EP.5 あるものを使ってやりくりしろ! 何もないだと? じゃあ死ぬしかないね
みなさんも異世界行きのときはこのくらい慎重に行きましょう 盛り上がらんことこの上ないが
死ぬ。死んでしまう。俺はもう駄目だ。
今ちょうど七戦目の相手、武器を持った右手をだらりと落とし、脱力したコボルドと向かい合っている。その顔面には俺が突き出したショートソードが埋まり、脳味噌をフィールドの畦道に撒いている。叫び声を上げ逃げ回って油断させ、こちらをなぶり殺しにしようとしたところをいきなり振り向いて刺し殺してやったのだ。疲労と恐怖で本日二回目の嘔吐をしながら。
死ぬ死ぬもう無理だ。結論から言おう。現実化したチュートリアルに甘さなんてなかった。というより全般的に問題は山積みだ。主にゲーム仕様と俺の現状との乖離で。
あの後すぐ全身に青いゲルが絡みついてきて酸による深刻なダメージを負い、激痛とパニックの中、死ぬ気でゲルをスコップで振り落とし叩き潰した。だがその程度では死なないゲルは何度も蠢いては体液を噴射し、その飛来を避けきれない俺の手足を焼いていった。俺は必死で手足を振り回して逃げ、消化中の死肉で濁るゲルの核を探しだして斬り潰し、ようやく生き残ることができたのだった。
そして冒険者の死体が持っていたアイテムや金を半泣きで回収し(使いたくなかったが)、その中に運良く数本あったポーションを飲んで何とか負傷が回復するという、英雄というよりは追剥みたいなことをやって最初の一時間が過ぎてしまった。
恐ろしいことに、敵が死んでもチュートリアル終了してもダメージは回復しなかった。
これ単純に敵が出てくるだけの罠やん! 多分チュートリアルで死んでも復活はできないし……。一対一でそこそこの敵と殺し合いになる、という点は囲まれないだけ、想定外の強者が相手とならないだけマシだけど。
学んだのは、基本的に戦闘はどれだけ弱い敵でも命の危険はあるということと、ポーションとは魔法の薬であって効き目は傷薬とかのレベルではないということ、そして死の恐怖とストレスは人間を蝕むということだけだ。
さらに嫌なことに、横で見ていたハルミシアが自分の英雄の無様な戦いぶりを見てしまい、逆上した。チュートリアルであと最低二十回戦うまでは出撃を禁ずる! またその間にいささかの進境も見受けられねば八つ裂きにする! などと言われ、その後も苦痛と恐怖に塗れた死闘を繰り返すことになったのだ。
やだ、俺マジ戦うの怖い……。もう女神様が戦ってよ……。
そう言いたかったが銀色カッパの目が据わっていたのでさすがに黙っていた。七匹目の強敵を殺害したはずの俺を、今も期待外れの部下を処分したがってる上司の目で見てるし……。
……。
目の前で、血の海にのた打ち回るゴブリン先生の動きと痙攣が弱まっていきます。先生は腹から刃物を生やし、絶命していっております。実戦での剣がどうあるべきかを教えて頂いたお礼に、僕がショートソードの刃を彼のどてっ腹に叩き込んであげたからです。あの後、六時間戦い続けました。たった今、最後の二十一戦目を終えたところですが僕は元気です。女神様は美しいです優しいです気高いです。女神様万歳万歳ばんざい。
……冗談はともかく、俺は手ごたえを感じていた。自分で言うのもなんだが最後の方は一戦目と比べてはるかに向上していたように思う。相手の敵意や攻撃に怯まずに済むことが増え、逆に相手の急所を狙ったり防御したりできるようになったのだ。カッパも勝手に「この成長の早さ、さすがは我が英雄よ!」などといい気になっていた。
これは俺が子供の頃から武道をやっており、殴り殴られるのに慣れていたのが原因だろう。自然と他者を攻撃し、他者から攻撃されるストレスに慣れていたのだ。ときには人間の山賊も出てきたが、相手は人間だと分かっていたのに迷わず殺してしまった。
なぜなら殺さないと殺されるのは当たり前のことだし。元の世界だって、無政府状態の国なんてひどいモンだった。先進国でも国家や組織の報復力が届かないエリアでは殺人の悪を説いても無駄だったろう。俺の住んでいた日本が平和だったのは、たまたま豊かで秩序ある国と時代だったというだけで、人類の歴史的には僅かな生存リソースや、どうでもいい民族や宗教の違いを巡って殺し殺される方が普通の日常だったということくらいは知っていた。
などと言い訳できる程度には俺自身に殺人の忌避感とかが薄かったことだけは、ちょっと自分で驚いたが。
冷静に考察すると、このチュートリアル自体がそもそも狂っていた。『勝利後アイテムが必ず手に入る』という仕様を守るためか、チュートリアルでは必ずべべリアスク大陸のどこか、死んで間もない冒険者や村人や商人の死体がある場所と空間が通じるようで(せめて宝箱とかにしろよ)、そこで死体の近くにいる弱小モンスターと戦わせる仕組み。
しかし相手は人間、特に鍛えた人間を殺せる個体なのだからそれはそれは手強く、例えばゲームでは最弱クラス(レベル1)のゴブリンやブルーゲルやモリオオカミであっても、レベル5になってる地方の小ボスとかがザラだった。
成長はありがたいが正直、一戦目でやめたかった。結果的に無謀なレベリングに成功したが、危なかったしもう少し準備すればよかったのは事実だ。ほんとカッパはろくなことをしない。
俺はアイテムをゴブリンと商人の死体から回収し(これ日本では窃盗の一種だよね。べべリアスクでは市町村外で、つまり人間の領域外でモンスターに殺された死体から回収しても無罪の国が大半らしいが)、スコップで穴を掘って毎度の癖になった死体の埋葬を行うと、アイテム整理を開始した。
『回収アイテムリスト』
・鉄の小剣(+1)×1、鉄の小剣×2、鉄の小剣(-1)×3、鉄の小剣(-2)×3
・鉄の剣×1、鉄の剣(-1)×1
・鉄の短剣×4、鉄の短剣(-1)×5
・鋼の剣(-1)×1
・鋼の短剣×1
・木のバックラー×4
・鉄のバックラー×2
・レザーアーマー×1、レザーアーマー(-1)×4……他、四十余種
俺だってこんなもん全部列挙したくない。見事なまでに「いかがなものか……」と申し上げたくなる収穫だった。
まあモンスターの持ち物か、モンスターに殺害された人間の所有物なのだ。元から質は低かろう。痛んでない方が少数だろう。マシなものを俺が使用する分として各種予備を二、三取り置いた上で、残りをまとめて売れば小銭にはなろう。しかし死や重負傷のリスクと釣り合ってねぇな……。どこの山賊の給与明細だよ……。
なお出色とまではいかないが、比較的ありがたい入手アイテムは以下だ。
・ポーション(レベル1:生命)×14
・ポーション(レベル1:マナ)×8
・解毒剤(レベル1)×5
・精霊の石(レベル1:火の攻撃)×1
・現地のカネ(金貨三枚、銀貨二十二枚、銅貨千数百枚。三百四十数万ディナールと表示されている)
特にポーションはすごい。苦痛も負傷もすぐに癒せ、傷跡も残らない。これは現代医学超えている、と普通に驚いた。クールタイム(同一種類の連続使用不能時間)がゲームと同様に十分と長いので頼りきれないが。
見ての通り旨みは死ぬ危険に比べたら、思ったほどではなかった。それでも多分、危険を恐れてチュートリアルをやらなかった場合よりは、現状は百倍はいい結果になっているんだろう。これ以上は続けたくないが。
レベルは最初の1から10に上昇していた。なかなかの成長だと自分でも思うが、ここにも現実ならではの問題があった。
最初はこの能力によって、異世界での成長は(多分)俺の精神的成長などとは関係なく、モンスターなどを殺しての経験値取得でしかしなくなるのだろうと漠然と思っていた。だが確認すると、経験値が高く設定されている敵より、苦戦した奴と戦ったときの方が明らかに伸びていた。
これ、もしかして蘇生と同じでゲームの法則より現実の方が優先されてないか……。俺自身が簡単に強くならない、容易に成長しない、そして伸び代なんて大してない奴だと考えたからこそ『成長限界が高く』『規則的に成長できるような』能力という意味でもこのスタイルを選定したというのに。苦労しないと覚えないとか現実まんまじゃねーか!
予想が間違っていないなら、最初に想定していたパワーレベリングも難しいということになる。無論、基本的にゲームと同じレベル上げも効率が落ちるだけで、不可能ではないのだろうが……。
それ以上にまずいのが能力値とスキルだった。俺の能力値は以下となっている。
『レンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレライン』
・職業:英雄
・称号:受け継ぐ者・女神のお気に入り
・LV:10
・生命:350
・マナ:500
・筋力: 6
・耐久: 6
・敏捷: 7
・器用: 8
・知性:10
・魔力:14
・精神:11
・魅力:10
・幸運:11
名前や職業や称号も突っ込みどころ満載だが、そこは無視して欲しい。まず能力値なのだが、この手のゲームではよくあるパラメータだ。
生命がHP、マナがMPのように理解してもらえば、大体各々が何を意味しているのかは分かるだろう。これは通常のゲームと同じで人間の各能力が数字で表されているものと考えていい。
現状問題になっているのはゲーム設定における能力値の定義だ。各能力値は判定に使われ、1低いことはとんでもない差となって現れるからだ。
ゲームでは人類の成人男子の平均値は生命とマナが『100』他の各能力値は『4』となっている。1が箸にも棒にもかからない無能、20が人類の頂点と考えていい。10あればかなり優秀だ。
そして能力値は現在の力と同時に潜在能力も意味するらしく、よほどの成長かイベントかアイテムかシステム的な干渉でもない限り変動しない。
多分これは俺の素の能力値。悪くはないどころかかなり優秀、魔法系は天才? くらいの評価だ。ただし、『純べべリアスク人としては』。
プレイヤーキャラクターとしては問題がありすぎる。ゲーム最新版のキャラクターエディット時点での話だが、プレイヤーはもらえるポイント全部合わせ平均10よりやや上くらいの数値にはできるはずなのだ。
つまり『プレイヤーとしては』平均以下。対して襲い来る苦難は恐らく正規製品版のプレイヤーのもの以上。
俺は計算式や判定式について詳しいわけではない。しかし、明確に違いが分かるほど数値が低ければ、成功率や威力に凄まじいマイナス補正が掛かる原因となるのがべべリアスクだ。俺の能力は現実と入り混じっているから抜け道はあるとしても、これでは生き残りがヤバい!
スキルはもっとヤバい。俺のスキルは……。
・刀剣 :レベル0/2
・鈍器 :レベル0/4
・格闘 :レベル1/3
・捕縛 :レベル1/5
・結界術:レベル0/5
・土魔術:レベル0/5
・軽装備:レベル1/4
・隠密 :レベル1/5
・精錬 :レベル0/5
・鑑定 :レベル1/2
・演奏 :レベル0/2
・料理 :レベル1/4
・裁縫 :レベル0/2
・野営 :レベル1/3
・開錠 :レベル0/1
・弁舌 :レベル1/4
・英雄性:レベル0/5
スキルは文字通りその人間の特定分野に持つ技術力で、これがないと装備を使いこなせない、道具を持っても目的のアクションが取れない、魔法を使いたくても使えないなど、行動の基幹となっている力を数値化したものだ。
左の分子が現在の力であり熟練度、右の分母が素質というか才能の限界値だが、恐ろしいことに現在能力ゼロの技能がある。ゼロ表示はゲーム中にはない。そもそもまったく素質がないものはスキルが表示されない。
1が最低一通りできる、2は一人前、3は一流、4は天才や英雄、5はどうにかなってしまっている超人や異形、くらいの評価というのがゲーム内の設定だったはずだ。
そこでゼロって。
……もしかしてゼロとは『ちょっとかじった素人』くらいの意味じゃないだろうか。でも何で割と得意なつもりだった剣道や演奏と使ったこともない結界術や土魔術が同列なんだろう。俺の幼少からの鍛錬の日々の意味とは……。
着目すべきは戦闘系スキルの貧弱さ。将来の可能性はともかく、現状をクリアできる能力ではない! ゴブリンに効かない空手で誰を倒すんだ誰を!
そしてスキルの使用感。これは終わっていた。ゲームのようにアクションキー(スキルを指に割り振れば、あとは指の動かし方だけで使える)も、スペルショートカット(口にするだけでスキルが出る)、トレース(スキルの初動通りに動けば勝手に発動する)も無駄。ウィンドウの項目直押しでも機能しなかった。
実際、二十一回に及ぶ殺し合いは、体力と奇策と勢い頼みの泥仕合に終始し、技とか出なかった。出せたのは戦闘終了後に使った土を肥沃にする土魔術レベル1『フィード』と戦闘前に使った防御力を気持ち上げる結界術レベル1『スキンガード』のみだった。
あと格闘レベル1技の『小手ひしぎ』が一回亜人との戦いで出たくらい。コボルトとの戦いでナイフを持った腕を掴んで押し止めていると、いきなりウィンドウ開いて使用判定が表示されたからビビッて力を入れ過ぎ、コボルドの腕が折れて骨が露出した。でもこれ格闘技好きなら誰でも知ってる技だよな……。本当にスキル扱いなのか?
俺も改善すべく色々考えた! 試してみたんだ! 死体からガメた小剣で多少使うゴブリンと斬り合ってみたり、死体からガメたハーモニカを吹き鳴らしながら戦ったり、空いた時間に商人を埋葬した地面の土の質をひたすら豊かにしてみたり、ゴブリンの死体の横で土を精錬してミスリルにしようとしたり、後半になって死ぬことだけはないくらい安全マージンは取れたと確信してからチュートリアルで試せることは全部試した。
しかしまったく手持ちスキルは成長せず、技も使えず、また新しいスキルが生えてくることもなかった。
ここだけゲーム仕様なのだろうか。スキルポイントを使用しない限り、ゲームの世界では熟練度の上昇はともかくも、新スキルを取ったり、潜在能力を押し上げたりはできないのだ。少なくともプレイヤーは。
自助努力で新スキルを取れるか試すため、コストが安くて使い道の特にないスキルを鍛える時間は、べべリアスク現地についてからあるだろうか。おそらく、そんなもんは、ない。
最終手段として(まだ)やりたくなかったが、使用したら終わりのスキルポイントに手を付けることも考えた。しかしこれも頓挫した。なぜなら効果が見込めず、最後の貯金を取り崩してしまう結果になりそうだったから。
ゲームでは、スキルポイントは1レベル上昇につき、20ポイントを手に入れられる。スキルは新たなものをレベル1で取得する際には10ポイントが必要になり、現状の熟練度の数値を上げるには目的レベル×10、素質の限界値を上げるには目的レベル×15ポイントを要する。
初期から持っているポイントやスキルもあれば、レベルアップ外のポイント入手やスキル取得もあるため一概には言えない。しかしレベル50強のプレイヤーなら即座にレベルアップ分の約1000ポイントで約百種、初期レベルのスキルを手に入れられるし、使ってないスキルでも約三種は極められる計算になる。
ちなみに俺の現スキルポイント残は829。レベル10としてはこれはかなり多い。しかし、実はこれの大半がカッパにもらったポイントなのだ。
俺の初期ポイントは5。もらったポイントは779。つまり9回のレベルアップで得たポイントはたった45、本来の四分の一だ。ゲームでの通常の初期ポイントも20だから、俺に手に入るポイントは四分の一になる仕様となってしまっている可能性が高い。
今後入手見込みが四分の一に減った資源を浪費することなどできない。
それどころか、明らかにスキル取得に要するリソースまでおかしくなっていた。『刀剣……熟練向上:要20ポイント、限界突破:90ポイント』。『土魔術……熟練向上:要1ポイント、限界突破:要条件達成』。もうなんだか色々おかしい。
スキル取得は平均して倍のリソースを食うようになっていた。ゲームになかった『英雄性』にいたっては50倍の500ポイントが熟練向上に必要だった。逆に親父やお袋、つまり血筋に依存するようや力は簡単に得られるようになっている。
そしてレベル5が限界のはずの世界でなぜさらに先の領域が設定されているのか。
そういうわけで俺の生存リソースは取得が難しいばかりでなく、消費も激しくなっていた。この状況で簡単にスキルは取れない。スキルポイントは100ポイント使用することで、筋力などの能力値を1上げることもできるのだ。1ポイントの無駄遣いもできない。
ちなみに以上はハルミシアには相談済みだ。『私は貴様の母謹製の訓練場、ゲームとやら? については知らん』と言われてそれで終わった。
奴はアホだけに嘘はつかないはずだ。無意識に俺が親父やお袋のあとを継ぐことを望んで、自分に因縁深い能力だけ強化が容易になるよう設定したのかとも思ったが、一度認めた能力に対して性格的に不正はやりそうもない。つまり原因不明。
戦場へ行く準備が終わりません。何とか赤紙を引き延ばせないだろうか。
いや。
「英雄が旅立つには絶好の日和だな……」
「勝利した英雄の側に寄り添うならば美姫よりも、聖女よりも、女神と思わんか……?」
「そうだ勝利の暁には女神と英雄を讃える吟遊詩人くらいは呼んでやろう。そう五十人くらい」
妄言を吐きつつさっきからチラチラこちらを見ているカッパの表情をみれば、初陣にしては見事な戦いぶりと勝手に感動して盛り上がっているのは明白だ。即、現場へ俺を送り込みたがっているのだろう。問題はこのままでは俺が死ぬ日まで初陣から一歩も進歩しそうもないことなんだが、そこは理解はしないままだ。
恐ろしい任務開始の時間が近づいている。必須のスキルだけは確保し、使いこなさねばならない。
こんな状況、俺は望んじゃいなかった。ただただ現実社会へ帰還を望む。そのためにも今は生き残らねば。
俺は現在必要で、そして可能なスキル構成を考え、試行錯誤を始めた。ポイントは長期を考えると濫用できない。しかし出し惜しみするとすぐ死ぬ。
一時間ほどで、カッパが誇らしげにこちらを見て微笑んできた。正直怖い。
「もうそろそろよいだろう? レンジュアーリ。貴様の準備は万端、今こそ因果の狂いに挑むときぞ」
「……お見苦しきところを見せ、また長らくお待たせし、大変失礼をいたしました。そろそろ出陣いたしたく思います。ところで因果の狂いに私が挑むとき、いかなる方法で取り除けばよろしいでしょうか?」
「うむ。私が察知したもっとも間近な因果の狂いの気配を元に、貴様を決戦の地へ送ってやる。未然に死ぬべきでない者を守り、死すべき者を葬り、辿り着くべき者を到達させ、暴かれるべきでない秘密を伏せよ。あるべきものを、あるべきところへ。それ一つが貴様の任である」
「ははっ! 我が女神の銀の色、全てにおいて曇りなく!」
「……よし!」
情勢は訳分からんし上司の表現は元から意味不明だが、異変は自分がチェックして見つけてやるからそこへ行ってクエスト達成しろの意味か。ちなみに俺の掛け声はお袋の手紙に書いてあった現地宗教慣用句集から適当にノリで引用した。なんか喜んでる女神がいるけど気にしない……。
いいだろう。スキル取得は完了した。もう破れかぶれだ。これでいくしかない。
「では、我が第一の任を与える! 港町を救うがよい! 我が英雄よ!」
「……お任せあれ」
わっかんねーよ! それじゃわっかんねーよ! 馬鹿な部下にも分かるように指示しろよ俺はどの港町に行って何をするんだよ魚が売れない市場で寿司でも広めて商業無双すんのかよイワシ漁師とダボハゼ漁師の諍いを止めんのかよ! 説明しろよ! 説明説明説明しろよ!
意味不明な命令にキレ気味にウィンドウを開いたら、クエスト欄に新規追加マークがあって、そこに文章で書いてあった……。そうか、やはりこやつコミュ障か……。というかこのウィンドウの能力得なかったらクエスト目的が分からずに進行不能で俺普通に詰んでたな……。現実そのものがバグゲーかよ……。
内容は『★女神の依頼:人魚の行軍……港町サリアを襲うサハギンの群れから、町を守れ! 敵は昨今増えたサハギン軍団約四百! 例外なく討ち果たせ! 期限:異変開始より十日以内、残三日。推奨レベル:最低35、単独なら40。サハギンは平均レベル22。ボスは30。備考:生存圏拡大と魔王軍入りが掛かっているので敵は劣勢下でもまず引かない。なお、全滅といっても本件の全滅の要件は【敵半壊+撤退】で十分満たされる』。
俺は気がつくと、地べたに崩れ落ちていた。カッパからは跪いているようにしか見えないだろうが、本気で力尽きた。
こっこのクソガッパどこまでも俺をコケに……。終わった。レベルがそもそも足りてない、上げる時間もない、仲間もいない、スキル使えない、装備貧弱、敵多すぎ。
あまりの戦力差にモブキャラに惨殺される予感! これではヒーローじゃなくてヒレ肉だ! 寄って集ってくる人魚に生きながら食われる未来しか見えない!
数はちょっとした軍勢。時間ももう残り少ない、カッパが後回しにしたせいで。そして俺の戦力は微々たるもの。
「でっではハルミシア様。出陣にあたりお願いが二つと質問が一つございます」
それでも生き残りを図るため、俺は震える声を絞り出した。全身からは冷や汗が吹いていた。カッパは満面の笑みだった。