EP.22.5 灰、灰、灰、灰、灰の色 俺もお前も灰の色
「早くしろよ! ジュア!」
「わ、分かってるよ! ヨック」
松明に火が付き、節くれだった石の内壁が明らかになる。洞窟の内壁が。
貧しい身なりの青年たちが、十人足らずで慎重に内部を進む。滴り落ちる雫が、ぴちゃりと音を立てる。
ジュアと呼ばれた気弱そうな青年が、飛び上がった。
「いつまでビビッてんだよジュア……噂じゃもうサハギンは術士様に皆殺しにされたっていうじゃねえか。なら楽勝だぜ」
「それに二、三匹残ってるようでも袋叩きにしちまえばいいんだ」
「しかし間抜けな術士様だぜ! サハギン殺してんのに真珠も取っていかねえとかな!」
「何のために殺してんだよそれ!」
洞窟内に反響する若者たちの笑い声。隠し切れない喜びの音色。
ジュアが追従笑いを浮かべた。
彼らはある漁村の青年団。最近まで近隣に増えたサハギンの被害で漁獲量が落ち、漁村には生活には暗い影がさしていた。
本来なら、とても笑える状況ではなかったし、働き手が村を離れてこんなところにくる余裕などなかった。
しかし噂好きの連中が昨日いち早く聞きつけた話は、回りまわって青年たちをここへ連れてきた。
その内容には、暗い展望を吹き飛ばすだけの衝撃があったから。
流れの術士と、過去の大戦で死んだはずの往年の名剣士が組んで、四日前サリアの浜に現れた。
目的はサハギン退治。数百を越える敵を前に苦戦し、剣士は名誉の戦死を遂げたが、術士の活躍で魚人たちは皆殺しにされたとのことだ。
なんだその子供向けの御伽噺は。
最初は誰も信じなかった。だが、漁場においては現地近くへ追いやられる弱い組もいる。
彼らがこわごわと確認しに行ったところ、確かに浜からはサハギンがいなくなっていた。
浜には灰が降り積もっており、骨や牙が僅かに転がり、一部の砂が固まり輝いていた。
そして魚人の影は、浜にも海にも洞窟にも、念のため確認した森にもない。
真相がわかると、漁村は喜びに沸いた。素晴らしかった。
もう一々網を破られることを、船の上で襲われることを警戒しなくともよい。
それどころか、うまく立ち回れば今後はそれ以上を見込めるのだ。
年かさの連中は、道具の材料になる希少なサハギンの牙や爪や骨を独占しようと目論んだ。
他の若者たちがそれに文句をつけているころ、目端の利くヨックは、自分に近しい者を集めていた。
魚面どもの骨や牙などどうでもいい。今、一番押さえるべきもの。
それはサハギン真珠だ。
獰猛かつ凶悪と思われているサハギンであるが、意外に知能の高い生き物でもある。
ゴブリンなどと最も異なる点は、その種族としての集団生活の適性と、そして器用さだ。
別してサハギンは真珠つくりにおいては名手。彼らの種族内における貨幣や財産とは、まずは真珠のことであった。
製作工程として、彼らはクジラの骨を真球に近いほど磨いて核とする。
そして作った核を特定の貝に仕込み、水魔術による貝への治療と成長促進を組み合わせて育てるのだ。
育ち切った真珠は各員の財産や通貨となるだけでなく、サハギンの氏族がどれほどの真珠作りの名手を抱えているかも示す。
種において氏族が権威や格を維持できているか、周囲に見せ付けるための指標ともなっていた。
サハギンは水魔術によるものなのだろう、全ての真珠において所有権を確定している。
元の持ち主が死んでいるのなら、サハギン真珠は人間界でも財宝だ。
何せ丹精を込めて育てられ、一般に天然の真珠よりも大きくて美しいのだから。
だが持ち主の死亡が確実でないならば、危険なだけの無用の長物。持ち主が魔術で所在を割り出して、どこまでも追ってくる。
それではただの厄介ごとの種、一文にもならない。
だから今回のヨックの思い付きは天才的だった。四百を超えるサハギンが攻めて来ていたのだ。
出陣する兵士には万一のこともある。陣中でも取引材料になる真珠を、一粒も持って来ていないなどとは考え難い。
そして、魚人のほぼ全てが死んでいるのだ。物資の一時置き場となっていた可能性が一番高いのはこの洞窟。
調べれば、宝がうなっている確率は高い。
ここにいる青年たちは浜の骨や牙を諦める代わりに、独占するものを指定していた。
『洞窟内にあるものならなんでも』自分たちのものにしていいと、村の有力者たちから許可を取ったのだ。
洞窟の魚を独占したがっていると思い込ませるためである。これでもう、老害たちにあとで余計なことは言わせない。
幼馴染のジュアは、漁村での自分の地位が気になってしょうがないようだ。だが、自分はあんな暗くて湿っぽく、閉じた故郷はどうでもいい。
ヨックには、都会へ行って一旗上げる自分の姿が見えていた。未来が、輝いていた。
「ああああああああ」
「なにやってんだ! 相手はたったいっぴ……」
逃げようとした友人が腕を引き千切られる。別の友人は棒で殴りかかり、反撃の蹴り一発で胴体に穴が空いた。
ヨックは金縛りの中、失禁するだけだった。膝が笑う。顔も笑うしかない。
何でこんなことになったのか。海へ繋がる水路の一部、水底が深くなった溜まり。
そこに集められていた真珠は、五千粒に迫るのではないかと思われた。
まるで宝石の海だった。僅かな明かりにも、白く輝きが返り、持ち主を祝福する。
大喜びの友人たちとすべてを回収したまではよかった。
布に集め、零れないように慎重に何重にも巻く。
そして全員が分けて持ち、意気揚々と洞窟の出口を目指したまでは良かった。
明るい光の出口には、灰色の熊が待っていた。いや、筋肉こそ熊以上だが、その顔面は熊のものではない。
外見は魚。どの漁師の網に掛かったことはないだろう醜悪な魚類の顔。
サハギン。それも最悪なことに灰色。上級の変異種と恐れられるレンデルン種だ。
こいつらは特に知恵があって、侮辱されれば許さない。捕まった盗人がどうなるかぐらい、ヨックにも分かった。
「おぼ」
洞窟内が生暖かくなる。仲間はもう残り三人だったのに、また一人、目の前で腹を割かれたからだ。
ヨックはジュアを見つめた。あとは、あとはダボハゼが隙を見せるのを信じて、仲間を殺している間に逃げるしか見込みがない。
一番仲間内でとろいのはこいつだ。子供の頃から散々足を引っ張ってくれた。こいつが殺される瞬間に、洞窟を抜ける。
だが、その瞬間は来なかった。
「こいつです! 僕は反対してたんだ! こいつがやろうって!」
灰色の魚人の胴体に、ヨックは激突した。固まったまま、ジュアに突き飛ばされたからだ。
愕然として走り去るジュアを睨めば、驚くことに彼は笑っていた。
「子供の頃から散々、僕の足を引っ張りやがって! 馬鹿の分際で毎度毎度、兄貴面しやがって!」
裏切り者。そう非難しようとして、ヨックは視界が急に落下したのを感じた。おまけに傾いている。
低い。見上げるようにしかものが見えない。手足が熱い。
自分が、手足を一瞬で千切り取られたのに気付いても、ヨックは愉快だった。
視界の端で、腰抜けジュアが足を掴まれ、振り回されていたから。サハギンに、片腕で。
ごんごんごん。
この灰色は裏切り者が嫌いらしく、ジュアは泣き叫び、命乞いしながらも、死ねていなかった。
死ぬまでにあと数十回は、壁に叩きつけれられるのだろう。
ざまあみろ。裏切り者。散々世話してやったのに。
その内心の罵倒が最後だった。
「ともに惨めで醜悪だな。あの男の子供らしい。いや、奴は惨めではない、か。醜悪だが強く賢い父を持ちながら、英雄の名を借りながら、出来損ないどもめ」
嘲弄というよりは居たたまれないといった呆れ声。
そしてヨックは、耳の横で骨が割れる音を聞いた。それっきりもう何も感じなかった。
「まずまず、の出来か」
ゼトは崖の上から、足場が崩れたせいで遠くなってしまった洞窟を見ていた。
乗ってきた馬は借り物だ。できれば長居はしたくない。仕える少年がサハギン浜と呼んだ、この場所には。
潮騒交じりに悲鳴が届く。これでサリアの後始末は完了だ。薄汚い犬どもの相手を、主人にさせずに済む。
サリアント家の使用人を通じて、自然な形で漁村にまでサハギン討伐の噂を流した。
あとはあのお調子者ヨックが息子を唆してくれる。あの浅知恵どもなら、自分で考えた結果と思い込んでくれるはず。
たとえ誘導されていても。
結果は読みどおりだった。同盟者とは話をつけてある。万一にも生き延びることはあるまい。
今頃、漁村の若者たちは全員が、サハギンのための肉団子にでもなっているのだろう。
特に何も感じはしない。
自分でも意外だったが、ゼトは、漁村を追い出されたことはもう別に恨んではいなかった。
いまだに寂しいし、怒ってこそいたが、怨念はほとんどない自分に気が付いたのだ。
いや、正確に言うと、彼らになどもう興味はなくなっていた。
世界を相手に戦う英雄。再度その従士に選ばれたのだ。自分に、出自などもう不要だ。
ただ、血縁や出生地をタテに、強請りたかりをされるのは我慢ならなかった。
跡取り息子ももう一人の義息も恥知らずだ。ゼトを追い出しても、親子である事実は変わらない。
そして漁村は貧しくはなくとも、決して楽ではない。
今後レンジュアーリに対してかすかな伝手を悪用し、陳情の類を行なってくるのは、火を見るより明らかだった。
そしてそれが、いまだ立場の弱く後ろ盾のないあの歳若い英雄にとって、命取りになりかねないことも。
息子の気が弱いのもまずい。利権を引き出せると勘違いすれば、周囲の田舎者が焚きつけるだろう。
生かしてはおけない。
そう、英雄の従士に無能者の家族や足を引っ張る昔なじみなどは、必要ないのだ。
英雄に泥をかぶせるに違いない慮外者を事故扱いで葬れるなら、それに越したことはない。
英雄にちなむ名をもらった息子。
そして同じように英雄に由来ある名前を与え、息子の補佐とするべく息子同様に育てた拾い子。
ゼトが彼らのことを思い出すことなど、もうなかった。
代わりに去来するのは過去の思い出。自分はなぜこうなったのか。いつからこんな男になったのか。
十八年前の春の日、二人の英雄に出会った日か。
それとも二人とともに、戦場を駆けた日々の間にか。
いや、十七年前、ロザントの起こした事件を機に、英雄二人が人間の世を去ってしまった日にか。
今のゼトには、かつてのロザントの気持ちが痛いほど分かった。
あのころ噂になった、敬愛するヨキアと、アズナース王家の第二王子との結婚話。
いや、雲上人が流したのだ。
もう銀風の英雄や結界の姫がどれだけ拒絶しようと、止められないほど上では話が進められていたのだろう。第二王子が熱烈に望んだそうだ。
ただヨキアを愛し、その為に尽くし続けてきた名剣士の絶望はいかばかりだっただろう。
彼女のために強くなり、彼女のために死線を越えた。あの日、彼からすべての展望が失われたのだ。
ジュアンカーリに加えて、王子までもが彼女を求めた。
あの哀れな男の存在意義、天命は失われた。
だからあの日、ロザントは裏切り者になった。
気付いたのはゼトだけだった。もう何度目かの祝勝会でロザントがヨキアに渡した飲み物。
いくら連戦で疲労しているとは言え、あっという間に寝てしまった結界の姫、至高の血を持つ聖女。
そして、剣士が彼女を運ぼうとして、連れ込もうとした部屋。
結果、ロザントは何も出来なかった。ことに及ぶ前にすべて終わった。
ゼトが密かに呼び寄せておいた、従士団のほぼ全員によって袋叩きにされたからだ。
いくら剣の名手でも同格以上の実力者、複数相手では話にもならない。
結果、裏切り者は追放され、彼女の貞操は守られた。
だが、英雄二人は人間にも失望し、去っていった。
自分の不手際だ。あの日、事前にロザントを止めることはできなかったろうか。
どこかで裏切りを暴いて見せて、自分こそ従士で最も有用な男だと、二人に示そうとするような心はなかっただろうか。
今までの不遇は、ロザントのせいにすることで耐えてきた。
だが、もうこれから先の後悔は御免だ。
災いは、双葉のうちに摘まねば、やがては斧を用いても取り除けなくなる。
自分が至らないために自分を見限って去った、理屈屋の英雄の言葉だった。
漁師ゼトは、きっとあの別離の日に死んだのだ。残ったのは英雄に狂った従士ゼト。
己でも善悪定かならぬ灰色の従士。
灰色の男には、灰色の信義がある。謀りかけたのに、あの少年英雄は最後に自分を信じた。
ならば、灰なりの責務を果たさなければ。存在意義を、天命を失うのは、一度でいい。
ゼトが馬にまたがり、サリアへ戻ろうとしたとき、耳元に泡が生まれた。
連絡用魔術、『話泡』。
永遠に魔術に関しては素人止まり。その老人が前大戦からたった一つだけ辛うじて使えた魔術であり、たった一人としか交信できない力。
生涯ただ一人の、魔術での連絡相手に、ぞんざいに応答する。
「貴様か。何用だ。ロンギット」
「不快だが、約束だけは果たしてやる」
ロンギットは『隠密』を解除し木陰から出ると、ゼトに対して片手を上げた。
この狂人とは会いたくもなかったが、同盟は同盟、契約は契約だ。
洞窟内から回収した真珠、およそ五千粒。そのうちからベラムの分を中心として五百ほど詰めた皮袋を投げた。
最初は、あのローレラと呼ばれていた少女を引き渡すことで、真珠の一割を支払う約束だったのだ。
そして引渡しまでは、こいつは嘘はつかなかった。
まあ、目の前の男は、英雄の敵を殺すこと以外には興味も無かったのだろうし、裏切りの気配は何度もあったが。
人間の老人、従士の中で最も狂っているとしか思えない男は、軽く皮袋を投げ返してきた。
信じがたいが、要らないらしい。
ロンギットとて族長だ。人間の世界では、サハギンの真珠五百は仮に低品質のものでも、屋敷が建つだけの価値があると知っている。
ましてや皮袋に詰まるのはベラムの、族長候補のもの。正気の判断とは思えない。いや、英雄に関することで、ゼトが正気とも思えないが。
「なぜだ」
「真珠を回収する旨を提案し、話題としたとき、レンジュアーリ様が仰った。『うわっ。なんやそれ。敵に自分の居場所教える、ただの発信機じゃねえか……』と」
「はっしんきとはなんだ」
「俺は知らぬ。だがレンジュアーリ様のご判断なら、従うまでだ」
「ふざけた奴め」
老人はいつもこうだった。前大戦から一方的に取引を持ちかけてきては、報酬を放棄したり、逆に倍、要求してきたり。
しかし、今まで失敗はほとんどなく、不快でもなぜか手を切ることができなかった。利害以前に。
最初の取引にロンギットが応じたときは、仕方なかった。人間軍の進撃ルートは重要情報だった。
かつて惚れこんでいたサーゲインを魔将の頂点へ押し上げたかったのだ。いやいや手を組んだ。
実際、サーゲインは魔将としては駆け出しだった。
売られてくるのはあくまで人間軍の中の、英雄に刃向かう者を限定とした情報のみだったが、ゼトの伝手はありがたかった。
戦功を上げるにも政敵をかわすにも資金を集めるにも、ゼトとロンギットの取引抜きには難しかったろう。
灰色の英傑が死んだのも、ゼトを無視した英雄の特攻によってだ。
最後までゼトが英雄の信任を得ていれば、サーゲインは死ななかった。
ああ、そういうことなのか。
「俺はもう行く。当分は、貴様に用もない。連絡はこちらからする」
「勝手にしろ。この灰色の従士め」
そうだ。貧弱な連絡手段で、何十度と取引をした。互いに心が通わぬはずの相手と。
この男が自分とだけは『話泡』で話せるのにも、運命を感じた。
英雄を愛し。英雄とともに歩みたがり。結局置き去りにされて。自分の道を探すことになった灰色の者。
善悪、いまだ定かならぬ。灰色には、灰色の信義がある。
ゼトは少し嫌そうな顔を見せて、サリアへ向かって馬を走らせ始める。
灰色の外套が翻る。狂える従士が振り返ることは、一度もなかった。
「俺も行くか。みなを待たせてしまっている」
そうだ。長らく待たせた。十七年も。
最初は新たなる英雄レンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレラインを殺し、その戦功で灰色を返り咲かせるつもりだった。
だが死命決するの一瞬、浜に伏して朦朧とした演技をしているあの狂人から『話泡』で提案された。
『ここでレンジュアーリ様さえ助かるならば、貴様らの再起もなろうに』
そのとおりだった。
灰色が満たすべき、三つの勝利条件。
兵を損なわぬ撤退。これは、ローレラ確保の意味が失われ、数名死傷の被害が出たが成っている。
群青の一派の戦力を殺ぐこと。これは、レンジュアーリとロザントによりほぼ全滅。想像以上の成功だ。
最後に魔王軍へ自分たちを売り込む為の戦功。これも、もう手にしている。古い名だが、本当の強者の首。ロザント・バルカニルの首。前大戦では、ヨキアとともに出陣すれば必ず恐ろしい数を殺した魔剣。いまだ彼を恨むものは多い。
レンジュアーリは若すぎる。この首が一番いい。
完全に揃っている。それだけではない。
横取りした群青の真珠、約五千粒の資金力。そこに英雄の血筋が健在である旨の報までが加わるのだ。
しかも、なぜか異常なまでに今戦闘参加者は戦力が強化されていた。まるで神の力が加わったかのように。
今ならば一族復興には、十分な目がある。
ならば英雄レンジュアーリには当分暴れてもらい、魔王軍上層部に脅威を感じてもらわねば。
そうしていれば、一度レンジュアーリと会戦しているのだ。自分たちの存在意義を示す機会が必ず来るはずだ。
だから、ロンギットは英雄の少年を殺さなかったし、殺せなかった。
彼こそがジュアンカーリとヨキアを超える難敵と知っていて。
「族長! ご命令通り、転がっていた馬鹿どもの息の根は完全に止めましたが……」
声は灰色の魚人、氏族期待の若者からだ。漁民どもの処分を終えたのだろう。浜から血まみれで駆け寄ってきた。
「よし、よくやってくれた。死体は全部丸めて、『水籠』に入れて撤収する」
「はい! でも族長、前から言ってますが、あの男と取引するのは……」
「そうだな。下手をすればレンジュアーリとロザントを足したより危険な男だ。まったく、お前は優秀だよ」
だから、却って分からんのだろうな。灰の運命に呪われた者のことは。少し寂しく、呟きで毒づいた。
「はい?」
「なんでもないさ。早く帰ろう。みな我々を心配しているだろうしな」
「はい! あ、あと一部のものが礼装を準備してましたが、戻ってからはどちらへ?」
「魔軍本拠へ。行きたくないが、第三王女殿下にでも、頭を下げる必要がありそうだ」
「やった! 復興の目処がたったんですね!」
底抜けに明るい若者の声。ロンギットを心底信ずる男の声。
強敵との海戦に乗り出す前の、かつてのサーゲインのものと、同じ響きだった。
ロンギットは若者の中に、未来の魔将の姿を見た。
悔しいので褒めてはやらず、軽く小突く。そしてぶつくさ言っている若者を引き連れて浜へ向かう。
灰色に、再度旅立ちの日が来た。




