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第四話〜高坂弾正〜

やっとPCが直りました。やはり買ってから4年が経つと壊れやすくなるものですね。

強風が上田原を駆け抜ける。古来より風が吹かぬ日は無いと言われ続けてきた。


しかしこの日、この時、この場所だけ・・・。一瞬、世界中の風が止まった気がした。


その瞬間、草むらから数名の男達が飛び出してくる。言うまでもなく守清配下の忍び達である。


忍びとは基本、主の命には忠実である。火の中に飛び込めと言えば飛び込む、死ねと言われれば死ぬ。そう言う生き物である。


だが・・・この時だけは違った。部隊を率いていた守清の命も無く清則達を取り囲んだのだ。


この時彼らは共通の感情を抱いていた。


−−−−恐怖。


忍びとは感情を抱かない生き物である。例えどんな状況下であろうと任務を遂行する為の道具であると自分を見なしているのだ。


しかし、目の前に立つ一人の男から滲み出る殺気に恐れを抱いていた。殺気を身に纏いまるで貴紳のごとき姿に怯えも抱いていた。


そして彼らはこの男の前に立ったことを心底後悔した。


その男はまるで長坂橋で赤子を抱えながら百万もの大軍の中を駆け抜けた唐国の猛将:趙子龍のように見えたに違いないだろう。


きっと彼らは自分が名も無き雑兵のように思い。『この男には勝てない』と心底恐怖し、不甲斐なくも膝が震えてしまった。


「ほぅ?そっちから出向いてきてくれるとはな・・・」


清則が声に殺気を孕ませて呟いた。その声に気を呑まれたのか絶好の位置に立っていた忍びですら彼に手出しが出来なくなっていた。


「う、うおおおおおおおおおおおおおお!!」


忍び達が一斉に清則に向かって手裏剣を投げつけた。懐に潜れないならば手裏剣で殺せばいいと判断した為である。


だがその手裏剣も清則の前に出された槍によってはたき落とされた。忍び達が槍が投げられた方向を見ると一人の少年が立っていた。


「へへっ。貸し一つだな」


慶次が少年らしい笑みを浮かべて言った。忍び達は任務を邪魔された怒りからかその矛先を慶次へと向けた。


「餓鬼が!!舐めるな!!」


一人の忍びが慶次を盾にしようと掴みかかった。だが、慶次は逆に彼の腕を掴むと地面を勢いよく地面に叩き付けた。


「子供だと思って甘く見るな!!忍び退治など造作もない!!」


慶次が地面に大の字になって倒れる忍びを踏みつけて咆哮する。それもそのはず、慶次は元々前田の人間では無いのだ。


叔父は伊賀忍びの出とも言われている滝川一益が甥の滝川益氏である。その妹を義父・前田利久が娶り、慶次が誕生した。


つまりは慶次も伊賀の忍びの血を少なからず受け継いでいるのである。


だが、それよりも驚いたのは自分たちが忍びであることを看破されたことである。棄民や夜盗に変装したのを見破られたのはこれが始めてであったのだ。


「ふむ、忍びとな?ならば無用に殺生することは偲びない・・・」


そう清則は忍び達を睨み付けると太刀を鞘に戻し拳を握り締めた。つまりは他国に仕える忍びを無闇に斬って被害が及ぶのを避ける為である。


だが忍びから見れば侮辱に他ならない。忍びと言えども武家に仕える身としてそれなりに武士道の心得がある。丸裸同然の相手を斬っても何の誇りにもならないのだ。


「おのれ・・・ふざけおって!!」


忍びとしてではなく、武人として憤慨した忍びの一人が清則に殴りかかった。斬りかかったのならば僅かながら勝ち目はあったかもしれない。


何故なら殴りかかった瞬間に清則の拳打が彼の鳩尾を打った。いや、打ったと言うのは間違いだろう。


文字通り鋭い槍のように彼の鳩尾を穿った。その衝撃からか彼の体は草むらの中まで吹っ飛ばされた。


たかが拳打と侮るなかれ、彼ら武人は戦場では己の全てが武器と化す。手足は金槌のような鈍器と化して時には相手を絶命させるに至る威力を出すのである。


だが清則は手加減をした。彼の頭骨を叩き砕くことも、心臓を止めることも造作も無いことではある。だがあくまで殺すつもりは無く手加減をした。


しかし、手加減をしているとしても・・・彼を気絶させるには十分な威力があった。


「どうした?もう終わりか?」


清則が骨をコキコキと鳴らしながら聞く。その姿はまさに猛虎に匹敵する重圧感を漂わせていた。


この時、忍びの中には川中島の戦いで諜報に当たっていた忍びもいた。彼は毘沙門天の化身と誉れ高い上杉謙信の姿を、今も鮮明に覚えている。


法衣装束に身を包み、まるで本当に毘沙門天が舞い降りたかのような神懸かり的な采配を見た。だが、それ以上に彼自身から放たれる威圧感を今も覚えている。


全ての生き物が彼に屈し、立っていることすら不敬に当たるような威圧感。もし、正面から睨み付けられたら、それだけで心臓が握りつぶされるような殺気だった。



守清は草むらの影から部下達の戦いを、まるで苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。


なんたる無様、なんたる無謀、なんたる無策。北条が風魔衆にも匹敵すると言われた武田の忍衆にあるまじき戦い様だ。


だが、それと同時に・・・彼の武人としての血が疼き始めていた。


『この男と戦いたい』。


それは戦国最強を自負する武人であれば、誰もが望むであろう願望。そして同時に、乱破衆の頭として、自分は影に徹しなければならないと言う自制心も働いた。


本当なら、直ぐにでもここから飛び出して彼と手合わせしたい。だが、忍びの頭である自分が負ければ、武田の権威も地に落ちるやもしれぬ。


(どうしたものか・・・)


守清が葛藤に悩んでいると、ふと後ろに人の気配を感じた。忍びが後ろを取られるとは何という無様なッ!!


「む?守清殿ではないか、このような所で如何した?」


「だ、弾正忠様!?」


高坂弾正忠虎綱、後の世では高坂弾正忠昌信と伝えられるその人である。


武田四名臣が一人。先の川中島の戦いでは妻女山の別働隊を指揮し、信玄を窮地から救った知勇兼備の名将である。


また、『逃げの高坂弾正』と言う渾名の通り。慎重な采配と見事な退却戦指揮能力を持ち合わせおり信玄に大変重宝された人物である。


ここで補足するが、この時代の戦は攻めより退却戦の方が遙かに困難なのである。


何故ならば、退却ともなれば味方は浮き足立ち、足軽達は我先にと逃げ出すのが常である。そんな中で指揮を執るのは非常に困難である。


更に敵は勢いづいて追撃してくるであろう、その追撃を引き留めるか。あるいは何らかの策を用いて敵を足止めする、殿役と言っても過言ではないだろう。


また、高坂弾正と言えば四名臣の中で最後まで生き延びた一人である。(山県昌景・馬場信春・内藤昌豊の三人は長篠合戦で討死にしている)


今は海津城代として対上杉の備えをしているはずの御人が、何故甲府にいるのかと守清は不思議に思った。


「ハッハハハ。ちと御館様に用があってな。その帰り道じゃ」


あっさりと笑いながら高坂は応える。そのあっけらかんとした態度に守清は少々呆れながらも、頼もしく思った。


「それに・・・なにやら戦の気配がしてな。したらば、そこにお主がおる訳だ。これはただ事ではなかろう?」


流石は四名臣随一の知将と誉れ高き高坂である。直ぐにこの場の異変に気が付き、直に守清を問い質した。


守清は『流石は高坂弾正様じゃ』と観念し、信玄から与えられた任務について話した。本来ならば忍びとしてあってはならないことだが、相手は武田の重臣である高坂に話したところで何ら咎められることはないだろうと踏んだのだ。


一方の高坂は守清の話を聞くや否や、少し呆れたような顔をして清則達に目を向けた。


「・・・ほう、なかなかに良い面構えをしておる。御館様がご執心なのも肯けるが・・・何、ワシに比べればまだまだじゃな。しかし・・・」


高坂が清則の姿を確認すると、かんらかんらと笑って応えた。高坂と言えば信玄の衆道の相手をさせられたことでも有名である。


この時、高坂は信玄が新たな小姓を探しているのだろうと思っていたが。彼から放たれる闘気を感じ取るや否や、考えを改めざるを得なかった。


「どれ、ワシが相手をしてくるとするか」


「だ、弾正忠様!!危のうございます!!ご無礼ながら、ここは私が!!」


守清が追いすがるように高坂を止めようとしたが。高坂はクルリと振り返ると実に清々しい笑みを浮かべた。


「ほほぅ?お主はワシが、あの童に遅れを取ると申すか?それこそ無礼じゃぞ。」


実に武人らしい笑顔を浮かべ、高坂は草を掻き分けて行った。高坂の武勇を知っている守清は彼を説得する言葉を見つけることが出来なかった。

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