第十三話〜竹中半兵衛重治 中編〜
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− 栗山 庵 門前 −
「き、貴殿が御高名な竹中半兵衛重治様・・・これは知らずとは言えご無礼を・・・」
須藤が慌ててその場に平伏して先までの非礼を詫びた、下手をすれば仕官どころの話では済まないと即座に判断したのである。
「そのような・・・御着物が汚れてしまいます、それに名乗りもしなかったこちらが悪いのです・・・どうかお気に召しますな」
逆に半兵衛の方が慌てて須藤の手を取って言った、半兵衛は自らの手で清則の袴の裾に付いた埃と泥をほろってやった。
「そ、某は木下籐吉郎様麾下の須藤清右衛門清則と申します!!なにとぞ半兵衛様のお力をお借りしたく!!」
清則が半兵衛の手を握りしめて何度も懇願した、半兵衛はその名を聞くとピクッと勘付いた、須藤清則と言えばかの本多忠勝と互角に渡り合い今川攻めで功を上げ今や織田家でも一、二を争う猛将であると悟った。
「須藤殿・・・まずは昼食になさいましょう、仕官の話はそれからと言う事で・・・」
半兵衛が須藤の手を引いて庵の中に入った、門の中では千里が唖然とした顔でこちらを見ていた、あれ程嫌がっていた織田家の人間を中に入れたのは利家以来の事であったのだ。
− 庵 大広間 −
清則は目の前に出された山菜や魚で彩られた膳をあっという間に平らげてしまった、いや正確には味など感じなかった、かの名参謀・竹中半兵衛とこうして食事が出来る事に箸を持つ手が震えてしまったのだ。
「父上様・・・安藤守就様がお越しになられましたが・・・」
千里がスッと襖を開けて半兵衛の叔父である安藤守就の来訪を告げた、清則は拙いと思い動揺して箸をコトリと落としてしまった、それに感付いた半兵衛がチラッと清則を見た。
「清則殿・・・貴殿は織田家の人間、斎藤家の人間と鉢合わせするのは気拙いでしょう・・・書斎でお待ち頂けますか?千里、案内してあげなさい」
半兵衛が静かに箸を置いて清則に退席を促した、清則は地獄に仏と言う感じで慌てて千里の後を付いて大広間から出て行った。
「須藤様と申しましたね?」
千里が初めて温厚に語りかけた、清則は驚いて千里の方を見た、いつもは半ば発狂したように叫ぶ千里が初めて女らしい口調に戻ったのである。
「は、はい・・・」
須藤が埃っぽい書斎の床にゆっくり腰掛けて返事をした、辺りを見渡せば孫子や春秋左氏伝などの政治書や兵法書が山積みになっていた。
「あ・・・いえ、どうぞごゆっくり・・・」
千里が含みのある言葉を残して部屋の戸をパタリと閉じて行った、変だなと思ったっきり清則は山積みになっている書物から『呉子』なる兵法書を取り出して読みふけり始めた。
呉子が読み終わると孫子・戦国策・蔚僚子・三略と次々に本を取っ替え引っ替えに取り出しては水に濡れた大地みたいに貪欲に吸収して行った。
そして三略を読み終えて司馬法へと手を伸ばそうとした時に辺りが暗くなり始めている事に気が付いた、しもうたと思い立ち上がり後ろを振り返ると既に半兵衛がそこに座って御茶をのんびりと啜っていた。
「あ、あの・・・」
須藤が顔面蒼白になって頭の中が真っ白になった、こんなにも半兵衛を待たせた挙げ句自分は暢気に読書に耽っていた等とどうも仕官の誘いにきた使者に有らざる行為に目の前が真っ白になった。
「いえいえ、書物とは所詮は読んで貰って初めて存在意義が有る物です・・・」
半兵衛がニコリと笑って湯飲みをコトンと置いた、その言葉に救われたかの様に須藤はホッと溜息を付いて床に座った。
「叔父上は大変現在の斎藤家の状況を憂いておいででした・・・家中では疑心暗鬼が支配し、軍は統率が取れずに略奪や脱走がまかり通りっております・・・挙げ句には民ですら税を納めず逃亡したり棄民になって織田家へと逃げております」
半兵衛が困り切った顔をしてポツリと愚痴をこぼした、現に安藤守就も既に斎藤家を見限り始めているとさえこぼした。
「国の不和・軍の不和・部隊の不和・戦闘の不和ですな?」
須藤が即座に先ほどから吸収した知識を思い切って半兵衛にぶつけてみた、半兵衛は左様と言わんばかりに頷いた。
「変わって織田家では賞罰を公正に行い軍紀を乱す者は例え功績があっても厳重に処罰されるとお聞きします」
半兵衛が湯飲みに茶を注いで須藤に手渡した、須藤はそれを受け取ると静かに啜り始めた。
「左様、かつて今川攻めに置いて功績を挙げた小姓が此度の墨俣攻めでは敵前逃亡をする始末でした・・・それを知った大殿は即座にその小姓をを御斬りになられました・・・」
須藤が先の墨俣の合戦で起こった出来事を話した、先の曳馬攻めで奇襲部隊を獅子奮迅の働きで撃退した勇猛な小姓がいて信長は小姓の身から足軽頭に抜擢して手元に置いたが・・・墨俣攻めの折りには十名もの兵の頭にありながら敵の猛反撃を受けるや否や兵を置き去りにして本陣に逃げ帰ってきたのだ。
それを知った信長は『例え十名の足軽と言えども兵を置き去りにして敵に背を向けて逃亡するとは何事か』と激怒してわざわざ本陣まで訪れ『清則を見よ!!かつて彼が足軽頭であったときは犬千代(利家)を救うために鬼とも思える本多平八と対峙し互角に戦ったのだぞ!!』とその小姓を叱責した上で自ら軍令違反の罪でその小姓を斬り捨てたのである、この厳罰を恐れた兵達は誰一人として逃げ出さずに墨俣の地を枕に討ち死にしたのである。
「成る程・・・信長様は龍興様と違って聡明な御方でいらっしゃますな・・・」
半兵衛が腕を組んでウーンと唸った,この時明らかに半兵衛は織田家に仕官すべきかどうか迷い始めていた・・・。