Ⅱ 【仮想の崩壊】
あの後、俺達は無事にイベントに間に合った。
「まさか、〈竜気功〉使って走る事になるとは………」
なんという能力の無駄使い。
「まあ、いいじゃねえか。間に合ったんだしよ」
椿が、そう軽く言う。
「後一分か………」
何しよ。
「あ!お兄ちゃん!!」
「おぉ、瑠璃!」
なんというタイミングの良さ!これで暇が潰せる。
「お兄ちゃん、こっちの世界ではちゃんとルーって名前があるんだから、そっちでよんで!」
「ごめん。で、なんだ?」
「そうだ!まだフレンド登録してなかったでしょ?」
そういえば、まだだったな。
フレンド登録って、いうのは、お互いの情報を交換しあうことだ。
ある程度親密じゃなければやらないが。もちろん、椿とはもうしてある。
「じゃあ、するか」
俺はステータスウィンドウを開き、フレンド登録を実行する。
「お兄ちゃん、その後ろにいる人は誰?」
………そうだった。すっかり椿のこと忘れてた。
「紹介しとく。こいつは俺のコンビで椿っていうんだ」
そうすると、椿がとんでもない劇画タッチで出てきた。
「椿って言います。宜しく」
………おおかた、妹に惚れたかなんかだろーな。
「私はルーと申します。宜しくお願いします」
そう言ってルーは、ニコッと満面の笑みを浮かべる。
…………あ、椿が萌え苦しんでる。
「やべえな、お前の妹。萌え死ぬかと思ったぜ………!!」「馬鹿な事言ってねーでみろ。そろそろ時間だ」そう、もう時計は5秒前だった。
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その瞬間、広場の中心にあった時計から、オブジェクトが出てきた。
オブジェクトは、徐々に人型を形成していく。
「なんだよ………あれ」
完全な人型オブジェクトになった何かが口を開く。
『レディースアンドジェントルマン!ようこそ!僕の世界へ!!』
それは、黒髪を短髪にし、白衣を着ていた。
「あれ……黒部慎吾?」
そう、あれはまさしくテレビに出ていた黒部慎吾だ。
………何故こんな事を?
『僕はこの《Cross World Online》制作責任者の黒部慎吾だ』
「なあ、フリード。これがイベントなのか?」
椿が話しかけてくる。
「知るか!黙って聞いてろ!」
俺は黒部慎吾を見つめる。
『まず、君たちのステータスウィンドウの一番下にあるログアウトボタンを見てくれ』
俺は奴の言う通り、ステータスウィンドウを操作する。
「なっ――――!?」
俺は驚愕した。
本来ログアウトボタンがある筈の所には…………
何もなかった。
『ログアウトボタンが無いだろう?』
なんだ。バグを自ら修正しにきたのか…。
それなら納得が――――
『しかし、これはバグではない。この世界本来の仕様なのだ』
バグじゃない!?本来の仕様?
どういう事だ……?
『さて、プレイヤー諸君の疑問に、答えてあげよう。今、君たちはこう思っている筈だ』
『何故、何が目的でゲーム制作責任者、黒部慎吾はこんな事するのか?とね』
そうだ。一体何が目的なんだ。
そして、奴の口からとんでもない言葉が飛び出した。
『理由はね……………ただの暇つぶしだよ』
その瞬間、俺の中に言い知れない怒りがこみ上げてくる。
……ただの暇つぶし………だと?
「ふざけるな!」
俺はついに声を上げてしまった。
横ではルーと椿が心配そうな顔で、こちらを見てくる。
俺は周囲の注目を集めながらも、声を荒げる。
「ただの暇つぶしだと!?ふざけるな!!俺達はお前の玩具じゃ無い!」
周囲からも「そうだ!」などの声が飛び出す。
『玩具だよ。この世界にいる限りはね』
いる限り……?
「それは脱出する方法もあるという事か?」
『できるに決まってるじゃないか。クリア出来ないゲームなんて糞ゲーだよ』
脱出できるなら……
『でも脱出する方法はただ一つ。このゲームをクリアする事だよ』
「クリアする方法は?」
『魔王がいる城に来て、魔王を倒す事だ』
それだけ……?少なく無いか?
『後、ゲーム内で自分のHPが0になった瞬間、現実の君たちも死ぬから覚悟してね』
なっ―――!
HPが0になったら死ぬだと!?
「そんな事出来るわけが…」
『それが出来るんだよねぇ。《バーチャル ギア》で簡単に』
《バーチャル ギア》?
『それでこの《Cross World Online》を君たちの脳にインストールするんだよ』
「そんな事をしたら脳が焼け切れて……」
そうか。そういう事か!!
『そう、それで死ぬ。電源を抜いても無駄だよ。《バーチャル ギア》には内蔵バッテリーがあるからね』
こんなの無茶苦茶だ。クリアする事なんて………。
『さて、これで《Cross World Online》正式チュートリアルを終了する。最後に僕からのプレゼントがウィンドウに入ってるから見てくれ』
俺はウィンドウを開き、一つのアイテムを、オブジェクト化した。
それは、タブレット端末のような物だった。
『それは、《Player Information tablet》略してPITだ。それはこの世界のいろんなところで使えるので、ぜひ役立てくれ』
奴の体が徐々に崩れていく。
『では、プレイヤー諸君の健闘を祈っている』
そして、声が完全に聞こえなくなる。
静寂が広場を包む。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
誰かが静寂を破る。
そこからは、地獄だった。
「ふざけんな!ここから出せよ!」
「この後約束があんだよ!」
次々に聞こえる叫び声と泣き声。
俺は、呆然と立ち尽くしていた椿と瑠璃の肩に手を置く。
「とりあえず、広場を出るぞ」
椿と瑠璃が頷いたのを確認してから、俺達は外に出た。
―◆―◆―◆―◆―◆―
俺達は広場を出て、細い路地に入り込んだ。
俺は椿達の方を向いて言う。
「いいか?多分このゲームはマジだ」
瑠璃が首を傾げる。
「何で、そんな事わかるの?」
確かに、その疑問はもっともだ。
しかし――――
「俺の勘もあるが、嘘だとしても、こんな事してまで得られるメリットは奴には無いはずだ」
「確かにそうだが、そうするとこれから、どうすんだ?」
「多分これから先は、モブや経験値、アイテムの取り合いが始まる。こんな時には、スタートダッシュが肝心なんだ」
「という事は、これからすぐに次の街まで走んのか?」
「あぁ、そうだけど三人でじゃない。俺と椿、ルーで二手に別れよう」
そう言うと、瑠璃が驚いたような顔で
「何でよ!?お兄ちゃん!!」
「こうする事で仲間をより、多く集めるんだ。どうせお前の事だからもう作ってんだろ?パーティー」
そう言うと、瑠璃はばつが悪そうな顔を、浮かべた。
俺は最終確認する。
「じゃあ、異存はないな?」
「あぁ、いいぜ」
「うん……」
瑠璃も納得してくれたようだ。
俺は瑠璃の頭に手を置き、
「心配すんな。俺は絶対死なない。また、どこかであえるさ」
「うん!」
「じゃあ、行こうぜ、椿」
「おう!!」
俺達はそのまま、【央都 アルメニア】を発った。
―――絶対、死なねぇ。