EP.16 ねえねえ君、ドラマに出ませんか? 使い捨てヒロイン枠で
全身が、痛かった。
手元の死骸を解体していくのが億劫過ぎる。背中と四肢の筋という筋が逆へねじられているようだった。
ゼトも腕を振るうごとに、苦痛に耐えている。疲れるたびに森の木に手をついて休んでいた。
昨日の戦闘は激しかった。
俺はポーションで治癒したとは言え両手首が折れていたし、ゼトは盗賊に袋叩きにされている。
苦痛は慣れたものだと思っていたが、やめておけばよかった。
「強制成長なんて、やめときゃよかったよホント……リンゴじゃないんだから自分を促成栽培してどうする」
「……同感です。レンジュアーリ様」
「死ぬほどボクを笑わせてくれるよな、お前さ。ジジイもなかなか」
俺たちはあの後、課金アイテムで能力の底上げを図った。
もとよりお袋が構成したゲームである以上、課金アイテムにプレイヤーをカンストさせるような都合のいいものは無い。この世界に、自然にそんなものは発生しないからだ。
だが、初期能力値を振り違えた場合、それを修正するアイテムならあったのだ。
それが『超越の宝玉』。ゲーム版では一個につき能力値全てを『1』、限度『10』までだが上げられるアイテムである。
もともとプレイヤーの能力は全能力値へ分散して振っても平均が『10』強になる。
だから本来、振りミス修正用。あまり使い道はないアイテムだ。
せいぜいキャラメイク時点で特定能力値へ配分を偏らせ、ゲーム開始直後に多数使用して弱い部分を補うぐらいか。
そこまでしてできるのも精々『能力値いくつかがカンスト、残りは10』のキャラであって、廃人組には届かなかった。
ゼトに使った『飛躍の宝玉』も同じである。
こっちは一個につき仲間NPCの能力値全てを『1』、限度『12』まで強化できるアイテム(限界が高いのは、NPCの方がやはり人より馬鹿で死にやすいから)。
しかし攻略の最先端のメンバーが使う同行者やペットや召還獣など大体、全能力値が15を超えている。
はっきり言って序盤と、趣味的な弱いペットを強くするなど以外ではこのアイテムに出番は無い。
それでも現実のべべリアスクでは、成長アイテムには凡人の運命を変えるほどの価値があった。
使用すると激痛と嘔吐感が使用者を責め苛むが。使わなければよかったと思うほどに。
「まさか、齢五十を超えてから成長痛で苦しむことになるとは思いませんでした。レンジュアーリ様」
「お前は一個しか使ってないだろ。俺なんか二個キメちまったんだよ。二つ目キメたときは死ぬかと思った。間隔置きゃあ良かった」
「は……。戻されたもので虹が掛かるところでしたな」
「昼にやるべきだって、ボクが何回も言ってやったのに!」
俺は二個目の宝玉を使用したとき、十メートル向こうまでゲロのビームを発射した。痛みと、肉体の異物排出の欲求で。
暗がりの森で良かった。ジジイの言うとおり、茶色の虹、掛けるところだった。
当たり前である。遺伝子が、細胞が、物理法則や魔法のルールが決めている個体の限界を覆しているのだ。
成長アイテムは神の摂理を侵し、生物を無理やり作り変えているに等しい。拒絶反応で死んでもおかしくなかった。
まさにドーピング。俺達は成長アイテムのジャンキー状態だった。
「しかし、女神様の加護とは凄まじいものですな。頭痛と成長痛と吐き気を除けば、信じられないほど体の調子がよいですぞ。こんな重いものを持ち上げるのは、前の私には無理でしたからな」
鱗に塗れた肉のブロックを軽々と持ち上げてゼトが笑う。女神の加護なんて御託を信じているようだ。
なぜコイツ知能が高いのに英雄関係の嘘は疑わないのか。
ジジイの体調を見るに、能力値が『1』上がるというのは別人になるのと変わらない。事前に警告したのに、笑顔でためらわず使ったのだ。
贖罪のつもりなのか。ゼトは死ぬ可能性のある実験に付き合ってくれた。
宝玉に、学習書。自分を作り変える試練に耐え、そして強化され生き残った。
死の危険は最初から予想できた。それ以外で、俺が強化アイテムを使いたくなかった理由。
自分でなくなってしまう危険。こちらも、予想通りだった。
手にしたミスリルメイスが軽い。元から鈍器スキルの補正で軽かったが、今では木の小枝のように思える。
元々強化限界に達していた能力値が俺には多い。それでも弱かった肉体的な力は強化されたのだろう。
二回も、限界を超える手を使ってしまった。
完全に今の俺は、生まれたときの神銀錬造から外れてしまった。
考えを切り替える。ここにいるのはレンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレライン。
生き残る方法を模索する男だ。
しかし、学習書を初め、強化アイテムの有効性は確認された。
同じシリーズに、モブキャラを強化できる『村人飛躍の宝玉』というものもある。これは完全にネタアイテム。
一個につき能力値全てを『1』強化、限度は『14』。
従士団より強い村人とか作れそうだった。
ゲームでの使い方は限られた。
クエストには『ゴブリンに襲撃される村を救え!』のようなお約束ものがかなりある。
依頼してくる村人は(なぜか)無力な者たちばかり(農民だから肉体労働者が多いはずなのに)。
ゴブリンとの戦いでは、壁や囮くらいにしかならない。
しかし、『村人飛躍の宝玉』を村長などに大量に使うと、あら不思議。
杖しか持っていない老人一人にゴブリンキングを初め、ゴブリン全てが殴り殺される事態になる。ジジイ無双だった。
俺もその動画を見て吹いた覚えがある。
俺と、ゼトなどの従士団とその他で使える成長アイテムは異なる。
俺は『飛躍の宝玉』を使用できなかったし、ゼトも『村人飛躍の宝玉』は無理だった。
中途半端な再現率である。
やはり今後勧誘するなら村人か。
「なぜ、サハギンを解体するのですか?」
「サハギン鉄道。地獄への直通便に、親父の知り合いを乗せてやろうと思って。人生の骨休めだね」
「……なんと。レンジュアーリ様もなかなかえぐいですな」
「それいいな! ボクも手伝うから早くしろ!」
今後の戦力拡充計画に思いを馳せていると、ゼトの当然の疑問。回答してやると、あっという間に得心した。
俺たちは、デストラップである底無し沼からサハギンを回収して、仕込みに使っていた。
お嬢を引き渡した相手は灰色のサハギンだったらしい。それを面白く思わない群青の一派が、森に調査に来て死んだようだ。青い体色の数匹が沼に嵌って、泥を肺まで飲み込んでいる。エラがあるのに肺って。コイツらシーラカンスか何かか。もとは肺呼吸もできるタイプの魚なのだろうが、正直、キモいです……。
インベントリを使って沼の底から死骸を回収すると、ゼトは結界の魔術と思い込んだのだろう。使い方に驚いていた。
今は二人で死体をバラしている。解体するごとにこぼれた血ごとインベントリに投げ込む。
夜の森なので面倒極まりないが、やるしかない。
結界術の『ゾーニング』は薄く光るため、使用して防壁兼、光源にした。
マップには、まだ森を迷いながら調べているのだろう、十匹ほどのサハギンがふらふら動いている。
見つからないよう動くのは結構苦労した。
この状態で、仲間の死体数匹分が無惨に飛び散っているとする。
それを、サハギンがロザントの生活する森の詰め所近くで発見したら?
そう、変則的だがトレインである。
あのヒゲダルマのところから、すぐにゴレムントは離脱可能だ。
一瞬で戦利品消失。加えて半魚人が殺到。このぐらいの屈辱を与えてやらねば俺は満足できない。
復讐は甘美だ。
そして、お嬢救出のためにも、実はこの作業は必要だ。
最初は、強制成長のダメージなど関係なく俺はサハギンを殺しにいこうとした。
だがゼトに怒られたのだ。夜間仕掛けても、恐らく浜にサハギンはいないと。
その通りだった。灰色のサハギンは戦利品としてローレラを持ち帰った。
ならば、大して夜目の利かないサハギンたちに夜に自慢しようとするわけがない。
見せ付けるなら朝昼。夜明けこそが一番可能性があり得る。
それまでは大人しく準備をすることにした。
「なあ、トレインまだか? 早くボクにトレインを見せてくれ。ボクは慌てふためいて死んでいく盗賊が早く見たいんだ! 一秒でも早くしろ!」
「お前さっきから誰だよ!」
「レンジュアーリ様! こやつ、いきなり現れましたぞ……」
さっきから俺とゼトの会話に割り込んでいたのは、長い髪をぼさぼさに伸ばした金髪の女だった。
山猫を思わせる瞳の光彩が、金色だ。ぼやけた光の中でも分かる容貌。ハルミシア級の美少女と言っていい。
歳は俺やローレラと同年代。血まみれの白い僧服のような衣類を着ていて、胸の大きい膨らみを隠せていなかった。
耳飾も腕輪も僧服に適当についているブローチも黄金。靴だけは急いでいたのかサンダルだった。
肉の解体を手伝っていたのだろう、俺が課金で引き当てたミスリルのナイフを持っていた。
ナイフから血が滴る。俺が、こいつに、いつ渡した?
「貴様、何奴だ! 敵か!」
「止まれ止まれやめろゼト絶対攻撃すんなと言うか口を利くなこいつやべえ」
ゼトを制止する。こいつを前に狂人が傍にいるとか最悪だ。幸運にも何とか狂気の老兵が、不満そうながらも止まってくれた。
今までこの女は解体作業に加わり、俺たちに軽口を利いていたのだ。
ゼトは今まで気付いていなかった。俺は、気付いていたのに違和感を覚えることができなかった。
そして、このカッパ以上の世界を覆うような気配。
巨大すぎて、気付けなかったのだ。
言葉を選ぶ。間違えれば、俺達の旅はここで終わりだ。
バックに女神がいるとしても、相手がそれ以上ならば意味が無い。
「私は女神ハルミシア様の眷属、レンジュアーリ・ハルフィネン・ミスレラインと申します。このような場での言上、無礼千万で恐縮ながら、御身は女神でおわされるのか?」
「なにその言葉遣い。ダッセー」
必死の俺のご機嫌取りは無駄に終わったようだった。
半眼で目の前の超越存在がため息をつく。そして僧服の胸元をごそごそ探り始めた。
大きな胸が揺れるが俺は何も感じなかった。恐怖以外は。
「まあいいよ。ボクはそんなつまらんことを言いに来たんじゃないんだ。ただ女神呼ばわりはやめろよ。ボクのことはラゼナと呼べ」
「はあっ? いえ、は、はい、ラゼナ様……」
「ラゼナ様……いい響きだ。お前が名を呼ぶだけで、ボクという存在が、生まれ変わったかのようだ」
追従として愛想笑いで呼んだ名に、急に機嫌をよくするラゼナ。
服から一冊の本を取り出すと、金髪女はキラキラした目でこちらににじり寄ってきた。
豪華な装丁の本を俺の顔の前に突き出し、片手で俺の肩を掴む。
題名は読めた。『虚ろな術と偽りの刃』。アルファベットでルビまで振ってある。
チラっと見て、ルビの意味に背筋が凍った。
この女から感じるのは裏表の無い好意。
金の瞳にあるのは、奇妙な光。粘着質な、嗜虐的な輝き。
さすがは女神だ。愛情と玩弄物への欲求が入り混じっているのに、矛盾が無い。
人間とは致命的に違う心。
「お前! このボクの英雄譚の主人公にならないか? 栄光と勝利を約束するぞ!」
また女神だ。それも、最悪な部類の。
親父とお袋の手紙にあった。二人も一度だけ会った、最強最悪の女神。
ハルミシアと違い、地球やこの世界がある宇宙系にいるとは限らないから遭遇リスク自体は低い。
だが出会ってしまえばカッパ以上にやばい相手。
俺は戦慄を隠しながら、話を聞かざるを得ない自分の不幸を呪った。
女神の力でタイトル変更




