祖母のカップラーメン
初めての投稿です。
離任した先生が最後に見てくださった授業で書いた作文です。よい評価をもらったので安心しましたが、まだ未熟です。良かったら見てください。
どうしても忘れられない味がある。昔、祖母の家に泊まりに行った時の事。祖母は私の母が食べさせない事を知ってか知らずか、夜中の一時頃に私にとって生まれて初めてのカップラーメンを食べさせてくれたのだ。祖母は言った。
「ラーメン食べようか」
しかし祖母は手にコンビニでよく見かけるカップラーメンにヤカンを持っているだけである。
「スガキヤがいいよ~」
「もう閉まっとるわ」
「じゃあどこ行くの」
すると祖母はずいっと顔を近ずけて、
「ここで食べるんやよ」
と言う。
そしておもむろにカップラーメンの蓋をあけた。
いかにもご開帳といった感じで開けた。
中身の第一印象は「おもちゃ箱」である。くるりと丸まったエビや茶色くて四角い何か(後にそれは肉だと知った)、長方形の緑色、毒々しいほどに黄色い固まり、そしてその下に見える…
「ラーメン!でも固そうやな」
「そこで魔法をかけるんだよ」
祖母はヤカンを指差した。私が渡すと、ちちんぷいぷい等と言いながらお湯をかけ始める。熱気がもうと立ち上って暑くなるのも構わずに幼い私は食い入るようにそれを見つめていた。
「3分経ったら開けてええ。それまで中見たらアカンで」
そう言い残すと祖母は曇った眼鏡を外して、よっこらしょと言いながら台所に消えていった。
これほど長く感じた3分はなかった。いとこの兄ちゃんとこんな夜遅くまでゲームなんかしていないで、少しでも早く蓋を開けて中で何が起こっているのか見てみたかった。
発泡スチロールは陰気に押し黙っているでけである。蓋の隙間から湯気が出ていた。最も私はその頃、煙と湯気の区別がつかず、きっと中で小人か誰かがおもちゃ箱をラーメンに作り替えているから煙が出ているのだと信じ込んだ。その煙に顔を近付けてみるとなにやら美味しそうな匂いがする。夜中の事だからお腹が空いてたまらないのに、時計の秒針は遅々として進まず、私は天井の木目を柄にもなく正座をして見上げていた。
じりじりとしながら待った。何回も台所の祖母に「まだー?」と聞き、何回も祖母は「まだまだ」と言った。その声に笑いが混じっているのには気づいていたが、とにかくそれどころではなく、ひたすらに木目やら時計やらを見比べていた。
気の遠くなるような3分が過ぎて、私は祖母に見守られながらそっと蓋を開けた。美味しそうな匂いがムンと強くなると同時に、湯気のたつラーメンが今度こそご開帳である。
「カップラーメン?」
声を潜めて聞くと、祖母はにんまりと魔女の微笑みを浮かべて
「そうや」
とやはり声を潜めて私に箸を差し出した。
そのカップラーメンに痛く感動した私は、その後祖母の家に行く度にカップラーメンをオーダーしたという。後で聞けば祖母には母から連絡があって「二度とカップラーメンなどを食べさせるな」というお叱りをうけたそうだが、記憶の限り祖母がカップラーメンを食べさせてくれなかったことはない。
寮に入ってからはこのカップラーメンを食べる事が多くなり、(もちろん、寮のルール違反だ)母もその共犯となった。あの夜から一体何個のカップラーメンを食べたのだろうかと、その度に考えるが今となっては知る由もない。