9話 荒唐無稽な説
厄介事は立て続けてやってくるものだ。
無事に夜会を断る事ができ、両親へオクトの紹介も済んだというのに。
「何でこうなるかなぁ」
まさか第2王子が伯爵邸まで押しかけてくるとは思わなかった。
カミュとライを無事に王宮に送り届けた俺はため息をつく。世の中上手くいかない。
「それは日ごろの行いがあまり良くないからじゃないかな」
「ドンマイ、師匠!」
「王子様方には言われたくないんですけどね。それで、オクトが攫われている間、何やっていたか教えてくれるんですよね?」
その為にわざわざ王宮まで送り届けたのだ。じゃなければ、自分で馬車を使って帰ればいい。半日もあれば王都に着くはずだ。
「あー、やっぱり」
「そういうのは、本人に聞いた方が――」
「もちろん、本人にも聞きますよ。でも客観的な意見も欲しいんです」
オクトが嘘をつくとは思えないが、オクトは自分自身の事を色々過小評価してしまう癖がある。今回だってオクトの中では些細な事と判断して、わざわざ言わなかったのだろう。
「カイケツビョウとは何ですか?」
「その話は、僕の部屋でしよう」
カミュが俺の顔をちらりと見たので、仕方なく脳内に王宮の見取り図を開く。王子の部屋は家庭教師をした時に入った場所でいいのだろう。
2人の肩に手を置くと、俺はそのまま転移した。
「流石、アスタリスク魔術師だね」
「凄いけど何で廊下なんだ?」
「それは部屋の間取りまで俺が知らないからですよ。転移魔法をする時、ヒトなどの生命体はさける事はできますが、物は何が何処にあるのかを正確に知らなければ避けられません。ですから、新しい場所、久しぶりに行く場所などは気をつけなければならないと、俺は以前教えませんでしたか?」
つらつらっと説明すると、ライが両手を上げた。
「わ、分かりました。むやみに転移魔法を使って、すみませんでした!!だから、笑顔で説教は勘弁して下さい」
「その点は、僕も軽率だったと思う。すみませんでした。とりあえず部屋に入りましょう?」
謝るのだけは素早いんだよな。
素直な事はいい事なのだが、行動は昔から悪ガキだったよなぁと思い返す。俺が家庭教師をしていたころと、さほど進歩ない2人だ。
カミュが部屋に入ると、隣の使用人の部屋からメイドがでてきた。
「お帰りなさいませ」
「しばらく僕達だけになりたいんだけど。お茶だけ持ってきてくれるかな?」
「承知しました」
椅子に座り、しばらくすると、メイドはお茶とお菓子を置き、部屋から出ていった。もちろん隣の部屋には待機しているので、聞き耳を立てようと思えば、立てられる。
「光よ。我が力を透過させよ。風よ。その音で偽りの歌を紡げ」
「アスタリスク魔術師?!」
カミュが驚いたように声を上げたが、すでに魔法は完成してしまっているので問題はない。壁の向こうにはきっと、俺らが談笑している声が聞こえているはずだ。
「ちょっと細工させてもらったよ。この部屋の中、カミュ以外が魔法を使うと、王宮魔術師に連絡が行くようになってるみたいだし」
「えっとつまり、どういう事?」
「俺が魔法を使っても感知されないようにした上で、使用人に俺らの声が聞こえないようにしただけ。もちろん無音だと不信がるだろうから、適度に偽りの談笑が聞こえるようにな。ライ。お前はもう少し魔術解析を勉強しろ」
「えーっと……、俺、将来魔剣士になるから」
はははと、笑ってライは誤魔化した。説明しても理解する気がないのは見え見えだ。カミュは一応何をされたかぐらいは分かったのだろう。力なくため息をついてる。
「警備の方にそう伝えておくよ」
「感知能力の強い光魔法だけで防犯魔法が構築されているからこうなるんだ。普通魔力を隠すと言えば、闇魔法を使うからだろうけど。おかげで光魔法で見えなくするならば、同じ属性であるぶん反発も少なく、そこまで複雑な魔法陣を組まなくても隠せるというわけ。もちろん魔法を使うたびに、光魔法を使う必要があるけれど――」
「師匠!分かりましたから!今日は理論の話をしに来たんじゃないですよね!!」
俺が親切に説明していると、ライが耳をふさいで、悲鳴を上げた。
なんだ。折角説明してやっているのに。相変わらず、魔法理論が嫌いな脳筋族らしい。
「まあいいけど。俺はオクトが海賊に攫われた時に何をしていたかと、お前らが何を企んでいるのかが聞ければ用はないし」
「用はないって、酷いなぁ。僕たちはアスタリスク魔術師……先生に、ずっと会いたかったのに」
「寒い嘘を言うな。俺はお前の便利道具になる気はないよ。それにガキのお守りなんて、俺の性に合わないしな」
たまたま良い人材が居なかったので、一時的に家庭教師を行うはめになったが、二度とやる気はない。一応この国に雇われているから義理のようなものだ。
「オクトさんは引き取ったのに?」
「オクトは俺が選んだからいいんだよ」
そもそも比べる事自体が間違っている。
それにても便利道具って言葉は否定しないんだな。まったく、この国の王子どもはそろいもそろって性格が悪い。国王だったら、ちゃんと子育てぐらいしっかりこなして欲しい。あー……でも、国王の血がすでに性悪だから、どうにもならないのか。
うわー。可哀そうに。主に、俺が。
「色々甘やかしているという噂だけど?」
「うちの子は甘えベタでね。べたべたに甘やかすぐらいで、バランスが取れるんだよ」
自立心が強すぎるオクトを甘やかすのも中々に至難の業なんだけどな。
それに普通の子供が欲しがりそうなものはまず欲しがらない。というか、物欲を含め欲というものがとても薄いように思う。
オクトが唯一懐いていたアルファやクロの事だって、引き取って以来、恋しがる様子を見せない。無表情だから気がつかないだけというわけでもないだろう。切り替えが早いと言えば聞こえがいいが、ようは諦め癖がついているに違いない。
海賊の事だって、少し判断を誤れば、オクトはそのまま海賊の子になっていた可能性が高いと思う。もしも俺が『いらない』と言えば、オクトは仕方がないと言ってそのまま簡単に消えるだろう。そして一片の後悔もなにも見せず、俺との生活は過去として扱うのだ。
ありえない想像なのだが、胃のあたりに冷たい物を押し込まれたように苦しくなって、俺は用意された熱い紅茶を飲み込む。……オクトが居なくなるなんて、そんな事は許さない。
「ふうん。とりあえず話を戻すけど、海賊での出来事はライが一番知っているかな?なんたって、2週間同じ屋根の下、ずっと一緒にいたんだしね」
「ちょ、待て。その言い方は色々マズイ――師匠、海賊は沢山のヒトが居る場所ですから。2人きりという意味じゃなくて。そもそも、オクトみたいな発育不全の男みたいな子供にどうのこうのなんてありえないというか――ああ、そうじゃなくて」
おっと。俺が一緒に暮らせない間、ライが一緒だったのだと思うと自然に睨んでしまったらしい。
俺だって、流石に5歳児と11歳が一緒の部屋で寝起きしたとして、何かあるとは思っていないんだけどな。ただムカつくだけで。なので、慌てるライをフォローする気もない。
「――まあでも。オクトも貴族だし。俺の所為で嫁に行きにくいなら、婚約しても……」
「絶対お前みたいな馬鹿に嫁がせる事だけはないから安心しろ」
しどろもどろで、色々話していたが、自分が責任をとると言いだしたところで俺はばっさりと切り捨てた。大体、オクトの魅力も分からない癖に、100年早い。
「で、お前の戯言はいいから、要点を絞って2週間に何があったかを話せ」
ライは机に頭をうちつけ呻いていたが、とりあえず頭を起こした。
「……正直に感想を言えば凄いの一言。まず牢屋に捕まっていたオクトは、俺が混ぜモノに怯えない事に気がついて、海の精霊の呪いを解くから船長に会わせろって言ってくるし、その後本当に呪いを解いてしまったしな」
「そこの所僕も詳しく聞きたいんだけど。オクトさんはどうやって呪いを解いたんだい?」
「俺もしっかりとは分からないけど、オクトは海の精霊の呪いは、壊血病という病だって言ってた。航海中、ビタミンCっていう、野菜とか果物に入っている物質が不足するから起こるんだと。それでオクトは2週間ずっと、海賊の食事を毎日考えて作ってた。もちろん、料理長も手伝っていたけど」
やはりオクトは、知るはずのない『異世界の知識』を使ったようだ。
俺が知る限り、『壊血病』や『ビタミンC』なんて単語はこの世界にない。そもそも呪いを解けた者は誰もおらず、海の精霊が諦めるまで陸にいるしかないと恐れられていたはずだ。
オクトは様々な異世界の知識を『母親に聞いた』と答えるが、それは果たしてそれは本当だろうか。
肝心の母親が居ないので確かめようがないのだが、オクトは母親が消えるまで赤子のようだったと聞く。多少は母親も寝物語でオクトに語り、聞かせていたかもしれない。それでもそれだけの知識を、赤子に伝えようとするだろうか。ましてや病気を治す為の料理を2週間分も考えるなど、相当な知識だ。それなのに、この世界の文字は一切教わっていないと言う。まるで、オクトがこの世界で生活するのではないかのようだ。
荒唐無稽な話だが、オクトが異世界から来たと言った方がまだ信憑性があって笑ってしまう。もちろん5年しか生きておらず、産まれてからずっと旅芸人の一座に居たオクトが異世界に居たなんて事は、物理的に無理な話だが。
「ただ教えたと言うわけじゃないんだろ。オクトは何で呪いを解いたわけ?」
「オクトは呪いを解き、航海中に呪いにかからない方法を教える代わりに、オクトと一緒に捕まった女性を解放する事と、自分を家に送り届ける事を約束させたんだ。もちろん船長は大笑い。最初は船長も信用してなくて、面白いからまあいいかぐらいに思っていたようだけど、途中から目の色が変わっていたな。オクトがだした条件が、違ったらオクトは今頃海賊だったと思う」
なんだかんだで船長は面白いものが好きだからと言って、ライは肩をすくめた。
今の話を考えると……悪の芽は早めにつぶした方がいいだろうか。
「アスタリスク魔術師。あの海賊は利用価値がまだあるから、物騒な考えは捨てて欲しいな。所で、どうしてオクトさんは一緒に捕まった女性の解放まで訴えたの?仲良くなったヒトでもいたのかな?」
「さあ?俺が飯を配りに行った時……えっと、初めて会ったときだな。その時は一人でぽつんと座っていたぞ。その後も、ろくに会話とかしてないはずだし」
……オクトの事だから、何か斜め後ろ向きな考えで助けたに違いない。もしも正義感からならば、一緒に捕まった女性なんて限定せずに、人身売買を止めるよう条件を出すだろう。
「ありがとう。大体は分かった。じゃあ、次に。お前ら何を企んでいるわけ?」
「企むなんて人聞きが悪いなぁ。僕はオクトさんに仕事のお手伝いをお願いしただけだよ」
何がお願いだ。そもそも、アレはお願いの形をした命令である。オクトがただの子供だったらお願いだっただろうが、オクトはちゃんと脅されている事を理解していた。
「そもそも、たかが伯爵夫人を捕まえるのに、カミュが動く必要ないだろ――」
第二王子に命令するのは第一王子だ。そしてあの第一王子ならば、そんな勿体ない駒の使い方はしない。伯爵夫人を消すぐらいならば、もっと楽な方法をとるはずだ。
「――伯爵夫人の後ろに、誰が居るんだ?」
ライが息を飲む音が聞こえたので十中八九間違いないだろう。さて、わざわざカミュが動くと言う事は、王族の流れを持つ公爵クラスの誰かだ。特に興味もないが、オクトが関わるならば話は別である。
「もしも居るとして、アスタリスク魔術師は誰だと思う?」
「何の情報もないんだ。分かるはずない――あー……」
何の情報もないと思ったが、話しているうちに、一人だけ思い当った。オクトは伯爵夫人を呼んだお茶会に同席する事をお願いされた。つまりはお茶会で、犯人に揺さぶりをかける手はずなのだ。そしてお茶会には、確実に参加する公爵家の人間が一人いる。
お茶会を開くカミュの従兄である公爵令嬢は、参加せざるを得ないだろう。
カミュも俺が気がつくと分かっていたようだ。にっこりと笑った笑みをかけらも崩さない。
確か従兄って、カミュにとっては元婚約者じゃなかったっけ?そんな相手に味方の振りをして協力してもらい、罠にはめようって……うわ、性格悪っ。
俺は改めて王家の血のどす黒さを知った。




