第二話〜真田一族〜
小県郡。かつては信濃の豪族の一人である真田氏の所領であったが、村上氏にその地を追われたのである。
そして北信濃の雄である村上義清が彼の地に大改築の末に堅城・戸石城を築いたのである。
後に義清は戸石崩れにおいて信玄に手痛い打撃を与えることに成功する、しかし武田に身を寄せていた真田幸隆の謀略により彼の地より追われることになる。
その功績により幸隆は戸石城主を拝命し、子の真田昌幸が上田に城を築くまでの間真田氏の拠点となったのである。
戸石城 中庭
夜明けと同時に各々の仕事を始める家臣達。ある者は城主を起こしに、ある者は掃除を始めたりと城内は活気に満ちていた。
だが。今日はいつもとどこか空気が違うなと真田幸隆は肌で感じていた。
嫡男の信綱に家督を譲ったにも関わらず幸隆は書斎で日々書物を読みあさり、解釈をつけると言った悠々自適な生活を送っていた。
「これ。何かあったのか?」
幸隆は目の前を通り過ぎようとした兵に声をかけた。どこからどう見ても戦に赴く兵のように鎧を纏っていたのだ。
「これは幸隆様。甲府の御館様より御命令がありまして・・・」
兵が幸隆の前に跪いて報告した。この時戸石城は北信濃、特に長尾家に対する備えとして置かれていたのだ。
「晴信様から御命令が?それで何処を攻めるのじゃ?」
幸隆が不審に思いつつも主命と言うことで聞いてみた。兵は呆気にとられたような顔をして首を傾げていた。
「いえ・・・その。人捜しとのことで・・・。」
兵がそう報告すると幸隆は頭を抱えてため息をついた。そして武一辺倒な自分の息子に少し呆れていた。
「やれやれじゃ・・・。信綱と昌輝、それと昌幸を呼べ。」
幸隆はそう言うと障子を閉めて再び書へと向き直った。
それからすぐに長男・信綱、次男・昌輝、三男・昌幸が幸隆の部屋を訪れた。
信綱と昌輝は鎧装束姿だったが、逆に昌幸は普段着のままであった。
「お呼びと聞いて参上しました。」
信綱が兄弟を代表して幸隆に言った。幸隆は読みかけの本を閉じると三人に向き直った。
「信綱。御館様の御命令は人捜しと聞いたが?」
幸隆が確認するように信綱に聞いた。信綱と昌輝は何を今更と言った感じに目配せすると二人同時に頷いた。
「如何にも。御館様より浪人捕縛の令が出ておりまするが・・・」
信綱がそう言うと幸隆はこめかみに手を当ててため息をついた。
「阿呆共め・・・。そのように武装してはその浪人も警戒して逃げるじゃろうが・・・」
幸隆が諭すようにそう言うと信綱と昌輝はばつが悪そうに苦笑いを浮かべて鎧を解き始めた。
「父上。私に一計が・・・」
三男・昌幸が一歩前に出て幸隆に進言した。真田昌幸、名将・真田信繁(幸村)の父であり秀吉・家康を何度も苦しめた知謀の士である。
「昌幸か・・・。申してみよ」
幸隆が関心を持ったかのように言った。幸隆は自分に近い才能を持つ昌幸を信頼しており、知略もやがては自分を追い越すだろうと思っていた。
「はい、ここは力によって捕縛するのではなく・・・。徳を持って彼の者を迎えるのが上策かと・・・」
昌幸の言葉に幸隆は思わず唸っていた。自分の予想した遙か上の模範解答が飛び出してきたからである。
昌幸が言うには夜盗や野武士に扮した透破達に一行を襲わせ、そこを自分達が助ければ彼らの警戒は薄れるだろうと説明した。
幸隆は昌幸の進言を聞き入れ、守清率いる甲州忍軍二十名ほどを昌幸に与えた・・・。