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その十三、「事件は会議室で起こる」

「はい、というわけで、会議を始めます、っと」

 みんな眠そうな顔をしているのを眺めながら、源近院大臣はため息をついた。まあ、源近院大臣とて眠いのだからおあいこだ。なんとなく身の入らない司会進行であっても誰も文句は言わないのだ。それだけでも良しとしなければならない。

 しかし、会議なんて無駄だよなあ。源近院大臣は時々そんなことを思う。この国で一番偉い連中が雁首揃えて話すような重大なことがそうそう起こるはずはない。この国は大陸とは切り離された島国だ。もちろん北の方にはまつろわぬ民はいるものの、この都を脅かす存在では決してない。それに、最近あがりが減ってきたとはいってもそれなりに税収は安定しているのだ。懸案のない会議なんて、ただのお茶会みたいなものだ。事実、ここに揃うものの中には、隣のお偉いさんに「今晩ちょいと遊びに行かないかい?」などと声をかけている者さえある。そんな不真面目な奴はともかくとして、真面目な人などは「早くこんな身のない会議を切り上げて自分の仕事をやりたいんだけど」と言いたげに眉をひそめている。

 気持ちは分からんでもない。

 なので、源近院大臣はこう切り出した。

「はい、今回の会議には懸案はありません。なので、みなさんから何かあれば議題にかけます」

 でも、誰ひとりとして手を上げることはない。

 みんなそわそわしながら場を見渡している。

 ないか。

「じゃあ、今日の会議はお開き—―」

 閉会を宣言しようとした、その時だった。

 会議の末席で、すっと手が上がった。確かあれは、俊英で知られる文章生上がりの官僚くんだ。

「はい、どうしたね、君」

 すると、その官僚くんは一つ頷いて立ち上がった。その拍子に冠が少しずれたもののすぐにそれを直して、源近院大臣に向いた。

「はい、ひとつ、建議したいことが」

「なんだい」

「ちょっと無駄な事業があるんじゃないかと思いまして」

「無駄な事業?」

 ここのところ、朝廷では無駄削減がスローガンになっている。というのも、昔と比べると色々と収入が減っているからだ。

「無駄な事業とはなんだね? 言ってみよ」

「皆さんも思い浮かびませんか。ほら、あの事業ですよあの事業」

「無駄な事業が多すぎて、あまり思い浮かばないんだけども」

「それは言わない約束ですよ。――ほら、あれですよ、瀬戸内海に船を浮かべて西風を待って、大陸に漕ぎ出して向こうの皇帝様に頭を下げてくるアレですよ」

 ああ。源近院大臣は手を打った。

「遣唐使ね。なぜ婉曲に言い回す」

 官僚くんはそんな近院大臣の問いに答えずに続けた。

「みなさんご存知ですよね。この前、大陸では大乱があったと。その大乱を経て、あの大唐は弱体化してしまいました。恐らくここからの立て直しは難しかろうと思われます。となれば、もはや唐にゴマをする必要はないと思われますがいかがでしょうか」

「むう」

「加えて、唐に渡る資金も膨大です。ならば、この際遣唐使を廃止してしまったほうがいいのではないでしょうか」

 弁舌が爽やかだ。親の位を引き継いだだけの公卿たちにはない論旨の鋭さがある。それよりなにより、場を飲むだけの力がある。

 ふうむ、おつむがいいだけの男ではないか。

 場の空気もなんとなく遣唐使廃止へと傾いている。――というより、誰もあんまりその件に興味がなさげだ。早く会議が終わらないかなー。そんな白けた空気だけが場に流れている。もしかすると、そんな空気も読み切ったうえでのこの建議なのかもしれない。

 しかし。源近院大臣はあることに気づいた。

「ちょっと待て」

「は、はい、なんでしょう」

 少し狼狽の色を見せる官僚くんに、近院大臣は続けた。

「なあ、たしか君、次の遣唐使の責任者だったよな? もしや、唐に行きたくなくてそんな建議をしているんじゃなかろうね」

「どきっ! いえ、そんなことはありません……ええ、そんなつもりは毛頭も! ただ私は国のためを思って」

「やかましい。そういうズルは許さんぞ」


 とはいっても、源近院大臣の気炎は、無感動なほかの会議参加者たちの「まあ、廃止してもいいんじゃね?」という空気に圧されて、結局可決されてしまった。しかし、そこは近院大臣の権限で「無期限延期」という形にはしたのだけれども。

 もっとも、このあと唐は本当に滅んでしまい、遣唐使なんてものは雲散霧消の爆散と相成ったのだった。

 そして、この建議を行った官僚くんは、下手すると命の危険さえある遣唐使乗船を華麗に回避したことによって出世街道をひた走ることになる。

 世の中、ズルをしたものが勝つのが道理である。


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