第十話〜今川家の最後〜
今日はがんばって二話投稿してみました。
火の手が上がった事に気が付いた清則・忠勝・泰朝の三人は群がる敵を薙ぎ倒して本丸御殿に突入した。
炎の中では既に氏真は自害して果てていた、だがその傍らでは静かに佇む鎧武者の姿があった、岡部元信その人であった。
「裏切り者め・・・ようやく来たか」
元信が鞘から太刀を抜き払い鞘をそのまま炎の中に投げ込んで呟いた、その目は憎しみをありありと映していた、泰朝は清則が止めるのも聞かずに静かに元信の前に立ちはだかった。
「元信・・・お前は道を誤った、御館様を支えねばならなかった我らがこうして憎しみ合わねばならぬ事はワシは我慢できなんだ・・・」
泰朝が太刀を抜いて元信に切っ先を突きつけて呻くような声を上げて元信を静かに睨み付けた、この二人の間に清則もそして忠勝ですら割ってはいる事は出来なかった。
「おい・・・そこの二人、この死合いの検分役・・・頼めるか?」
元信が切っ先を忠勝と清則に向けて頼みこんだ、二人はただ黙って頷くしか無かった、あちこちで火災による崩落が起こり危険な状況であったが何故か彼らの周りにまで危険がおよぶ事は無かった。
泰朝・元信ともに同時に斬りかかり刃がぶつかり合う度に火花が飛び散った、炎の中で行われる一騎打ちに清則と忠勝は身震いするような美しさを感じた、それは武人にとって最高の舞台とも言えた、二人にはもはや己の息づかい以外何も聞こえない武の聖域を感じ取っていた。
何十合と打ち合ったにも関わらずまだ勝者が決まらなかった、互いに息が上がり最後の渾身の一撃をすれ違いざまに放った、清則と忠勝は生唾を飲みどちらが先に倒れるのかと目を見開いてじっと凝らしていた。
「ぐっ・・・」
先に膝を突いたのは泰朝であった、鉄拵えの鎧の胴の部分が切り裂かれて鮮血が迸っていた、だがその直後元信が剣を地面に落としカツーンと寂しい音が鳴り響いた。
「や、泰朝・・・」
元信が崩れ落ちるように倒れながら呻いた、泰朝の一撃は元信の胸を深く切り裂いていたのである、結局それが致命傷となり元信はそのまま落命した、最後の瞬間彼が見たのはもしかして義元に召し抱えられて好敵手・泰朝と功を競い合った懐かしい日々だったのかも知れない、だがそれを知る術は三人には無く、元信も物言わぬ骸と化していた。
「清則殿・・・これを持って行ってくだされ宗近三日月でござる」
泰朝が氏真の近くに転がっていた今川家の名刀・宗近三日月を震える手で清則に手渡した、いわばこれが氏真の首の代わりと言う訳であった。
「し、しかし・・・」
清則が慌てるのも無理がなかった、既に火の手は三人をすっかり取り囲んでいたのだ、このままでは三人とも焼け死ぬだけであった。
「心配無用・・・ここから外に出られる・・・さぁ!!」
泰朝が体を引きずって掛け軸の裏に付いていた取っ手を引っ張った、そこには城外に通じる秘密の抜け道へと続く階段があった、幸いそこにはまだ火の手も煙も回っていなかった。
「泰朝殿は・・・!?」
忠勝と清則が階段を下りようとした瞬間、辺りが突然暗闇に包まれた後ろを振り返ると天守御殿へと通じる戸が堅く閉ざされていた。
「っ!!泰朝殿!!」
清則が戸に体当たりしても戸はビクともしなかった、もう一度体当たりを試みたが忠勝の手が清則の腕を掴んだ、忠勝は無言で頭を振ってあきらめる様に促した忠勝はうっすらと目に涙を浮かべていた、清則は静かに俯き無言で涙を流した、だが泣いてばかりはいられないと言わんばかりに手の甲で涙二人は薄暗い階段を駆け下りて外へと目指した。
「義元様・・・氏真様・・・清則殿・・・元信・・・」
紅蓮の炎が辺りを包み込む中、泰朝は戸にもたれて自分の最後を悟った、もう立つ事も自害する事も叶わぬほどに出血が酷くそのまま泰朝は深く目を瞑りうっすらと笑みを浮かべたまま二度と目を開ける事は無かった。
最後の瞬間泰朝の脳裏には若き頃に大志を自分と元信に語ってくれた今川義元と今川氏真、閑職に送られた自分にもう一度活躍する場を与え最高の舞台を見届けてくれた須藤清則。
そして・・・共に戦場を駆けめぐり、共に功を競い合った同僚・岡部元信の姿が鮮明に写った、互いに道を違えども最後は一騎打ちの中で意思疎通できた事を嬉しく思った・・・だがそれを知る者もまた元信の時と同じく誰もいなかった。
やがて炎は元信・氏真・泰朝の骸を優しく包み込み本丸全体をも包み込んでいた・・・。
城外に出た二人は闇夜の空に舞い上がる火の粉をまるで三人の魂が浄土に向かって舞い上がっていくかの様な幻想的な場面をしかと目に焼き付けた。
武人にとって最高の舞台を見れた事による感謝と三人の霊を慰めるかの様に二人は静かに手を合わせてその場を後にした・・・。
今川氏輝・今川義元・今川氏真と三代に渡って勢力を拡大し続けた今川家はここに滅び去った、皮肉にも今川家の滅亡により戦国の世は益々混沌とした時代へと向かいつつある事をまだ誰も知らなかった・・・。
武士としての本望とは一体何なんでしょう・・・。
やはりこの平和な時代に生き平和を貪る俺達には絶対解らないなのでしょうか・・・。
でも確かな事は・・・彼らの粗々しくも美しい血は我々現代人の血にも流れているのは確かでしょう・・・。