第二話〜下弦の月の宴〜
早速のご指摘有り難う御座いました。
第一話における訂正:×松永久秀(筒井)○松永久秀(三好)
これからもご指摘お願いします
− 尾張 清洲城下 足軽長屋 −
尾張を統治する織田信長、彼の一大転機と言える桶狭間の合戦は存命中の今川家軍師・太原雪斎の進言によって義元による上洛は阻止された。
桶狭間で表舞台に躍り出る機会を失った織田信長は領国の経営に力を入れ、丹羽長秀・浅野長吉(後の浅野長政)・佐久間信盛・木下籐吉郎らの優れた文官を奉行に命じて石高向上を推し進めていた。
野戦や籠城戦において兵糧はまさに合戦を左右する生命線と言える程のものであった、ちなみにこの時代の兵糧は現代における自衛隊の戦闘糧食(おにぎりとか缶詰とか)と違って一度炊いた米を天日で乾かした物をさすのである。
木下籐吉郎の元に仕えている足軽頭・清右衛門は下弦の月を眺めて静かに酒を飲んでいた、酒と言っても清酒のような高級酒では無く安酒である濁酒である。
一緒に酒を飲むのは童時代からの友人達である松之助達である、彼らは名も無き足軽達であるが天下に志を立てていたのだ。
「よぉ!!やってるねぇ!!」突然の訪問者に清右衛門達は硬直した、何と上司・木下籐吉郎が妻であるねねを連れてきたのである、籐吉郎の手には大きめの徳利が握られていた。
「き、木下様!!何故このような所に!!」清右衛門が慌てて頭を下げて伏した、それもそのはず木下籐吉郎は二毛作などの優れた耕作技術を発明し信長をして『尾張随一の米人』と褒め称えられて侍大将に昇進していたのだ。
「いかんかね?」籐吉郎が草鞋を脱いで人なつっこい笑みを浮かべて聞いた、籐吉郎はねねの手を引いて静かに畳の上に座って徳利の酒を清右衛門達の壊れ掛けた杯に酒を注ぎ始めた。
「こ、これは・・・直々に・・・恐縮です」松之助が頭を何度も下げてその杯の中身をじーっと見始めた、今まで一度も飲んだ事が無い清酒が注がれていた。
「今日は無礼講じゃ!!飲め飲め!!」籐吉郎が笑いながら叫んだ、そのまま宴は楽しく進み踊りや歌声が鳴り響いた、この人なつっこい性格は昇進してからも相変わらずであった。
そして宴は夜中まで続き殆どの者が酔いつぶれていた、無論清右衛門達は疲れて眠りこけていた。
「お前様・・・随分陽気な方達ですね」ねねが籐吉郎の杯に酒を注いで言った、籐吉郎はうっすらとした笑みを浮かべてコクリと頷いた。
「いざ合戦となったら真っ先に死ぬのはこいつら足軽達・・・ワシも元は足軽だった、だからこいつらの不安はよく解る・・・だからせめてワシがこいつらの不安を受け止めてやらなければならんだろう?」籐吉郎がボンヤリと夜空に輝く下弦の月を眺めて呟いた。
『木下様・・・』いつの間にか目を覚ましていた清右衛門が流れそうになった涙をグッと堪えて肩を震わせた、
清右衛門はこの時を境に籐吉郎の為ならば不惜身命の覚悟で働く事を己の涙に誓った。