EP.1 世界はお前を狙っている……まぁ言い訳程度に
投稿するぞ投稿するぞ投稿するぞ投稿するぞと思っていましたが、勇気を出すのに一年かかりました。ゆっくり進行の予定です。
「すぐに出かける準備をしろ。『異世界お出かけグッズ』を持って来い。急げ。急げ。早く、早くしろ! 錬造! 世界がお前を狙ってるんだよぉぉぉぉ!」
一介の高校一年生に過ぎない俺――神銀錬造が家に帰ると、親父の純化が中二病を発症していた。
言っとくが俺も親父も名前はソウルネームとかではなく実名である。子供の頃は名前のせいでよくいじめられたが、一族の名付けについては何かの言い伝えがあるらしく、この百年改めようもなかったとのこと。結局、俺の血縁は一族総出でいわゆるキラキラネームとしか思われない字面を氏名欄に書く人生を送って来たのだった。
ちなみに親父を捨てて出てったお袋の名は洋子だ。いいよな、普通って。と言うか俺の命名時にくらいもっと頑張れよお袋……。
「死にたいのかッ! グズグズするなッ! 掴め! その手に! とっとと! 『異世界お出かけグッズ』を!」
倒置法で親父が荒ぶっている。口から泡を飛ばし、目は血走り涙ぐみ、全身は細かく振るえて忙しなく手足を振り回して電話やテレビをひっくり返す。まだ二十台の青年に見える若々しい外見だったのに、錯乱した今では四十二歳という実年齢以上に歳を取ったように思えた。
吹っ飛ばされた家電は床に落ちては大音を立て、衝撃でずれ落ちたカレンダーがリビングに埃を立てる。
事情説明を受けるにも、まずはこの中二中年を落ち着かせなければ。
致し方なく『異世界お出かけグッズ』を部屋から二つ取って来る。親父の分もあるせいで二往復することになった。
我が家において『異世界お出かけグッズ』というひどいヒドイ名称のキットは何かと言うと、一言で言えば非常用持ち出し袋に近いものだ。アウトドア用の登山キットとも似ているが、致命的に異なる部分も多い。
内容は頑強な行軍用リュックに小袋、着替えから毛布、簡易小型テントや懐中電灯、鍋やガスコンロ、ガスボンベに木炭、ナイフやコンパス、医薬に食料、水、アルコール、茶やコーヒー、蛍光塗料に太陽充電池など、町で買い物が出来ない状況では必須、あるいは役に立つ、または役に立つ可能性があるモノを詰め合わせたもの。
他にも色々と入っているが、この糞中二キットに特徴的な点としては、以下が挙げられる。
・一セット五十キロくらいあって糞重く、はっきり言って携行性はあまり考えられ
ていない。
・手持ちの他アイテムで簡易に補修可能なもの、あるいは完全使い捨てのものしか
入っていない。
・ビー玉や名画のコピー絵葉書、海外の硬貨やゲームセンターのコイン詰め合わせ、
紙の袋丸ごとと筆記用具数セット、歯ブラシからシャンプーなど衛生用品数か月分、
各種量と小分けを意識した甘味、植物・昆虫図鑑や工具作り概説書など、
明らかに荷造り上、サバイバル上では邪魔なものまで相当入っている。
まるで『文明のない、あるいは未開なエリアへ移動し』、『半年か一年かそこらで使い切るつもりで』、『この物資で食いつなぐ、あるいは交易して優位を稼ぐ』ことを前提としたかのようなグッズ。
親父の手によって、子供の頃からこのグッズが我が家には三人分常備されていた。
購入も、管理も、古くなったものの点検や交換も、家計を圧迫するほど金と手間がかかるのに、親父はその負担の発生には平気の平左という顔だったし、俺が交換の機会のタイミングでもう今後は取り止めようと提案したら激怒し、一度など全力の拳で殴られた。
お袋出て行ったの、完全にこの袋の件で揉めたせいだろ……。いや親父の性格というか性癖のせいか……。
とにかくグッズを二人分持ってくると、まだ錯乱している親父はやや落ち着いたのか、顔にわずかに喜色を表した。
「よし! よし。よおっし! これで最悪でも即死はない。お出掛けグッズは父さんと母さんの若き日の経験の結実だからな。冷たく凍える異世界の風が何度、お前を裏切ろうと、グッズは裏切らない!」
何の経験だよ。そして異世界の風の裏切りて。北風は仲間枠なんですかね。じゃあ台風はヒロイン枠か?
そう、親父は異世界転移の実在を前提として、今までの人生を送って来た男なのだ。
彼は信じていた。いつか息子が、異世界で戦う日が来るのだと。お出掛けグッズは息子に送る父の思いの結晶だ。その息子が俺じゃなきゃ、勝手にやれなんですけどね……。
俺も異世界やチートやハーレムは好きだ。ただしそれは小説や漫画やアニメや映画の中に限られる。現実は無情だから。
現実に、親父は俺が異世界へ送られたときに備えており、俺に(親父の目から見た)異世界英才教育を課したのだ。その妄想のおかげで俺はまだ子供のころから珍妙な修行の日々を送ることになった。軽くした簡易版とは言えお出掛けグッズを背負って遠足ならぬはげ山の三十キロ遠征行軍をやらされ、奇矯な武術やサバイバル技術や調理技術や雑学を身につけさせられた。歳が三つ上の空手屋崩れのチンピラと殴り合いをさせられ、妙な民族の楽器を吹かされた。
まあ、各種の技術や知識はプロと比べたら質も知れているし、才能のあるアマチュアから見ても、おままごとレベルなのだが。
何より武道なら「徒手の組み打ち、ただし武器あり前提、できれば自分も武器を奪うか地形利用のこと」、料理なら、「山の中から食えそうなモノを図鑑と見比べて集めて作れ」など内容が偏っているし……。
得た経験には実用性が乏しいものは少なく、学校で周囲と仲良くやるためにも、自分が単純に自信をつける上でも、妙な修行で培われた体力や知識、根気が役に立たなかったと言えば嘘になるのだが、しかし親父への思いは複雑だ。
今でも学校でしばしば「やあ異世界英雄殿! ところでギルドランクは昇格したかい?」「いつになったら転生するんですか、先輩……」「対魔王戦とポーション増産には俺も混ぜろよ」とからかわれるし、近所の人からは「ああ……四十超えて異世界英雄譚の人の息子さん……」という同情的な目で見られるし、俺の人生を、玩具にするんじゃねぇよオッサンという当然の感情的な反発もあったし、なにより。
お袋が、十歳の頃出て行った。
きっかけは、俺の教育に関する方針の違いだったらしい。親父は俺を強くしたがった。一人でも生きられるようにしたがった。
お袋は逆だった。俺を守ろうとした。俺に妙なことを教えること自体嫌がった。
結局親父とお袋の意見の対立は解消されることなく、十歳を境に俺にとっての母親は半年に一回、面会するだけの人になった。
最近、お袋はゲーム会社の社長となって新作の運営指揮を執っているらしく、面会も滞っているが。
何で親父が俺の親権を取れたのかは聞いていない。きっと聞いても教えてくれないだろう。
話が脱線したが、何が言いたいかというと要するに親父は常日頃から変な男だが、今日は輪をかけて変だということだ。
いつもは異世界転移に備えているだけで、「今日こそ転移する!」、とか、「神に選ばれた!」などとは絶対口にしないのだ。
まるでそれは、異世界へ行くことが夢なのではなく、実務の対象であるかのような態度だった。
なのに今日の焦り具合は半端ではない。あるいは完全にトチ狂ったかと俺は考え、実はこっそりスマホをいじり救急車を呼ぶ準備をしていた。
呼ばなかった理由は一つだ。そう、親父は異世界へ行きたいのではなく、逆に。
そこまで考えていると、グッズの詰まったバッグを担いでプルプルしている親父が怒鳴りつけてきた。無理すんなよトシなのに。
自分の分のお出掛けグッズは意地でも自分で担ぐつもりらしい。
「いいい、行くぞ! 急いで車にグッズ積み込んで乗れ! お父さんがお前を安全地帯に送る。俺は、俺は一流の霊的結界知ってるんだ! ああすごいパワースポットだよこの世界でも俺の風魔術発動したし!」
風魔術。また風か。火属性も忘れないであげてください、心優しき風使いよ。
それと安全地帯なんて気安く口にするのは止せ。俺の周囲じゃあんたが今現在一番危ねぇんだから!
そう思ったが口には出せない。錯乱した実の親に隠し持ってた包丁で刺し殺されるとか最悪だから!
代わりに少しだけ反論することにした。日常の気配から、正気を取り戻して欲しいと願って。
「なんか今日、特別な日みたいだな。でも俺、今日は『ベベリアスク・オンライン』やりたいんだけど」
『ベベリアスク・オンライン』とは二年前にリリースされた、仮想空間での冒険を楽しむ、最近流行のVRMMORPGゲームだ。
剣と魔法とドラゴンの、いわゆる『リアルな似非中世世界』で英雄として戦い、魔王や邪神や人間の貴族の野心家や悪党を殺戮したり、逆に自分が悪人となって帝国を築いたりする王道な作り。
その手堅いシナリオと高い自由度、非常に優れた操作性で少年から中年まで幅広い人気を誇り、現在公称アカウント数一千万とされている。
度々のアップデートが繰り返され世界の謎は深まるばかりだが、一方で小さな伏線はどんどん回収され、入れ込んでいる人の熱は冷めないどころか加熱モードだ。
実際、俺もこの手のゲームをやること自体、二年前に始めたこの『べべリアスク』が初めてだが、あっという間に病み付きになってしまった。
初めてだったのも大きいだろうが、とんでもないリアリティと個人戦から大規模戦闘、食堂での定食作りから学校の教師まで何をやってもいいこの野放図さ!
田舎の辺境で雑魚と潰し合うのも、王国の姫にオムライスを作って品評会で一位を取るのも、本当に楽しすぎた。
現在の俺も廷臣騎士として弱小国を唆し、本拠の帝国の盾としつつ、理由もないままいきなり侵略してきた魔王軍と戦っており、ちょうど知り合いたちと魔王軍の侵攻理由は何か、今後シナリオがどうなるのか、盛り上がっているところなのだ。
……そしてこのゲームはお袋の運営する会社の、お袋の肝煎りプロジェクトの産物でもある。二年前の誕生日に、必要な機材一式と諸経費がお袋から振り込まれる銀行口座の通帳がプレゼントされたのだ。各種のゲームを嫌う親父も、これだけは咎めなかったのだ。
学校をサボったり、目に余るほど修行しなくなったり、成績が下がったりしない限りは勝手にしろと言われていた。
しかし、今日その言葉を聞いた親父は顔をくしゃくしゃに歪めた。
なんだ。今度は世界がオッサンまで狙ってきたのか。しばらく突っ込みの文句を考えていたが、どうも親父は俯いて、本当に泣いているようだった。
なんでだよ。泣くとこあったのか、今の。俺とお袋に家族の仲間外れにされたように思ったからか。
「そうか、母さんの……。今日はお前の誕生日なのに、ごめんな。でも今は、父さんの言うことを聞いてくれ。今日を乗り切れば、帰ってすぐゲームも、できる。いや、お前はこれからも学校で勉強したり、バイトしたり、ゲームしたりできるはずなんだ。……さあ、出かけるぞ」
妙に嫌な予感がした。先ほどまでの俺の、親父に対する考察は当たっていたんじゃなかろうかと。
さすがに逆らう気にならず、グッズを背に車庫へ向かい、二人分を車に積み込む。
親父はグッズをトランクに入れることを許さず、助手席に乗り込んだ俺の足元に置くよう命じた。最悪でも靴に引っ掛けろと。
運転する自分の分でさえ、重くて痛くて場合によっては事故の原因になるだろうに膝の上に置いている。
車は車庫から出ると加速し、町を外れて山地を目指し始めた。急に凄まじく不安になる。
もしかしてお出掛けの目的は心中じゃないよね?
「俺の誕生日祝うって感じじゃないな。毎年の誕生日恒例、オムライスも焼いてないし。どこ行くんだよ? それぐらい教えて欲しいんだけど」
「……パワースポット。あるいは霊的結界。この世界で例外的にベベリアスクの法則が同居する場所。父さんが郷土史から見つけた神社だ。我ら神銀の始まりの地。あそこでは女神の力も完全には届くまい。最悪でもあそこで召喚されたのなら取引要素くらいにはなる」
「響きがいいからって早速聞きかじりの『べべリアスク』を設定に流用してくるとか。親父やるやん。でも始まりの地て。ジャワ原人でも奉ってあんのか。そして女神て。そして神への対策に別の神社て。安直すぎねえ? ちなみにその神社に巫女さんはいるの?」
突っ込みきれない。ネタ元は郷土史。中二設定に突っ込みを入れたが、返答はなく、親父の表情は硬かった。必死さで汗だくになりながら、ぶつぶつと呟いている。
「死なせるもんか。俺が、なんとかしないと。洋子も手伝ってくれたんだ。いざとなれば、俺が代わりに……」
「親父。親父。聞いてる? 巫女さんは巨乳か? 伝説の神剣とか持ってるのか? やっぱ光と闇の堕天使っていう隠れ設定とかあるのか?」
「錬造。お前は、父さんが、守ってみせる」
車はどんどんと人気のない山奥を目指している。車の時計では夜七時になろうとしていた。
数度目の嫌な予感がした。目が逝ってしまっている親父と会話が成り立っていないこともそうだ。その親父が動いている車のハンドルを握っていることもそうだ。
しかしそれ以上に。
俺だってもう高校生だ。異世界転移、異世界転生なんて当然、信じちゃいない。異世界物のゲームや漫画や小説は結構好きだが。
親父の常日頃からの態度。
異世界へ行くことが夢なのではなく、実務の対象であるかのような態度。
そして今日の狼狽振り。
そう、親父は異世界転移したいとか、息子に異世界で英雄になって欲しいとかの妄想を抱えているのではなく、逆に。
『異世界』という名の災害があり、それに備えているだけではないか、と感じたのだ。
……まあ思い過ごしだろうが。
読み直してて思った「さっさと異世界へ行け」




