5
和也はぎくっとなった。
昔から彼方には何も隠せない。
あの大きな瞳で見つめられると何もかも見透かされているようで恐ろしい。
自分だって似たような目をしているのに、
この威圧感はなんなのだろうか。
ここはしらばくれるしかない。
「はっ?俺の何が必死なわけ?」
和也はせいぜいすました顔を作った。
彼方は真顔で続けた。
「ここ数年ずっと思っていたことなの。
和也、賢一君のことめちゃくちゃ意識してるよね?」
彼方の言葉は和也の胸にズシリと響いた。
「なんだよそれ。もしかして女の勘ってやつ?ばっかばかしっ。」
とぼけた声でそう言うと、和也は顔を逸らせた。
彼方は和也の向かいの席に腰掛けた。
「例えば、さっき私が部屋に入ったときなんて。
和也すごくびっくりしてたじゃん?」
「それはお前がいきなり入ってきたからだろっ!」
和也の心臓はつぶれそうだった。
だがあくまで否定しなければならない。
「私はノックしたはずだよ?
それでなくても足音で気付くはず。
そもそも、私と家に二人のときには、私がいきなり部屋に入っても全然驚かないもの、和也。」
「……っ…!」
和也は返す言葉がなかった。
冷や汗が止まらない。
「それよりも何よりも、
賢一君といるときの和也、
いらついてるって言うより、必死だよね?
私の部屋まで怒鳴り声が聞こえてたよ?
なんだか、何かを悟られまいとしているみたい。」
図星だ。
手足が痙攣してきた。
「そんな神経びりびりに尖らせて、一体何を守って…」
「やめろっ!!」
和也は耳を塞いで叫んだ。
彼方の言葉を死刑宣告のように感じた。
そこまで自分は賢一を意識してしまっているのか。
彼方に悟られるほどまでに。
もう逃げられない。
もうごまかせない。
しかし、それを認めてしまったら……
「違う!俺はそんな変態じゃない!」
声を枯らして叫び、
和也は耳を塞いだまま、狂ったように首をふった。
「和也!?」
彼方がびっくりしている間に和也の錯乱はエスカレートしていった。
和也は椅子から転げ落ちるように下りると
壁に頭を打ちつけた。
「違う!違う!違う!」
自分に吐き気がした。
無二の親友である賢一をそんな目で見るなんて…。
こんな自分はこの世で一番汚らわしい。
この世で一番醜い。
そんな気がした。
「止めなさい!和也!」
彼方は立ち上がると和也に駆け寄り、彼を落ち着かせようとした。
「私が悪かった、だから止めて!」
彼方は余計なことを言った、と後悔した。
17年間和也を見てきて
錯乱した彼を見るのは初めてだ。
誰にだって触れられたくないものはあるものだ。
地雷をふんでしまった。
「落ち着きなさい!和也!」
大声で制止するが、
和也は彼方の声が聞こえてないかのように
壁に頭を打ち続けている。
「嫌だ!嫌だ!もうこんなの嫌だ!!」
思い立った彼方は、
和也の肩を掴み強制的にこちらを向かせると
和也の頬をパシッと平手で打った。
和也は暴れるのは止めたが、
うつろな目をして放心していた。
彼方は和也の叩いた方の頬を抑えると
彼の瞳の中を真っすぐに見ながらこう言った。
「和也、大丈夫だね?」
和也はまだ放心している。
彼方は和也を抱きしめ、
小さい子供をあやすように彼の背中を叩いた。
「大丈夫、大丈夫……」
何が大丈夫なんだと自分に突っ込みながら。
和也は彼方を振り払うと、
逃げるように自分の部屋へ駆け込んだ。
バタンというドアの音が
「ほっといてくれ」
と言っているようだった。
彼方もかなり混乱していた。
どうしたらいいものか、と
一人頭を抱えた。
つづく……