5話 面倒な相手
「混ぜモノの嬢ちゃんなら、来ましたよ」
八百屋の親父は、不思議そうに答えた。
数件店を回って、ようやく当たったらしい。俺は心の中でホッと息を吐く。とりあえず、オクトが買い物をしていたのは間違いない。
つまり自分の意思で居なくなったのではないと言う事だ。もしも買い物の途中で何処かへ行かなければならなかったなら、生真面目なオクトは必ず買ったものを家に一度運ぶはず。しかし宿舎に買い物が終わった形跡はなかった。
「その時、オクトは他にも何か持っていなかったかい?」
「何かって、どうだったかなぁ。混ぜモノに何かあったんですかい?」
「いいから、俺の質問に答えてくれないか?」
いつもならば質問に質問を返されても普通に答えるが、今は時間が惜しい。急いでいるのだとまっすぐ見返せば、親父はさっと両手を挙げ、顔を引きつらせた。
まるで強盗にでもあったような顔だ。……そんな凶悪な面構えはしていないつもりなんだけどなぁ。
「そんないきり立たないでくださいよぅ。何か買っていたようだけど、それが何かまでは覚えてませんって。ここでは、キャベツと玉ねぎ、ニンジン、じゃが芋、キノコ、あとオレンジを買っていきましたけどね」
「そう」
それだけの荷物を持ったら、オクトの腕は限界だ。彼女なら、他に何か買い物があったとしても、一度荷物を置きに家へ帰るだろう。だとしたら、何かあったのは、この八百屋から宿舎までの間。
「何時頃ここに?」
「えーっと、何時だったか……ひっ。ああでも、午後なのは間違いないです。はいっ!!」
午後か。料理をする時間を考えると、2時か3時ごろ。オクトは混ぜモノだからか、人ごみを嫌うので、すくなくとも買い物客が増える、4時よりも前のはずだ。
「ありがとう」
俺は礼を伝えると、頭の中に転移の魔法陣を思い浮かべた。場所は王宮の研究所だ。
少し視界がブレ、すぐさま景色が切り替わる。台の上に並べられていた野菜が消え、変わりに書類であふれた机が現れた。さっきまで居た場所にまた引き返すなんて皮肉なものだ。
「あれ?アスタリスク魔術師、帰ったんじゃ?」
「用事ができたんだよ。これからちょっと、魔力探査部に行ってくるから」
「へっ?」
リストが目を丸くしているが今は説明している暇はない。手を振って出ていこうとすると、リストが俺の腕を掴んだ。
「ちょ、待って下さいよ。そこに行って何するつもりです?他部署ですよ。何かデーターが欲しいなら、上司通さないと後が五月蠅いんです」
「緊急事態なんだよ」
「緊急事態ってなんですか?!」
「説明している時間が惜しいぐらいの緊急事態なの。とにかく責任は全部俺がとるから放せ」
手元に魔方陣を思い浮かべて、小さな雷を起こす。パチッという音とと共に、青白い火花が散り、少しだけ衝撃が加わった。
「ぎゃっ!」
さほど痛くはないはずだが、リストが驚いて毛を逆立てる。同時に引っ張る力が少し緩んだ。俺はチャンスとばかりに手を振りほどくと部屋を出た。
「悪いな」
「ま、待って下さいよぅ。僕も行きますってば」
後ろから足音がついてくるが、俺はそれを無視して足早に王宮を闊歩する。しかし俺より小柄なくせに、リストは小走りになりながら俺の横まで来た。
「魔力探査部で、一体何を知りたいんですか?」
「今日、大きな魔力の動きがなかったかどうかだよ。所で自分の仕事はいいのか?」
「僕にとっては、今増やされそうになっている仕事を減らす方が重要なんです」
責任は俺がとるって言ったのに、疑り深い奴だなぁ。俺だって何も、魔法探査部を爆破させようとか、そんな物騒な事は思ってはいない。
ただ今日の午後1時から4時までの間に、王都で大きな魔力の乱れがなかったかが知りたいだけだ。もしもあった場合、それは重要な意味を持ってくる。
一つはオクトが何らかの、魔法が絡んだ事件に巻き込まれた可能性。その場合、探すのは国内だけでは範囲が狭すぎる為厄介だ。
または……オクトが母親と同じように、消えてしまったという可能性。魔力の大きな子供だ。もしも消えたとしたらきっと魔力の乱れがあるはずだ。想像したくはないけれど。
階段を登った所て、ようやく魔力探査部にたどり着いた。この部署は軍と密接につながっていて色々面倒臭いので、俺も来るのは久々だった。
扉を開けて中に入ったが、誰も俺らを気にした様子はない。白衣を着た魔術師達が、慌ただしく動き回っている。
「あのさ悪いけど、今日の午後からの魔力の変動を教えてくれない?」
「あ、アスタリスク魔術師っ!すみません。僕達、魔術研究部の者なんですけれど。情報申請したいんです」
入口近くの居た女性を捕まえて声をかければ、慌てたようにリストが付け加えた。そんな馬鹿丁寧に伝えたって今さらなんだけどな。そもそも、仕事で使いたいわけでもないし。
「許可書はお持ちでしょうか?」
「いや、ない。でも至急で知りたいんだ」
緑の髪を顎のラインで切りそろえた女性はにっこりと笑った。笑うとできる笑窪が子供っぽくて可愛らしい。
「おとといきやがれですわ❤」
「へっ?」
リストが空耳でも聞いたかのように、ぽかんとした顔をしているが、悪いけれど現実だ。
「そこを何とか頼みたいんだ。アスタリスクが来たとキロに伝えてくれ。後はこちらで何とかする」
「……分かりました。そちらに腰かけて、しばらくお待ち下さい」
女性は笑みを消し、面倒臭そうな顔をしながら席を勧めた。リストは今も驚愕といった顔をしている。基本的には書類でのやり取りしかしない部署だから、実際に来たのは初めてだったのだろう。
「えっと、今何か、幻聴が聞こえたような」
椅子に座った所で、ぼんやりとリストが呟いた。
「現実だから、安心しろ。ここの部署に入ると、口と性格が悪くなるんだよ」
「アスタリスク魔術師にそう評価されるって、そうとうですね」
「どういう意味だそれ」
俺が深くため息をつくと、わざとらしくカツンとヒールの音がした。顔を上げれば、白衣姿の金髪美女が立っていた。メガネの奥にある新緑色の瞳は冷たく冴え冴えしている。
「そこの坊やは良く分かっているじゃない。おほめいただいて、光栄だわ。アスタ」
爪の先ほども光栄だなんて思っていない癖に。口は笑みの形をとっているが、目が笑っていない。いつもの事だけど。
「どうも。キロ、さっそくで悪いんだけどさ、今日の午後の魔力観測データー見せてくれない?場所は王都だけで構わないから」
「それなら、許可書を貰ってきなさい。そうしたら、どれだけでも見せてあげるわ」
キロはメガネを上げながら生真面目な表情で答えた。まあ、キロが断るなんて想定済みだ。
「アスタリスク魔術師……やっぱり――」
「悪いけど、急ぎなんだ。同期のよしみでさ」
「こっちも、決まりなの」
「困ったなぁ。……ところで魔術探査だけど、もっと精密なデーターがとれるといいなとか思ってない?例えば魔力の種類とか――転移魔法の動きとか」
親しみをこめてにっこりと笑うと、キロが凄く嫌そうな顔をした。結構整った顔立ちをしていると思うのに、どうして知り合いは俺の笑顔を見るとことごとく嫌そうな顔をするのだろう。
「……本当に嫌な男ね。勝手に見せた事がバレたら、貴方に脅されたっていうわよ」
「いいよ。だからよろしく」
キロはため息をつくと、再び部屋の奥へ歩いていった。交渉は成立したようだ。
「アスタリスク魔術師。そんなことできるんですか?!」
「ん?何が?」
「何がって、今言った事ですよ!魔力の種類だけならまだしも、転移魔法の動きって」
「後から解析するだけならそう難しくもないよ。ちょっと、面倒な魔方式になるけれど」
それと解析できるまでに、少し時間もかかるか。でもそれはどれぐらいの時間で解析可能かを聞かなかったキロのミスだ。うん。俺、悪くない。
「ありえない。面倒とかそういう次元の話じゃないでしょうに……。それで、そんな凄い情報売ってまで、どうして今日の魔力の動きが知りたいんですか?」
「それは俺も聞きたいな」
別に隠しているわけではないし、今の時間なら話してもいいかと思ったが、リストではないもう一人の声を聞いた瞬間萎えた。
どうしてここに……。いや、軍と関わりが強いんだっけか。でももう夜も遅いのだから、大人しく自室に籠っていればいいのに。そして二度と出てくるな。
とはいえそんな言葉を真正面から言って、これ以上面倒事を増やしたくない。俺は椅子から立ち上がると頭を垂れた。
「サリエル王子殿下……」
隣でリストが第一王子の名前をつぶやく。できれば俺の勘違いであって欲しかった。
「顔を上げろ。それでどうしてアスタリスクがここに居るんだ?」
できれば、俺なんか気にせず素通りして欲しいところだ。しかし命令されても顔を下げ続けるのは逆に不敬だろう。諦めて俺は顔を上げる。
顔を上げた先には、深緑の軍服に身を包んだサリエル王子が居た。
「本日の王都での、魔力の動きが知りたかったのでここへ来ました」
「許可書もないのだろう。何故そんなに急いでいるんだ?」
「……私の娘が行方不明だからです」
「えっ?!」
面倒な奴に知られてしまった。ちっと舌打ちをしたい気分になる。俺の言葉を聞いて、サリエル王子はニヤリと笑った。あー……その笑みの理由なんて考えたくない。
「ふーん。いつから?」
「本日の午後からです」
「なるほど。それは大変だったな。よし、俺が許可してやる。娘を探すためならば、この王宮にあるどんな情報でも好きに見ろ」
やっぱりか。
一方的に売られた恩をつき返せるものならば、突き返してやりたい。下心が丸見えだ。しかしここで突き返せば、キロへデーターを見せるなと命令するだろう。なんていやらしい。
「……ありがとうございます」
「ああ。心配な事があっては、仕事も手につかないだろう。それはこの国の損失だからな」
つまり、手伝ってやるからさっさと仕事を進めろという意味か。
ああ。本気で嫌な相手に恩を売られてしまったものだ。
「所でアスタリスクに娘が居たとは初耳だが、どのような娘だ?」
さらに続いたサリエルの言葉に、俺は運のなさを嘆きたい気分になった。