その一、「蜀びいきの姉さん」
「あーもうマジ最悪。つかなんでこんなところに夏侯淵がいるんだよコンチクショウ!」
「ああちょっと姉さん、コントローラーを投げないで!」
「うるさいバカ! これだから魏は嫌いなのよ」
これだから、はこっちの台詞だ。僕は心の隅で呟く。
姉さんは暴君だ。
近隣の王様たちをお得意の霊感商法でだまくらかして連合政権を作り、近隣の従わない王様たちと戦った。そして今では三十余りの国のトップに立つ人だ。そう言うとなんだか偉そうな人だと誤解されそうだけれども、実際には、うちの姉さんはなんにも偉いことなんてない。そもそも王様の自覚がない。王様なら本来はやらなくちゃならない税金の計算とか罪人の裁断なんかは弟の僕がやって、姉さんはといえば王様扱いの待遇でいいものを食べているのだ。時々まじない師ぽいことをやって近隣の王様たちをひれ伏せさせるのが姉さんの仕事だ。
そして今日は、姉さんの趣味である某三国志アクションゲームを一緒にやらされる羽目になっている。姉さんは蜀の黄忠を使い、僕は魏の夏侯惇を使っている。でも、姉さんたら、けっこうな修羅場に自分から入って行って今にも殺されそうになっている。
うーん、でもなあ。
僕はちょっと気になっていることがあって、画面を眺めながら姉さんに切り出した。
「あのさあ姉さん」
「なによ、今、うちの老黄忠がやばいのよ! はやく助けに来なさいよバカ」
「姉さんさ、いっつも蜀のキャラクターばっかり使ってるけど、もしかして、蜀びいき?」
「あったり前でしょう!」
姉さんはぺったんこの胸を思いっきり張った。
三国志に詳しくない人にはあれかもしれないけど、姉さんのその趣味はきわめて正統派だ。三国志といえば蜀だよね、うん。魏が好きな僕とか、呉が好きな先輩は少数派だろう、うんきっとそうだ。
でもなー。僕は夏侯惇で姉さん操るところの黄忠を救援に向かいながら(ああ、なんてありえない絵面!)さらに切り出した。
「あのさあ、姉さんさ、一応王様なんだから、一応対外的なあれこれを考えてくれないと困るんだけど」
「は、何が?」
「あの、魏びいきになってくれないかなー、とか」
「何言ってるのよ。魏なんて絶対に気に食わない! 徐州大虐殺とか、曹丕の禅譲とか絶対に許せないんだからね! それに比べて、蜀の桃園結義三兄弟のなんとさわやかなことよ! あれほど仁徳の人だった劉備サマが義兄弟を失ったとたんにキレちゃうのもすごくいいわよね! あ、ついでに言えば、呉だったら割と蜀と仲の良かった魯粛は嫌いじゃないわよ? え? 呂蒙? あんな奴死ねばいい」
姉さん、がっちがちの蜀シンパなのだ。
はー、とこれ見よがしなため息をついた僕。
「あのね、姉さん、よく聞いてね」
「うん、何よ」
「姉さんはさ、立場上、一応蜀の敵になるんだよ、これから」
「え、どういうこと!? 劉備サマと敵同士!?」
「まさか姉さん、この前やってきた使者の人の言葉、聞いてなかったの」
「この前の使者? あー、大陸からやってきた、鏡を沢山持ってきた人? あの鏡、ホントイカすわよねー。先進技術を使って作ったまさに芸術。そういえばアレ、型を取らせて複製させる手はずになってるから」
「え、百枚も貰っておいてさらに増やすの?」
あれ、なんか話がズレた。ってか、こういうときだけ仕事が早いな。僕は仕切り直す。
「あのさあ、姉さん、立場分かってないでしょ」
「ええさっぱり!」
ええい、だから力強く胸を張るな!
僕は心中のツッコミを抑えながら続けた。
「あのね、僕らは一応この辺りの王様だけど、ちょっと後ろ盾が弱いから、大陸の国をバックにつけて周りの国を威圧してやろうとしてるわけよ。それで、一番力が強い魏にすり寄ったんだけど。で、魏の方もノリノリで、曹操のお孫さんからお墨付きを貰ったんじゃない!」
「え、そんなの知らん。っていうか、曹操の孫ってことは、あのにっくき曹丕の息子ってことじゃない。いつの間にそんな話になってたのよ!」
「姉さん、前も説明したけど、その時も耳をふさぎながら『あーあー聞こえない』って言ってたじゃない!」
「そんなの知らん! 呪い殺すぞこのやろう」
「僕に霊感商法は通じないぞ、何せ身内だこのやろう」
「やってやろうじゃないかこんちくしょう」
姉さんはコントローラーを投げ捨てた。
一つ言いそびれた。
僕の姉さん、大陸では卑弥呼と呼ばれている人だ。この度、姉さんの嫌いな魏から『親魏倭王』の称号と印鑑を貰って、この倭の国で圧倒的優位に立つことになる絶対的権力者、そんな人だ。
そして、僕はその卑弥呼の弟。一応魏の方には名前を伝えてあるけど、きっと向こうの人は僕の名前なんて記憶してくれないに違いない。いつの世だって、弟は姉の影に隠れるものである。きっと、「卑弥呼の弟は姉をよく助けた」とばかりに一行で済まされてしまうんだろう。そんな気がする。
読み返していて間違え発見。
×三百 → ○ 三十
すいません、このミスはあかんですわー。お詫びして訂正します。