2話 突然な幸せ
面白い生き物を見つけた。
名前は、オクト。種族は、混ぜモノだ。
「……うわっ。キモッ」
「ああ?誰がキモイだ」
「お前だよ。お前。何ニヤついているわけ?」
エンドが、エルフ特有の美貌な顔を歪める。そんな嫌がられるほどニヤついていただろうか。
「いや。昨日ちょっと、面白い生きモノ見つけてね」
昨日までの憂鬱が嘘のように、今日の俺は幸せだった。もちろん再婚なんてする気はさらさらないけれど、今の俺なら笑顔で見合い話を断れる気がする。
異界屋にまんまとオクトを引きとめた俺は、色々と面白い情報を聞いた。どうやらオクトは、コード003の世界の事をかなり詳しく知っているようだ。あそこでは言葉を濁していたがあの様子だと、店主がオクトに見せた道具のほとんどを理解しているに違いない。母親に聞いたと言ったが、何処まで本当なのか。
どちらにしても彼女は賢者だ。本来知るはずのない知識を知り過ぎている。
「面白い生物?なんだそれ?」
「えっと、金髪の子猫みたいな?」
オクトは最後の最後まで警戒を解かなかった。その姿は、まさに懐かない子猫だ。しかも5歳にして交渉しようとするとは。なんだソレ。面白すぎる。
今度は何をするのかと、俺はかなりドキドキしながら意地悪な質問をぶつけたりした。
「……お前ら魔族って、よく分からない」
「エルフ族に知ってもらいたいとは思わないけどさ。それ、どういう意味?」
エンドはエルフ族にしては、気どった性格はしていない。それでもたまに無神経なように思うのは俺だけだろうか。
「子猫一匹で、世界が終わったみたいなお通夜な表情が、気持ち悪いぐらいの笑顔になるからだよ。誰かと一緒に居たくないなら、その子猫でも引きとったらどうだ」
「ああ、その手があったか」
目から鱗だ。
そうだ。別に結婚なんてする必要ない。引き取ればいいのだ。オクトが俺の家に来る。それは凄く楽しげなことに思えた。
彼女はいきなり引き取られたら、一体どんな行動をとるだろう。そして5歳なのにすでに色々と考えて生きているあの子は、今後どんなふうに成長していくのか。考えるとゾクゾクした。
ああ、まるで恋をしているみたいだ。
「ありがとう、エンド。君は恩人だ」
「……待て。止めろ」
「何でだい、エンド君」
「君とかいうな。寒気がする。とにかく、鏡をみろ。今のお前の目は、どう見ても犯罪を起こしそうな目だ」
失礼な奴だな。
折角いい気分だったのに、それが台無しだ。
「ちょっと、子猫を引き取るだけだって」
「もう飼い主が居るんじゃないか?だったら、止めろ。俺は同僚を犯罪者にしたくない」
「どういう意味だよ。それと、子猫には親が居ないそうだ。丁度いいだろ」
オクトは警戒してほとんど情報をくれなかったが、変わりにクロが答えてくれた。それにしても、一緒に育ったというわりに、全然似ていない。他人なのだから当たり前だが、6歳のクロが子供らしいのに対し5歳のオクトは、子供らしさのかけらもない子供だった。可愛いのは見た目だけである。青い瞳は氷のようだ。
「今のお前は、悪だくみしているような顔をしているんだよ。ほら」
エンドは手鏡を俺につき出した。
「……うわー。お前、もしかしてナルシスト?」
「ヒトの好意を……もういい。勝手にしろ」
「いや、男って普通持ってない――。分かった。今のは俺の失言。ただヒトを犯罪者扱いするからさ」
鏡を覗き込むが、そこにあるのはいつもの俺だ。昨日より気分がいいため、顔がゆるんでいるがそれだけだ。俺は少しだけ髪を整えると、エンドに返す。
「分かった。俺も失礼だった。もう何も言わないが、せめて何か事を起こすなら、貴族として動け。その方が罪が軽くなる」
「……結局犯罪者扱いしているだろ」
心配してくれているのだろうが、絶対エルフってずれている。
◆◇◆◇◆
翌日異界屋の近くに来ている旅芸人を探すと、簡単にグリム一座は見つかった。
「本日、最終公演って、マジ?」
「そうだよ、お兄さん。午前は終わったから、後はもうすぐ始まる午後からだけだよ」
大々的に宣伝をしているようで、団員からビラを貰った俺は驚いた。ギリギリじゃないか。
旅芸人というものは、公演が終わったらさっさと居なくなてしまう。もしも明日探していたら、もうオクトと会う事はなかっただろう。
ある意味凄く運がいい。
「この国での講演はこれが本当に最後。だからチケット買ってよ。見て損はないよ!」
「いいよ。どこで買ったらいい?」
「案内するよ!」
頭に花をいっぱい飾ったお嬢さんはニコニコと俺を案内する。精霊っぽくて可愛いけど、やっぱりオクトほど面白みはない。
「そういえば、グリム一座には混ぜモノがいるって聞いたけど本当?」
「うん。居るよ。まだ小さくて役立たずだけどね」
「ふーん。今回の公演にはでるのかい?」
「でないでない。最終公演は、いつもこの一座の看板だけでやるからね。混ぜモノの見世物は珍しいけれど、退屈だし。まあ、歌はそこそこ聞けるものだけどね」
それはもったいない使い方をするものだ。あんな面白い生きモノを見世物としてだけ使うなんて。あの子供は賢いし、教えたら色々覚えるだろう。そうでなくても、賢者なのだ。……まあ役立たずと思ってくれている方が好都合ではあるけれど。
「歌が上手いんだ」
「精霊の血が入ってるからね。お兄さん、チケット売り場はここだよ」
「ありがとう」
俺はにっこり愛想笑いして手を振った。お嬢さんはポッと顔を赤らめると、ブンブン手を振って走っていく。また客引きをするのだろう。
「俺の笑顔が犯罪者って、やっぱりオカシイよな」
そういえば、オクトも俺の笑顔に警戒していた事を思い出す。これも普通と違うよなと喉の奥で笑った。
チケットを買って見た一座の芸は、中々に楽しかった。看板というだけあって、どれもレベルが高い。特に剣の舞を踊った女など、並みの動きではなかった。
「これならこの国の祭りをまわるだけでもやっていけるんじゃないか?」
確かに役者も多いので、常に稼げるように動く必要はある。しかし国を跨いでまで動きまわらなければ仕事がないようにはとても思えない。
国籍もバラバラなようだし、もしかしたら一か所に留まれないわけありかもしれない。剣の舞を踊った女はたぶん軍人だし、その後にでてきた男は、少数部族の刺青をしていた。混ぜモノだって、そんな簡単に生まれるものではない。
まあそんな事はどうでもいいか。
俺は見終わると、関係者がいるだろうテントへ向かった。
「すみません、旦那。こちらは関係者以外立ち入り禁止でして」
「ああ。悪い。団長を呼んでもらえないか?少し込み入った話がしたいんだ」
「へえ。団長ですか?」
初老の男は俺を抜け目なく見た。そしてマントの肩止めの辺り……宝石がついているところで、目を見開く。確かにエンドの言う通り、装いだけでも貴族の恰好にして正解のようだ。
「俺は王宮で働く魔術師で、こういうものだ」
普段使う事のない名刺を俺は呪文なしで召喚し、男に渡した。
「す、すぐ呼んできます!」
男は何故かガタガタと震えると、名刺を持って走っていく。……そんなに犯罪者っぽいか?いや、名刺を持った犯罪者なんていないだろ。どれだけ自己顕示欲が強いんだよ。
しばらくすると、大柄の男がやってきた。巨人族だろうか。俺より、頭一つ以上高い。
「遅くなりました。私が団長のリーです」
「俺は王宮で働く、アスタリスク・アロッロという。魔術師をやっている」
団長が差し出した手に俺は握手をした。団長の手は一回り大きく、まるで大人と子供のようだ。俺も結構デカイ方なんだけどな。
「今は片づけの最中でバタついておりますので、私の部屋へご案内します」
団長が案内してくれたテントは応接室も兼ねているのか、ソファーが置いてある。運ぶには大きいが、どうやらサイズを自由自在にできる魔法がかけられているようだ。
「お座り下さい。今、お茶を用意します」
「いや。茶はいいよ。もしも用意するなら、俺の話を聞いてからにしてもらえないかな?」
そう言うと団長も目の前の椅子に腰を下ろした。少し窮屈そうだ。
「お話とは何でしょうか?」
「単刀直入に言えば、ここにいる混ぜモノの子を引き取りたい」
「……オクトをですか?」
想像していなかった言葉なのだろう。団長は目を丸くした。
「そう。あの子には、魔術師としての才能がある。是非俺の元で勉強させたいのだが、駄目だろうか?」
「才能ですか?」
本当は面白いからだが、さすがにそれを言ったらマズイだろう。色々考えた上で、魔力が強い事を理由にした。精霊に好かれる者は大きな魔力を持つ。実際あれほど精霊に好かれているのだから、嘘ではない。頭も悪くないし、オクトは魔術師に向いている。
「ああ。先日オクトと話す事があって、その時親がいない事を聞いた。親が居るならば仕方がないと思ったが、いないならばあの才能を眠らせるのはどうにも惜しいと思ったんだ」
「……申し出は大変ありがたいのですが、オクトはその……混ぜモノですが、大丈夫でしょうか?」
団長はいかつい眉をハの字にした。何か問題があったらと考えているよりは、オクトの事を考えているようだ。なるほど。役立たずと言われていたが、それなりに大切にされているらしい。
「混ぜモノの暴走の事を言っているならば、それこそ俺の方が専門家だ。混ぜモノの暴走は感情の高ぶりにより魔力が暴走し、多量の魔力に酔った精霊が暴走する2段階の災害だと俺は推定している。魔術師として魔力コントロールができれば、大丈夫だ」
もちろんこれは俺の推定であって、本当は違う可能性もある。なんといっても、まだ研究段階の分野なのだ。それでも混ぜモノの暴走は魔力の暴走である事は間違いなので、魔術師として魔力コントロールができるようになれば、そのような事にはならないだろう。
団長はしばし黙りこんでいたが、すっと姿勢をただすと、俺に頭を下げた。
「オクトは母親が突然死んだせいもあり、あまり感情を表にだす事が苦手ですが、とても優しい頑張りやです。どうかよろしくお願いします」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございます」
団長は立ち上がると一度テントの外へ出て行った。
さてオクトは俺が引き取ると知ったら、どんな表情をするだろう。毛虫でも見るような目をするか、それとも驚いて目を丸くするか。オクトはクロと仲が良かったし、引き離すとなれば嫌われ、睨まれる可能性もある。どちらにしても、笑顔はなさそうだ。
「んー……嫌われるのも面白そうだけど、できたら笑顔も見てみたいなぁ」
団長は感情を表に出すのが苦手と言っていたが、意外に表情豊かだ。
しばらくすると、団長は手にトレーを持って戻ってきた。
「もうすぐオクトが来るので、それまでこれを飲んでいて下さい」
出されたお茶はコーヒーだった。あまりこの国では飲まないので珍しい。砂糖とミルクを入れ口にするがやはり苦い。この団長も異国出身なのだろう。
「オクトは何処出身なんです?」
「あの子の母親は黄の大地から来たと聞いてます。風の精霊と獣人のハーフでした。あの子はここで生まれたんですよ」
なるほど。だから父親を知らないのか。子を宿してしまったから母親が逃げ出したか、父親が追い出したのかは分からない。もしかしたら不運にも亡くなっている可能性だってある。
どちらにしろ、感謝だ。そのおかげで、俺はオクトを引き取れるのだ。大切に、大切に育てよう。
「失礼します」
「失礼します」
しばらく団長と雑談していると、オクトの声が聞こえた。ドキドキと俺は団長に紹介される瞬間を待つ。
「オクト。こちらは、王宮の魔術師である、アスタリスク様だ。お前を引き取りたいと申し出て下さっている」
「やあ、小さな賢者様。またあったね」
少しでも警戒を解いてもらおうと、俺は笑顔で話しかけた。