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その四、「名医吉田のゴッドハンド」【下ネタ注意】

「はい、次の方、どうぞー」

 吉田宜(きったのよろし)は前の患者さんのカルテに『末期癌』と書き込んで、そのカルテを診療済みの山に乗っけた。今日一日だけでもううず高く積み重なる『済み』カルテ。これを医院診療完了後に整理しなくてはならないと思うと今から気が重い。最近では弟子たちも育ち始めたから多少は楽になったけれども、やっぱり大変なことには変わりがない。

 うーむ。宜は一人つぶやく。こんな後進国の医者になんてなるんじゃなかった、田舎の大陸に帰りたい、と。

 と、そんなこんな心中で不満をぶちまけるうち、次の患者さんが部屋に入ってきた。

 部屋に入ってきたのは、頭をすっかり丸めた男だった。年の頃は三十くらいだろうか。まだまだ肌の色も若い。どこかの臓を病んでいる風でもないし、そもそも顔色もいい。

 とりあえずその患者さんを座らせた宜は小首を傾げた。

「ええと、患者さん、お名前を」

「はあ、弓削と申します」

「ふむふむ、弓削君ね、どうもよろしく。――はて、君はずいぶんと血色がいいね。ここに用がある人間とはとても思えないけどねえ」

 すると、その弓削君は目をくわっと見開いた。

「あなたを真の医師と見込んでお願いがあるのです」

「ほう、それはどんな」

「それは、その……」

 突然弓削君はもじもじとし始めた。どうしたのだろう、と話を先に促すと、小声で続けた。

「あのう、そのう……。『ピー』を大きくしたいんですが」

「え、あ、その、『ピー』を?」

 読者諸兄におかれては伏せ字で勘弁して頂きたいが、要は野郎の股間にぶら下がっているアレのことである。

 それはともかく、宜は後ろ頭を掻いた。

「ふーむ。しかし、なぜだね。君はお坊さんだろう。お坊さんならば今更『ピー』に用はあるまい。むしろ『もげてしまえ』と念ずるのが本来の姿ではないか」

 宜はお坊さんだった時期もある。だから、お坊さんのメンタリティも知っているのだ。

 でも、目の前の弓削君は食い下がる。

「いや、でもですね、お坊さんの世界でも、やはり『ピー』の大きさは男の沽券にかかわるのですよ! 同僚たちと一緒に風呂に入る機会もありますし、連れションする機会もあります。その時に見られでもしたら、ああ、僕の男のプライドが!」

 何が悲しくて他人の『ピー』を喜び勇んで見る奴があるか、と思った宜だったけれど、一方で、この手のコンプレックスは、周りが思う以上に本人の中で大きなものになりがちである。逆を言えば、このコンプレックスを除いてやることで、人間として一皮むける(下ネタ的意味ではなく)ことだって大いにある。

「分かりました」

 宜は頷いた。

 そして数日して、宜は弓削君に『ピー』の増大手術を施したのであった。


「ななな、なんじゃあこりゃあ!」

 数か月後、医院の壁を揺らすほど、思い切り叫んだ宜は尻もちをついた。

 手紙である。しかしただの手紙ではない。

 数ヶ月前、増大手術をやった弓削君からだ。封を開けると二種類手紙が入っていた。一つ目の手紙は手術の成功について礼を述べる、折り目正しい普通の礼状でしかなかった。しかし、問題だったのが二枚目である。

 二枚目は、手紙ですらなかった。ビラである。しかも、『既にこの医院の宣伝にバラまいています』と書き添えてある。最近こういうビラを作るソフトを買ったのだという。

 そのビラの上半分には、ツルピカ頭の弓削君が印刷されている。二つ写真が並んでおり、左側にはなぜかタートルネックのセーターを口の辺りで被ったままの弓削君が哀しげな眼をして映っている。そして、右側はタートルネックをしっかりと着た状態の弓削君が満面の笑みで映っており、傍らには水着姿の綺麗なお姉さんの姿がある。そんな二枚の写真の上に、左から右にかけて「before → after」とか書いてある。

 そして、「取り戻せ男の自信!」とタイトルがついた下には、弓削君の体験が載っている。ここでは引用しないけど、いやいや、『ピー』をちょっと大きくしただけでそんなに人生変わるかい、と言いたくなるような内容であることは言うまでもない。ちょっと引用するなら、『仕事にも自信がついた』、『女性の前でもあがらなくなった』、『おかげで禅師に昇格できそうだ』などなど……。

 うわ、もしかしてわし、パンドラの箱を開いてしまったんでは……。

 そんな予感もそこそこにようやくショックから立ち直り窓辺に立つと、遠くでもうもうと土煙が立っている。おや、PM2.5かしらと目を凝らしてみると、例のビラを手にこちらに走ってくる、野郎、野郎、野郎の山が後塵を上げながらこちらに大挙してやってくる図が広がっていた。


 さて、この後の弓削君であるが……。

 いや、種明かしをするのも興が削げるので、とりあえず止めておくことにする。

 しかし、鬱屈していた彼の魂は宜によって解放された、とだけは言っておくことにしよう。


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