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明くる朝。
賢一が下駄箱で靴を履き替えていると
額に大きな絆創膏をはった和也が目をこすりながらやってきた。
賢一はぎょっとした。
「和也!どうしたんだよ!その頭!」
和也がだるそうに顔を上げた。
目元にはひどいくまができていた。
賢一はまたぎょっとしてしまった。
「……和也!」
「………階段で転んだ。」
いくら鈍感な賢一でもわかるような下手な嘘。
和也がこんなに下手な嘘をつくのは相手が賢一だからだ。
頭脳明晰な和也。
もし他の人だったら余裕で完璧な言い逃れができる。
おいおい階段でそんな怪我するわけないだろ、と
賢一は言いたくなったが、
なぜか言ってはいけないような気がした。
そのかわりに自分よりも少し背の低い和也の頭をなでた。
「昨日、眠れなかったのか?俺がお前に面倒かけたせいだな、本当にすまない。」
賢一に触れられて、和也の血圧は一気に上昇した。
「……っ………!」
(やめろ、触るな!理性が飛ぶ!)
和也は心の中で叫んだ。
(ああ、お前のせいだよ!
全部、お前のせいだ!
何にもしらんと、俺を生殺しにしやがって!)
自分の気持ちを賢一に悟られたくない、と思う反面、
何にも知らずに自分に近づいてくる賢一にいらついていた。
思わず賢一を睨んでしまったのか、
賢一はビクッとなって、すまなそうに手を離した。
「お前の教室はあっちだろ、グズグズしてると遅刻するぞ。」
和也ははねつけるようにそう言うと、自分の教室へと歩き出した。
残された賢一はまた自己嫌悪になった。
(…どうして俺は和也に何もしてやれないんだろう。
ただ和也のお荷物になってるだけじゃないのか。
嫌がらせされてても助けてやることもできないし。
これで親友って言えるのかなあ。)
和也の本当の心を知らない賢一は悲しみに沈んだ。
「……おい、今の聞いたか?あいつら前から怪しいと思ってたけどな。身の毛がよだつぜ。おえっ!」
下駄箱の陰で、一部始終を見ていた和也いじめグループ。
和也が来たのと同時に下駄箱をひっくり返そうと思っていたのだ。
しかし、二人が興味深い会話をはじめたのでその計画は中止された。
「たくっ…こんな公の場でいちゃつくなよな。公害だっつうの!この学校であいつらほど気持ちわりーもんはねーよ。おい、みんなに言ってやろうぜ!」
彼らが和也たちを気持ち悪いと言うのは単なるハライセに過ぎない。
彼らの中には
和也さえいなければ学年首席になれる者もいれば、
体育祭の花形を和也に乗っ取られた者もいる。
それでもって和也には人を見下すようなところがあるゆえ
尚更反感を買ってしまう。
彼らは何とか和也を陥れようと悪知恵を働かせて
ありとあらゆる嫌がらせをしてきた。
標準レベル以下の学校なら、早速リンチにでもかけるんだろうが
直接暴力にはもっていかずに、陰湿さが増すのが
進学校のいじめの特色だ。
しかし、当然ながら和也はいくら攻撃されても無反応だった。
それではやる方はつまらない。
「おい、俺達馬鹿だったぜ。岡咲ばかり直接的に攻めるのが間違いなんだ。」
グループの中心にいる男子生徒が何かを思いついたようだった。
「岡咲をつぶすのには、斎藤からだ。アイツは気が弱いうえに単純バカだからちょっとからかえば、なびいてくれるさ。」
……つづく……