EP.11 人生で大事なことはだいたい保健体育の授業で学んだ
ジジイとお嬢とアルマジロとの会話回。やはり戦闘シーンがないと非常に書くのが楽しい。戦闘描写とか飾りやったんや!
「こんなに近くに住んでるんだ。お前は知っていたはずだよな、ゼト」
「はい、知っておりました。レンジュアーリ様。しかしながら申し開きの機会は、いただきたく」
昼と同じ、膨らまない固いパンを夕食用に焼き上げたのだろう。もう今日すべきことを全て終わらせているゼトは、小揺るぎもせずに肯定した。
森から光は失われ、小屋の中の明かりは。既にロウソクだけになっている。
いつもどおり本当の感情が見えない微笑み。深く刻まれた皺は、毎度毎度ジジイの心情を隠す役に立っている。
『知っていた』内容がなんなのか、それさえ聞いてこなかった。返答から考えて、確信犯といって間違いなかろう。
あれから小屋に逃げ戻り、ひとまずゼトに起きたことを報告し、盗賊団に気をつけるように言った。仲間が帰ってこない以上、周囲を捜索するに決まっているのだ。
あとは風呂を準備したくらいだ。季節は春で、湯気で相手に見つかる可能性は低そうだった。
衝立を利用し覆いをした場所に、火魔術の光が漏れないように工夫して熱くしたドラム缶風呂を、土魔術まで使って地面に固定し設置したのだ。お出掛けグッズから石鹸を出して、行商から買った安布と合わせてお嬢に持たせ、先に入浴させている。
金髪を縦横に振って恐縮していたが、俺は嫌がるゴレムントにも泣き付いて護衛につけた。異世界の一番風呂の夢破れたり。代わりに俺はあとでお嬢のダシに漬かれます。いや、現代っ子の俺に美少女だろうが他人汁とか無理だから、ホントはお湯を純化してから入る予定だが。
本当は我ら主従、男同士の会話のためだ。俺はローレラには、これからする話を聞いて欲しくなかったのだ。
「お前は元々ロザントと、裏で繋がっていたのか?」
「奴のことを、ご存知でしたか」
「父と母から少しだけ。どんな男かまでは知らん。で、裏では繋がっているのか?」
あの時、俺が奴を察知できた理由。レベル1の貧弱な察知スキルによってではなく、もっと早く確実に敵と判断できた理由。
それは森の詰め所に棲む盗賊団の、恐らく首領を務めている、ロザント・バルカニルがかつての従士団『ハルミス』のメンバーだったからだ。『べべリアスク』ゲーム版では『仲間』扱いのマーカーは、見失わないように察知能力などと関係なくマップに表示される仕様だった。ゼトが旧従士団としてマップに表示される以上、ロザントも表示されねばおかしい。
さきほど俺は焦燥感とともに森を走りながらウィンドウ内マップを確認し続けたのだ。青い、味方の筈のマーカーが異常な速度と柔軟性でこちらへ向かってくるのを。奴から少しでも遠ざかるためにだ。
俺はマーカーとしてマップに映った奴の名前しか知らない。親父やお袋の手紙にもロザントなる男の話は書いていなかった。だからこれはカマをかけているだけだ。
「お信じいただくほかありませんが、繋がっているかなら否ですな。あの男と仲間だった覚えなど、私にはございません」
「それを信じろと?」
「元同輩ですのでね。旧知であることは否定いたしませんが」
イラつく鉄面皮だなジジイ。
圧力を掛けるため疑って見せたが、多分本当だろう。ゼトは、一言で言って危ないジジイなのは事実だが、忠義や誠実は本物だ。もっと言うと善良さや根のまともさも、本物だと、俺は勝手に思っている。出会ってまだ一日経たないが。
切り口を変えてみる。
「奴の過去と現在について、分かることを教えてくれ。できれば今後についても」
「ロザント・バルカニルはかつて王都の男爵家、バルカニル家の三男坊でした。当時既に自慢の剣で騎士としての武勲をいくつか挙げ、貧乏騎士爵とは言え独立しておりましてな。これ以上の栄達はまず見込めないだろうということで、レンジュアーリ様のお父上お母上に取り入ろうと入団したのです。剣技や野営、戦術立案や指揮の能力は卓抜したもので、かつての従士団でも上位三指に入りました。腕だけは、ですが」
ゼトには個人的に含むところがあるようだが、随分と公平な評だ。いや、公平であろうと努めているのか。表情や声色に不快感を隠さないが、ロザントに向けた嘘や侮りの臭いもない。
しかし旧従士団でも上位陣とは。間違いなくロザントは戦闘力では達人級だ。
「しかしながら奴は前大戦の終戦前、従士団においてとある重罪を犯して追放を受けましてな。それからは流れ者となり、盗賊の一人として生きてきたようです。当時は外聞が悪いので、対外的には魔王軍と戦って死んだことにいたしましたが」
「重罪で追放ね。なにをやったんだ?」
「……内容はごくごく個人的なことで、ある方の名誉にも関わりますゆえ、レンジュアーリ様が相手とて話せませぬ」
「話せないのなら、それはそれで別にいいけどな。じゃ次、現在の話だ。奴はいつくらいからここにいる?」
追及して来ないのが意外だったのか、ゼトは少し感心したようだった。やや柔らかさを取り戻して、すぐさま経緯を整理しながら教えてくれる。
「奴めが配下を引き連れてこのサリアの森に来たのは、約一年前のようです。それからは行商を相手に恐喝して物資を巻き上げたり、旅人を襲ったりとまあ、小さな悪行を重ねているようです。おそらくは他の土地でやりすぎたのでしょうな。ほとぼりを冷ますため、潜伏しているというのが正しいのでしょう。現在の拠点が私の生家の近くだったのは、ただの偶然のようですな。ただし追放は追放。処分を最終的には認めたジュアンカーリ様とヨキア様を恨んではおりましょう。見かけても声はお掛けになりませんよう」
「誰が盗賊と仲良く世間話するかよ」
話題も盗品の相場くらいしかないだろうが。嫌だぞ盗んだシャツを捌く手順の教え合いとか。ゼトが確かに、と笑う。
さっきその一味を一人殺して埋めたことも伝えたが、特に感想はないようだった。
「だが、一年前に奴がここに来たのは偶然じゃないだろう? お前は盗賊団に加入するよう求められたんじゃないのか?」
「……それは。確かに勧誘はありました。お恥ずかしながら、迷ったことも事実です。結局、断りましたが」
これは俺には意外だった。漁村から、自分のコミュニティから追放されるなど、このキツい世界では死亡フラグとしか思えない。やけくそになって盗賊と化しても誰もゼトを責められないだろう。
そして追放されてるのに旧従士団のマーカーで表示される盗賊団首領ってどうなんだろう。まあカッパの分類だから致し方ないか。
「なんで断ったんだ? 親父とお袋がお前を置いていったせいで、漁村での立場が微妙になっちまってたのは事実だろ」
「私はあの男が個人的に許せませんでな。ともに歩みたくはありませぬ。それに私がお二方から施された恩義は、置いていかれた程度で恨み言を申せるような軽いものではございません。実は私もお二方より相応の物を帰還前に賜っていたのですよ。無論、戦功の褒賞としてです。これは他の主だった従士たちも同じでしょう。特にヨキア様は、王侯貴族に従士団へ報いるつもりなど最初から無いだろうとおっしゃっておいでで。……事実、戦後にそのとおりになりました」
なるほど。戦国武将の忠義も、中世騎士の忠義も本質は双務契約であって、報いない相手に無償の忠誠などはありえないだとか以前読んだ本に書いてあったが、親父たちは最低限の支払いは済ませてからこの世界をチェックアウトしていたということか。それならゼトの忠義も頷ける。結局村の連中に褒賞を奪われる結果となっているようだが。
「それに私は漁民の生まれです。どうせ落ちぶれるなら幼いころから経験済みの、苦労塗れがいい。この歳になって新たに恥や罪に塗れたくはありません」
「なるほど、と軽くは言えないな。大したもんだ」
「はは。脱線しましたな。サハギンが出没する浜も近いのに森にロザントが居座る理由は、ローレラお嬢様でしょう。サリアの町にも秘密の婚約です。身柄さえ押さえてしまえば、対面を気にするサリアント家からの身代金は取りはぐれませんから。情報源は、そうですな。私の失脚を知っていたくらいです。サリアの町には既に、内通者として盗賊団の団員が入り込んでいるのでしょうな」
「経緯は大体理解した。でも何で、お前はローレラをお嬢様って呼んで、面倒見てるんだ?」
「……ローレラ様のお母上、サリアント家の奥方なのですが、まだ私が漁村の顔役の一人だったころに多少のお付き合いがあったのです。それに奥方はお若いころジュアンカーリ様に危ないところを助けられて以来、大の英雄贔屓でしてな。私も旧従士団ということで、以前から親切にして頂いておりました。この度追い出しにあった折も、森番の仕事を融通していただいて。以前からローレラお嬢様にも面識ございましたので」
「それで主従ではないが、上役の娘くらいの態度なのか」
「左様で」
予想外と言うべきか、予想通りと言うべきか迷う微妙な繋がり方だ。ローレラママは俺にとっての地雷の気がする。近づかないように頑張ろう。
ゼトは眉間に皺を寄せ、少し苦そうに笑った。そして顔を上げたときには、いつもの油断ならない穏やかな従士の顔に戻っていた。これから口にすることが、かなり重い内容だと示すように。
俺は聞くほかないのだろう。ロウソクの火が揺れるのをじっと見て相手の言葉を待った。
「我々は、あと二日以内にサハギンとの決戦を控えております。また、私はここ以外に浜に近い拠点を知りませんし持っておりません。それにお嬢様の婚姻相手の迎えが、二日後にこの森へくる予定となっているのです」
「字面にすると苦しいな。お荷物抱えたまんま、仲間を殺したとこちらを疑ってる奴とご近所生活か」
「はい。このままですと、こちらを敵視している可能性の高い、ロザントという難敵がいるこの森に留まることになりますが、よろしいでしょうか」
「無論だ。盗賊団との積極的な交戦は避けるつもりだが。サハギンとの決戦は予定通り行なうつもりなんだから、そもそも移動する余裕はない」
逃げたって世界滅ぶし。俺はとにかくサハギンとは戦わざるを得ないのだ。多少のリスクは覚悟して、この森に残らねばなるまい。
しかし問題が増えた。半漁の大群に勝てるかに加えて、二日後までロザントに見つからないで済むか。胃が痛いよ。
「では、決戦は明後日、それまではここで準備をする、ということで構いませんな? 万一ロザントめが参れば、私が応対して追い払うつもりですので」
「ああ、頼む。最悪、盗賊団とも事を構えることになるだろうが。そのときは言ってくれ」
ゼトは薄く笑った。世間知らずの子供に対する微笑だった。
「できる限りおやめください。危険極まりない相手ですぞ。サハギンの軍勢四百以上に」
「分かった分かった。だがゼトよ。サハギンとの一戦は、命を賭けるものになるだろう。そのことに後悔はないんだな?」
これだけは、聞いておかねばならなかった。再度の、再々度のしつこい確認。
誰が急に訪ねてきた旧主の息子とともに命を賭けてくれるだろう。誰が一度助けられたというだけで、死を覚悟して助け返してくれるだろう。
俺だってそれを期待して動いた。愛も、友情も、誠実も、忠義も、俺の周囲の美しいもの全てを使い潰そうが、俺は日本に帰りたい。
だが俺を信じてくれる者にまで、積極的に災いをもたらしたくはない。
要するに俺はゼトを死なせたくはなかったのだ。だが老人の答えは簡素なものだった。
「当然ですとも。もう一度は死んだような身ですし、老い先短いですからな。もし確実な死が待ち受ける運命だろうと、レンジュアーリ様とならば怖くありませぬ」
「俺には死ぬ気ねーよ縁起でもねえな。棺桶には一人で入れよこれだからジジイは。分かったよ。……ほんとうに、ありがとうな」
「滅相もない。従士ならば元よりまさかの日あるべしと思い、死を近くに置いて生きておるものですぞ。私も然り。サハギンと戦う日到れば、このゼト・ガットはレンジュアーリ様の一の配下として、御身の手となり、盾となり、知恵運ぶフクロウとなり働くつもりです」
「貴殿の忠誠、ありがたく」
ここにミスリルの主従の誓いが成った。そんな荘厳な感じがしますね。あ、ジジイ、いいこと言ってるような気が一瞬したけどべべリアスク宗教慣用句集からパクったろそれ。俺と同じことやってるぞお前。
突っ込んだらゼトは日で赤焼けた顔を更に少し赤くした。ちょっと恥ずかしそうだった。
俺も老人の好意と信頼の重さに、泣きそうだった。
このべべリアスク大陸は、娯楽の神ランゼッシナ様を愉快にさせるための舞台として、その手で作られました。大地は舞台で人と魔は役者。
ランゼッシナ様はこの世に生きて死ぬ者たちを見ては、毎日大変愉快でしたが、ある日もっと愉快なものを外で見つけて、この大陸を去ることにしました。
舞台を見守る仕事は、別の女神様にあげることにしたのです。
その新しい女神様は、美の女神ハルミシア様という名前でした。大地は舞台で人魔は役者。今日もこの世は回ります。
変わったのは一つだけ。金色の髪の神様がいなくなり、銀色の神様になったこと。人魔は誰も銀色の女神様の名前を知りません。
ハルミシア様も人魔の営みを見ては大変楽しまれましたが、誰一人自分に祈ってくれないのでやがて寂しくなってしまいました。
だからある日ある国で、城から追い出されて泣きながら神様に祈っていた三人の小さなお姫様に、自慢である髪の毛を一筋ずつあげることにしたのです。
お姫様たちは名前を名乗れなくなっていましたので、女神様は新しい名前もあげました。お姉さんの順に糸のハルフィネン、光のルミェナルカ、銀のミスレライン。
これがハルミシア三寵姫です。三寵姫は、三人ともがハルミシア様の髪の特徴を、いつの間にか力として得ておりました。
すなわちハルフィネン様は絹糸のごとき繊細さと柔和さを、ルミェナルカ様は光輝溢れんばかりの才気と意思を、ミスレライン様は明色辺りを払う銀の気高さと強さをお持ちになりました。
ハルミシア様は三人の素晴らしい娘たちをたいそう可愛がり大事にしました。
しかしあるときとうとう、女神様にも愛する娘たちとの、お別れの日が来たのです。
「という風に言い伝えられていますわ」
「なんかお前、そこはかとなく深い教養の持ち主だよな。ちょっと尊敬してしまっている自分が憎い」
昨日はあれから、食うだけ食って風呂に入ったあと、ローレラにチョコチップクッキー(数が一番余っていた。俺はくどくてあまり好きじゃない)を一箱黙って押し付けて倒れるように寝てしまった。
小屋で三人雑魚寝だ。全身が何か物凄く調子が良くなっているのを感じながら起きあがったら昼。
外を出歩くのは危険だろうから、ひとまず飯だけ食べて今日はスキルのテストを続けようと考えていた。
そして、メイスを抱えて小屋の裏に回るとお嬢が出現した。今日は行商から仕入れておいた、質素だが作りがしっかりした村人風の服を着ている。顔が派手なので村娘には見えないが。
挨拶をすると、ローレラは昨日の事件のショックからは回復していた。いつもどおりの綺麗な顔。つやつやした肌。元気になったのはいいが、なんか態度が柔らかくなっていた。
こちらをチラチラ見て、俯いたり指を握ったり頬を染めたりと忙しい。
この挙動……クッキーを催促する気配! 間違いない。ギャルゲーで女の子の全てを学んだ俺には分かる。
さすが町長の娘。自分への貢物を回収しに来たようだ。
だがただで貴重品をくれてやるのも業腹だ。ローレラは何も現物を持ってないだろうから、知識と交換させてもらうことにした。
そのつもりだった。なのになんか、応対がいちいち柔らかいのである。
「あらレンジュアーリ様、そんなこともご存じありませんの?」
「クッキーやお風呂みたいな最新の文物にはお詳しいのに、世間知らずのお子様みたいです。それと昨日は贅沢な湯と貴重な良質の石鹸を、大変ありがとうございました。あの泡立ち、最新のものだったのでしょう?」
「仕方ないですね。クッキーを頂いてしまいましたし、世相はわたしが教えて差し上げます」
言葉こそ上からだが、目つきにどこか弟に教えたがっている姉のような、優しさと無邪気さがあった。これはクッキーケチっても怒らないかも知れん。
ためしにこのべべリアスクの常識などを教えてもらおうと話を振ると、子供に語りかけるように優しく語り始めたのだ。神話、世相、礼法。さすがにお嬢らしく、今後の俺の人生を安全にしてくれそうな知識がうなるほど彼女の頭には詰まっていた。
特に、酒手などチップに関する知識はためになった。チップあるんだ……。屋台や安すぎる店は別にいいが、それなりの店や宿や特別サービスでは必ず払うこと。格や育ちを疑われるし、下手をしたら命が危険になる。相場は、など。
神話に関しての講義は創世から始まってハルミシア時代に及び、現在は俺の血筋、出自についての物語に入っている。
ローレラは自然にシート上の俺の横に座り、そっと手を繋いできていた。あれれ。
「失礼な。私、家庭教師にもよく覚えのよさを褒められましたのよ」
「よし、では俺もそろそろお前の乳を褒めようじゃないか。ナイスな大きさだ」
「なッ! な、ななな」
くくく。わめけ。叫べ。殴りかかって来い。この甘い空気など、破壊してくれる! お前は既にハーレムメンバー入りの資格を失っている! お前の本性を、山出しの田舎者である醜い正体を明らかにするんだよ!
そう、思ったのに。
「……昨日から、胸のことばかり。本当に、レンジュ、アーリ様は、えっちなのですから……」
「あ。い、いえ、いやらしくてすみません。いつも胸ばかり見ていてすみません」
「謝罪するなら私に謝罪してくださいな。私のおっぱいに重点的に頭を下げないでくださいな」
あんまりお嬢が怒らない。顔を赤くしているが、俺の手を離さない。それどころか、しょーがないなあエッチなんだからこいつはー、みたいな反応だ。なぜだ。
そしてなんか俺も謝ってしまう。これ、お嬢何者かと入れ替わってないよな。中身ゴレムントだったりしないよな。
「……そんなに、興味をお持ちなんですか」
「はい?」
「ですから! 私のおっぱいに!」
大きい声で言わないで! なんか俺を尊敬してくれてそうなゼトやゴレムントに聞かれたらどうしてくれる! 一気に英雄からパイオツ探索者に降格やぞ!
しかし、この質問はどうすれば。
お嬢は、正直、凄く可愛い。お人形のような顔も、実った麦と同じ色の金の髪も、なんか勝気なのにしおらしくなってるところも、お菓子を大事そうにお上品に食べるところも可愛い。
意外とお利口さんで、心配屋なところも可愛い。
でも二日後には人妻。人妻なんですよ。
俺は怒りを抑え切れなかった。日本にいたとき、保健体育の授業に『人妻の扱い』の時間さえあれば。人妻のパイオツを後腐れなく穏健に揉む方法なんて学校じゃ教えてくれなかった!
教育者たちは自分の生徒が人妻と関係を持ってしまったときのことくらい、考えておくべきだろう。日本の教育界が腐っていたが為、俺が異世界で悩む羽目になっているのだ。許せない。
「レンジュアーリ様。初陣に無手で臨む、駄目」
そこに石のアルマジロが出現した。やり取りは聞かれていたのだ。
俺は動揺を押し隠して偉そうにした。
「我が戦友よ。では人妻の乳を目の前にして、俺はどうすればいいのだ」
「実験台。用意。技を鍛えるんだ」
そう言うとローレラの姿を取り、胸の部分だけ盛るゴレムント。完成していくのは巨乳かつ美化されたお嬢。
なるほど。人形で試してから、本物のパイオツ揉めと。土精霊特有の合理的思考。己を預ける英雄への厳しい視線。
きっとコイツは一人前になって欲しいからこそ、俺にきつく当たっているのだ。俺は、一つうなずいて、ゴレムントの胸へと手を伸ばした。
「その忠誠、確かに受け取った」
「ちょっとお待ちなさいな」
腕をお嬢に掴まれた。骨が軋むほどの剛力だった。青い目には殺意があった。
「どうしてアナタは女の前で、その女を真似て胸を大きくして作ってある人形の胸を揉めるんですか」
「ええい離せ! これも全てローレラを傷つけず失望させず胸を揉むための修練よ!」
「既に傷ついて失望しかかってます! いいからその手を戻しなさい!」
手強い。女の子が鬼のような力で手を離してくれない。俺は必殺のメイス格闘を繰り出そうかと悩んで、ゴレムントをちらりと見た。
なんと。
お嬢と揉み合っていてちょっと目を離した隙に、お嬢人形の膨らみが増えていた。乳房が七つになっているのだ。
肉の塊が七つともぷるんぷるんと跳ねていた。
「増えただと……」
「いつから女の子の乳房が。二つだと決まった? ベッドに入ってから数が違う。そう嘆いても遅い」
「いえ、ゴレムント様、女の子の乳房は二つです。少なくとも私のは」
ローレラの突込みをガン無視するゴレムントの無機質な瞳。それは、愛に挑むものを試す目だ。
俺の愛を。彼女への愛を。
「さあレンジュアーリ様、本物と同じ感触は七つの乳房の内、二つだけ。残りは揉むと釘が飛び出す罠。どれが本当か一目で見抜き、あっさりと二つとも揉めてしまうはず。彼女への愛が本物なら」
「ぐぬぬ……」
「そもそも愛が本物ならば、愛している人の前で人形の偽乳房揉まないでしょうに……」
「『不逞の山賊どもよ、母より賜りしこの神銀の剣をしかと見よ! 我なるは女神ハルミシアの第三姫、”神の銀”ミスレラインなり! 我が女神の銀の色!』」
「『全てにおいて曇りなく!』。このくだりは何度聞いても名調子。気に入った。僕大好き」
「ですわよね! ゴレムント様! 私も三寵姫様の中では、ミスレライン様が一番好きですの」
やんややんや。ゴレムントが合流して来てからはなぜか、初代ミスレラインの騎士物語で盛り上がっていた。
どうも俺のご開祖様の片方は残念な脳筋の人だったらしく、長じては女騎士となりミスリルの剣一本で戦場という戦場、悪人という悪人に突撃して回っていたようだ。ある意味英雄だ。少なくとも俺にはできない。力が足りないし。恥ずかしいし。
ちなみに山賊討伐編の敵は名うての山賊八百でした。俺の倍かよ、多すぎだろ。どうもこれがハルミシアの基準値となってしまっているようだった。
ゴレムントが騎士物語に満足してからは、日当たりのいいところで、別の話をした。
お茶を沸かして入れたらクルミクッキーをねだられたが、俺は鋼の意思を持つ男。簡単にはカネやブツはあげたりしない。
「ほら、量がもうないんだ。大事に食えよ」
「ありがとうございます! 夢のようですの。昨日のは美味しいけどくどくて」
「喜びすぎだろ。そして頂き物に手前ぇいい度胸ですね……」
クッキーを出すまでわずか十秒。まだまだ在庫に余裕があるとは言え、俺はチョロすぎた。
この小娘、チョコチップよりクルミが好きらしい。昨日のクッキーも既に消費されているのに駄目出しがあった。
「サリア近辺が平和だった昔は、よく遠乗りに出たものです」
今は別の話をしている。ローレラ自身の、話を。
彼女は乗馬が得意だった。『対人鑑定』で見ても、『乗馬』のスキルレベルは2。この歳にしては大したものではないだろうか。
俺は馬に乗れない。現代日本人では乗れるやつのほうが少ないから俺は悪くない。悔しいけど褒めておく。
「それは凄いな。俺は馬に乗れないって言うか、乗ったことないからな。馬いなかったし」
「そうなんですの? ならレンジュアーリ様には私が、教えてさし上げます」
「折角そう言ってくれるのは嬉しいけど、お前もうすぐ婚家行きだろ」
お嬢に好かれて、嬉しくないわけではない。だが、この時間はすぐに過ぎる。彼女の人生では三日間の夢のようなものだろう。
俺もいつかは日本へ帰るのだ。ハーレムチーレム叫んだのはいいが、ハーレムの不可能性に俺は気付き始めていた。やはり奴隷買うしかないのか? 奴隷市場とかで売ってるか知らんが。
だから釘を刺しておくことにしたのだ。金色の髪の下で、彼女の瞳に翳がさした。
「それは……」
それきり彼女俯いてしまう。細い手足が、震えていた。
やがて、意を決したようにこちらへ向き直ると、強い視線で俺を見た。
「私が、結婚しないと言ったらどうお考えになるのですか?」
「え、いや」
「レンジュアーリ様は、これから四百を越えるサハギンの軍勢に挑むのだと、ゼト様に伺いました」
ジジイ! 余計な人間にネタバレしてんじゃないよ! ローレラが敵の内通者だったらどうしてくれる! まあありえないけど知られると俺は恥ずかしい!
「レンジュアーリ様が勝利なさるのなら、サリアへの出兵要請は不要となります。つまり、私が嫁ぐ理由はありません」
「おいおいおいおいお前待て、な、クルミクッキーあげるから」
「乗馬は、私が教えてさし上げます。だから、いつか二人で、つがいの馬を飼いませんか」
これは知っている。俺でも分かる。
相互いに、お互いの半身となるものを持つ。つまりは、精一杯の勇気を出しての求愛だった。
ローカル単位の話とは言え、名門のお嬢様なのだ。相当の覚悟で言ってくれているはずだ。
俺の胸が熱くなって、思考がどこか麻痺しているのを感じた。
彼女の好意は釣り橋効果、なのだろうか。実際それはあると思う。俺は彼女を襲う悪漢を粉砕した。
犯されかかって助けられたことも、目の前で殺人が起きたことも、相当な精神的衝撃だったろう。
だから、だから好かれているのだと俺でも分かっている。なのに、これは最初会ったときからの、彼女の本音だったとも思えて。
結局、俺は安全策を、取ってしまった。
インベントリからミスリルナイフを一本引き抜いた。見事な拵えと、流麗な細工。
名家に伝わる名品、と言われても信用してしまうだろう。無論、課金アイテムだが。武装用も一本一本、拵えが違ったのだ。一番細くて、鞘が凝った細工のものを選んだ。
この世界では、もう一般の鍛冶ではミスリル合金や低品質ミスリルくらいしか作れず、それなりのミスリル製品は限られた名工のみが製作可能。下手をすると災いの種になるかもしれないが、彼女の言葉に何も返さないことは、無理だった。
そっとお嬢の手を解いて、優しくミスリルナイフを握らせる。約束の品を手渡されたとでも思ったのだろう。嬉しそうに微笑み始めるローレラに、告げる。
胸が痛い。言いたくない。でも言わないと。
「お前、嫁入り道具、持って来てないだろうから……」
お嬢は固まった。唇が震え、そして、雫がこぼれた。ナイフを取り落とし、拾い上げようと幼児のように手をさまよわせた。
金色の髪が、目を落としたのにつられ垂れ下がった。
「それが、答えですのね」
ローレラは、最後の意地だったのだろう、すぐに動揺を隠して立ち上がった。そして拾ったナイフを大事そうに胸元に抱えると、振り返りもせずに小屋へ戻っていく。
風が吹いて森が切り取る空は快晴。べべリアスクは今日も平常運転だ。
俺は、これでよかったのだと思った。
「俺、どうしたら、よかったってんだよ……」
ちなみに、大嘘だ。本当はこれでよかったのかと後悔していた。
視界の端に、ゴレムントが無表情に立っていた。いつものような無感動な無表情でない。呆れたような無表情だった。
主人公はアホですが気休め程度の良識や進化したサル程度の知性は持っています。




