表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/12

8話  厄介な招待状

 混ぜモノ。

 それは3種以上の血を持つ、本来ありえない存在――。


「原点に戻ってはみたけれど、やっぱり新しい情報はないか」

 龍玉最大の蔵書量を持つ魔法学校の図書館から、少数種族まで掲載されている種族辞典を借りたが、混ぜモノについてはほんの数行しか書かれていなかった。そしてその数行には新しい情報も特にはない。

「他のは、ほとんど持っていたしなぁ。なかったのは児童書ぐらいだし」

 混ぜモノについて書かれた本を調べた時にでてきた『混ぜモノさん』という題名の児童書。パラパラと読んではみたが、主人公の混ぜモノは、めんどくさがり屋だが、困っている人がいるとついつい助けてしまうお人よしという、何ともありがちな設定だった。珍しいのは、主人公を混ぜモノにしたところぐらいだ。

 そんな何処にでもありそうな児童書だったが、気になる点がなかったわけでもない。わざわざ混ぜモノを題材にとりあげたのだから、この作者は混ぜモノと出会った事があるのだろう。それは何処だと調べようとしたが、なんと作者もできた年代も、初めて発行された場所も全てが不明となっていた。

 作者不明ぐらいならば分からなくもないが、年代、初めて発行された場所も不明なのは少し異様な気がする。

 俺が図書館で手に取った児童書は20年ほど前に発行されたもので、何冊も童話などを発行している会社が出版していた。多分作者不明な童話と同じような扱いだったのだろう。



「まあ、載っていない事を考えても仕方ないか」

 読んでいた本を閉じ、目元をマッサージする。思った以上に集中してしまった。外を見るとすでに空が白っぽっくなっている。

 一度仮眠をとるかと思った所で、ふと手紙の存在を思い出し、ベッドから降りた。

「確かこの辺りに――」

 机の上の書類を漁ると、2通の封筒がでてきた。1通は王家の、もう1通は実家である伯爵家の家紋が入っている。確か2通とも返事をそろそろ出さなければいけなかった。

 どちらもなかった事にしてしまいたいが、そういうわけにもいかない。逆にそうする事で、どちらにも応えなければならなくなったら厄介だ。


 王家――王子からの手紙には、王宮で開かれる夜会への招待状が入っており、実家からの手紙には遊びに来なさいと綴った手紙が入っている。オクトには夜会はまだ早いと思うのだが、今の貴族社会だと、5歳を過ぎれば立派なレディー。参加OKなのだ。

 もちろん5歳で結婚はない。しかし未来の嫁の為、知り合いになり婚約したがる貴族は結構いた。混ぜモノに話しかけるような度胸があるやつは早々いないとは思うが、万が一がある。また王子絡みで、オクトに魔の手がという事も――うん。くたばれロリコンども。

 オクトと仲良くする馬の骨が思い浮かび、呪いの魔法が何種類か脳裏をよぎる。万が一があれば、俺はオクトを連れて、本気で国外逃亡を考える必要があるかもしれない。


 っと、そんな事考えてる場合じゃなかった。

 とにかく年齢を理由に断ることはできないのだから仕方がない。一番手っ取り早いのは、オクトが選ぶ事だとは思う。俺が選ぶと絶対両者共に、文句を言って面倒な事になるに決まっている。

 でも王子からの手紙をオクトが選んでしまったら――、それは却下だ。となると妥協案で伯爵家となるのだが、アホ王子が何も言ってこないとは思えない。

 オクト自身に実家からの手紙を選ばせるには、どうしたらいいのか。

 

「夜会に行きたがるとは思えないけれど」

 絶対ではない。俺は、絶対行かせたくないのだ。もちろんオクトがどうしても行きたいというのならば……駄目だけど、駄目だとは言えない。そんな事して、嫌われたら、王子を殺してしまいそうだ。

 もっと楽に、楽しく生きたいんだけどなぁ。

 仕方がない。


 俺は少しだけ封筒に細工をする事にした。






◇◆◇◆◇◆



「そろそろいくよ」


 実家へ帰る事が決まってから、オクトは家の中を片付けていた。おもに生もの類らしいが、凍らせる箱の中にしまったりと忙しない。オクトが来る前は片づけるものなんてなく、ほぼ身一つの移動だったので中々に新鮮な光景だ。


 オクトは二択あった封筒のうち、無事に伯爵家からのを選んでくれた。流石、俺の娘。運がいい。

 もちろん王家印の方を選んでも、中の手紙だけ入れ替わる魔法をしかけておいたので王子からの招待状が読まれる事はないんだけど。


「どうした?」

 何故か動きを止めたオクトは、少し百面相をした後、何でもないと首を振った。伯爵家に行く事に緊張して色々考えているのかもしれない。

「えーっと、ああ。そういえば、息子さんもいるの?」

「アイツは学校だよ。今年院を卒業したら、伯爵邸に戻ると言っていたな」

 そういえば、息子にオクトの事伝えたっけ?

 でも、まあいいか。アイツも大人だし。顔を見た時に伝えれば問題ないだろ。


 とりあえず、話ができると言う事は、一通りの準備ができたようだ。

「準備はできたみたいだね。行くよ」

 転移するとオクトは呆けたように伯爵家の屋敷を見上げ、そしてキョロキョロと見渡した。普段の落ち着いている姿とは違い、好奇心いっぱいな子供のように見える。実際、子供なんだけど。

「山が珍しい?」

「珍しくはないけれど、王都と全く違うから……」

「ここは王都よりも東に位置している場所だよ。あの山も含めてこの辺り一帯が、伯爵家の領地かな。この通り山も近いから、秋には樹の神の恵みに感謝して大々的なお祭りをやるよ」

 なんだったら、オクトを連れて祭りの時期に遊びに来てもいいかなと思う。

 混ぜモノだから、祭りなんて参加した事もないだろうし。想像すると、結構楽しそうだ。


「良かったら、後で山も探索するといいよ。魔の森と呼ばれるところ以外だったら、ちゃんと道もできているしね」

「魔の森?」

「そこに入ると、道に迷いやすいんだよ。だから魔の森と呼んで誰も入らないんだ」

 魔の森は豊かだが、誰も入れない。

 一説では、樹の神の社があるからと言われているが、はたしてどうなのか。もっとも、魔の森は誰にも入れないので、そんな事は確認しようがない。

 ただ俺らを含め誰も入れないという事は、異国からの侵入も防いでいるという事だ。その為守り神的なものにもなっている。その一方で誤って入り魔の森を侵した村人の命を奪うので、確かに神のようだ。


「おかえりなさいませ、アスタリスク様、オクトお嬢様」

 そんな事をぼんやり考えていると、屋敷の扉が開いた。中から執事とメイドがでてくる。オクトが緊張の為か隣で硬直したのを感じた。さっきまでの好奇心が嘘のように形をひそめている。

 

「荷物をお持ちします」

 メイドの言葉にオクトは困っているようだった。表情はあまり変化がないものの、鞄の紐をぎゅっと握りしめている。……渡したくないんだろうなぁ。嫌なら嫌だと言えばいいのに。変なところで奥ゆかしい。

「オクトの荷物は別にいいよ」

「かしこまりました。それではアスタリスク様、旦那さまがお嬢様共々お呼びでございますので、ご案内いたします」


 だよな。

 今回は顔合わせがメインなのだから避けられない事は分かっていた。でも来て早々なのはありがたい。嫌な事はさっさと終わらせるに限る。

 一歩踏み出したところで、隣にあった黄色い髪が動かないのに気がついた。振り返ると、オクトは鞄の紐を握りしめた体勢のまま動かない。緊張の為か顔色も悪い。

 そんな表情されると、このまま家に連れて帰って、べたべたに甘やかしてやりたくなるじゃないか。でもそんな事をしても誰のためにもならないので我慢する。


「オクト」

 俺の声に反応して、オクトは顔を上げた。とりあえず、動けないならば引っ張ってやればいいか。

 俺はオクトの手を掴んだ。

 小さな手は緊張しているのか冷たい。少し歩くと、オクトは少し遠慮したような弱弱しい力だったが、俺の手を握り返してきた。

 あー、なんかいい。親子っぽくないかこれ?

 ぐりぐりと頭を撫でまわしたいが、やる事を終わらせた後だと、ぐっと我慢する。……なんか我慢する事が多いな。やっぱり早々に寮へ帰ってしまおう。


「あっ、あの……」

「心配しなくても大丈夫だから。オクトはただ隣にいればいいよ」

「……そういうわけにはいかない」


 オクトは頑張りやだよなぁ。

 俺の事を信頼していないからの遠慮という事ではないだろう。どちらかと言えば、自分の事は自分でしたがるタイプのようだし。自立心が強いのはいいことだが、少しさみしい気もする。


「こちらの前で少しお待ち下さい」

 どうやら父上は、珍しく仕事をしていたらしい。案内された場所は、公務室の前だった。

 オクトが来るので、母上に紙の事業を進めろと尻を叩かれたのかもしれない。

「旦那さま、アスタ様とオクトお嬢様がお見えです」

「通せ」

 

 相変わらず、二コリともしない無愛想な顔がそこにはあった。いや、父上が笑ったら笑ったで不気味だけど。

「父上、ただいま戻りました」

「……そちらの娘が、例の子供か」

「そうです。俺の娘の、オクトです」

 ガラスのような紅い瞳にオクトが映る。オクトが少しだけ震えた。……まあ、確かに事務的に見られたら怖いよな。


「このたびの事は、すみませんでした」

 意を決したようにオクトが息を吸ったかと思うと、いきなり手を離し膝をついた。その間1秒にもみたないぐらい僅かなものだったように思う。鮮やかな動きだ……。

 ――って?!

「何をしようとしているのかな?」

「えっ?……謝罪……です」

 俺は慌ててオクトを引っ張り上げ立たせた。

 確かあのポーズは、青の大地の方に伝わる、最大限の謝罪をするときのものだった気がする。何故そんなポーズを知ってるのかは置いておくとして、何がどうして謝罪をしなければと思ったのか。やっぱりこの親父が怖いからだろうか。よし、鼻からパスタでも出して笑わせろ。

 ……いや、それはそれでシュールか。


「何の謝罪だよ。いらないから。父上もオクトが怖がっているので、いい加減笑って下さい」

 珍しく父上も驚いたらしい。僅かだが目がいつもより大きくなっている。本当見ていて飽きないというか、突拍子もない事をしてくれる子だ。

「アスタ……リスク様。別に、私は――」

 

 オクトの言葉が不意に止まった。なんだと思ってオクトの目線の先を見れば、世にも珍しい、父上の笑みがあった。

 やっぱり、母上に何か言われたのかもしれない。


 ――それにしても。

 隣を見ればオクトがさっき以上に顔色を悪くしていた。息子の俺がいうのもなんだけど、悪人面だよなぁ。あー……、自分で言っておいてなんだけど、やっぱり笑うなというべきか、俺は少しだけ悩んだ。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ