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独り空想科学祭出展作品「頼朝さんを訪ねる影」

空想科学祭よ、永遠なれ!

 建久四年。鎌倉の屋敷にて、源頼朝は一人、にんまりとしていた。

「いやー、長かったなあホント」

 源頼朝というと、長年の宿敵であり父親の仇でもある平家を討ち滅ぼした後、関東一円の支配権を朝廷から認めてもらい、なんとなく言うことを聞きそうにない奥州藤原氏と弟の義経をも誅滅した。その後、満を持して征夷大将軍の位を得て鎌倉幕府を成立させるのだ。それまでに二十年余りをかけている。

 もっとも、頼朝はといえば、そんな意識はない。

「ようやく文句を言う奴もいなくなって、うちの御家人どももまとまり始めたなあ」

 程度の認識だ。

 そんな頼朝が夜に一人、ちびちびと酒を飲んでいると――。

 突然、頼朝の眼前に光が現れた。最初は蛍火程度の光だったものが一気に部屋中に広がって真っ白になる。わあ、八幡大菩薩が現れなすったか、と信心深い頼朝が頭を下げる頃には、すっかりその光はやんでいて、その光の中央に、一人の人影があった。

 その人影は、男だった。年の頃は二十歳代くらいだろうか。しかし、見慣れない格好をしている。やけに体にぴったりとした服を着ている。直垂とは明らかにその風体が違う。しかも、人前だというのに烏帽子をかぶっていない。着ている服も、白と青の縞々という、実に目にまぶしい(というか、こんなのどうよ、みたいな)恰好をしている。

「だだだ、誰じゃあお前は!」

 そう頼朝が声を上げると、その男はにこりと笑う。愛想のいい笑い方だった。

「ええと、すいません。僕は、Yって言います。歴史小説家をやってます」

「わ、わい? レキシショウセツカ?」

「あ、Yっていうのは偽名です。あしからず。ええと……紫式部さんって知ってます? 歴史小説家っていうのはあの人みたいに物語を書く商売人のことです」

「その商売人がなぜここに」

「あ、ひとつ言い忘れました。僕、未来から来たんです」

「ミライ?」

 ああ、とYは声を上げた。

「ずうっと先、あなたのお子さんのお子さんの……ってああ、あなたの家は断絶するんでした。まあとにかく、明日の明日のずうっと明日、そんなところからやってきた人間です。タイムマシンに乗って」

 今、なんかすごく不吉なことを聞いた気もしたけれども、頼朝は聞かなかったことにした。長生きのコツは都合の悪いことを聞かないことだ。

「して、その、明日の明日のずうっと明日からやってきた旅人よ、わしに何の用じゃ。まさかお前、平家の回し者ではあるまいな」

「あ、僕は菅原道真公の子孫ってことになってるんで、平家とは無縁です。まあそんなことはどうでもいいですね。実は、頼朝さんにお聞きしたいことがありまして」

「む、なんだ」

「実は、頼朝さんが幕府を作った年代をお聞きしたいんです」

「は、バクフ? なんのことだ」

「あ、そっか。この時代にはまだ幕府なんて言葉は使ってないんですね。しまったやっちんちん。あ、今のはナシで」

「ああそう……」

 知らない言葉のオンパレード過ぎて、既に頼朝の思考回路はショート寸前だった。今すぐ会いたいよ。

 そんなことを意にも介さず、Yは続けた。

「ええとですね、頼朝さん、この前、征夷大将軍に任命されましたよね」

「いかにもそうだが」

「この後ですね、頼朝さんは征夷大将軍っていう位とあなたの作った御家人を管理する組織を活用して朝廷と交渉していくようになるんです。そして、その組織がその後の武家政権において重大な意味を持つようになるんです。で、その組織のことを後世では幕府って呼ぶんですけど、最近、頼朝さんの作った幕府がいつごろ成立したのか、っていうのが論争になってるんですよ」

「ハァ?」

 繰り返すけども、頼朝は幕府を作ったなんていう意識はない。ただ、部下どもをまとめるために侍所とか問注所、政所を設置して、部下たちの地位を安定させるために荘園内に守護地頭を置くことを朝廷に認めさせて、自分の名前に箔をつけるためにそれまで欠番だった征夷大将軍の位をもらったのだ。

「んでですね、学者さんの説は今、大きく分けて五つほどあります。一つは、朝廷が頼朝さんの東国支配を認めた治承四年説、二つ目は守護地頭の任命権を認めた文治元年説、三つ目は幕府の主立った組織が設置された元暦元年説、四つ目は頼朝さんが守護地頭の親分ってことになった建久元年説、最後に征夷大将軍に任命された建久三年説です」

「えー、実にどうでもいいんですけど」

「そんなこと言わないでください、困るんですよ。いや、学者さんたちはいいんですよ。混ぜっ返していりゃあいいんですから。でも、歴史小説家はそうもいかないんですよ! 締切とかあるんですよ! 今、源義経の歴史小説を書いてるので、頼朝さんの幕府が成立した年代が決まらないと本当に困るんです!」

 そんなこと言われても……。である。

 うーんと悩んでいると、Yのボルテージはどんどん上がっていく。

「じゃないと、お子様たちだって困るんですよ。ゴロ合わせで年代を覚えるんですから。たとえば治承四年説だったら、『1180(いいやろ)俺の、鎌倉幕府』になっちゃうんですよ」

 何を言ってるのかよくわからない。でも。

「ちょっと待って、『いいやろ』って何? 俺、関東暮らしが長いからもう随分向こうの言葉を忘れちゃったんだけど」

「ええい、じゃあ文治元年説だったら、『1185(いいヤゴ)食べたい鎌倉幕府』になります」

「ええー、さすがに貧乏暮らしが長い俺でも、ヤゴは食べたくない。そもそも、ヤゴにいいも悪いもあるの?」

「ええい我儘な。じゃあ、元暦元年説だったら『1184(いいはし)欲しい、鎌倉幕府』です」

「貧乏人って馬鹿にするな! 箸くらいいい物持ってるわい!」

「じゃあ建久元年説。『1190(いいくわ)欲しい、鎌倉幕府』です」

「なんてさっきから物欲ばっかりほとばしってるの!?」

「じゃあ、建久三年説、『1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府』」

 その瞬間、頼朝のハートがどきゅんと打ち抜かれた。

「えー何それ、すごくいい! 今までのヤゴが食いたいだの鍬が欲しいだのっていう奴なんかよりはるかにいいじゃない!」

 すると、Yはにっかりと笑った。

「分かりました。じゃあ、僕の小説に、『頼朝さんのご希望で1192年に幕府が成立したことにする』って書いちゃいますね」

「ああ、別にいいけど……」

「それだけお聞きしたかったんです。では、チャオ★」

 次の瞬間に、爆発的な光がまた部屋を覆った。

 そしてその光が消えた頃には、Yの姿はすっかり消えていた。

 あれー。

 頼朝は部屋を見渡す。

 あれは夢だったんだろうか。

 まあ、夢でもいいか。

 頼朝は、Yの言葉を思い出す。

『いい国作ろう鎌倉幕府』

 うん、いい言葉だ。

 俺たち関東武士団の合言葉にしようかしらん。

 一人、頼朝はそんなことをふと思った。


 が、このスローガンは、鬼嫁の北条政子の反対に遭い(曰く「ダサい」)、歴史の表に出てくることはなかったのであった。


あー、そうそう、予防線張ってるみたいであれなんですけど……。

この短編集、「時代考証完全無視」を謳っております。どーも表書きを読んでいらっしゃらない向きがあるようですので一応ここに書いておきます。

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