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虚術偽刃(ホーカスポーカス)のレンジュアーリ  作者: クラゲ三太夫
第一部:サリア決戦 そして砂に埋めたもの
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EP.21 詐欺の魔法に嘘の剣 心は残さず埋め尽くせ 砂の道を歩む君

「この少年もあの剣士も紛れもなく英雄。お前たちごときでは無理だ。後は我々がやる」

「ふざけるなロンギット! ここまで何もしなかったお前らが、最後の功績だけ独占するだと!」

「我々に動くなといったのはお前たちだ。そもそも四百を数えた軍勢の過半数を、たった十数人相手に失ったお前など、誰ももう首領とは認めておらん。ベラム」

「誰に対して言っているつもりだ!」


 灰色と、群青の首領が人語で言い争っていた。戦闘の主導権について。

 余裕を見せるロンギットに対し、必死なベラム。力関係は完全に逆転したようだ。

 頭数がここまで近接してしまえば当然か。

 質で劣るベラムとしては、対抗するには自分のバックボーンをちらつかせるしか方法がないらしい。


 それはともかく身内がお通夜ムードだ。

 いや、最終手段発動後に敵が百五十匹以上残ってるとか、俺も泣きたいけどな。

 ゴレムントが謝罪してくる。石が追尾する魔術を選んだことに、責任を感じているようだ。


「レンジュアーリ様。我が英雄よ。この失態は僕一人の手落ち。僕が戦う間にお嬢とジジイと撤退を」

「作戦を考えてお前に頼んだのは俺だし、まだ終わってねーよ。謝罪とかマジに不要だ」

「しかし勝算は既になし。逃げる外なし」

「いいからその辺で丸まってろやアルマジロ。動物が殿しんがりとかシュールすぎんだろ」

「わっ私も戦いますぞ。レンジュアーリ様お一人を死なせなど。こう見えても私は最古参の従士でして」

「待て待て待て待て待てジジイ。振り込み詐欺に引っかかったみたいなテンションだぞお前落ち着け。今のお前は絶対放っといたら幸せになる壺とか買わされる。それと俺はこっちね」


 ゼトはこの状態でも戦う気満々だった。半死人の体で。

 やっと解禁になったポーションで傷を埋めたはいいが、血が出すぎたらしい。

 目がよく見えていないようだ。お嬢を俺と間違えて熱弁している。自分の有用性を売り込みにかかっている。

 いつもどおりすぎて、ある意味怖い。


「でもこれで、決まりましたわね。やはり無理なことは、無理ですの……」


 ローレラは、青い目をそっと伏せた。諦めの声は、優しく金髪をなぶる風に溶ける。

 表情には綺麗な、澄んだ感情。もう、自分の運命を決めてしまったようだった。


「ここまで守ろうとしてくれただけで、十分です。嬉しかったですのよ。私を殺せば、サハギンの撤退に口実は立つのでしょう? 幸い灰色のサハギンとは面識もあります。提案してみますの。そうすれば、レンジュアーリ様たちは……」

「ローレラ、お嬢様……」

「やーめーてーねーこの黄金のオジギソウめが。何のために俺がここに来たと思ってんだ独り相撲お嬢」


 生意気言いやがる髪を掴んで頭を左右に振った。誰が逃げるか。

 だがその手は払われた。先ほど抱き締めたときとは違う、強い抵抗の力。拒絶の力。

 彼女の細い背が震えていた。また、感情が爆発する。


「何のため……聞きたいのはこっちです! どうして私を助けになんて来たんですの!」

「うわっ。結構ひどい女だなお前。俺の気持ちを知ってるくせに」

「私、私。本当は、レンジュアーリ様に嘘を……」

「そッスね。婚約とか同盟とか嘘でしたね。でも気にすんなよ。死にたくねえのはみんな同じだろ。……おい、ゼト。ゴレムント。ローレラも」


 全員に呼びかける。俺の考えはみんな嫌だと思うが諦めて欲しい。

 俺は英雄ではないが、それでもどこか変な男だ。そんな奴にノコノコついてきたのが悪い。


「みんな、ありがとな。ここから残った敵全員とは、俺一人で戦うから」

「無理です、レンジュアーリ様!」

「英雄の自殺。無用」

「それがそうでもないんだよこれが。奥の手がある。やばすぎる力だから、できれば使うのは避けたかっただけで。それに、ゴレムントはマナ枯渇。ゼトは出血多量。お嬢は論外。もう戦えるの俺だけだろ。……試練から逃げても、俺はどうせ死ぬしな」

「それは!」


 老人の顔の皺が深くなった。恐らくは、理性が告げる答えに逆らっているのだろう。

 腕が痙攣したように震え、そして力なく脱力した。


「……分かりました。しかしまさかの時には、私も道を共にしますぞ」

「……いい気になるな。ジジイ。英雄の横には精霊。昔から。決まっている。様式美。完成形」


 結局。俺が嘘をついているかどうか、その程度ゼトには一発で分かったようだ。不愉快そうに口を開き、逡巡し、結局それ以上は抗弁してこない。

 ゴレムントは、そんなジジイの様子を見てもいつもの無表情のまま。でもちょっと悔しそうに引き下がった。


「じゃ、お嬢もそれでいいな」

「良くありません! 逃げてってば! どうしていつもいつも私の話を聞いてくれないの!」

「俺はエゴイストだからよ。俺のこと好きだって言葉以外、お嬢からは何も聞きたくありません」

「ッ! 私が! 私がどんな思いで!」

「もう俺は知っている。君の気持ちは届いてる。だって好きだって示してくれたじゃないの」

「そんなの! そんなの、言った覚えがありません! もし仮に言いたくたって絶対に言ってません! だって私には立場があったんだもの! だって私、嘘ついてたんだもの! だって私には……」


 そうして彼女は両手でスカートの裾を握り締め、俯いてぽつりと言った。

 風に一度、その緩いカールの髪と、瞳を揺らして。


「だって私には、勇気なんて……好きな人に好きだって言う勇気なんて、なかったんだもの」


 対する俺はクレバーに返した。いや、膝と声、震えてるけど。告られるの人生で初めてだから。


「言ってなくても、ちゃんと伝わってたぞ。だってな……」


 言葉を切って。そしてそっと囁いた。

 人生、最後の告白かもな。だからここぐらい、カッコつけるくらい、いいだろ?


「俺も君が大好きだからな、ローレラ」


 それきり背を向けて敵と向かい合う。置いて来た女の子から絶句する気配を感じる。

 ひょっとしたら俺は壮絶な勘違い野郎なのかも知れないが、そうだとしても冷たくしないで欲しい。

 何せこれから死闘突入だ。


「貴様はそっちの相手をしろ! ロンギット!」

「いつまでも主人面をするな。我々と貴様は単なる同盟のはず。おい、行くぞ」


 灰色と群青の論戦は終わったようで、まだ辛うじて数の多い群青が前に出て、戦列を作る。

 そして嫌そうにだが、灰色の首領が大半を率いてロザントの方向へ向かった。

 ロザントの押さえに青少しと灰多数。残りが全員俺の分。


 群青の垣根は精鋭揃いのせいか、先ほどより二回りは高く感じる。

 あの小太り中年の方に兵は沢山回すよう、サハギンにプレゼンで提案してみたい配置だ。

 成功するかも知れん。絶対アイツの方が俺より強いだろうし。俺、とても今、IT屋風にろくろ回したい。


 最後にお嬢の、ローレラの言葉について思う。何で俺は助けに来たのか。

 そうしてただ、謝りたくなった。さすがに口には出さないが。


 いつも素直になれなくて、まともに取り合えなくて、ごめん。

 でも、君が好きだからっていうのは、嘘じゃないんだ。

 単純に、それだけではないというだけで。


 君を助けてみせれば、以後この世界での活動は容易になるという打算。

 君が好きだから、死んで欲しくなかったという単純な恋慕。

 どっちもあった。だから嘘じゃない。


 でも本当は。俺が君を助けたかった本当の理由は。


 俺は、俺自身が家に帰れるなんて寝言を、心の底では信じていなかったからさ。







 俺を初めて見たときのハルミシアの声の底の響き。

 俺をじっと見るときのランゼッシナの目の奥の色。

 同じ、ひどく濁った感情だった。愛でも恋でも慮りでも保護欲でもなんでもない。

 強いて言うなら、執着心のみが辛うじて人間の感情の中では近いものだった。


 俺は結局、どちらにも帰還の方法や可能性について尋ねなかった。

 褒美の種類の一つとしてでも。

 だって、一度でも聞いてしまえば。そこで、終わってしまう。


 なぜ日本イナッシでは二柱とも俺を発見し辛かったのか。

 なぜこの世界へ俺を送り込むのが、女神自身が登場するのが簡単なのか。

 この世界ベベリアスクこそ、あの二人の基点だからに他ならない。

 一度俺を手放せば、いくら女神とて簡単に俺へは干渉できなくなるのだろう。


 だから、女神に帰還について尋ねることなんてできやしない。

 超越存在へのあがき。最後の最後の抵抗線。それをやってしまえば。


「お前は私の所有物」

「お前は私の玩弄物」


 言質が、逆に俺を縛る。かすかな希望さえもが失われる。


「決して、帰さない」

「決して、還さない」


 尋ねた瞬間、女神たちは俺の帰還を不可能にするだろうと、知っていたんだ。


 帰還について聞けないから褒賞としては選べない。

 選ぶために質問すれば、その瞬間に俺は父さんと母さんに二度と会えなくなる。

 残るは俺自身の力で結界術を極め、越境して帰れる可能性。

 それは、俺が純粋なハルフィネンでない、ミスレラインの混じり物である以上、ゼロに近い。


 だから、せめて君だけでも家に帰してあげたかった。

 俺は、俺自身が家に帰れるなんて、心の底では信じていなかったから。

 一人で戦うと決めた、さっきの瞬間までは。







 あの裏表なく友好的な女神が、嘘偽りなく俺を玩具にしたがっている金髪の女神が書いた、俺の本。

 俺の物語だと言った本の装丁。


 題名は『虚ろな術と偽りの刃』。

 ルビは『Hero's hocus-pocus(英雄の作り話)』と書いてあった。


 作り話。空っぽの英雄譚。中身の無い武勇伝。


 あの女神に従っていれば、演出された栄光と勝利に包まれた生を送るだけの人形。

 拒絶するなら、ここで巨大な死の運命に抗えず死ぬ、身の程知らずの愚か者。


 いずれにせよこのタイトルがお前の人生にはお似合いなのだと。

 お前はここで生きながら死ぬか、本当に無様に死ぬかいずれかなのだと、女神の目は言っていた。


 それは正しい。俺の力はどこまで言っても半端なものだ。


 現実のべべリアスクはゲームとは異なるし、俺は英雄ではない。いいところで半養殖。

 能力はすべて絵空事のような取引の結果でしかない。血筋と由縁に守られた、お仕着せの主人公だ。

 力が足りない。素質が足りない。知恵も勇気も足りてない。


 頭の悪いガキに奇跡は起きないし、嘘っぱちの英雄は死ぬしかないのだろう。


 なら、ならば。

 ならばその言葉通り、お前(女神)たちに偽英雄の作り話を聞かせてやろう。


 俺にはありとあらゆるものが足りてない。

 だからこそ埋め合わせる。隙間に砂を詰めてでも。

 心はここへ埋めていく。決して掘り起こさない。帰還を成し遂げる日まで。

 物語の結末を変えるために。


 だからこれは、偽英雄の物語。

 馬鹿が砂でできた橋を歩き、故郷へ帰る話。


 視界すべてが青く蠢いている。

 人間を越えた力。人間など相手にならない頑強さ。人間ごとき格下でしかない猛悪な生命の群れが。

 目の前はいまだ百を越える魚人サハギンの軍勢。

 精強な灰色が合流した今、通常の俺の能力、スキル、アイテムでは対抗できない。

 俺にはそもそもこいつら全員に勝ち得るだけの地力がない。


 だから、摂理を曲げてでも、届かせる。

 明らかに用いた力によって、俺が人の範疇から追放されてしまうとしても。


 動き始めた敵を見据える。何もしなければ群青の爪牙が五秒後には俺を裂くだろう。


 スキル『精錬』を発動する。

 俺に残っている力は底の底まで搾り出し、欠片の欠片まですべてを使い切らなければならない。

 必要な手順を想起。『スキル合成』と同等の工程を踏まえ、対象のスキルを選ぶ。

 そしてそのまま合成――はしない。


 俺のスキル合成は、所詮『プレイヤー性能』の誤作動でしかない。

 すべてのスキルが『魔術』と能力内では解釈されているゆえのバグ技だ。

 無駄も多く、消耗もひどく、そしてなにより、性能が低い。

 複数の種類の混じるマナを使い、無理やり起動しているからだ。

 数少ない実用レベルに達した火魔術と鈍器の融合技、『消えざる汚名リンガリング・スティグマ』すら、俺の中で感じた技の性能限界、その数十分の一程度しか威力を持たなかった。


 だが、もしスキルの合成が誤作動でなく、正規発動・・・・として、存在したら?

 合成されたスキルが正統なものだとして、その『本来の性能』で発現してしまったら?

 俺は計算式までは知らないが、合成後のスキルは言うなれば威力や効果の『判定値』が高すぎた。

 それこそ反則技の領域で。

 現実には合成する為に複数種マナを混ぜねばならないのだから、出力は絶対に誤作動の域を超えられないというだけ。

 だがもし、もし合成されたスキルを正規のものとして振るえるのなら。


 その力は、世界を欺くだろう。

 極めればいずれは、単独での帰還も可能とするほどに。


 ゆえにここで俺のマナそのもの・・・・・・を『純化』。

 『プレイヤー能力』が命じ、勝手に使用しているスキルごとにバラバラの種類のマナではない。

 最も単純で無色の形へ。

 すべては合成を正規の力だと・・・・・・誤認させるため・・・・・・・・


 命を削るような虚脱感の中、スキル合成。注ぎ込む。強大な軍勢を、薙ぎ払うだけの量。

 一種類に純化されたマナに『プレイヤー能力』は気付かないまま、発動する予定のスキル全てに充填する。

 矛盾なく適合した。

 結果、起きるのは一つの純粋なるマナに統合された複数のスキルの同時発動。


 そして命名した。この偽英雄レンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレラインの力に。

 俺が今後、振るわねばならない力の名を。


 世界を欺け。我が唯一の真実。


 スキル錬造・・虚術偽刃ホーカスポーカス》。


 《火魔術/土魔術/鈍器》


 遠く聞こえるフルートの響きとともに。最後に全てを吐き出した。

 俺のすべて。ここへ埋めていく心を。


「《偽英雄の銀鎚タナグラ》」


 力ある言葉を言い放ったとき、俺の世界は蒼銀の奔流に焼き払われた。

 俺の衝動そのままに、ミスリルの炎が、敵影を飲み込んだ。

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