攻略、チーレムに近づきました。次回は悪評高い手法を使っての描写を予定。