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1話  変な子供

「アスタリスク魔術師!第一王子が、転移魔法陣の完成を急げとみえていますが……」

「あー、適当に言っておいてよ。まだ失敗するリスクの方が高いとか」

 王子、マジ鬱陶しい。

 軍事の事しか脳みそに詰まっていない馬鹿王子は、今日も懲りずに転移魔法の軍用化を考えているようだ。さっさとどっかの戦地に行って欲しい。そして二度と帰ってくるな。

「アスタリスク魔術師が言って下さいよ」

「俺は忙しいの。鉱物への魔法添加、もっと簡単にしろって言われたからその魔方陣を作り中なんだけど。何?リストがやってみる?」

「む、無理ですっ!!……分かりました。丁重にお帰りいただきますよぅ。でも、たまには会って下さいよ。本当に五月蠅いんです」

 あまり気が強くないリストは、しょんぼり肩を落とすと待合室の方に行った。


 俺の仕事は、魔術の研究だ。今は魔法使いや魔術師しか使えない魔法を一般人でも使えるようにする為に、国の金で研究させてもらっている。しかし最近は、軍の力が増し、もっぱらそっちの研究が増えていた。


 ああ。家でも、仕事場でも気が休まらない。

「だりぃ……」

 椅子にもたれかかるとギシリと音が鳴った。俺こそ悲鳴を上げそうだ。

 王子が早く作れと言う転移魔法は、大気にある魔素を使い転移するもので、魔力のない一般人でも使える魔方陣の事である。実のところを言えば、転移する場所さえ固定してしまえば実用可能なレベルにはなっていた。


 ただこれを軍用化するとなれば話は別だ。転移先がどうなっているのか見えないので、転移した瞬間に殺されるリスクが大きい。それに魔方陣を少しでも書きかえられると、転移に失敗し、最悪死ぬ可能性がある。そしてこの魔法陣を使って先頭を切って行かされるのは、貴族でも王族でもなく戦争の為に集められた一般人だ。


「こんな為に魔術師になったわけじゃないのにな」

 あーでも、何のために魔術師になったんだっけ。

 最近は良く分からなくなってきていた。いつのころからか、惰性で仕事をするようになっていた気がする。若くはないのだし、それもまた人生だとは思う。それでも、このやる気のなさは問題か。


「アスタ。お前、さっさと結婚でもしろ」

「はあ?」

 ペンをくるくるとまわしていると一番聞きたくない話題が聞こえた。何で家でも職場でもそんな話ばかり聞かなければいけないのか。声の主を睨みつけると、緑髪のエルフが肩をすくめた。

「それが無理なら、息子と一緒に生活しろ」

「嫌だ」

「お前は魔族なんだろ。独りでいるから、イライラするんだ」

「余計な御世話。エンドこそ結婚すれば?」

「エルフの結婚適齢期はまだ先だ」

「あっそ」


 結婚、結婚と本当に五月蠅い。

 ただエンドが言うのも分かる。魔族というのは、誰かと過ごさなければ安定しない弱い種族だ。もしくは誰かに盲目的に仕える事で安定する。そんな魔族の為に今も魔王という存在は居るらしいが、俺はどうも誰かに仕えるというのは性に合わない。そしてこの王宮でも、俺が仕えたいと思う相手はいなかった。

 精神的に強くない種族なのに、どうして長生きなのか。本気でうんざりする。

「あー、俺。ちょっと異界屋に行ってくるわ。王子が来ても、俺が居ないって言った方が、追い返しやすいだろ」

「アスタ?!」

 エンドの返事を聞かず俺は、脳内に魔方陣を思い浮かべ、それを発動させる。

 ブンと視界が揺れたと思うと、次の瞬間には異界屋の前に立っていた。突然現れた俺に、周りが少し驚いていたが、仕方がない。


 異界屋のドアをくぐると、猫族の店主が出迎えてくれた。

「先生また来たのかい」

「客に対して、それはないだろ」

 少し呆れ気味な店主に、俺は口をへの字にした。確かに最近、ここに逃げ込む回数が増えた気がするが、ちゃんと俺は店に貢献している。買う時は買うし、いろいろ助言だってするのだ。

「ああ。悪い意味じゃないんだ。最近来る回数が増えたと思ってな」

「ちょっと、仕事がうまくいかなくてな。息抜きがしたいんだ。それで、何か面白いもの入ってないか?」

 俺は店内を見る事なく、まっすぐレジカウンターの方へ向かった。新しく見つかったばかりのものや、使い方が発見されたものは大抵店主が奥に隠し持っている。

「座って待っててくれ。今持ってくるよ」


 奥に取りにいった店主は、ごっちゃりと色々持ってきた。後先考えずに、また大量に入荷したようだ。

「こんなに入荷したのかよ」

「かなり安く仕入れれたんだ。これなんて、綺麗だろう」

 その手には宝石らしきものがちりばめられた四角いものが握られていた。確かに綺麗だが、装飾品ではなさそうな形だ。

「安くって、パチモンじゃないだろうな」

「うっ。ほら、そこは先生が見極めてくれれば……。お願いしますよ。なっ?」

 やはり何も考えずに買ったようだ。

 この店主はヒトとしては結構いい奴なのだが、どうにも詰めが甘いというか、騙されやすい。異界屋は数が少ない上に、信用ならない裏で生きるような者が店を開いている事が多いので、是非とも生き残ってもらいたいのだが……。


 俺は一度目を閉じると、瞼の辺りに魔力を集める魔方陣を思い描いた。

「我が声に従い、異なる世界を見せよ」

 目を開くと、店主が持ってきたものが紫色に薄ら光るのが見える。この魔力の色は異界からきた証拠だ。一つ二つ違うのが混じっているので、それらを弾く。

「こっちは全部異界からのものだよ」

「おおっ!今回は当たりが多いな♪」

「喜ぶのは早いから。さっさと使い方を調べろよ」

 当たりが多いじゃなく、ちゃんと当たりのものを仕入れろと言いたいが、店主は魔法使いでも魔術師でもないので仕方がない。だったらなんでこんな仕事をしてるんだと言いたいところだが、なら止めると言われても困る。

「分かってるよ、先生」

 本当に分かってるんだろうか。店主はへらへら笑いながら、今回の戦利品を手に入れた経緯を話しだした。それを聞きながら俺も手にとって眺める。

 相変わらず、何かよく分からない物ばかりだ。それでも異界はこの世界とは違う進化をしており、時にはこちらを凌駕する。現にこの世界でも見慣れたものになった『紙』も、元は異界から来たものを研究した魔術師が発明したものだ。


 ビビビビビビビッ!!


 客なんて誰もいないので、とても静かだった店内に変な音が鳴った。あまり日常的な音ではないソレに、俺は顔を上げた。何の音だろう。

「なにやってんだっ?!」

 店主が走って行ったと思うと、どなり声が聞こえた。

「はなせよっ!!」

「店のものを壊しやがって。ここは子供遊ぶ場所じゃないぞ」

 どうやら子供が入り込んだらしい。こんな場所、俺みたいな職種以外楽しくもなんともないだろうに。

 店主はいい奴だが、獣人というのは頭に血が上りやすいという短所がある。どんな子供かは知らないが、わざとではないだろうし、穏便に済ませてやった方がいいだろう。

 店主の方へ行くと、子供が1人つまみ上げられていた。服装からして、旅芸人の子供と言ったところか。じたばたと暴れている。

「こわしてねーよ。さわっただけだって」

 言葉づかいも乱暴だし、少なくとも貴族ではない。店主が殴ったところで問題にはならないだろうが……さて、どのあたりで止めようか。壊された店主も、ただ止めるだけでは腹の虫が収まらないだろうし。

「クロ。貸して」

 良く見れば、店主の足元にもう一人子供がいるようだ。見た瞬間、俺は息をのんだ。


 ……なんだ、あの気持ち悪い塊。


 塊というか、どうやら子供周りにうじゃうじゃと精霊が居るようだ。しかも色んな種類の精霊が居過ぎて、子供が見えない。俺は目に魔力を溜めていた事を思い出し、慌てて視界を元に戻した。

 そこには、金髪の子供が居た。右目の下に痣がある。珍しさに、俺はもう一度驚いた。……混ぜモノだ。

「……何したんだ」

「壊してない」

 気がつけば、変な音は消えていた。どうやら、この混ぜモノが音を止めたらしい。

「防犯ブザーが正常に動いただけ。クロを放して」

 防犯ブザー?何だそれ。

 どうやらこの混ぜモノは俺が知らない事を知っているらしい。何処まで知っているのだろう。少し興味がわいた。

「いやー、嬢ちゃん凄いな」

 俺はできるだけフレンドリーに笑ったのだが、混ぜモノは警戒するように俺を睨む。まるで毛を逆立てている子猫のようだ。


「ところで嬢ちゃん。そんな事何処で知ったんだ?」

「えっ……。ママが教えてくれた」

 少しひるんだ表情をしたと思えば、混ぜモノはうつ向いた。何か聞かれたくない事だったのだろうか。下を向かれると、顔が見えず何を考えているのか分からないんだけどなぁ。

「混ぜモノの母親が?一体、どんな――」

「オクトがかなしんでんだからそれいじょうきくなよ。オクトのかあさんはしんだんだ」

 店主が聞こうとすれば、先ほどまで掴まれていた男の子が混ぜモノ――オクトの前で手を広げた。同じような服を着ているし、兄弟だろうか。

 そう思った所で、すぐに俺はそれを取り消した。黒髪の男の子は人族だ。混ぜモノではない。

「それは悪かった。混ぜモノの子もごめんな。ところで、他には何か聞いていないのかい?」

 あっさりと店主は納得したようだ。おいおい。信じるの、早すぎだろ。

 店主はどうにも死別したとか、そういう涙ものの話に弱い。男の子の後ろで抜け目なくこちらを見ているオクト相手では、あっさり口車に乗せられそうだ。


「もしもこの後鳴らなかったりしたら、嬢ちゃんたちが壊したって疑われるよ?これは永久的になるものなのかい?」

 俺はもう少しオクトと話したくて、声をかけた。するとオクトはギロリと音が聞こえそうなほど睨みつけてきた。小さいので怖くはないが……俺はそんな睨まれるほどの事したかとちょっと聞いてみたい。

「……電池が切れたらもう鳴らないから」

 しばらくすると、ボソリとオクトは答えた。これまた、俺の知らない単語が混じっている。

「電池ってなんだい?」

「……動かす力になる元。頭の部分のねじを外すと中に入っているから」

 なんて嫌そうに話す子供だろう。子供らしさがかけらもない。オクトを守ろうとしている男の子の方が子供らしく見えて俺は地味にウケた。 


「クロ、帰ろう?」

「嬢ちゃん、待った。折角だからもう少しゆっくりしていかないか?なあ店主」

「ああ。是非そうしてくれ。お菓子もあるぞ」

 早々に帰ろうとするオクトを俺は慌てて呼びとめた。久々に面白いものを発見したのに、こんなに簡単に返したらもったいない。

 オクトは店主の言葉にいかにも馬鹿にしたような視線を向けた。見た目とのギャップに俺はゾクゾクする。なんだこの面白い生き物。

「おかし?」

 男の子は年相応の反応で、目を輝かせる。うん。やっぱりこれが普通だよな。

「クロ、駄目」

「でも――」

「駄目」

「おいしい話には裏がある」

「おかしにうらがあるのか?」

「あー……お菓子にあるんじゃなくて」

「ほら持ってきたぞ」 

 これではどっちが年上か分からない。まるでコントだ。

 それにしても、頑固な子供だ。あげると言うのだから食べればいいのに。俺は店主が持ってきたクッキーを一枚つまみ上げた。

 

「あーん」

 男の子に差し出すとクッキーをパクリと食べた。おお。これはこれで、可愛いな。

「……いくらですか?」

「払えるの?」 

 払えても、別にもらう気はないんだけどな。

 観念したかのように肩を落とすオクトを見て、俺は久々に楽しいと思った。


 

 

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