その十、「理由なきジェノサイド」
弓を携えた余八は、けもの道を登りながら、はあ、とため息をついた。そのため息はいくぶんか白い。
それを、相棒の又助が咎めた。獣の皮をかぶりやはり弓を携える又助は大きくかぶりを振った。
「ばかやろう、山の中でため息なんかつくな。獣に気取られるだろ。お前、何年猟師やってんだ」
「わかっちゃいるけどよう」
余八のため息は深い。それもそのはず。
「だってよう、ここ、最近獣なんかいなくなっちまっただろ。なのに何が悲しくてこんなところで猟師なんかやらなくちゃならねえんだ」
動物は人間の気配を気取るとすぐに山の奥に消えてしまう。余八は眼下の盆地を見やった。まだ、何もできてはいない。だが、柱を立てる際に使う木槌の、かつーん、かつーんという音は少し離れた山の中でも十分聞こえる。その音に鹿は耳を向けるやそそくさと逃げ、猪は名残惜しげに山の奥へと去っていく。そうなれば、狼や熊も山の奥へと消えていく。かくして、どんどん森が細っていく。
「これだから偉い奴らは!」
「そんなこと言うもんでない」又助は鋭い口調で余八をとがめた。「そんなことをいえば俺たちの首なんてすぐに飛ぶぞ!」
「そ、そりゃそうだけれどよう」
余八は眼下に造られつつある町を見下ろしながら舌打ちをした。
「それに、なんだよこの命令は」
「ま、まあまあ」
なだめられる余八。しかし収まらない余八は横の木を力いっぱいに蹴り飛ばした。
すると、ばさばさという羽音とともに鳥たちが空に飛び出した。
そして、そこは猟師の本能、枝から飛び出している鳥たちの中に、目的の鳥の影を認めた。
そうなると余八の手は早い。箙から矢を引き抜くと息つく間もなく弓につがえ、ひょうど放った。閃光のように音もなく飛ぶ矢は空に飛び立とうとしている鳥たちをかき分け飛び、ある一羽の胸を、すなわち命を捉えた。
「手応え、あり」
ぎゃあぎゃあと泣き叫ぶ鳥たちの阿鼻地獄の中、ひゅうと余八は口笛を吹いた。それから少し遅れ、矢に貫かれた鳥が足もとに落ちた。
「お見事」
「それほどでも」
余八はその獲物を取り上げて、口元をひん曲げる。
「しかし、こんな肉のない鳥、いくら落としても何の意味もないんだけどなあ」
「そう言うな。都を作っている連中に売れば、かなりいいものと物々交換してくれるからな」
「でも、あいつら、こんな鳥を何に使うんだ?」
「さあな」
さて、処は変わってここはさるやんごとなき方の御殿。
そこの主人である上様(あまりにやんごとなき方なので名前は伏せる)は、今度遷都される予定の地から運ばれてくるある鳥の山を見上げてにんまりとしていた。
よしよし、これでいい。
ぐふふと笑いながら上様は小首をかしげる。
にしても、なんでこんなにこの鳥を捕まえようと思ったのだろう、と。
上様もよく覚えていないのだ。遠い記憶を呼び覚ましてみると、遷都を決めたときに、次なる都の夢を見たのがきっかけだった。いや、正確にはそれは次の都の光景ではなかった。見たことのない恰好をした子供たちが四十人ほど一つの部屋に集められ、呪文のような言葉を繰り返している夢だ。しかし、その呪文の中に、自分が心中で決めている都の名前が盛り込まれているのだからさあ大変。
というわけで、上様はその呪文を振り払うために、ある鳥をジェノサイドしようと決めたのである。
その鳥とは……。
「ふっふっふ、あの夢はおそらく呪詛だったのだ。だが、そうはいかんぞ、何が「鳴くよウグイス平安京」だ! ならば、ウグイス一匹鳴かない都にしてしまえば呪詛の効果を殺すことができるはずぞ!」
というわけで、しばらく、平安京はウグイス一羽いない都だったという。




