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「Bitter」  作者: 神井
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3



英語の宿題にあっぷあっぷする賢一の後ろ姿に



和也は愛おしそうな視線を向けた。



普段の無機質さからは想像もつかない表情である。



和也がそんな目をしたのは勿論



誰も見ていないからだ。




二人が知り合ったのは10年前。



お互い小学校一年生のときだった。



この当時から他人との間に壁を作る癖があった和也。



さらにこの容貌であるから



常に誰かを攻撃したくてうずうずしている連中にとっては最高の餌だった。



幼稚園のときから、

毎日のように持ち物を隠されたり、

壊されたり、

帰り道で石をぶつけられたり。



「ゴキブリ」、「ざしきわらし」、「おかま」、「女男」などと馬鹿にされていた。



先生は気づいていたが、一度も助けてくれたことはなかった。



それでも和也が学校にいけなくなる、



ということはなかった。



しかし、7歳にして人間不信の心は出来上がりつつあった。



みんな同じだ。



あいつもこいつも。



みんな、自分を攻撃することで仲間意識を強めているのだ。



違うのは下駄箱のカギくらいだと。




そんな中、賢一が転校してきた。



秋の終わりのことだった。



初めて彼を見たときはとくに何とも思わなかった。



大体このくらいの歳の子供たちというのは



転校生と言ったら大喜びするものだ。



それが和也にとっては教室にいる人間が一人増えただけ、



ただそれだけのことだったのだ。



しかし、「それだけ」では終わらなかった。




それは激しい雨の降る11月のことだった。



賢一が家路につこうと昇降口まで出ると



いじめっ子たちが和也の傘に悪戯をしていた。



彼らは傘のホネからハネをむしり取り、



油性ペンで「死ね」、「地獄に堕ちろ」などと書いていた。



賢一はびっくりしたが、彼らを止める勇気はなかった。



ハネに散々悪口を書き並べると、



いじめっ子たちはケラケラ笑いながら走り去っていった。



賢一は周りに誰もいないのを確認すると



壊れされた傘の残骸を片付けた。



そして和也の傘立てに自分の傘を置いた。



名前は書いてないのだから自分のものだと気づかれることはない、と思いながら。



賢一が大雨の中を駆け出した、



そのとき



「おいっ!まてよ!」



鋭い声にはっとして振り向くと、



そこには賢一の傘をもった和也がいた。



和也は雨の中、賢一に歩み寄ってきた。



ビチャビチャと水音をたてながら。



バッと横向きに傘を差し出すと、



突き刺すようにこう言った。



「いいんだよ。あーゆーの慣れてるから。返す!」



賢一はしばらくぽかんとしていたが、



にこにこと笑みを浮かべてこう言った。



「俺、雨に濡れて帰るのが好きなんだ。」



「…は!?」



和也には賢一の言っている意味がわからなかった。



「傘さすの嫌なら一緒に濡れて帰ろう。」



賢一は和也の手をとると雨の中をくるくる回り始めた。



「雨って温かいだろ?」



和也には何が起こっているのかよくわからなかった。


だが賢一が他のクラスメイトとは異質な魂の持ち主であることはわかった。



「お前、馬鹿だな。」



11月の雨は冷たい。



今思えば、よく風邪をひかなかったと感心してしまう。



妙なきっかけではあるが、二人が親友になったのはこのときからだ。



この日から和也の頭の中は賢一でいっぱいになった。



「変わった奴もいるもんだ」



から



「やっと巡り会えた」



という風に賢一を見るようになった。



賢一の優しさと大らかさは和也の頑なだった心を少しずつ溶かしていったのだった。



彼の鈍さも天然ボケも比較的神経質な和也にとっては、安らぎだった。



そりゃイライラすることもあったが。



賢一と一緒にいると幸せだったのだ。



しかし、その気持ちは友情以上のものになり始めていた。



それに気づいたのは中学1年生のときだった。



きっかけは賢一が



当時同じクラスだった女の子を好きだと



自分に打ち明けたときだった。



その瞬間、和也の胸に鈍い痛みが広がったのだ。



気弱な賢一はその子にラブアタックも告白もしなかったが、



そんなことは問題ではなかった。



いつかは賢一にも彼女ができるんだろうか。



和也はそう考えただけで胸が苦しくなり



気が気でならなかった。



「アイツに彼女ができて、こっちの付き合いが悪くなったら寂しいな」



同性間の友情にありがちなそんなものではない。



和也は混乱した。



自分は賢一に恋愛感情を抱いているのだろうか。



まさか、そんなことがあってたまるか。



男を好きになるなんて。



自分は錯覚してるんだ、



賢一が唯一の親友だから、



賢一があまりに身近な存在だから…



いつか好きな女でもできたらすぐにおさまる。



和也はそう考えて自分を納得させようとした。



しかし、その想いは



もみ消そうとしても



もみ消そうとしても



膨れ上がるばかりだった。



賢一の顔を見るたびに、安心している自分がいる。



賢一に名前を呼ばれると頭の芯が溶けるような感覚になる。



賢一に触れられたところが熱くなる。



気がつけば一日中賢一のことばかり考えている。



そんな想いを抱え、もう4年が過ぎた。



何とか賢一本人には悟られまいと



必死に「親友」を演じた。



しかし、和也はこういうところには不器用だった。



想いを隠そうとするばかりに



つい態度が荒々しくなってしまう。



そろそろ賢一が変に思うのではないかと



余裕がなくなってきている和也だった。




………つづく……

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