EP.3 媚は売り物だ 代金回収できない奴には売るな
テンポわりい
拝謁の間。俺の居たあの白い部屋とベースは同じなんだろう。
ただし天井は高く、窓は全て磨き上げられた青白い金属で成り、床には赤い絨毯か敷かれ、奥の玉座へと伸びている。
シャンデリラは真っ白な光を放ち、玉座に佇む少女を輝かせている。高貴の姫の住まう白亜の城の内部、といった趣だ。
薄く青く輝いているのは、親父の手紙を信じるならすべてミスリルなのだろう。
俺はその中をゆっくりと玉座目指して歩いていく。本当は加速つけて殴りたいけどな。
「遅かったな」
一時間前と代わらない完璧な美貌。銀色の髪が絹の糸のように揺れていた。
俺が彼女の面前へたどり着き、跪いたときに女神は冷たく遅参を責めてきた。顔が怖い。
うげっ。こいつはアホだし仮にも神だからルールに縛られているはずだが、間違いなくこの世界、いや数百の平行世界? で最強最高の存在であることに間違いはない。
どうも精神性と知性には甚だしく問題があるようだが。ただ、お袋に言わせれば超越者や上位存在など人間からすれば過半数が意思疎通不可、残りは一応言葉だけ通じる異常者らしいのでこんなもんなんだろう。
しかし異常者て。
それ少なくとも、今の俺の救いにはならねぇ! 失敗は許されない。全力で、やり遂げろ、俺。
「ははっ。度重なる遅参、なにとぞお許しを。『天の糸』ハルフィネンと『神の銀』ミスレラインの末裔、神銀錬造。ようやく銀糸の女神ハルミシア様のご尊顔に拝謁叶い、まこと光栄の限り……」
中二な名乗りを、上げました。ちなみにハルフィネンはお袋の実家の正式名だ。日本名は春糸捻だった。……うん、普通の名前っていいよね。
ちらと見上げると、無表情ながら女神は驚いていた。まさか敵前逃亡者、脱走兵、使えない英雄の烙印を押した者の子供がここまで敬意を表した対応ができると思っていなかったのだろう。なお、お馬鹿ッパに対しては別に敬語を間違えても大丈夫。
俺の口上は本物の雲上人から見ればかなり変なはずだが、礼法に正しく則る必要はなし。最大級の敬意さえ示せば怒らない。
死なないために、親父の手紙と俺の知る敬語を総動員してそれらしくする必要はあったが。
またカッパの正式名は『躊躇いがちに、ただし必ず』呼ぶようにと親父からの指示があった。
相手は『自分はかしこまってます』『敬意払ってます』そして『あなたと俺は近しいです』が伝わらないと、即、命が危なくなる女だから。
「そ――そうか。ふむ。貴様の両親は二人とも失態を犯した愚か者だが、息子の教育には成功したようだな。先ほどの失言もそろそろ許してやっても良い」
「寛大なるお言葉、まこと痛み入ります」
カッパのやり口やヘマについて散々二人の手紙で暴露されている俺は、親をコケにされかつ上から目線で口を利かれ切れそうになったがこらえた。褒めて欲しい。両親からも相手は神だ、徹底的に言質は取れ、と手紙もらってるし。
しかしチョロいなカッパ。まあ実は、超越者や上位存在においてチョロい性格は全然安全や有益を意味しないのだが。
「では錬造よ。此度の出頭令について教えてやろう」
「ありがたき幸せ」
「そもそもがこの因果は――」
見事に手紙で知ってる話ばかりだった。有益な情報なんてぽっちりや。
親父は異世界でジュアンカーリ、お袋はヨキアという名乗りだったこと。これはカッパが付けた。元は純化と洋子なのに悪い方向へ頑張りすぎだろ。
女神などの上位存在すら越える超越者が出て行くと世界が壊れること。また超越者は人間や魔族などの為す小さな因果を変えられないこと。
神は魔王でも小指で殺すらしいし……もうお前が戦えやと思ってたが駄目な理由はそれか。
ハルミシア――カッパが管理している世界(平行世界みたいなもんか?)は五百を超えること。
ハルフィネンとミスレラインは名前でなんとなく分かるとおり、女神からかなりの寵愛を受けた一族だということ。ちなみにお袋の実家が筆頭。親父の実家は三位くらいらしい。
寵愛ベスト三が二つ逃げたんかよ……それはヤバいだろ。主に人望が。
どちらもこれからいく世界では縁者は既に断絶あるいは別の一族に編入扱いとなってるが、直系の子が万一見つかれば各王家から即縁談ありの由緒をまだ維持してるらしい。お見合いはしたくもないが。
「さて、分かっておろうな錬造よ。貴様にはこれから『べべリアスク』へ転移し、世界の因果を脅かす勢力と戦ってもらう」
「ははっ。不肖の身なれど、この日のため父より修練を受けて参りました。微力を尽くします」
「うむ」
この日のための鍛錬だったのは嘘ではない。望んでもないが。しかしやはり『べべリアスク』なのか。
「では我が英雄として、これから述べる力を貴様に――」
「僭越ながら、ハルミシア様より賜ります力については、私からお願い申し上げたきことがございます」
「くれてやろ、えっ。何だと?」
ここが勝負や! 女神の言葉を遮って意見を言うのだ。不興を買う可能性は滅茶苦茶高い。しかしこうしないとさらにヤバい。
親父の手紙にも英雄の力には意見を言うようあったが、指示がなくとも俺はそうしていた。だって、実例がひどすぎたから……。
半畳を入れられたハルミシアは無表情ながら死ぬほど不愉快そうだった。これは話の終わりまでに機嫌回復せんと死ぬな。
「……ひとまず申してみよ」
「まず私は両親と異なり、一族の贖罪のために幼少より鍛錬を行なってまいりました」
「それはそうだろう。当然の義務だが望んで己を磨くとは殊勝な奴」
だから望んでじゃねーよ! 心の中で毒づきつつ、しかしここで女神を褒める。適度に拡大解釈を交えつつ。
「その中で、畏れ多くもハルミシア様から力を賜った父と母から戦いについての技を得ております」
「むう」
「ハルミシア様より両親がその力を賜ったのです。私の代でそれを発展させたいと願うのは僭越でしょうか?」
「むむむ」
「ゆえにこの度に頂戴できる力については、私自らの選択をお許しいただきたいのです」
「むー」
さっそくカッパが迷い始めた。既に怒りを買って罰を受ける見込みは低くなっている。しかしやはりアホやコイツ。俺は拍子抜けした。
ちなみに俺の世界に魔法とかないので、別に戦い方は習っておりません。現状、俺はミスリルも結界も使用不可。
親父の薫陶は受けてるし、母親からも……別のものを、もらっているが。
つまり『戦い方を受け継いだ』は嘘ではないが詐欺的な言辞だ。
このまま通ってしまいそうだが。
ハルミシアは親父とお袋についてはいまだに怒ってはいるのだろう。しかし大陸の端から中央ラインを割るまで追い返すなど、並の英雄どころか本質的に人間にはまず不可能なことだ。
そこで俺は『不可能を可能にしたのは両親の力だが、その力を与えた名采配は女神のものだ』と遠回しに言っている。
これは社交辞令の範囲でここから褒め倒す予定だったが、ジャブで撃沈。アホの子がめっちゃ喜んでるので、もう不要だ……。
俺が危ない橋を渡ったのには理由がある。基本的に、カッパに見る目や優れたセンスはないからだ。
これは基本チョロい娘なのやアホの子なのとも関係があるがそれは置く。
親父は『風とミスリルの英雄』だった。
しかし親父の血筋から見て主軸となるのはミスリルに関する能力なのだから、誰でもわかることではあるが土の精霊を付けてくれるのが一番ありがたいはずだ。次点で火の精霊。
にも拘らずなぜ風精霊を付けられたかというと、四大の中で最も勇気を尊ぶのが風精霊だったからだ。
ハルミシアは英雄の連れ合いとして速攻で風精霊を気に入り、親父に付けた。
生涯の間、契約解除が不可となる勢いで。
結果どうなったか。まずそもそもミスリルの英雄である親父は風精霊と相性が良くなく、初期どころか最終戦まで意思疎通に難があったらしい。性格的にも慎重で情報収集が好きな親父と突貫主義の精霊とは合わず、諍い続き。
と言うかそもそも風精霊と契約した時点で土の力に依存するミスリルの品質、性能の限界はガタ落ちするのだそうで、向こうで覚えたミスリル系の能力まで大体しばらく死に筋だったそうだ。
おまけに土精霊と自力で契約する可能性さえ消滅。風と反発しあうので、結局契約の力が強いほうが勝つので土の追加は無理。
親父は半泣きで火の精霊に追加契約してもらい、高熱で溶けたミスリルが混じる炎風を纏って突撃する、あるいは放射する『英雄の銀風』なる魔法スタイルが完成する旅の序盤末期までお袋に守ってもらっていたらしい。
お袋も自分の適性が結界と知り、サブの能力は回復魔法か、親父のように精霊でも付けてくれるのかと思っていたらしい。
しかしハルフィネンは女神最高のお気に入り。その結界魔法を強化する方向に走った。これもまずかった。
異世界初日から結界の性能が魔王軍幹部に通用するレベルになったはいいが、お袋に汎用性がほとんどなくなってしまったのだ。
使える結界が高性能すぎて魔法の力を食いすぎる。また結界が強すぎて、自分を覆ったつもりが酸素や光まで通さなくなるときがある。結界系強化の反動か、他の系列の魔法がやたら覚えにくくなるなどの問題が頻発。
仕方ないので、お袋は自分の武器を適当に結界で覆って魔王軍幹部を殴り殺す、人間軍の矢を結界で固め相手の城まで貫通する中二性能にして町ごと射殺す、父の風精霊を結界で閉じ込めて切り離し、その間だけミスリル錬成能力が強化されると言うか本来の性能を取り戻す親父を特攻させるなどのトリッキーな戦術を採用するしか、最低の準備が何とか整う中盤まで生き残る方法がなかったらしい。
二人の常識を超えた、と言うか常軌を逸した戦術に人間軍は意気上がり、魔王軍は戦慄したらしい。だかそんなことはどうでもいい。
要するにカッパは死ぬほどセンスが悪いのだ。そんな奴に主要能力を選ばれたら、俺は異世界到着日の夕方までに死ぬ自信がある。
親父もお袋も、手紙に全力で『能力については自分で選べ。お馬鹿ッパ嬢よりセンス悪い構成は狙っても不可能』と書き綴っていた。また『世界間移動に持ち込めるものには限界があるが、ブツも力も持ち込み限界までチート仕様にしろ。お前は反則的に強くなるが、安心しろ、敵や試練はさらに上だ』とも。
ならば能力を決める権利を何とかして得なければならない。
一度だけは危険を冒す必要があった。成功後の話の流れに関しては俺は心配していなかったが。
お願いは交渉と言うほどのものでない、基本的に褒め殺せばいいのだし、最悪でもハルミシアに複数候補を作ってもらい選択する形くらいにはできるだろう。そこに俺の提案でもこっそり混ぜ込めばいい。
条件を付けられる可能性はかなり高いが、『決めさせる代わりに得た能力の性能を実績で証明しろ』などと言われても、基本俺は親父やお袋より生存率や最終戦績は高くできる見込みだ。
当時の二人とも、異世界にいくまでは新人として会社で働いており、戦闘経験などなかった。
魔法についても親父は異世界入りまで使用不可。お袋は猫避けの結界だけは生まれつき使えていたらしいが。
そりゃそうだわな。一族の由来だって、親父が現世帰還後に調べたのだし、知らない親戚が大半。二人に知識はなかったのだ。
最初から転移の経緯と鍛錬した体、知識、技術を持っている俺はかなり優位となる。
そう、異世界が両親がいた頃よりハードモードになってさえいなければ……。
「……まあ、英雄の力については貴様が選びたいならそれでよいだろう」
「ありがたき幸せ! ありがたき幸せっ! ありがたき幸せぇっ!」
「……そこまで喜ぶことか?」
言質取った! 俺は勝った! これで生き残りどころか場合によったらチートハーレムもイケるで!
「ただし条件は付けさせてもらう。まず世界移動の際に貴様へくれてやれるものは、加護や力やモノを含め、因果を乱さない範囲であることを事前に確認し、適合せぬものは不可とする。また貴様は父と母の名を継ぐ者としての縛りを自ら負うこと」
「ご懸念、ご尤もにございます。異議などまったくございません」
「この際、貴様の名を継ぐ者としての縛りは、父ジュアンカーリの奥義『英雄の銀風』、母ヨキアの秘奥『結界剣』、二術の完成を以って成る。いかなる能力を選ぶにせよ、貴様という英雄の戦記が終幕を迎えるまでに以上二つの発動を必ず成し遂げねばならぬ」
「……は? ! ははあァッ!」
驚愕。焦燥。失望。そして、脱力。
最後の力でなんとか不自然さを殺そうと元気に頭を下げて承諾したが、俺は死んだ。やばい。斜め上の方向に条件ついた。チーレムどころか生存も危うい。
何? 親父が手紙で『力の浪費』『適性間違えた人間の末路のモニュメント』と自嘲してた『英雄の銀風』?
別れた今も親父にベタ惚れの筈のお袋が『なんか売れない演歌歌手の地方ステージ演出みたい。実際田舎へ行くほど受けてた』って親父に関してこれだけは小馬鹿にしていた『英雄の銀風』?
お袋の手紙で『苦肉の策』『戦闘リソース馬鹿食い』『私、防御系の術士だから……』とか黒歴史扱いにしてた『結界剣』?
親父が『メイス装備がダメージディーラーの証となってる国も、探せばあるかも』とか必死のフォローしてた『結界剣』?
使うための素質は俺にあるかもしれない。いや、二人の息子である以上きっとあるのだろう。
しかしこれから異世界で命懸けの戦いになるのに、そんな糞スキルに俺の生存・学習リソースを割けと? しかも二つ分。
その上、この糞スキル完成が条件になると、俺の考えていた能力の強みと競合するんですけど! いまさら変えようもねーし!
何とか口八丁で条件変えてもらえないだろうか。そっとカッパの表情を覗き見る。
「……ふふーん」
無表情だがめっちゃ上機嫌だった。どうやら大喜びだ。
自分の見識によって得た力で二人の英雄が大活躍したことを二人の息子が知っていること。
そして息子が両親の力を継ぐと宣言したこと。
その相乗効果できっとカッパの頭の中では『女神の使徒物語~第二部・息子編~』がロングラン上映中なのだろう。
駄目だ……。条件変更はできない。これからいくつも異世界関連で言質をとらねばならない。機嫌を損ねるのは無理だ。
お袋によれば基本、超越者や上位存在がアホでもチョロくてもそれは人間から見て安全と有益を意味しない。
当然だ。
アホでチョロい彼らが善意で持ちかけ与えてくる祝福や加護や便益さえ、大概の場合、弱い人間から見れば呪いと変わらない。
拒絶すれば死か、死よりひどい待遇が待つだろう。回避も逃亡もできない。口八丁? 凌いだつもりが、より悪くなるのが常。
悪意のある個体ならさらに酷くなるというだけのことで、組し易さなど気休めにはならないのだ。
アホな超越者なら、アホな頭であっても何一つ問題ない力があるから、アホのままで改まらないのだ。
チョロい超越者なら、本性がチョロかろうが敗北の可能性などないから、チョロいままで成長しないのだ。
そもそも超越者はコミュ不全が多いそうだが、これも当たり前だ。
奇跡以上の力を持つ、妥協など考える必要のない個体なのに、何で他者なんて意識する必要がある。
基本的に人間から見れば、超越者がどれもこれも狂ってる奴にしか見えないのは、むしろ自然なのだ。
だからこのカッパは多分比較的まともな狂い方の部類なんだろうな……。
俺は、自分が望む能力について説明を始めるべく、カッパに向けて一礼しようとして、女神の妄言にさらに驚愕することになった。
「さて、話はまとまったな。得たいと思っている英雄の力について説明するがいい。ついでに私からも、貴様がこれから越えねばならない百の因果について簡単に教えてやろう。レンジュアーリ」
『百の因果』って何!? 魔王一族の絶滅だけでええんやなかったんですか父さん母さん! それにおいお前俺に勝手にソウルネーム付けるな! レンジュアーリって! これ公式の場では名乗らんとあかんの!?
魔将? 出ません。異世界物語とは私の中では、主人公がチョロいけど危ない女の機嫌を取る話。




