その十一、「新作漫才」
「はいどうもー」
「どうもこんばんはー。字が下手な弘法大師です」
「んなわけありゃしませんやろ。ってかわしら、二人とも字がうまいのだけが取り柄やないかい」
「そんなこと言わんとなんか食うかい?」
「そんなべったべたなギャグで笑ってくださるお客様がどこに居ると思うてんねん」
「いやー、さすが最澄さん、インテリやわー。うちの親戚筋じゃあこのネタどっかんどっかんやで」
「てか君ん家はどんだけ笑いのレベルが低いねん」
「でも最澄さん、そういえばあんたのギャグセンスもまずくありゃしまへんか」
「いやだってわしはツッコミやから。それに、あのギャグは弟子の円仁のむちゃぶりやし」
「でも、あれはひどいでっせ。もうここで発表しちゃいまひょ」
「ええー、まじでっか」
「マジやがな」
「じゃあ。『みなさーん、最澄ですかー!』」
「……あっちゃあ、反応ないでんなー。お客さーん、ここは、『最澄でーす!』と返すのがお約束でんねん。ちなみに、この場合の『最澄』は、後ろにイントネーションを置いてやー」
「大やけどやないかい、どうしてくれんねんこの空気」
「じゃあこうしまひょ、最澄はん、最澄はんの新しいギャグを考えまひょ」
「なぜそうなる!?」
「そうやなー。『絶好調、最澄です!』とかどや」
「パクリやないかい! ってか、元ネタの人、まだ生まれておらんがな」
「あかんかー。じゃあこれはどや? 『僕の先祖は王様です、でもそんなの関係ねえ』」
「ちょっと待って、またパクリやないかい。ってか、僕のマジな個人情報混ぜんでくれる?」
「知ってますかー。最澄はん、これでも中国の漢って国の、皇帝のご親戚だった王様がご先祖なんですって。いやー、インテリですねー、恐ろしいですねー」
「いや、ご先祖の高祖劉邦はん、とてもインテリって感じやないけど……」
「いやー、インテリやわー、てか、そのうちクイズ番組とかで引っ張りだこやー。で、『遣唐使を廃止したのは誰でしょう』みたいな問いにすぐ答えられる芸人さんになっちゃうんやー」
「え、ってか、遣唐使って廃止されんの?」
「あ、うん、なんだかそんな気がする」
「君の勘、結構当たるんよ。ってか空海君、なんか君、割と感覚派やね」
「あー、わし、アホやねん」
「何言うてます。知ってはりますかお客さん、この空海さん、アホの振りしてますけど、本当は海外留学してはるんですよ! 実はこの人、中国語はおろか梵語もペラッペラのマジインテリですねん」
「えーそれ営業妨害でっせマジで」
「まーとにかくね、アホとインテリかと思いきや、実はインテリ二人組でしたってことでなにとぞ」
「勝手にまとめんなや」
「おあとがよろしいようで~」
今日のステージを終え、楽屋に戻るや、最澄と空海は顔を見合わせて向かい合っているソファに深く腰掛けた。二人とも、どっと疲れた、と言わんばかりの表情を浮かべて床を睨む。でも、最澄が口を開いた。
「どういうつもりだ、空海」
「何がだ」
ちなみに二人が舞台上で大阪弁を使っているのは、ただ単にそっちのほうがつかみもいいしウケがいいから、という最澄の計算である。
「なんであの場面でアドリブをかますんだ。おかげでダダすべりだったじゃないか!」
「バカ言え、あそこでアドリブがなかったらマジでダダすべりで終わったぞ!」
「お笑いっていうのは計算なんだよ、なんでそれがわからない!」
「わかってないのはお前だ、お笑いは即興の中にこそある! お前はダウンタウンさんの漫才を見たことがないのか!」
と、この通りである。
お笑いコンビ、「最澄空海」は最近、その漫才の方向性について悩んでいる。最澄は緻密なプロットに基づいた、アンジャッシュさんみたいな笑いを追求したいらしいのだけれども、空海はダウンタウンさんみたいな即興を大事にする感覚的な芸を目指したいらしい。
「そういえば」最澄が口を開いた。「お前が自慢してる、中国の偉い芸人さんの幻のネタ帳、貸してくれるって言ってただろ。あれはどうした」
「お前なんぞに貸せるか」空海は唇をひん曲げた。「あれはお前みたいな頭かちかちの阿呆には読み解けない高度なギャグでいっぱいなんだよ!」
「ってことはあれか、下ネタか!」
「ぎくっ、ち、違わい! ――とにかくお前には絶対に貸さんからな」
「ああそうかい勝手にしろ!」
「ああ空海?」
「こんなところでギャグを挟むな阿呆が!」
さて、それから数か月後、漫才コンビ「最澄空海」は解散した。そして、二人が二人、まったく作風の違うお笑い道を開くことになるのだけれども、それはまた別のお話である。




