7話 大切なヒト
「――というわけで、結論から言えば、王都での誘拐は海賊が関わっているんだと思います」
「海賊ねぇ」
リストの報告に俺は相槌をうった。
確かに海賊だって陸地で何もしないというわけではない。人身販売とかを中心として活動している者もいると聞く。しかしあえて王都、しかも王宮の近くで誘拐とは、何とも度胸のある奴らだ。
「はい。マリーちゃんのお友達の知り合いが、海賊が大きな袋に人を入れて運ぶところを見たそうです。あとカカオちゃんの酒場の友達の彼氏がどうもその筋のヒトらしくて、今は人身販売の大きな仕事が入ったって豪語してたそうです」
仮に本当だとして、もしも人身販売してますーなんて言いふらしているなら、3流過ぎだ。ありえない。もしくは、あえてそんな情報を流しているか。……後者だとしたら、凄く面倒な予感がする。
「というか、その○○ちゃんの友達の知り合いとか、情報源がすごい離れているけど、大丈夫なのか?」
「まあ絶対とはいえませんけど、海賊が関わっているのは間違いないですよ。その手の噂、凄く多いですから。ほら、ほとんど海賊ネタでしょ。後は吸血夫人ネタ」
リストは真面目に調べてくれたらしく、机に置かれた何枚もの紙の束には、噂が一つ一つまとめられていた。確かに、ぱっと見、海賊という単語が多い。
「吸血夫人と言うのは、例の伯爵令嬢の変死の事か」
「はい。噂だと、海賊と吸血夫人は繋がっているってなってますよ」
それは……きっと噂が途中で繋がっただけの可能性が高いな。何といっても噂は噂だ。繋がっているなんて、そんなもの本人しか分からないだろう。まあ吸血夫人も含めて、ヒトを売っている可能性もあるけれど。
「でもまあ、吸血夫人に殺されてるって事だけはないし、その現場を見たから攫われたという事もないと考えると……海賊か」
「どうして、そんな事言えるんです?」
「どうしてって……王都が消し飛んでないからさ」
何を当たり前な事を。しかしリストはヒクリと顔をひきつらせた。そこまでは考えていなかったらしい。
「消し飛ぶって、どういう意味ですか?」
「言ってなかったっけ?オクトはまだ魔力制御を覚えていないんだよ。今なら死にかければ暴走するぞ。規模は分からないけれど、吸血夫人に襲われたなら、たぶん王都ぐらい消し飛ばすだろ」
オクトは混ぜモノだ。俺も混ぜモノに会ったのは初めてなので、あれで普通なのかは分からないが、魔力が大きい事は確かだ。魔力が大きい種族である魔族だって、あんな規格外はいない。
……マジマジと考えると、オクトってよくここまで生きていたよなぁと思ってしまう。魔族の子供は魔力の強さゆえに、魔症という魔力を小さく暴走させた状態をしばしば引き起こす。運が悪いと死んでしまう事もあるが、混ぜモノの子供の場合はあの魔力の大きさを考えると、高確率で死ぬんじゃないだろうか。
いや、それともまわりにまとわりついている精霊が何とかするのか?混ぜモノの暴走はたぶん、精霊の暴走だろうし――。
「ちょ、なら、早く制御を覚えさせて下さいよ」
「何で?」
「何でじゃないですよ。暴走したら危険じゃないですか!」
「混ぜモノは危害をうけなければ暴走しないよ。特にオクトは我慢強いし、並大抵のことでは大丈夫じゃないかな。まあ体の事を思ったら、魔法が使えるようになるころには制御できるように覚えさせるつもりだけどね」
暴走するのは混ぜモノが悪いんじゃない。もしも王都が竜巻で吹っ飛んだとしても、悪いのはオクトではなく、オクトをそんな状況に陥らせた相手だ。
「それに制御不能な混ぜモノと知っていたら、誰も危害を加えないだろう?」
「そんな噂流したら……娘さん、嫁の貰い手なくなりますよ」
「いいよ。オクトはずっと俺の子だし。家にずっといれば良い」
というか、嫁になんか出す気はない。何故折角手に入れたのに、手放さなければならないんだ?意味が分からない。
しかしリストは深くため息をついた。人の顔を見てため息とは失礼な奴だな。
「……とりあえず、話を戻しますが、港の方に何組か海賊はいる見たいですよ。そのどこかに、娘さんも居るで間違いないんじゃないでしょうか?」
なるほど。
ここからは噂ではなく地道に探すべきか。
「ありがとう、リスト」
「えっ、いや。そんな。御礼を言われるほど……ではありますけど」
「また御礼は考えておくよ。じゃあ、1ヵ月有給とるから、後はよろしく」
「はっ?!」
有給は結構たまっていたよな。ここ何年か、領地に帰るとかしてないし。
とりあえず今の仕事を終わらせて、転移魔法は中間報告まとめておけば何とかなるだろう。それで仕事を首になったら、またその時に考えればいい話だ。オクトさえ戻ってこれば、後はどうにでもなる気がする。お金もあるし、息子はもう大きいし、他国へ移住をしてもいいかもしれない。
「待って下さい!!早まらないで下さいっ!!」
大声を上げたリストに必死な形相で服を掴まれた。まるでこれから俺が自殺でもするみたいだ。
「早まるなって。大丈夫だって、海賊ぐらいちゃんと、ぼこれるから」
「アスタリスク魔術師がぼこれるなんて当たり前です。じゃなくて、1ヵ月も休むなんてあんまりです!酷いです!!アスタリスク魔術師が居なかったら、仕事はどうするんですか?!」
俺の心配じゃないのかよ。まあある意味信頼されているという事だろうけど、なんだかなぁ。
どうしたものかと頬をかく。
「御礼は、アスタリスク魔術師が休まない事でいいですから!」
「いや、それもどうよ」
「僕の命に関わるんです!」
大げさな奴だなぁ。俺一人抜けたところで、命の危険はないだろ。リストは本当に心配性だ。
「お前ら、仕事中に何を騒いでいるんだ」
呆れたように、隣の席からエンドが声をかけてきた。
「エンド魔術師も止めて下さいよ。アスタリスク魔術師が1ヵ月も休むって言っているんですよ!!信じられません。今だって激務なのに、これ以上増えたら、可愛い女の子と遊ぶ時間がなくなるじゃないですか!!このままじゃ、僕、ストレス溜まってぽっくりですよ」
おいおい。焦ったからって、本音がぽろぽろこぼれ過ぎだろ。
今週末も予定がいっぱいなのにとぶつぶつつぶやくリストを俺だけでなく、エンドも呆れた目で見ている。うん。お前、将来絶対後ろから刺されるタイプだわ。
「まあリストの病気は仕方ないとして、アスタも休むな」
「あのな。娘を犯罪者から助け出す為なんだから、仕方がないだろ」
それに領地を持つ貴族だったら1ヵ月ぐらい休むのも普通だったりする。まあ研究という特殊な職場なので、1ヵ月は長いかもしれないけれど、ずっと休んでいないのだから、緊急時ぐらいいいだろう。
「娘?」
「言ってなかったっけ?今オクトが海賊に誘拐されて困っているんだよ」
エンドは俺の説明を聞くなり、眉間にしわを寄せた。事の重大さが分かったらしい。
「……エルフの血を引く者を誘拐とはいい度胸だ。私も協力しよう。リスト、後は任せた」
「エンド魔術師まで、何言ってるんですか?!」
半泣き状態でリストが叫んだ。うん。俺もそう思う。
「何でお前まで来るんだよ」
「賊程度に、エルフの血が流れるなど、あってはならない事だからだ。エルフを敵に回す恐ろしさを思い知らせてやろう」
「いや、まだ流れてないから。というか、来るな。マジで」
エルフは性格に反比例するかのように見目がいい。万が一、万が一だが、オクトがエンドに一目ぼれなんてした日には、俺は同僚を殺さなければならなくなる。
それに俺一人で十分だと思うんだよな。2人かかりで行ったら、港から海賊が消えるだろう。国が本気になれば駆逐できるのにそれをしないのは、貿易などで何らかの利点があるからだ。俺は別に海賊などいなくてもいいが、その後王子辺りに難癖付けられるのも面倒だ。
「それに一度会っておきたいと思ったんだ」
「あー、僕も娘さんに会ってみたいです」
さっきまで泣き顔だったのに、娘に会う話になるとリストまでもが手を上げた。
「うん。絶対嫌だ」
何故女好きと、顔だけ男に娘を紹介しなければならないんだろう。必要性を微塵も感じられない。
「というか、無駄話している場合じゃないんだけどさ。そろそろ、行っていい?」
本当ならばさっさと転移してしまいたいが、リストには色々手伝ってもらったので無視するのも悪いだろう。そう思って話しているのだが、それすら段々面倒になってきた。
ちゃんと休む旨を伝えたのだから、別にこのまま休んでもいいような気がする。
「駄目ですってばっ!!そうだ、部長に相談しましょう。普通有給をとるのは上司の承諾があってからです」
「ならそれは、私が交渉しよう」
「何でエンドが」
「お前、言うだけ言って転移するだろ」
「えっ?そうだけど?」
当たり前だと思うのだが、2人の目は俺を咎めている。……自分にとっては休む事は決定事項なので、説得も何もない。なんなら、辞表を出したっていいのだ。
「とにかく少し待って下さい。必ず何とかしますから!!」
あまりに必死なリストに、俺は少しだけ待つ事にした。
◇◆◇◆◇◆
リストとエンドに任せた結果、1ヵ月の有給は、条件付きで受理された。条件は1週間以内に娘が帰ってこなければ休んでいいとの事。
その条件が出されてから今日で1週間だ。今日中に娘が俺の元へ帰ってこなければ、海賊の根城へ乗り込んで、壊滅させられる。オクトの居場所も海賊が関わっていると分かった時点で、伯爵家の方で調べてもらった。後はやるだけだ。
中々進まない時計の針にイライラしながら、俺は本を読んでいた。イライラした状態だからか、頭の中に内容が入ってこない。それでも時計の針が12時を過ぎれば、俺は自由だと言い聞かせ、我慢する。約束なんて破ってしまいたいが、破ったら破ったで面倒な事になるから仕方がない。
「まさか、カミュエルの奴がわざわざ止めにくるなんてな」
俺が娘の為に有給をとる事はそんなにいけない事なのか。第二王子の青ざめた顔を思い出し、俺はため息をついた。アイツの所為で俺の有給が条件付きになったと言っても過言じゃない。
ただどうして、第一王子であるサリエルではなく、第二王子であるカミュエルがわざわざ俺を止めるのか。サリエルなら嫌がらせの一言に尽きるのだが――。
厄介事な予感しか感じられない。
カミュエルは表ざたにできない裏の仕事を、サリエルの為にこなしていた。それは兄に対して敵意はない、王位にも興味はないというアピールするためだろう。俺にとってそんな事はどうでもいいのだが、ただ表ざたにできない仕事をやるカミュエルがこの件に出張ってきた事が気になる。
サリエルの俺に対する嫌がらせという命令だけならいいのだが……。どうも俺を止める意味が、休ませたくないではなく海賊を全滅させたくないの意味にとれた。
……面倒臭い。ああ、嫌だ。
それでもオクトを手放せないならば、諦めて厄介事に関わるしかないのだ。いや、厄介事なんてどうでもいい。面倒だが、どうにでもなる。
だから――。
「オクト……早く帰ってこい」
早く会いたい。早く、早く、早く。
遅くなればなるほど、オクトが実は帰りたくないと思っているんじゃないかなど、ろくでもない考えが脳裏をよぎっていく。
オクトは賢い子だ。俺が居なくても、生きていけてしまう。海賊に気にいられて、仲良くしている姿が思い浮かび頭を振った。どうも気がめいってきている。
ついこの間まで独りだったのにと思うと苦笑いしかでない。魔族の性分は厄介だ。
ふと玄関先にヒトの気配を感じた。もちろん俺は、軍人のようにヒトの気配を察知などできないので、これは防犯魔術の一つなのだが――。
「オクト?」
この部屋を訪ねるものなどまずいない。そしてこの気配は、間違いない。はやる気持ちを抑えて玄関へ進むが、どうしても足は小走りになる。
玄関まで進んだところで、俺は一呼吸置いた。このドアの向こうにオクトが居るのは間違いない。しかし何故ドアを開けないのか。
……帰りたくなかった?
そう思うと、腸が煮えくり返るような怒りがわき上がる。やはり害虫などつぶしてしまうべきだった。そうすればオクトが帰れる場所はここしかない。
でもきっとオクトは悲しむだろう。あまり表情を出さない子供だが、無感動というわけではない。どちらかといえば、情は深い。
一度落ち着くべきだ。まだオクトからは何も聞いていない。俺が苛立てば、敏いオクトは怯えて悪循環に陥るだろう。
深呼吸をして、俺はドアを開けた。目線の先には誰もいない。
見下ろすと不安げに揺れる青い目とぶつかり俺は少し驚いた。何でオクトが不安そうなんだ?
「おかえり。遅かったな」
どうするべきか分からず、できるだけ平然と声をかけてみる。するとオクトの体がふらついた。
どうやら律義に買い物も持って帰ってきたらしく、オクトの両手には野菜が入った袋があった。獣人の血を引いている割に、あまり腕力が強くない子なので、この重さはきついのだろう。怪我をさせないためにも、重さを感じない、いくらでも入るようなバッグを開発してやるべきか――。
「ただいま」
オクトがふわりと笑った。……笑った?!
その瞬間、怒りも何もかもが吹っ飛んだ。それぐらいの破壊力がある笑顔だった。こんな風に笑うのは、初めてじゃないだろうか?
「アスタ?」
数秒呆けていたらしく、オクトがまたも心配そうな目で俺を見上げていた。どうしよう、こんな目をしてほしいわけじゃない。笑って欲しいのだ。でもどうしたら笑ってくれるのだろう。
「オクト、部屋に入ろうか」
どうしたら笑顔を向けてくれるのか分からない。分からないが、時間はたっぷりある。だから大丈夫だ。
俺はオクトの存在を確かめるように、手をつないだ。