EP.27 思いひとつに歩け、歩け 今日も本物の偽物らしく
「団長団長、ホントに大丈夫? 体おかしくなってない?」
「大丈夫もクソもねえよ! 俺は、俺は怖かった……怖かった! いきなり何てことしやがるんだこの糞餓鬼のレンジュアーリ! 様!」
「俺が悪かったって。本当に俺が悪かったから。許してくれよ、トランパム。そしてこんな時にも無理して俺に敬意払うなよ……」
「本当に怖かったんだよおおおおおおお! 俺はもう一度里帰りするまで死ぬわけにいかねえのによおおおおおおおお!」
「落ち着いて団長。レンジュアーリ様、悪気ないよ。悪気なく暴挙に及んだだけだよ。いきなり包丁で脇腹刺してくるサイコパスみたいなものだよ」
「誰がサイコパスだ。俺の配下でその枠もう埋まってるから」
トランパムが、宝物庫の床にへたり込んで大泣きしていた。一つしかない黄金の目からこぼれ続ける雫。
副団長がそれを慰めている。若干、俺を責めてそうな気配が声からする。
六本指の巨大ナマコが身も世もなく嘆き悲しんでいる姿は、まさにホラー映画のクライマックスシーン。
確かにこの惨状は俺のせいなのだが、そんなに泣いたり怒ったりしなくてもいいじゃない……。
俺は、やってみたかっただけなのだ。宝を何でも持って行っていい、と許可をもらっているこのシチュエーション。
頭脳に天啓が閃いた。広がる俺の空想。
思索の空間の中には、三十歳くらいに見えるよう若作りした女が立っていた。
こいつは女神……は嫌いだから、地母神とでもしよう。俺の脳内限定の、架空の相談相手である。
なぜか外見はお袋に似ていた。ケバいドレス着て語りかけてくる地母神。
『私はGえ……じゃなくておかあさ……でもなく、地母神です。○ちゃ……じゃなくてレンジュアーリ。ここが『ベベリアスク』プレイヤーとしての腕の見せ所。彼らを連れ出すのです。万一に備えネタアイテムからクロロホルムと縄を取り出しておいて、最初はあくまで紳士的に”ご招待”しなさい』
『プレイヤー』言っちゃってるけどナイスアドバイスおふく……いえ、ありがとうございます地母神様!
これだこれ、『宝物を選ぶと見せかけて、宝の番人を連れ出す』。定番のオーソドックススタイル来た!
一度、やってみたかった。そして拉致った番人は戦力化! シベリア強制労働並に容赦なく!
思い付き自体はよくある話なのかもしれないが、実際にこの案は悪くないような気がした。
トランパムは比較的常識を持った奴だったし、レベルも27と低くない。能力値も全部10前後とそれなりに高かったのだ。
戦闘スキルは『格闘』スキルレベル1のみと乏しいが、それは学習書で補える。
装備も渡せば済むし、別に特別の維持費も掛かりそうにない。
狂気に陥った者の正気を戻す特殊能力も持っており、問題点と言えばナマコの化け物そのものの外見くらい。
戦力不足の現状では、従士として連れ歩けばかなり有益に思えた。
あと、ラッパが上手い。いわゆる豆腐屋系従士。トランパムが無理なら副団長でも構わない。
本当は新従士は美少女を迎えられればベストだったが、それでも頼もしい仲間が増えそうな予感。
とりあえず俺は付いて来てくれないかと二人(二匹か?)に提案した。
お嬢ちゃん、オジサンと美味しい物食べに行かないかい? といった紳士的な動きで。
だが、二人からは即、お断りの言葉を頂いた。
今後の活躍を祈っている、といった感じの世にいうお祈りメール的発言。
俺はこのままホトケにでもなってしまうかと思うほどに徹底的に祈り倒された。
誘拐犯みたいな必死の勧誘までしたのに。
俺は食い下がった。もう次のカッパクエストが開始しちゃってるのだ。
戦力拡充チャンスとか、今後当分なさそうだから。
だが結果は同じだった。理由は簡単だ。化け物二匹とも、既に仕事を持っていたから。
英雄から見た楽団の身分は遥か格下とは言え、女神の部下としての立場は確立されている。
何より、楽団は割と命令系統が独立しており、直参ではないが女神に近しい職種なのだ。
ハルミシアに許可を取らず、勝手に出歩くことはできないと回答された。
結構、英雄との旅そのものには興味はありそうな感じだったが。
しまった……こいつられっきとした職を持っていたんだ。
流れのバンドマン紛いかと思いきや女神に仕える者、すなわち親方カッパ城こと公務員みたいなもんだった。
俺なんて英雄という名の実質無職なのに。英雄とか『ミュージシャン』や『クリエイター』並の名乗ったもん勝ち職業だからな……。
『英雄資格試験』略して英験とか聞いたこともないし、俺にしたって血筋と能力以外の根拠は持ってない。
馬鹿を拗らせてお脳を病んでしまっているカッパの許可を取るのは、破滅に直結しそう。だが、戦力は必要だ。
俺は拳を握り締めた。
「お前らが、そこまでの覚悟ならば致し方ない……これだけはやりたくなかったが、俺も必死なんだ」
「なんだなんだ。この城で暴れるのはやめろよ小僧。のレンジュアーリ、様」
もうこれしかない。現状を打破するには手段など選んではいられない。
こっそり連れ出そう。俺は、正面の化け物二匹に向けて、手を向けた。駄目元でインベントリを起動する。
空間に浮かぶ俺にしか知覚できない半透明の『面』、インベントリの入り口。それに触れたトランパムが。
「うわあああああああああああああ!」
「え? どうしていきなり消えたの? 何で何もないところに吸い込まれるの? 団長おおおおおおおお!」
「おいマジで!? 生き物のくせに何を滑らかに格納されてんだ手前ぇぇぇ!」
俺は試しにやっただけ。冗談のつもりだったのだ。
見込み薄だが、生き物以外の労働力がこの城にいたら、連れて行けないかと思って。
楽団員の他に銀のゴーレムだのミスリルの人形兵だの、無機物系の奴が歩いているなら戦力に欲しかっただけ。
ひょっとしたらインベントリに入るかもしれないから。
こいつらはいかにも生きてるが、万一ということもある。その程度のテスト感覚だったのに。
なぜかトランパムが、生命体は入らないはずのインベントリに見事収納されてしまった。
取り残された副団長がうろたえる。
慌ててウィンドウを開く。『アイテム』欄に燦然と輝く、『トランパム×1』の表示。
なぜだ! そして馬鹿か! 貴様シナロアナの誇りを忘れたのか! ナマコは回復アイテムにまで落ちぶれたのか!
ポーションの近くに自然体で混じるんじゃない! そば粉の下の行にしれっと並んでんじゃない!
俺は必死こいてインベントリからイベントアイテム:化け物楽団長×1を取り出した。
どさりと床に放り出される黒い体。
「おわあああああああ! 何で俺!? 死んだの!? 死んだんじゃないの!? あの白い空間は!? あと茶色い粉!」
「団長! 無事だったんだね!」
「……色々あったようだが、何ひとつ問題はなかったようだな。この一件でトランパムも大きく成長したはずだ」
俺は誤魔化すために他人事に聞こえるよう尽力した。かつて大企業で部長を務めた親父を見習って。
何か体に異変があったらまずいから、こっそり見えないようにポーション・バニラをトランパムに振りかけた。
念には念を入れ隠れてトランパムの肉体を『純化』する。析出された大きめの『老廃物』が音もなく床に転がる。
副団長がこっちを見て俺のクールな態度に驚愕していた。
状況に気付いたトランパムが生きている自分を感じ、大泣きを始めるまですぐだった。
「しかし、美味いじゃねえかよ! この人間の食い物、『ソバ』! 人間の小僧のレンジュアーリ、様にしてはやるじゃねえか」
「やっぱりレンジュアーリ様良い子だよ。『ソバ』っていうのか。僕もこんな美味しいもの食べたの初めてだ」
「……いっぱい、おたべ」
ここは宝物庫の控え部屋。番人の待機所である。テーブルに腰掛けた楽団二匹に、給仕する俺。
サリアで買った大ザルに盛られているソバが、瞬く間に減っていく。最も一般的なザルソバである。
箸が丁寧かつ整然とソバを持ち上げ、心持ち浅めにツユに浸けられる。薬味もせいぜいアクセント程度の遠慮がちな量。
ちなみに薬味はネギや大根おろしやワサビが欲しかったが、そのものはなかったため、現地の似たような野菜で間に合わせたものだ。
ツユと薬味に塗れてのソバの行き先は、大口どもの舌の上。
化け物どもは六本指で箸を器用に使い、飲み込むようにお行儀良く食べていた。
パスタを食すときのように、咀嚼音がまったく立ってない。
俺は茹で上がった状態で保管していたソバをインベントリから取り出して、大ザルに追加で乗せた。
化け物どもが一つ目で喜びを示す。もう食べてしまった分を入れても、消費したソバは全部で二十人前くらいだろう。
動揺を隠すために、俺は意識を無にした。ランチタイムの学生食堂のおばちゃんのように悟りを開く。
アタシはアケミ。子持ちバツイチ、そして時給七百円の配膳機械なの。ここは歌舞伎町の学食で、こいつらは学生。何習ってるかは知らないけど多分体育に違いないわ。ちょっと育ちすぎて人間越えてナマコになっちゃったくらいだもの。必死で自分に言い聞かせる。
労働してる中年女性の心理状態とか想像も付かないが、大体こんな感じで合ってるはず。アタシは冷静。
感情の消えたはずの手が震えながら、ツユと薬味も補充した。
なにこれ。
今までの知識で知る限りでは、少なくとも『英雄』って『ソバ職人』って意味じゃないはずだった。
俺だって『異世界で微笑んだら女の子堕ちた』『異世界で撫でたら娘っ子発情した』という現象には詳しい。
もはや専門家の域。
何ならそれらの珍現象に関する学術論文を書き上げてみせてもいい。この頭脳にコピー&ペーストなど不要だ。
だが、『異世界で蕎麦喰わせたら化け物篭絡できた』とか聞いたこともねえ。世界初の現象かもしれないが、俺は嬉しくない。
しかも俺の『料理』スキルレベルはまだ『1』だった。このまま調理能力向上しすぎたら、俺の料理、人間向けでいられるの?
あれから三十分。泣き止んだトランパムとまだ怒ってる副団長に、多分食わないだろうと思いながら俺はソバを出したのだ。
全体の量から考えれば微々たるものだが在庫処分と、ご機嫌取りを兼ねて。これが大受けしてしまった。
「しかしこの麺とツユ、とても透き通った味だぜ……まったく不純物がないみたいな……」
「薬味も味が凝縮されていて、辛さや香りの塊をそのまま食べてしまえてるみたいだね」
そりゃ不純物弾き、『純化』して純度上げて老廃物除いてますからね。
俺の中のおばちゃんが作業に没頭し、更なるショックな光景に耐えていた。
人類は、今日敗れたのだ。思い出すシーンはサリアの屋台のきったねえ食いっぷり。町民連中のソバの食い方。
腐ったような臭いの芋の煮込みにソバをぐちゃぐちゃに投げ込んで、木のスプーンでかっ込むだけ、場合によっては手づかみ。
野人か。そんな野性、発揮せんでいい。納得の中世民クオリティ。
あの町で紳士淑女と呼べそうなのは、せいぜいサリアント家他、十数世帯くらいだ。
なのにこいつらはソバを味わって食い、論評までも加えている。テーブルマナーも悪くない。どこの料理番組だ。
人類の下層民より圧倒的に化け物どもの方が教養や文明度は圧倒的に上だという事実!
ついでに味覚の繊細さも上だった。何より麺類を食って問題ない体、俺たちと近い系列の生き物だという現実が嫌だ。
人間の尊厳とは一体……。
声を大にして言いたいこともある。ソバ喰わせたら化け物が懐く『ソバポ』とかマジ要らん。どんな調教スキルだ。
ほんとふざけんなよ糞女神め。俺はこの件に関してはあんま悪くないカッパに一方的に切れた。
そして脳の冷静な部分が、別のことも考えていた。ここまでで、確認できたもの。
俺も芳しくない頭で、それなりに自分の安全を考えていたのだ。トランパムたちの反応から推し量って。
楽団員は、今後、接触し続けて安全な生き物なのか。
答えは俺の人生には珍しく良好、イエスだった。こいつらが周囲にいる限りたとえこの城でも、気を多少抜くくらい問題ない。
穏健さ、そして高い言語理性、器用さ。奥行きある文化。似ている食性。社会性や、未来を予想できるだけの想像力。
地球や異世界において、シナロアナや楽団員の種族に対応するだろう生き物は何か。
高確率で人間だろう。このナマコどもは、別の宇宙における人間の役回りの種族に相違なかった。
そしてハルミシア陣営の中では、数少ない俺寄りの中立者と言えた。
あくまで、少数派だ。楽団のような連中は希少。
ウィンドウを開き、マップに城の見取り図を浮かばせる。城内は、思ったとおりの地獄絵図。
未開示の場所が多いが、部屋や階層の情報とは別に表示される、他の生命体の位置。
十六歳の誕生日には気付かなかったこと。
無数に溢れる赤い敵対マーカー。黄色い中立マーカーなど、せいぜいが楽団員の総数に毛の生えた数が点在しているだけ。
機能しているスキル『察知』も、遠方の広間や廊下から、俺に対する濃密な戦意や食欲の気配を感じている。
この城は、数百の宇宙から集めた、人肉嗜好の者までもが相当数含まれる、異形の化物たちの巣窟だった。
楽団員すら移動は、一定区域を行き来するだけ。連中でも、下手な遭遇では命がないのだろう。
俺には宝物庫と広間くらいしか安全地帯はない。勧誘のための移動もできなければ、楽団員以外の中立勢力との交渉も危険だ。
このザマでは今、中立の奴でも、話しかけた瞬間に敵対してこない保証はない。
おかげで確信した。ハルミシアは間違いなく馬鹿だが、無意識や勘の領域まで足せば、やはり超越存在。
奇怪な表現かも知れないが、狂いつつの確かな理性を感じさせる。
他の宇宙から来た知的生命が、俺に敵対的な可能性が低くないのは予想できた。
いや、生き物の生態の多彩さから考えれば、またマーカーを信じるなら、ほぼ全員が接触自体、危険な相手と言っていい。
適当に取次ぎの部下を選んでいれば、俺はもう高レベル帯の化け物に喰われて腹の中。
しかし現に、俺は無事で随行の楽団員はマシな奴ら。
配下の中では俺に比較的無害であることを確信して、出迎えにはコイツらを使うと決めたのだろう。
俺を高確率で死ぬ試練に向かわせるのを気にしない一方で、不慮の死を迎えられるのは嫌なのか。少し違和感を覚える。
女神からすれば、世界の王も蛆虫も、同じ程度の命の軽さ。なのに虫けらのはずの俺に随分と過剰な気遣いだった。
……最悪の奴に粘着された証でもあるが。
悪いニュースばかりでもない。
楽団員のみだが味方にできる可能性もある、最低でも交渉できる連中だと分かったのは小さいが収穫だ。
他に実務的な疑問もあった。ソバ作成の過程で、生命体がインベントリに入ったケースはない。
先ほども、入ったのは団長の方だけで、副団長は入らなかった。トランパムは特別な要素を持っているのか?
それとも、生命体でも収納を可能とする裏技があるのだろうか。
いくら考えても分からないが、何かに使える現象なら利用したい。
「確かに美味しいけど、あんなひでえ真似されたのは忘れてねえからな小僧! のレンジュアーリ様」
「団長、根に持つのはやめなよ。レンジュアーリ様良い子だよ。ここは大人の態度で謝罪とそば粉を要求しようよ」
「嫌だ! 死ぬかと思ったんだぞ! 俺はハルミシア様からお許しをもらって、絶対にもう一度実家に帰るんだ! シナロアナの地をもう一回この足で踏むまで死ぬわけにはいかねえんだよ!」
「だから、ハルミシア様のお目に留まりたいの、団長? 残念だけど、手柄でも立てないと、お許しは当分出ないよ……」
なるほど。女神や英雄からの贈り物は下賜品。それは明確な手柄の証。
何がしかの現物を手に入れてようやく、実家へ帰れる可能性が生まれるくらいの現状らしい。
どうもこの妖怪城において、有給休暇はかなりハードルの高いご褒美のようだった。
だから、潤沢に宝物を利用できる俺に、あんなに嫉妬していたのか。
そうか。……そうか。
「わかった。わかったから。この大口クソ野郎どもめ。トランパムにはこの中から一つ、お詫びに贈ろうじゃないか」
まだ恨み言を言っている金目の馬鹿には、プレゼントをくれてやることにした。
インベントリからテーブルの上に取り出した物体は蒼銀の輝き。ミスリルだ。
二匹が口から食いかけのソバを垂らして硬直する。
アイテムは小さなカラクリ箱が四つ。少しずつデザインが異なる、例の『蓄音オルゴール』。
声を録音し、オルゴールの曲として再生するだけのアイテムだ。
これをプレゼントに選んだのには理由がある。
実はこのアイテムはゲーム内ではゴミだったし、現実ではそれ以下になったから。
元々、重要情報を録音したくとも勝手に曲になってしまう為、レコーダー的な使い道をするにはイマイチだったのだ。
録音したいだけなら、他の上位互換のアイテムがある。せいぜいオルゴール好きのための趣味品。
現実のベベリアスクではこのオルゴールは売り捌くのも無理だった。
スポンサーの意向で加えられたアイテムのため、素材が純度の高いミスリルと、優遇されすぎていたせいだ。
おまけに『課金アイテムとして』生成されたせいか部品も細工も、現代日本の技術でできている。
中世世界で作り得るような精度ではなかった。現地民からはミスリル製で神がかった意匠の至宝にしか見えないだろう。
こんなもん気軽に売った日には、貴族や商会や犯罪者から密偵や捕縛班が即、送られてくるのは目に見えている。
お袋の手紙によれば、蓄音オルゴールはお袋が生み出した悲しき時代の徒花だった。
最初、『ベベリアスク・オンライン』にスポンサーが集まらず、プロジェクトが難航していた頃。
仕方がないのでお袋は、弱小業界にまで頭を下げて回った。広告を取り、かつ出資を募るためである。
お袋がオルゴール関連団体にまで押し掛けて取った広告料収入。それがこんな鬼子を生んだ。
相手の広報担当者が『オルゴールを何かの大型イベントに入れて』と要求してきたらしい。
確か『岩窟城防衛戦』という初期イベントで、城のギミックにオルゴールが使われていたはずだった。
あれか。オルゴールの部品集め超面倒臭かった。が、プレイヤー達が盛り上がったのは事実。
それに味を占めたのだろう。担当者が更なるイベントを要求してきたが、その頃にはスポンサーは増えていた。
一広告主のワガママは通らなくなっており無理だったため、広告料はこんな物体として結実したのだ。
まあ、スポンサーとなったオルゴール関連会社の売上は宣伝努力が実ったのか、実はここ数年、多少伸びていたらしいが……。
外国雑貨を輸入する商社とオルゴール製作工房のためにはなったのだろう。
ネタアイテム集にはこの手のスポンサーの意向で追加されたものが多く、ゲームの雰囲気ぶち壊しな物も少なくなかった。
とにかく課金アイテムに含まれている、この手のヤバ過ぎるオーパーツを誰かにやる際は、この城での処分が吉である。
と言うか、ベベリアスク側の勢力に渡すのは敵味方問わず、単純に俺の身が危険だ。
使い方を教えてやると、トランパムが恐る恐る、オルゴールを手に取った。
どこから持ってきたのか、ラッパもテーブル上に取り出している。
「これ、純ミスリル製だろ? 本当に、貰っていいのか? レンジュアーリ、様」
「いいに決まってんだろ、ゴールデンアイこと金目鯛野郎が。早く一つ選べよ」
「よかったね団長。英雄のレンジュアーリ様から頂いたんだ。これでハルミシア様もお許しになって、里帰りできるかも」
一個くらい構わない。社長兼オーナーの意向で、現場とオフィスから帰して貰えない気配ビンビンの奴だ。
気の毒な子には、親切にしてやろうという程度の話。
あとさっきインベントリにぶちこんだ件は、これでうやむやにするつもりだが許して欲しい。
「こんな素晴らしい物を、四つもくれるなんて……」
「お前発情したブルドッグのように図々しいな。さっきから一個だけって言ってんだろ。オイコラ、何勝手に懐に全部入れようとしてんだよ! 戻せ! やめろソバと一緒に飲み込むな! 控えめに薬味をかけるな!」
「これほどの財宝を俺に三つも……」
「だから一つだけだよこの一つ目巨大ナマコが! 勝手にオルゴール起動させんな! 全部に手前の下手糞なラッパを録音してんじゃねえよ!」
トランパムは一族に伝わる曲をラッパで吹き鳴らし、自分の世界に入っていた。
さすがカッパの部下。どこまでも厚顔無恥。甘い顔を見せたらどんどん踏みこんでくる。
似非中世、ベベリアスクの民の閉鎖的で陰湿な冷酷さを持ったキャラクターの理由が理解できた。
馬鹿を付け上がらせると碌なことにならないから。
こんな形で中世への深い理解、会得したくなかったけど。
「やった! やっとの手柄だ! 俺の手柄だ! きっと俺の演奏への手柄なんだ……」
なんて駄目なナマコなのだ。お話にならない。話せるナマコはもっとタチが悪そうだが。目の前の奴がそれか。
そもそも俺に海洋生物に気さくに話しかけるような趣味はない。そんなキモい性向など、俺にはないのだ……。
つまり簡単である。トランパムには手加減の必要はない。
「それにこれは最高のお土産だ。これをお土産にして持って帰りさえすれば……きっと……痛ェエエエエエエエ!」
俺はしつこくオルゴールを撫でている六本指を、片手だけで優しく逆に曲げて関節技。
なんだコイツ骨あったのか。下ろした方の手に握りこむのはインベントリから僅か引き出したメイス。
聞き分けのないナマコを実験台に、俺は初のメイス格闘をお披露目した。
勝手にオルゴールに録音された曲はあとで消そう。代わりにこの叫びを録って目覚ましのアラームにしよう。
トランパムの絶叫の中、オルゴールを一つだけ残して残りは強奪する。
インベントリに収納し、すぐに俺は自分のご褒美の物色に取り掛かった。
「じゃあ、俺もう行くわ。マジ疲れたし。ホントなんなんだこの城」
「また旅に出るんだよな。お前頼りないんだから、無理しやがんなよ小僧、のレンジュアーリ様」
トランパムに案内されて、俺は城の出口となる扉の前にいた。
副団長は名残惜しそうに先ほど仕事に戻り、見送りはこいつだけ。
とりあえず副団長にはそば粉を詰めた樽三つほど渡しといたが。めちゃくちゃ喜んでいた。
「大口黒ナマコ野郎、お前も馬鹿っぽいんだから無理すんな。……お前の実家へ帰るお許し、出ると、いいよな」
「『大口黒ナマコ野郎』じゃねえよ! 糞餓鬼のレンジュアーリ! 様! 俺の名前は!」
「トランパム、だろ。そのくらい知ってるよ。俺の本当の名前もレンジュアーリじゃない。本当の名前は、……だ」
俺は本当に、トランパムが実家に帰れるように応援していた。一人で勝手に。
呆気に取られる楽団長を置き去りに、俺は出口へ向かう。
褒賞には選んだアイテムを使えそうな順に、持ち出し制限までギリギリの量と質、インベントリに詰め込んだ。
エリクサーはあんまりなかったけれど、まあ、装備も道具も消耗品も、収穫なしからは程遠い。
当分戦い抜けるだけの成果あり。
最強の神剣『シアリィ』は持ってきたのかって? ご冗談を。知れたこと。
あの輝き、ずっと失われないで欲しい。色褪せないでいて欲しいんだ。だから、俺は頑張った。
具体的には今も宝物庫で輝いてる。つまりどさくさに紛れて持ち出しの対象から外しそのまんま置き去りにした。
「お前は、英雄としての、名前を。ハルミシア様お直々に、賜った、だけの、はずだろ……。こんなこと、できる、英雄にまで、なれたん、だから。……なんで、お前の今の、な……」
トランパムの独白は聞こえなかったことにする。『こんなこと』だけ気になって、一度だけ振り返っておったまげた。
楽団長の片手には、丸い物体。さっきトランパムを『純化』したときに排出された老廃物だ。
なぜか黄金に輝いていた。結構、時間が経ってるのに砕けていない。
なんで! なんで今更こんな嫌な形で『マナランプ』成功してるの!? 『具象化』なんて使ってないよ俺!
そしてナマコお前その憂いに満ちたマジ顔をやめろ!
一つ目顔をいくらキメようが、俺を悲しく見送る君、片手に握り締めてるそれはお前の体の老廃物!
しかも光ってんだぞ! 目脂や垢が光るとか、それってなんか深刻な病気の兆候じゃねえの?
俺はもう疲れ切って、説明をする気を一瞬で失った。うっちゃって扉の前に立った。
最後に意識に空々しくこだましたトランパムの言葉。お前は、英雄なんだと。
英雄。何度聞いてもふざけた職業だ。ゲーム版のベベリアスクに、唯一職やユニークスキルなんてあるはずなかった。
あくまで、『ベベリアスク・オンライン』は商業用のゲームだったから。
特別優遇されたプレイヤーなどいるわけがなかった。それは社長であるお袋の、息子の俺でも同じこと。
チートもバランスブレイカーも、あるわけがない。
だが、今の俺にはそれがある。女神の加護。そして俺の選択、『プレイヤー能力』が生んだもの。
やりたくないが、『鑑定』スキルを発動。使う技能は己のデータを詳細化する『自己鑑定』。
ウィンドウのヘルプを探り、俺自身の職業とスキルを確認する。
脳に流れ込んでくる、プレイヤーとしての仕様、すなわち俺の運命の本質。予想したとおりだった。
職業 『英雄』 ……世界の始まりにして中枢である、女神に寄り添う者。
スキル『英雄性』……女神に認められた者の証。英雄とは神ならずして超越領域の力を振るう者の意。
スキル『信仰』 ……女神を信じ、女神に希い、奇跡を起こす力。
そして、最後の一つ。あの決意の瞬間、《虚術偽刃》が俺にもたらしたもの。
スキル『偽英雄』……世界を欺き、神に抗う者。
「……もう、笑うしかねえな」
すべてのユニークスキルは恐ろしいことに、スキルポイント残り『1』使用でレベル1取得の段階となっていた。
『偽英雄』に到っては、すでにレベル1。同じくスキルポイントを『1』使えばレベル2だ。
赤い光を思い出す。この広い宇宙で俺一人にだけ注がれ続け、一瞬たりとも逸れてくれない力。
俺の願いなど、いとも容易く圧殺するあの極大にして無垢な視線。
唯一職や、ユニークスキルとは女神の呪いの別名だ。逃れることなどできはしない。
そして最後の一つに到っては誤作動に過ぎない。女神どもの知ったことではないだろう。
ウィンドウに表示されている理由も不明。
しかし誰一人知らずとも、この汚名は当然なのだ。
あの誓いから変わらない。唯一の願いは砂の道、その先に待つ帰還。
女神どもに俺の真意は悟られていまい。だがもし仮に、見透かされていようが同じこと。
だからこそたった一つだけ、自分に祈った。
垣間見た、女神たちの存在の根底。細胞の一欠片まで捩じ切り逃さない、あの偏執性と力の極致。
人間の意志や解釈など届かないもの。
だからこそ。いかなる戦慄に、どれほどの恐怖に、魂から爪先までもが凍ろうが。
決して止まるな、この歩み。
たとえ巨大すぎる運命に幾たび押し潰されようが。
陰惨な未来にいかに怯えようが。
願いがどれだけ不可能に近いと思い知らされようが。
帰還を成し遂げるその日まで、我が名はレンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレライン。
世界を欺く偽英雄。虚ろな魔術と偽りの利刃を振るい。
神に、抗う者なり。
白亜の城の扉が開かれ、再出征の刻が来た。進む先に満ちるのは呪わしい銀の光。
そして俺は。偽英雄は、ふたたびベベリアスクへ降り立った。
『レンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレライン』
【基本情報】
・職業:英雄
・称号:受け継ぐ者・女神のお気に入り・百兵殺し・サハギン狩り・分隊指揮官・決闘者・コメディアン・蕎麦の友
・LV:41
・生命:1650
・マナ:2235
【能力値】
・筋力: 8
・耐久: 8
・敏捷: 9
・器用:10
・知性:10
・魔力:14
・精神:11
・魅力:10
・幸運:11
【スキル】
・刀剣 :レベル3/3
・鈍器 :レベル4/4 (補正のみ。技能は2)
・格闘 :レベル1/3
・捕縛 :レベル5/5 (補正のみ。技能は1)
・結界術:レベル5/5 (補正のみ。技能は1)
・火魔術:レベル1/4
・土魔術:レベル5/5 (補正のみ。技能は1)
・共有術:レベル1/3 (ロザント戦で生えた)
・軽装備:レベル4/4 (補正のみ。技能は1)
・隠密 :レベル5/5 (補正のみ。技能は2)
・精錬 :レベル5/5 (補正のみ。技能は2)
・鑑定 :レベル4/2 (『鑑定の指輪』込みで技能4。地力は2)
・演奏 :レベル1/2
・料理 :レベル1/4
・裁縫 :レベル1/2
・野営 :レベル1/3
・夜目 :レベル1/2
・行軍 :レベル1/3
・察知 :レベル2/4
・開錠 :レベル1/1
・弁舌 :レベル1/4
・英雄性:レベル0/5 (次レベルまで残1スキルポイント)
・信仰 :レベル0/5 (次レベルまで残1スキルポイント)
・偽英雄:レベル1/5 (次レベルまで残1スキルポイント)
《ポイント残:661+155》
【耐性】
・火 :抵抗1/10 ※『四大耐性の指輪(弱)』込み
・水 :抵抗1/10 ※『四大耐性の指輪(弱)』込み
・風 :抵抗1/10 ※『四大耐性の指輪(弱)』込み
・土 :抵抗1/10 ※『四大耐性の指輪(弱)』込み




