第二十二話〜戦友〜
まだ日が昇っている途中と言うのに屋敷の中は暗かった。
雨戸を閉め切り、明かりと言えば部屋の真ん中には蝋燭が一本置かれていただけである。
それもそのはず、この家の主人が徳川家と織田家(元だが)の名将達が会談するのに盗み聞きされては拙いと気を利かせてくれたのだ。
「さて・・・織田家の用件を聞かせていただきましょうか」
蝋燭の明かりに照らされ、幽霊のように青白い顔をした正信が口を開いた。
「実は・・・」
清則はそう切り出すと全てを伝えた。織田家を放逐され諸国を見て回ると言うことをも伝えた。
忠勝は腕を組み『あ〜』とか『う〜』とも呻いていた。だが一方の正信は静かに目をつむっていた。
「それで、清則殿・・・。これからどちらに?」
正信が目を開いて静かに聞いた。その顔は相変わらず青白く、おそらく夜道で出会ったら逃げ出してしまうような顔をしていた。
「甲斐へ行こうかと・・・」
清則が地図を出して甲斐への通行路を説明した。岡崎〜長篠を抜け、信濃を経由して甲府へと向かうつもりであった。
「甲斐と言えば・・・あの信玄坊主の所とな?」
忠勝が言葉にうっすらとながらも敵意を交えて聞いた。
それもそのはず。前年に徳川武田間で結ばれた大井川同盟を武田側が一方的に破棄し徳川領の遠江に侵攻してきたのだ。
大井川同盟とは徳川武田間で旧今川領の分割統治に関する同盟である。大井川から西は徳川が、東は武田が統治するとの約定である。
しかし、領土拡大欲に燃える信玄はこの約定を破棄し遠江に兵を進めてきたのである。
「信玄公の元で兵法を学ぼうと思ってましてな・・・」
清則がそう言うと忠勝はこれ以上咎めることは出来ないと言う顔をした。
「そうか・・・」
忠勝はそう言うと懐から銀がぎっしりと詰まった袋を取り出し、清則に差し出した。
「これは?」
小一郎が代わりに袋を受け取って聞いた。いわゆる路銀である。
「甲斐までは何かと物入りであろう。少ないが餞別として受け取ってくれい」
忠勝が破鐘のように笑いながら言った。だが忠勝の心境は複雑だった。
本当は友と馬を並べて戦いたかったが、これも戦国の世。友、親子、兄弟が敵味方に分かれて戦うのもまた一興だと納得せざるを得なかった。
「忠勝殿・・・」
長篠へと至る分かれ道まで見送りに来てくれた忠勝達を振り返って清則は呟いた。
忠勝はその視線に気がついたのか清則に向けて手を小さく振った。
「(また会おう・・・戦友よ)」
忠勝は手を振りながら段々と小さくなって行く戦友の背中を見送った。
第二部甲斐の虎編へと続く・・・。