第十七話〜富田勢源〜
少しスランプ気味・・・。
清則の太刀が月の光を浴び妖しく青白く光っていた。
「何っ!!彼奴め!!織田と手を結んでいたのか!!」
足軽達の頭が得物を構えて叫んだ、その部下達の数はおよそ24名と明らかに歩哨の域を越えていた。
「何の事か分からぬが・・・見られたからには死んでもらおうか!!」
清則が太刀を構えて叫び、敵の真っ只中に飛び込んだ。
一振りで二人の足軽の首を刎ね、返す刃で側面から襲い掛かろうとした者の槍の穂先を叩き折った。
そしてそのまま槍の柄をつかみ、自分の方向へ引き寄せるとすれ違いざまに腹を鎖帷子ごと切り裂いた。
−−−−殺し。殺戮し。屠る。
その一連の動作は多くの戦場を越えてきた『いくさ人』の剣筋であった。
流派など無い、これは彼の自己流の剣術である、戦場を一つ二つと生き延び・・・。
−−−−幾つもの血の大河と屍の山を越えて出来た一種の洗練された美術品であった。
やがて彼の周りに動くものがいなくなった時、始めて清則は太刀を降ろした。
「こっちはあらかた片付いたぜ、清則の旦那・・・だ、旦那?」
小六が思わず言葉を失い息を飲み、震えた。
そこには紅月の光に照らされた紅い鬼が返り血で紅に染まった太刀を携え、紅い血の大河の真ん中で立ち尽くしていたのだ。
「小六か・・・」
清則が太刀に付いた血を振り払って鞘に収めた。
「あ、あぁ・・・にしてもすげぇな旦那・・・」
小六が首を飛ばされた屍をひょいと避けて呟いた、その切り口は鮮やかで恐らく痛みすら感じずに死んだのだろう。
「別に・・・それより殿と半兵衛殿は?」
清則がスッと血で塗れた手で髪を掻き揚げて聞いた、その目は未だ死闘の興奮の色が残っていた。
だが突然二人とも何かの気配を感じて思わずそこから飛びのいた、先ほどまで二人が立っていた所に棒手裏剣が突き刺さっていた。
「ほぉ・・・勘が良いのぉ・・・さしずめ野生の勘と言う物かの?」
林の奥から不気味な老人が杖を付いて静かに歩み寄ってきた。
その身のこなしに物腰、とても常人とは思えなかった。
「爺さん・・・何者だ、あんた・・・」
小六が太刀の柄に手をかけて老人を睨み付けた。
「小六、下がってろ・・・この爺さん、只者じゃない・・・」
清則が老人を殺気を込めた目で睨み付けて小六を制止した。
「ほぉ・・・そういうお前は何者だ?山犬や狼みたいに血の匂いをさせて」
老人がクックククと笑みを浮かべて言った、その声は地の底から聞こえるほど低く感じられた。
「何が言いたい・・・」
清則が太刀の柄を握り締めていつでも斬りかかれるような体勢に入った。
「お前の剣は畜生並だと言っておる・・・」
老人がニヤリと笑って清則を卑下した、その言葉で清則の中の何かが切れた。
「ほざけ!!ジジイ!!」
清則が勢いよく太刀を抜き払った、おおよそ常人の目には止まらぬほどの速さで・・・。
ギィン!!
だがその老人は持っていた杖でそれを難なく止めて更に邪悪な笑みを浮かべた。
「見当違いだったな、犬畜生以下の獣の剣だなコレは・・・」
老人が杖をクイっと上に払って刃を受け流した、そしてそのまま肘と杖の先端で刃を挟み込み・・・一気に叩き折った。
そして杖で清則のわき腹を思いっきりたたき付けた。
「ガッ・・・はっ・・・」
清則は思わず膝を地面に突いてしまった、肺から息が流れ出し胃液が逆流し始めたのだ。
「だ、旦那!!何者だてめぇ!!」
小六が清則を守るように立ちはだかった、老人はフォッホホホと笑い始めた。
「おお、忘れておったわい・・・ワシは中条流伝承者・・・富田勢源と申す」
勢源が深々と礼儀正しく二人に挨拶した、そしてその老人は『さて、止めをさそうか』と呟いて杖をギュッと握り締めた。
パーン!!
静かな山に一発の銃声が鳴り響いた、その魔弾は勢源を確実に狙っての物であった。
だが勢源は素早く身を一歩退けて難なくそれを回避した。
「ほ、堀尾殿!!」
林の影から突然茂助が飛び出してきた、その手には一丁の種子島が握られていた。
「ふむ・・・堀尾の一人息子か・・・臆病者がよく出てきた、その威勢だけは褒めてやろう」
勢源がその見えない目で確実に茂助を睨み付けて言った。
だがその二人の間に別の人間の気配を悟ったのか同じ方向をにらみつけた。
「勢源・・・その辺にしておけ、楽しみは後にとっておけ」
そこに立っていた男こそ、斎藤家現当主・斎藤龍興であった・・・。