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第七話〜鳴海の合戦・下編 清右衛門の改名〜

鳴海の合戦は引き分けで終わった、だがそれは今川家滅亡へ序章に過ぎなかった・・・。



清右衛門と本多忠勝の死闘から約二週間が続いた、尾張方は打って出る素振りも見せず三河方も城を攻める素振りも見せなかったのである。


元康はこの戦いで木下籐吉郎なる人物に若干の恐れを抱いた、清右衛門の奮闘で忠勝が戦線を離脱した為に今川軍の士気を落ちる所まで落ちたのである。


その様な豪傑を従え、仰天同地の策を用いる籐吉郎に並の戦略は通用しない事を改めて認識したのである、だがそこに思わぬ報告が舞い込んだ。


今川義元が駿府城にて倒れて危篤状態に陥ったのである、そこで元康は師であり今川家軍師・太腹雪斎にこの合戦の和平仲介を求めたのである、雪斎はそれを承諾して鳴海城へと向かった。


− 鳴海城 大広間 −


今、大広間には籐吉郎と前田利家・木下小一郎・浅野長吉・太田牛一そして遙か下座に清右衛門が座っていた。


そして籐吉郎の目の前に座る男こそ今川家随一の戦略家で元康の師匠である太原雪斎が和平の使者として堂々とした態度で座っていた。


「うむ・・・その条件ならばこちらも了承しよう、では義元殿・・・いや新当主・氏真殿には織田家を代表してよろしくお願い致す」

籐吉郎が太原にあくまでも強気な態度で会見に臨んだ、籐吉郎はあくまでもこの合戦の勝者は織田家であると言わんばかりの態度であった。


「至極承りました・・・織田殿には私のほうから伝えておきます」

既に齢六十を超えていた雪斎が籐吉郎に頭を下げた、ここに織田と今川双方による事実上の和平が成立したのである。




しかしこの二ヶ月後に太原雪斎、そして今川義元も相次いで病で世を去り、新しい当主・今川氏真を支えるはずであった松平元康も三河で独立し北条・武田・今川の三国同盟を破棄され今川家は歴史の表舞台から消え去ろうとしていた・・・。




− 三ヶ月後 清洲城 −


清右衛門は籐吉郎と共に信長から呼び出しを受けて清洲城に登城した、そこには相も変わらず織田家の重臣達が挙って信長の側に控えていた。


だが合戦前と違って勝家も籐吉郎に対して卑下した考えは持っていなかった、勝家はいつも通り小牧山城の防衛に付いていたが大した戦功も上げられずに信長に叱責されたのである。


「猿・・・此度の役目ご苦労であった・・・お主を部将に任ずる、これからも励め・・・」

信長が珍しく機嫌が良さそうに籐吉郎を褒めた、籐吉郎が頭を下げてる間に一人場違いな格好をした清右衛門に目線を移していた、清右衛門はその視線に気が付いて慌てて頭を下げた。


「清右衛門とやら・・・お主、あの本多忠勝を打ち負かしたと聞くが誠か?」

長秀が信長の代弁として清右衛門に聞いた、既に織田家は籐吉郎と清右衛門の武勲の噂で持ちきりであったのだ、無論長秀もその噂の真偽の定を確かめたかったのである。


「は、はい・・・忠勝殿はこの剣で武勲の証とせよと」

清右衛門が薄汚い袋で包んだ刀を献上するかの様に長秀に差し出した、長秀は袋に手を入れてずしりと重い剣を取り出した、その瞬間その場にいた全員が驚きの声を上げた、信長も目を丸くしてその剣を見ていた。


「むぅ・・・あれは真に本多平八郎忠勝の愛刀・・・噂は本当であったのか」

勝家も思わず唸った、勝家も何年か前に一度本多忠勝と槍を交えたがたまらず逃げ出してしまっのであった、その本多忠勝を打ち破った者がいると聞いて最初はその噂自体を否定していたが、この目でその剣を見た瞬間に容認してしまったのであった。


「ガハハハハ!!清右衛門、見事じゃ!!お主こそ家中随一の勇士よ!!」

信長が高笑いを上げて清右衛門を褒め称えた、信長に認められるという事は家中でもその実力を認められ値千金の価値がある事であった。


「は、ははっ!!有り難き幸せに御座います!!」

清右衛門が床に頭を打ち付けるように畏まって礼を述べた、その横で籐吉郎はただ黙って微笑んでいた。


「うむ!!お主を足軽大将に任ずる!!名字帯刀も許可する!!今後は籐吉郎と共に今川攻めに励め!!・・・して、そちは自分の名を何とするのじゃ?」

信長が上機嫌に清右衛門に言った、わずか十七にして織田家の家臣となったのである、だが清右衛門はあくまでも籐吉郎より身分は下であった。


「はっ!!恐れながらもこれより須藤清則と名乗らせて頂きます!!」

清右衛門改め清則が頭を下げて言った、元々清則の家系は遡ると清和源氏の末裔で彼の亡き祖父の名・須藤松右衛門から取った名であった。


須藤清則、彼は今改めて戦国時代のまっただ中に立つ一人の武将となったのである、その名はやがて戦国の世に響き渡る程となろうことは信長を始め重臣や籐吉郎、そして本人も知る由がなかった・・・。



次回は今川家について少しふれたいと思います・・・。

まだまだ未熟ですがなにとぞよろしく御願いします。

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