記憶
龍の宮で維月と維心に再会した十六夜は、その顔をまじまじと見た。
ずっと一緒に居たのに、維月のことは懐かしく感じた。あれほどに共に居た…そして、転生しても変わらず共にいて、今度は一緒に育った。どちらの維月も、愛しているのには変わりはない。
十六夜は、維心と維月が共に居るのを見ても、満足だった。三人で越えて来た道。それは、前世から何も変わっていないからだ。
それでも、維月を見守ることは忘れなかった。なぜなら、維心から、前世では感じなかった龍の荒々しさを感じたからだ。
あれは、もしかしたら抑え切れていない闘気や激情なのでは…。
前世の維心は、あれほどに激しくはなかったのだ。
すでに1700歳を超えていた維心は、落ち着いていて、一見穏やかに見えたものだった。
それでも、抑え切れないほどに爆発することのある龍の血は、十六夜も手を焼いたことがある。もちろん、維月も然りだった。
しかし、今生の維心は、それを御し切れていない。
そればかりか、暴発させてしまう…。
やはりというか、維心は義心が維月を抱き締めている所を見て、激怒した。
そして、あろうことか維月にその矛先を向けようとしていた。
十六夜は見兼ねて宮へ降りて行った。このままでは、維月が散々な目に合うことになる。
維月の腕を掴んで、強引に奥の間へ連れて行こうと引っ張って行く維心を、十六夜は止めた。
「そこまでだ、維心。昼間っから何を考えてるんでぇ。」
維心はピタっと立ち止まると、振り返った。「十六夜…。」
目の色が常のものに戻って行く。十六夜は苦笑した。
「お前は体があるからなあ。龍は激情を抑えるのが大変だろう。おまけにその体は若い。昔の維心ほど、グッと抑えられる訳じゃねぇんだな。お前、感情に振り回されてるぞ。そんなお前の所に、維月を置いとく訳にはいかねぇぞ。維月を見ろ。怯えてるじゃねぇか。」
維心は維月を見た。怯えて涙ぐんだ目で自分を見ている。維心はハッとして維月の腕を離した。
十六夜は急いで維月を抱き寄せた。
「腕に手の跡がいってらぁ。」そう言うと、十六夜は維心に掴まれていた維月の腕を擦った。「確かに前世で約束したが、もう少し経ってからの方が良かったかもしれねぇな。お前はまだ子供だ。なのに記憶が戻っちまったから、自覚がないだろう。維月を嫁にするのは、あと200年ぐらい待っちゃあどうだ?」
維心は、慌てて首を振った。
「そのように長い間、待てぬ。我は…わかった。なので、これからはこのようなことはないゆえ。」
懇願するような目だ。十六夜は、その顔に子供のような印象を受け、首を振った。
「維心、そうやってだだをこねること自体が子供なんでぇ。考えてもみろ、維月にここ200年間悪い虫が付かなかったのは、月の宮に居たからだ。あそこは隔離されてるし、オレが付いてるしな。だがこの龍の宮はいろんな神が出入りするだろう?維月に惹かれてた神、これから惹かれるであろう神、考えたらきりがねぇ。それで毎回お前がキレて維月に八つ当たりしてたら、維月もかわいそうだ。あっちに居たほうが絶対いいんだよ。会いたきゃ会いに来な。それでいいだろうが。」
維心は何度も首を振った。
「そんなに離れて生きるなど出来ぬ。もう、二度とこのようなことはせぬと約すゆえ。」と、維月に手を伸ばした。「十六夜、返してくれ。」
十六夜はまたため息を付いた。
「…わかってねぇな。少し頭を冷やしな。どうせしばらくあっちへ帰せと言ってただろうが。お前はそれすら無視してた癖に。」と維月を見た。「さ、一回帰ろう。迎えに来たんだよ。親父もおふくろも寂しがってるぞ。月から帰ろう。その方が早い。」
「十六夜…、」
維心が言い終わるより早く、二人は光に戻った。月へ帰って、それから月の宮へ実体化するつもりなのだ。
「明日にでも月の宮へ連れて参る!だから連れて帰るでない!」
一つの光がためらうように漂った。もう一つの光が、その光を包んだ。
《うるさいぞ。もう決めたんだ。自分が何のせいで子供になってるのか、考えな。答えが出たら、月の宮へ来い。お前はもっと落ち着いてたんだぞ?だからこそ、一緒に転生しても大丈夫だと思ってたのに。それじゃ、逆戻りだ。じゃあな。》
十六夜は光のまま維月を抱いて、月へ帰った。そして、月の宮へ実体化したのだった。
維月は、下を向いた。
「私も悪いと思うわ…でも、維心様はまるで人が変わったようにおなりの時があるの。どうしてああなってしまっているの?」
十六夜は維月の頭を撫でた。
「前世の記憶はあるが、あいつはまた龍身を持って生まれただろう?それを御し切れてないだよ。だから、龍の本性を抑えることが出来ずにいる…お前、記憶を見たから前世の維心の若い頃のこと知ってるだろう?」
維月はハッとして十六夜を見上げた。
「…もしかして、お父様の張維様に術で押さえ付けられた…?」
「そうだ。」十六夜は頷いた。「その頃の維心なんだよ。お前が前世で出逢った維心は、既にかなりの歳で落ち着いていたんだな。だから、違うんだ。早すぎたんだよ…ちょっとだけな。維心が何か考えるまで、少し待て。それから、向こうへ戻ればいい。」
維月は考え込んでいる。十六夜はその肩を抱き、維月にソッと唇を寄せた。
「さあ、オレだってお前に会いたかったんだ。前世でも、今生でもな。」
維月は顔を上げた。そして、十六夜を見ると、にっこり笑った。
「本当…私ったら、結婚するってことが分かっていなくて。十六夜を困らせたわね。ごめんなさい。」
十六夜は維月に軽く口づけると、抱き上げた。
「いいんだ。今生のお前はほんとに何にも知らなくて、オレに無理ばっかり言って。小さな頃からな。」
維月はふふと笑った。
「でも、本当に好きだったのよ?今もだけど…記憶が混ざって変な感じ。十六夜しか居ないのは、小さい頃の記憶では一緒ね。前世でも今生でも。」
十六夜は、維月を寝台へ降ろした。
「お前の記憶の基本はオレだ。そうだろう?前世でも、今生でも。物心ついた時にはオレが居た。今生では、オレもそうだったけどな。なんだか知らねぇが双子の妹が居て、手間が掛かって、でも愛してて…守りたいとずっと思ってた。」
維月は今生の小さい頃からのいろいろを思い出して、胸がいっぱいになった。
「ああ十六夜、あなたは記憶が無くても変わらなかったのね。ずっと傍にいて、本当に優しくて…愛してるわ。」
十六夜はフッと笑った。
「お前だって記憶が無くても変わらなかったぞ?ワガママで、気が強くて、だけど素直でよ。」と、唇を寄せた。「オレも愛してる。これでやっとお前はオレの妻だ。」
二人はそして、今生で初めて、体を合わせたのだった。
それから、また維心の決断を飲んで、維月と維心の記憶は封じられたのだが、それからの十六夜の大変さはこれまでの比ではなかったという。