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虚術偽刃(ホーカスポーカス)のレンジュアーリ  作者: クラゲ三太夫
第一部:サリア決戦 そして砂に埋めたもの
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EP.13 凡庸、非才、無価値 しかして魔剣

また戦闘パートだよ! なぜですか! 早くエルフ出さないと先生許さない……!

そして短め。

 豹変は、一瞬だった。


 肉が焦げる音。焼けた皮膚の腐っていくような、そして香ばしい臭い。


 光と煙がロザントを隠すのをやめたとき、外見が人体模型のようになっていた。左顔面を中心に皮膚がなくなり、露出した肉も縮れていた。左頬には肉からできた炭まで貼り付けている。

 吐き出す息は荒く、帽子は髪の毛と溶けて混じり頭部に張り付いている。ポーションも、ここまで酷く負傷していると効果があるか分からない。

 影絵に見える森が背景では、どう見ても呪いのカカシのようだった。地面の雑草には肉が爆ぜたときの赤黒い血。


 どう見ても死に体だ。ロザントは終わっている。にもかかわらず、剣を持つ腕から力が衰えていない。

『夜目』の視界の中、手はむしろ音を立てそうに握り締めて。


 そうして森の中に、殺意が放たれた。

 眠っていたはずの動物たちが騒ぎ立てる。木の枝までも鳴き始めたのは風のせいではないように。

 深く深く森の奥、その奥まで届いてしまうほどの気配。


 俺の体はひとりでにメイスを突き出し、防御姿勢を取った。疲労し切っているが火魔術『ファイア・ボール』、一発くらいは撃てる。

 撃っていないのは、今のこの男には当たらないという確信があるからだ。理由は分からないが、確実に当たらないと分かってしまった。


「お前はもう終わりだよ、ロザント」


 戦意を挫こうと掛けたその言葉に、半死半生で立ちぼうけるロザントが反応した。

 びくりと跳ね上がる肩。肉体の苦痛への反応もあるのだろう。動きは引きつり鈍い。


「終わり、じゃない」


 その声は深く重かった。先ほどの悪意に満ちたふざけた言動。それにあった重さとは比較にならない。

 ロザントがゆっくりと剣を持ち上げる。武器は中途半端に構えられた。その態勢からは何一つ、まともな剣技を出せはしない。


 なのに、警戒を緩める気にはならなかった。武器を手が白くなるほど握り締めているのは、敵だけではない。

 木々の果て、鳥が鳴いた。


「俺がもう終わっているなど、認めるわけにいくか! ヨキア!」


 慟哭のような絶叫。

 銀の烈風が、右から俺の腕をもいで行った。そう錯覚するほどの衝撃だった。

 両手で掴んだメイスによって防御が成功したというのに、体は浮かされて流され、思い切り木に叩き付けられる。

 俺が焦って敵影を探すと、錯乱しながらロザントが近くで身を捻っていた。その背は緩やかに回転している。


「終わっていない、終わっていない、終わってなど……」

「ここからが本番かよ……」


 揺れる頭を抱え生命とマナのポーション・バニラを、まとめて何とか飲み干した。

 相手の一撃を考察する。今のはただの横薙ぎ。そうただ、強力すぎるだけの。

スキル合成をもう一度発動できるだろうか。

 次弾が来るのはすぐだ。対応を――。


 そこまで考え、思いっ切り横へ飛び退る。無様でもいい。今は一秒の時間と半歩の距離が要る。

 半ば転びながらもそのまま前転し、距離を取った。

 俺の背中のあった位置を風切り音と剣閃が払っている。逃げなければ防御しても真っ二つだったろう。

 相手とは五メートルは開いていた。敵が本気を出せば半瞬で消える距離。しかし一息だけはつけ、メイスを構えた。


 ロザントの肉体は、緩やかに回転を停止した。正気を失いつつある目のままで、じっとこちらを伺っている。地面には、回転により靴跡が深く刻まれていた。


 悪いことに、俺は木の少ない広場のような場所へ弾き飛ばされている。ここは回転技の独壇場だ。

 最初のフィールド選択は正解だった。現在は最悪。ここではまず、線攻撃を制限できない。


「それがお前の奥の手。コモン魔術『リバース』と剣技の複合技か」

「などいない……」


 俺のようなスキル合成ではない。単純に、魔術を使いながら剣を振り回しただけ。

 効果が、絶大すぎたが。


 コモン魔術『反転リバース』はゲーム版では酷い性能の魔術だった。効果は『マナを使い反対側に向き直る』、たったそれだけだ。

 使い道としてはパーティプレイのときに、仲間にかけて向きを変えるくらいしかない。背後から殴られるよりは、正面からの方が若干防御力がある。

 そういう解釈なのだろう。攻撃を受けるとき、正面を向かせれば多少はダメージを減らせる仕様だった。

 乱戦で麻痺や眠りに陥り動けなくなり、死に掛けて行動不能の仲間を、無理やりダメージの少ない態勢にする、その程度の意味だ。

 残りの出番と言えばロールプレイでそういう動きをさせたいときや、舞踏会やクイズ形式のダンジョンくらいのものだ。完全に要らん子状態。


 だがロザントはその使い道のない魔術を剣技に組み合わせて、必殺の魔剣にまで昇華させていた。

 全身の捻りを加えて放つ斬撃、それに反転の回転を二度加えるならば。筋力やタイミングが許せばだが、かなりの威力を生み出せる。

 魔術の才がないからコモン習得に賭けたのだろう。凄まじい執念と言える。


 確かに『回転斬り』という刀剣スキルはある。全力を込めて全身を捻り繰り出す技が、そもそも現代日本にもあるはずだ。

 しかし、そこへ無価値のはずの魔術を加え、人知人力の及ばない領域へ到達するとは。

 習得するまで何度失敗したのだろう。何度死に掛けたのだろう。何度無駄だという思いを重ねたのだろう。

 認めるしかない。ロザント・バルカニルはどこまでも強かった。


 来る。


 銀の死風はまた右から。防御に掲げるメイスはミスリルだが鋼相手に傷だらけ。明確な力量差の証だ。

 轟音とともに弾く。衝撃と振動に体が悲鳴を上げる。指、手首、肘、肩、いや首や腰、足首までが。


 一発耐えたことに満足し、続いてすぐ恐ろしいことに気付く。重い、重いが一合ごとに死を覚悟させた、先ほどの攻防に比べればあまりに軽い。

 来るなら逆側。とっさに左半身を守り。


 直撃。今度こそ吹き飛ばされた。

 浮き上がる体。メイスを持つ右手が武器の重量でだらりと垂れ下がる。折れた。

 失われる平衡感覚に、泣きたくなる激痛。諦めそうな頭を、腕を動かし捻じ伏せる。

 こいつ、『反転』直後に再反転して追撃を。一撃目で並の奴なら即死の技、しかも本来は、二撃目こそが本命とは。


 ロザントはこちらを見ていた。俺の目が、死んでいないことを確認していたのだ。

 突撃してくる。速い。

 元々巨体から想像できないほど身軽だがそれにしても速過ぎる。原因を悟り宙で更に追い詰められる。


「『闊歩ゲイト』……」


『闊歩』もコモン魔術だ。『掛けた相手を前後左右に動かすだけ』の。これも麻痺や眠りに陥った仲間を下げるくらいしか使い道がない魔術。

 しかし元々俊敏な剣士が併用した場合、ここまで危険なのか。これに『反転』を組み合わされれば誰も止められはしない。

 メイス防御の補正の関係か、俺はありえないほど吹き飛ばされている。なのに中年男は容易に追随してくる。その動きは舞うようで、滑るようだった。


 インベントリ起動。強引に右手からメイスをもぎ取り格納。そうして放たれた突きを、左手に再度出現させて何とか受けた。

 宙空で幸運にも捌けた。インベントリに驚いたのか、ロザントはそれ以上の追撃をしてこない。


 周囲を一瞬確認。地面に降り立つ。足が滑る。衝撃を殺した膝が震え、右手に激痛。もはや俺はボロボロだった。

 敵も半死半生。しかしあと五回はこちらを殺せそうな戦意と力を残している。

 確かにロザントに魔術の才能はない。しかし『コモン魔術の力を引き出す』という意味では、十分に魔術を極めていた。

 肉体も使うこと前提なら、紛れもなく一級の術士だ。


 勝算は残り少ない。

 あるとすればあと二つのみ。


 ポーション・クイックで右手首だけでも修復する。左手でメイスを突き出している間に、後ろ手でインベントリから振り掛けて。

 完全回復を待ってはくれないだろう。ロザントの動く気配に合わせ、全てのスキルを開放し研ぎ澄ませた。


 消えた。そう見えたのは相手が『闊歩』で加速するとともに、『反転』態勢に入っていたからだろう。

 何とか夜の光を反射する剣先だけは捉え、ぐるりとコマ送りで回転する敵を見定め、メイスを全力で突き刺した。

 標的である、剣に向かって。


 スローモーションになっていく視界。音がなくなっていく。全力で振られる剣に、メイスを合わせる。

 武器破壊。何がどうであろうと、俺のミスリルが相手の鋼に強度で勝る事実は変えられない。

 そして、強力すぎる主人の剣閃に、武器は消耗し切っているはずだ。ロザントでなければもう折ってしまっていただろう。


 剣を。へし折る。


 これが通じなければ、背後にある底なし沼に突き落とすくらいしかもう手がない。着地の際に確認したが、高速移動中の相手なら落とせるかもしれないサイズだ。


 ゆっくりと、剣がメイスに吸い込まれる。

 ぱきと軽い音。折れた。鋼の刃が、中途で剥がれる。


 勝利を確信し、ロザントの目を見た。これで終わりだ、その思いで。


 俺は戦慄した。勝利を確信しているのは敵も同じ。

 炎に肉を弾けさせた顔。笑っていた。

 焼き付き、壊れかけた感覚で、表情筋を精一杯動かして。

 痛覚などもう機能していないのではないかと考えてしまうほど。


 そして、そのまま敵が折れた剣に勢いを乗せ『闊歩』。

 交差するメイスと滑り、破損したはずの剣が折れた部分を切っ先に、俺の左肩を貫通した。


「あがッ!」


 凄まじい激痛。俺はもうほとんど戦闘不能だった。

 だが、ロザントの武器ももうない。メイスを右に持ち替え――ようとして腹を蹴り飛ばされた。


 勢いを殺せず後退させられるとともに、ずっ、という水音が足元で、立った。足元がなくなる。

 重いのに手ごたえがない。抜けない足首。

 視界が低くなっている。底なし沼だ。落とされた。急速に沈んでいく。

 腕が動かない。そもそも動いても掴むものがない。掴めて這い上がれても目の前には敵。


 しまった。完全に相手が上手だった。武器破壊も、底なし沼も読まれていた。

 それどころでない。相手は最初から流れまで全てを読んでいたかのようだ。

 もう少し戦えたはずなのに。考えが浅かった。最悪だ。


「お前は、もう終わりだ」


 見下ろしてくるロザントの喜びと狂気の声、混濁した目。敗北。右手の激痛。

 砂の中の心。乗馬。クッキー。

 メイスを。合成。手。貫通した肩。いつの間にか折れた左手首。こちらも激痛。

 助けて。嫌だ。怖い。死にたくない。

 沈んでいくのは自分だけでない。自分と、そしてメイスと残り全て。

 腰まで沈んだ。


 死にたくない。もうだめだ。いやまだだ。戦わないと。俺を満たしたものが。残したものが。

 首まで浸かった。

 俺は終わりを感じて、ああ自分は死ぬのだと思いながら。


 最後に父さんと母さんを。ゼトとゴレムントを。そしてローレラの名前を呼んだ。

女神「呼んだ?」

※呼んでません

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