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4話  唐突な消失

「エンド魔術師、アスタリスク魔術師を止めて下さいよぅ」

「嫌だ」

「お願いしますよ。研究員、皆怯えちゃって」

「鍛錬が足りないと言っておけ。こいつは犯罪を犯しそうな笑みを浮かべているが、今のところそれだけだ」

「……お前ら、そういう話は俺の聞こえないところでやるべきじゃないか?」

 背後でこそこそ言い合っている、リストとエンドを睨みつける。ひっと言ってリストは顔を青ざめさせたが、エンドはシレっとしていた。本当にふてぶてしい、エルフだ。


「これならば、もう一度言う手間が省けるだろう?」

「そういう人間関係で大切な手間を惜しむな。大体、何が犯罪をおかしそうな顔だよ」

 人が幸せに浸っているというのに、なんという言い草だろう。お前には絶対幸せを分けてやらん。

「……お前、私がへらへらとにやけていたらどういう反応をする?」

「何か悪いもの食べた?とか」

「それと同じ事だ」

 無表情キングなエンドと同じというのはどうにも納得がいかない話であるが、確かにここ数年俺は不機嫌な顔しかしていなかっただろう。そう思えば仕方がないかもしれない。


「だって聞いてくれよ。うちの可愛い娘がさ、今朝も美味しい朝食作って『早くしないと遅刻する』って凄い不機嫌そうに言うんだぜ」

「今の話の何処に、アスタが喜ぶ要素があるのか理解に苦しむ。食事なら、使用人に作ってもらえばいいだろ。不機嫌そうに起こされて喜ぶとは……マゾか?」

「違うわっ!誰がマゾだ。とにかく、使用人と違うからいいんだよ。陰険エルフには分からないかもしれないけどな」

「性悪魔族の性癖を理解したいとは思わないから安心しろ」

 相変わらず、いい性格しているエルフだ。何を言ってもへこみも傷つきもしない。だからこそ付き合いやすくもあるのだけれど。


「……とにかく。オクトは使用人じゃないからいいんだよ。それに並みの使用人より凄いぞ。あの小さい体で、魔法を使わずに料理を作りだすんだからな」

「あれ?アスタリスク魔術師の引き取った混ぜモノの娘さんって、おいくつでしたっけ?」

「ん?5歳だけど」

 そういうと2人は衝撃的な顔をした。ようやくウチの娘の凄さが分かったらしい。

「アスタリスク魔術師。言いにくいですが、それは一般的に言う、幼児虐待だと思います」

「貴族の屋敷へ奉公にでるのだって、一般的に10歳からだろう」

 ようやくオクトの凄さが分かったのだと思ったのに、少々違ったらしい。だから何で俺はさっきから、犯罪者みたいな目で見られているんだ。釈然としない。

「料理はオクトが進んでやりたがったんだよ。引き取った1日目から、俺が何か言う前に料理しようとしていたし。それに、オクトの料理は美味しいんだからな」

「料理に関しては娘の趣味だとしよう。それでアスタは、5歳の子供を子爵邸にでも預けておいて、毎日迎えに行ってるのか?」

「えっ?まさか。オクトはずっと宿舎にいるよ」

 またもや2人の顔に衝撃が走る。……今度は何が言いたいんだ。


「悪い事は言いませんから。娘さんは拾ってきた場所に帰してきて下さい」

「はあ?何で」

「お前に育児能力が皆無だという事が分かったからだ」

「俺、これでもすでに一児の父親なんだけど。そもそも、オクトはちょっと普通と違うんだよ」

 場合によっては子爵邸に預ける事は考えていた。しかし実際引き取ってみて、オクトの生活力を考える限りそんな必要はなさそうだったから仕方がない。料理どころか、家事一般をこなしてしまうのだ。俺より順応性が高い。それなのに何故わざわざ預ける必要性があるのか。

「それにちゃんと、オクトが出かけそうな場所には挨拶しておくくらいの事はしたさ。俺の家の中なら、早々なにも起こらない設計だし。あと外出する時は男の恰好をするように教えておいたから、まず人攫いにも遭わないだろ」

 挨拶はパン屋などの店屋にしておいた。オクトはあまり外で遊びたがらないので、行先など店屋だけと決まっている。

 人攫いだって混ぜモノは避けるだろうし、男だったら余計に興味ないはずだ。


「……だったら何故、私の所へ挨拶がない」

「なんでエンドの所に?」

「私はアスタの隣に住んでいるはずだが」

「えっ。必要なくない?」

 家の中には、絶対侵入者が入れない構造になっている。もし火事が起こった場合は消火機能も付けてあるし、命の危機に陥りそうな時は分かるような仕組みに魔法陣を組み替えておいた。これだけ子育てに力を入れた構造になっているのだ。エンドに協力を求める意味が分からない。

「お前と言う奴は。近所付き合いというものを学べ」

「だったら、変な騒音とか止めてよね。防音をするって、魔力の無駄だと思わないかい?」

「アスタの部屋の汚さよりはマシだ」

「別に誰にも迷惑かけてないじゃん」

「現在進行形で娘の教育に悪影響だっ!!」

 エンドは今にも私が引き取ると言い出しかねない口調だ。それは困る。俺はすでにオクトを気にいってしまっているのだ。

「俺の――」


「えっと、2人のじゃれあいと喧嘩は、見分けがつきにくいので、適度なところで止めてもらいたいですと皆が怯えています。……はい」

 喧嘩もじゃれあいもしているつもりはなかったのだが。気がつけばリストが青い顔をしながら、右手を上げて意見を述べていた。見渡せば、他の研究員たちも固唾をのんで見守っていた。何だこれ。興を殺がれて、俺は肩をすくめた。

 と言うか、なんの話をしていたんだっけ。

「おっと、そろそろ仕事も終わりだな」

「また残業をさぼるのか」

「うちの子はまだ小さいから」

「アスタリスク魔術師……。さっきの話を聞く限り、その言いわけ空々しいですよ」

 何故だ?自分としてはとても理にかなっていると思う。

 誰だって5歳の可愛い娘が家で独りで待っていたら、早く帰ろうと思うはずだ。俺自身は王子とか対人関係を面倒と思っても、研究と言う仕事は嫌いではない。早く帰るのは、まさに娘で遊ぶ為だ。

「そう?だけど、俺ちゃんと今日の分の仕事はしたし」

 本日の研究分のレポートをピラっと見せる。沢山やったとはいえないかもしれないが、ノルマはしっかりこなしている。

「いつの間に……」

「じゃ、そういうわけだから」

 そういって俺は研究所を後にした。



◇◆◇◆◇



「ただいま」

 おかえりなさいの言葉が欲しくて、俺は転移しているにもかかわらず、律義に玄関から入るようにしている。しかしオカシイ。いつもならばここで返事があるはずだがそれがない。

 何か集中して行っているのだろうかと部屋の中を進むが、何処も薄暗かった。いつもならば、どこかの部屋でランプがついているはずなのだが……。


「光よ」

 とりあえず状況を把握しようと、全部屋を明るくした。それにいくら集中力が高いオクトでも、流石に突然部屋が明るくなれば気がつくはずだ。しかし誰かが動く気配はなかった。

「オクト?」

 声をかけるがやはり返事はない。

 オクトがこの家に来てから歩くスペースの増えた廊下を進みながら、一部屋一部屋確認する。とはいえ、ただ寝る場所として用意されている宿舎はそれほど広くはない。数分もしないうちに全て確認できてしまった。


 結果。オクトはこの家にはいない。


 ただし、いなくなる直前まで勉強をしていたらしく、机の上には本が数冊と、書き取りの練習用の紙、それにペンとインクが転がっていた。インクには蓋をしてあったので、一度休憩したところだったのかもしれない。

 それとオクトがいつも使っている買い物袋と大切にしている鞄がなくなっている。どうやら買い物に行ったらしい。しかしこんな時間に?

 オクトはあまり遅い時間に出歩く事はなかった。少なくとも俺が帰ってくる時間には、必ずご飯を作り待っていてくれる。そんなオクトが料理も作らず、慌てて買い出しに行く事なんてありえるだろうか?


「……何処だ?」


 足の先から気持ちが悪いものが這い上がってくるような気分になるが、混乱するわけにはいかない。冷静になるように自分に言い聞かせる。パニックになれば見つかるものも見つからない。

 それにもしかしたら、調味料切れで慌てて買い物に出かけた可能性だってある。もちろんそう思った先から、計画的に事を進めたがるオクトに限ってそんな事はないという反論も浮かんでしまうが。


 オクトがいない原因として考えられる事は何だろう。

 可能性の一つとしてあげられるのは、オクトが自分の意思でこの家から出ていく事だ。しかしこれはすぐに否定できた。例えアルファやクロが訪ねてきたとしても、オクトはここから出ていく事を選びはしないだろう。一緒に住んで分かったが、オクトは人に迷惑をかける事を極端に嫌がる。混ぜモノである事を嫌というほど理解しているオクトが、2人に迷惑をかけると分かってついていく事はない。例え2人が迷惑と思っていなくてもだ。

 また1人では生きていけない事も分かっていそうなので家出の線もない。


「とりあえず店屋をあたるか」

 もう一つ嫌な可能性が浮かぶが、それは見ないふりをする。買い物袋がないのだから、一度は買い物に行こうとして外へ出た事は間違いないのだ。

 俺は胸の中に起こるざわめきを無視して転移した。


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