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虚術偽刃(ホーカスポーカス)のレンジュアーリ  作者: クラゲ三太夫
オープニング:開幕はいつも理不尽に
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EP.2 君は選ばれた人間だ そう生贄の羊に選ばれた

恐ろしいことに気がつきました。作者が物語を書くと高確率で主人公はアホに、ヒロインはクソ女になります。これは、作者がアホで女性経験に問題があると読者に思わせるための陰謀に違いない……。いったい誰の仕業なのか……。

「思い過ごしじゃなかった! ガチだった! 親父は正しかったんだよ!」


 気がつくと、俺は白い部屋にいた。今は抑えきれない思いの丈を絶叫している。

 窓もドアもない、ただ明かりもないのに全体を見渡せる立方体の部屋だ。壁が発光でもしてるのか?

 ここが死後の世界なのだろうか。さっきまで神社にいたのに。


 あの後、俺たちは荒廃した山奥の無人神社、『神銀の社』へと到着するや否や境内へ駆け込んだ。

 正確には親父に引っ張り込まれた。荒れ果ててボロボロの石畳の上を必死で走る。親父に引きずられて。

 親父は必死で境内にある妙な円形を探して見つけ、その石の囲みに俺を押し込むと、手を離さないように強く握った。

 二人とも繋いでいない片手には背中から降ろしたお出掛けグッズ。車に置いてきたかったよ! 重いよ! これ背中に担いで走ると全身の骨が折れそうだ!

 親父が時計を見てその顔が驚愕にこわばると、神社の周囲から光が押し寄せ、境内を覆い始めた。

 そこからはほんの数瞬だった。光が押し寄せてくる。親父が光を阻もうとして薙ぎ倒される。助け起こそうとした俺はお出掛けグッズごと光に吸い込まれていくのを感じた。

 親父は驚くべき速度で立ち上がると、迷わず俺を突き飛ばして自分が光の中へ入ろうとする。だが弾かれる。

 光に拒まれ、自分がもう何もできないと悟ってしまった親父の顔。それでも、絶望に染まりながらも、親父は自分の分のお出掛けグッズを俺の手に引っ掛けた。

 重い。腕が折れる、と思った瞬間には意識が飛んだ。

 最後の瞬間、いままで信じなくてごめん、俺はそう親父に、いや父さんに告げた。

 そして気がつくとここにいた。


「父さん、色々してくれてありがとう。父さんは嘘なんかついてなかったし、変人でもなかったんだな。でも子供の頃からの修行、無駄にしちまったな……」


 アホを自認している俺でもなんとなく予想はつく。子供の頃からの鍛錬は、きっと今日を乗り切る為のものだったのだ。

 今日、最悪可能なら身代わりとなってでも、父さんは俺を救うつもりだったのだ。異世界は存在しなかったが。

 異世界云々を抜きにしても、俺がもともと破滅が近い運命に生まれ、それを回避するために父さんが必死だったのは間違いないようだった。

 結局、こうして死んだけど。死んだらどうなるのか。無に帰るのか。生まれ変わるのか。地獄とかへ一方通行か。

 どれにせよ、あまりありがたい話じゃねえな。そしてお袋、いや。


「母さんも」


 もう、会えないよ。父さんにも母さんにも。

 さすがに目が痛くなってきた。泣きそうだ。

 どうしてだ。何で俺は死んでるんだ。死ななければならない理由があったのか。あの光は何だ。せっかく父さんが助けてくれようとしたのに。

 死にたくなかった。一月前の面会、母さんに無理を言っても会ってもらえばよかった。いや、家を出て行ったあの日に引き止めれば良かった。

 父さんの言うこともちゃんと聞いて、今までの修行の目的を正確に聞いておけばよかったのだ。そうすれば助かったかもしれない。

 終わりだ。俺は死んでいる。もう帰れない。二度とあの家に帰ることはない。学校へ通える日も来ない。ゲームもできない。

 何より会いたい人たちに会えない。


「何を泣いている? 情けない奴だ。あの腰抜けの裏切り者共の息子としては、似つかわしいがな」


 涙を止められなくなった瞬間、少女の声が聞こえた。


「え?」


 振り向けば、銀髪のおかっぱ少女がいた。なぜか赤い服の上に銀色の西洋鎧、いわゆるハーフプレート? を着ており、腰には長剣を佩いている。

 瞳は赤く、肌は白い。人形のような完成された造型で、歳は中学生くらいだった。

 明らかに、現代日本の人間とは思われなかった。コスプレか? それとも昔の死人なのか。

 そして白人系なのに日本語。加えて出会って速攻のディスり倒し。わけが分からん。

 絶世の美少女なのに、俺は美人に弱いのに、彼女に魅入られることはなく。


「なんだ? 言いたいことがあるなら言ってみろ。虫けら」

「ここは死後の世界だろ? それは何の死人のコスプレだ? いやマジでマジで」

「……」


 涙が一瞬で止まって、俺はいつも通り突っ込みを入れていた。

 少女の顔が引きつるのが確認できた瞬間、急に苦しくなった。


「あが」


 すごい轟音とともに一瞬視界が暗転すると、自分の変な声が聞こえて俺の視界は茶色くなった。

 そして悪臭。あ、これ、ゲロだ……。

 少女が冷たく見下ろしてくる。

 何だこれ。俺ゲロ吐いてる。というか苦しい。痛い。頭が熱い。死ぬ。あ、もう死んでるか。やべえキツ過ぎて何も考えたくねえ。苦しい。また吐きそう。

 実際に第二弾のゲロを吹きながら壁のヒビに気付いた。

 どうやら俺は思いっきり壁に叩き付けられたようだった。その勢いたるや、乗用車からスピードがついたまま放り出され塀に激突したくらいのものだったらしく、内臓は揺れ、全身の骨が悲鳴を上げている。

 そして多分、態度から考えてやったのはこの糞少女。


「無礼者が。だが今のを耐えるということは、あの二人より多少はマシのようだな」


 冷たく吐き捨てるとこちらを一瞥し、銀色ウンコ少女は眉をひそめた。やべえ。殺される。もう俺死んでるけど!

 受け答えで誤魔化そうにも、苦しくて考えがまとまらず、痛くて声が出ない。

 俺はこのまま殺されると思ったが、


「汚いな。貴様の手で片付けて身を清めてから拝謁の間へ出頭せよ」


 それだけ言い残し、正体不明の暴力的な銀髪大便少女は突然出現したドアから去っていった。


「なんやこれ……あんまりやろ……」


 死んだはずの俺はなぜか謎の空間に。周囲はゲロの海。そして正体不明の殺人未遂少女。俺は生きてるのか死んでるのか。そしてここはどこ?

 そして片付けろて。新聞紙さえも持ってねえよ。あまりの情報と疑問の飽和に混乱がピークに達し、ようやく俺は、両手に一つずつ『異世界お出掛けグッズ』のカバン紐を握り締めていることに気付いた。

 あれ、俺、死んでない?






 体調は全身の鈍痛と嘔吐感を除いては戻りつつある。子供の頃からの修練の賜物だろう。やってて良かった異世界対策。

 父さん、いや親父の分を合わせて二つある『異世界お出掛けグッズ』の中には薬も包帯も、衛生用品も、掃除用キットも、エチケット袋も入っていた。

 自分の手当てをした後、吐瀉物、反吐、つまりゲロを片付けながら俺は情報を整理した。

 身を清めてから来いと言うからには、身を清めるまで面会の必要なし。時間稼ぎはできる。

 考えるだけで恐ろしくなってくる化け物女だが、身辺潔白を口にしたのはあの女だ。口実は立った。

 最初と比べて、ずいぶんと状況は整理されている。というのも、現状の経緯を説明してくれる資料が『異世界お出掛けグッズ』の中にあったからだ。

 親父が書いた手紙で、十二通もあった。俺がグッズを点検した際には見つからなかったから、今日親父が車に乗る前に突っ込んだのだろう。

 要するにこういうことだった。


 親父はかつて戦乱が終わらず、自分たちを捕らえようとする権力者も絶えない異世界から俺の世界へ逃亡した一族、ミスレラインの末裔だった。

 文字通りミスリルの精錬などが一族の業だ。『神銀』というのは意味を漢字にしただけ。

 もともと黒目黒髪だったので転移先だった動乱期の明治日本ならぎりぎり溶け込めたらしい。

 ご先祖様たちは平穏に暮らしていたがある日、世界を管理する女神に見つかり、皆殺し寸前となってしまった。

 罪状は勝手な越境と逃散。そして技術をこちらへ持ち込んでしまったことと、異世界から最上位のミスリル精錬を失わせたこと。

 一族は女神に命乞いし、今後自分たちの名前に力ある意味をつけること、異世界に危機が訪れたら一度、元凶を倒すまで戦うことを約束した。

 お袋の一族も似たようなものであり、ミスレラインの越境幇助も罪状に含まれていたが、似たような約束をして助命してもらった。


 そしてたまたま十七、八年前、それぞれ一族の子であり同い年の二人(つまり親父とお袋だね)が社会人になった頃に、異世界に危機が訪れた。

 魔王が復活したのだ。

 人類が大陸の一割、辺境の隅まで追い詰められる事態。女神に呼び出され、二人は嫌々だったが異界からの英雄として戦争に出向いた。

 戦闘経験などなく平和に暮らしていたのに、急に命を危険にさらすことになるストレス。勝手が違い、万事が不便で不満のたまる異世界生活。もともと越境組として現世でも一族同士親交があった二人は同類としてすぐに仲良くなり、タッグを組んで戦った。

 風とミスリルの英雄である親父と、結界の聖女であるお袋。

 連戦連勝とは行かなかったものの、人類側では二人は珍しく魔王軍の主力と互角以上に戦える人材となり、その戦いぶりによって、何とか人類は大陸中央よりも奥にまで魔王軍を押し返した。

 あとは講和でも戦争継続でも、人類側有利のはずだった。

 そこで問題が起きた。勝利を目前にした人類側が欲を掻き、英雄として戦後の地位を占める、少なくとも占めるように思われた二人にそれぞれ相手を宛がおうとしたのだ。

 当然、異世界から帰還するつもりで、しかも結婚するつもりだった二人は嫌がったが、押し込みはほとんど策謀じみたやり口になってきた。特にお袋には横恋慕する貴族や騎士も多く、未然に対処していなければ強姦されていたとしか思われない事件も起きた。

 失望した二人は人類側のことも見限り、人を離れ二人だけで暮らすことにした。今後は主要な戦いにだけ参戦するつもりで。


 その結果、あるとき避妊失敗。子供、つまり俺ができてしまった。

 人類側最強といってよかった二人だが、子供ができてからは戦えなくなった。

 傷つくことに臆病になり、またお互いが傷つく頃はもっと怖くなった。二人とも前線へ出られなくなったのだ。

 特にひどかったのは親父で、勇気を尊ぶ風の精霊が親父には付いていたのだが、情けない姿に呆れ、去っていってしまったそうだ。

 二人を除いては、人類側に大した決戦戦力はない。

 再度、人類側が劣勢になりそうな気配。そして身重のお袋にとっては早く決めないとどんどん戦争はきつくなる。

 二人はとうとう決意し、魔王と魔王軍主力幹部が出てくる戦いを最後の戦いとして出撃した。

 ついでだが風精霊はここで戻ってきたそうな。

 そしてその戦いで当時の魔王と幹部の半数を討ち取ると、戦死を装ってこちらへ二人で帰還したらしい。


 女神は激怒した。確かに魔王は死んだのだし、主力幹部も大概死んでいる。だが、魔王の血族は生き延びているし、主力でない魔王軍幹部でさえ、二人抜きでは人類の精鋭から見ても難敵なのだ。

 これでは贖罪を果たしたことにならない。

 だが、人類側優勢で講和がなされそうなことと、魔王討伐自体は成立しひとまずの契約の外形が整っているため、女神はそのときは結論を保留としたらしい。これには、現世へ帰還した二人を見失ったことも影響しているとのこと。

 そこまでは良かった。


 しかし、俺が物心つく前、女神が俺を発見した。

 もう親父の一族もお袋の一族も少数となっており、異能持つものはさらに少数だったが、悪いことに俺は両方の血を引いており、両方の異能に適性があった。

 いくら管理世界が多い女神でも、見つけるのは容易かっただろうとのこと。

 そこで女神は親父たちと俺を前に前回の贖罪が不完全であり、不成立であることを明言した。

 前回の功績、魔王討伐を以って二人とも抗議したが、魔王の血筋と魔王軍残党が盛り返し、大陸の三割まで追い込んだものの英雄抜きでは絶滅は不可能になったとのことで押し切られた。しかもそれは十数年前の話で現状は大陸の五割まで押し戻し、さらに強大化しているらしい。

 そして女神は一つの命令を出した。まあ分かると思うが、俺が戦える歳になったら英雄として異世界へ送りこむことだ。

 親父もお袋も泣いて拒絶し、自分たちを生贄にするよう頭を下げて頼んだが、女神には聞き入れられなかった。

 そして運命の日、英雄としてふさわしい歳の誕生日に俺を連れていく旨のみ一方的に通告し、立ち去ったらしい。


 経緯と言えばこんなもんだ。親父を中二病と笑う気はもうない。現実が証明している。

 あとはこぼれ話くらいしかない。

 親父からは俺を鍛えたのは異世界対策であることが明言され、変人の息子として悪評が立ち、子供の頃から傷つけていたことへの謝罪。もう気にしてないよ。

 可能なら送る前に自分が身代わりになるから問題ないとの覚悟の言葉。無理だったがありがと。

 最悪の場合、前回自分たちが使っていた仕事用カバンやスーツは異世界へ持ち込めたのだから、運命の日に身に着けていたものは持ち込めるのではないかという仮説。大当たり! これは普通に助かる。

 また、異世界では文明の粋となるこのグッズを巡り殺し合いも起きそうだから隠し、無駄に寛大な提供はしないよう指示。同感。

 女神は驕慢で、人間を見下していて、融通が利かず、にも関わらず自分を高潔だとか真摯だとかと自惚れている馬鹿お嬢なので期待してはならないが、馬鹿なので定期的に媚びないと拗ねて危ないという警告。これも多分、当たりそうだ……。

 最悪の事態では俺が異世界入りとなるため、まずは不快でも女神の機嫌を取るよう念押しと、その口上の見本。ありがたい。

 また、この一族投入が本当に贖罪のためだとか、魔王軍打倒のためだというのは疑わしいと疑念も表明されていた。? これは意味が分からない。

 十二通の手紙の内容はほぼ同じ。毎年俺の誕生日前に新しく書いたのだろう。

 十六歳版と内容はほぼ同じなのだが、古い版は全て『×』の印と走り書きが書いてある。


『今年もお前を失わずに済んだ。父さんが家に帰ったとき、居てくれてありがとう、錬造。そして洋子』


 やべえ泣きそう。


 お袋の手紙も同じ枚数あった。

 最初に書かれていたのは俺への謝罪と心配、二番目が女神を馬鹿オカッパ略してお馬鹿ッパと繰り返し罵倒する文章だった。

 どんだけ嫌われてんだよ。ただし女の子なので多少は褒めろとも書いてあった。……うむむ、これは難しい。

 そして続く内容には。

 ……どうやら、お袋は俺と親父を捨てていったわけではなかったらしい。

 親父のくれた知識と力と物資と情報、これ抜きでは単純な今後の生存の見込みは薄かった。

 だがお袋のくれた情報は。


「ありがとう、お袋。英雄となって五体満足で帰還できる可能性も、まだありそうだ」


 そして俺は挨拶の口上を考えつつ着替えを始め、グッズの中のペットボトルの水、石鹸、薬用アルコール、デオドラント製品その他で身を清める。

 準備が終わると、糞銀髪お馬鹿ッパお嬢の待つ拝謁の間とやらを目指して、歩き始めた。

『異世界お出掛けグッズ』を引きずって。どうしようこれ重い。特に親父の分。

 七十キロは超えてるだろこれ……。

説明パート。すみません。現在、異世界行きの便が欠航のようです。でも多分次話あたりで魔王軍四天王の一人とかと戦ってくれそうに思います。中二中年親父が。ストック読み返すとぜんぜん違う話ですが気にしない。

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