15
昼下がりの海は、
サファイア色のガラス細工の上に
金や宝石を散りばめたように輝いていた。
それでも
砂浜に人はほとんどいなかった。
夏が終わりに近いからだろうか。
日差しも真夏に比べると大分柔らかくなっている。
はっきり言って泳ぐにはやや寒い。
賢一は海に入るのをためらった。
自分は水に入ることに慣れているから構わないが、
和也が心臓マヒをおこしはしないかと心配になったからだ。
「何してんだよ、さっさと泳ごうぜ。」
和也が賢一にニッと笑いかけた。
そして軽く準備体操をすると
バシャバシャと勢いよく海の中へ入って言った。
「ぼーっとしてないで早く来いよ!」
和也はシャツを脱ぐと、賢一にバサッと投げつけた。
「お、おい!」
賢一は慌てたが、
次の瞬間、目を釘付けにされた。
太陽の光を全身に受けながら、
水を浴びる和也は
まるでニンフのような美しさだったからである。
だからといって
なよなよしているとは違う。
凛々しさの中に中性的な色気がある。
一見華奢に見えるが、
彼の身体にはしなやかに筋肉がついていた。
(そういえば和也はテニス部だったけ…。)
透けるような白い肌。
濡れて真珠を散りばめたように輝く黒髪。
濃い影をおとす長い睫毛。
猫のような大きな瞳。
紅を塗ったような紅い唇。
全て、
全て、
芸術品のようだ。
賢一はそう感じた。
(なんて俺にはもったいない親友なんだろう…。)
もっと人がいっぱいだったら
この賢一の親友は、
間違いなく、注目の的になっていただろう。
「黒髪のアドニス…」
賢一は思わず呟いていた。
「え?」
和也が首を傾げた。
「女の子たちがお前のことをそう言ってた。」
メルヘンチックな表現に呆れたのか和也は投げつけるようにこう言った。
「やれやれ。んなことはいいからさっさと脱げよ!」
賢一もそさくさとTシャツを脱いだ。
水泳で鍛え上げられた逞しい身体が現れた。
胸板も厚く、腹筋も割れている。
肌は小麦色なのに、ギリシャ彫刻のようだった。
和也は息を呑み、賢一の身体に見とれた。
もっとあいつの全てを見てみたい…。
あの無邪気な笑顔をめちゃくちゃに壊してやりたい。
彼への想いを自覚してからというもの、
賢一の身体を見るたびそのように思う。
しかし、今ではそんな欲求が頭をよぎっても
そんな自分の心を冷静に見れるようになってきた。
「何悍ましいことを考えてるんだ!」と
無理矢理打ち消すのではなく。
「向こう岸まで競争しようぜ。」
和也は爽やかに言った。
「おうっ!」
賢一もはりきって応えた。
二人は向こう岸へ向かって泳ぎ出した。
スポーツ万能の和也も
水泳部のエースの賢一には
敵わなかった。
「早く来いよ和也!」
当然先に着いた賢一が
にこにこしながらそう言った。
「ちっくしょー!」
続いて到着した和也が
少し悔しそうに言った。
しかし、その顔は笑っていた。
(小学生までは俺の方が早かったのに…。)
和也は
賢一の泳ぎが上手くなったことに
少し寂しさを感じていた。
賢一が遠くなるような気がしたからだ。
「走るのは俺の方が早いぜ!」
和也は水面から上がると、
砂浜を駆け出した。
「おい、まてよぉ!」
賢一は慌てて和也のあとをおった。
和也は小、中でリレーの選手や駅伝の選手だっただけあって、
足の速さは尋常じゃなかった。
走りにくい砂浜の上でも
蝶のように軽く
鹿のような速さで駆けていく。
「和也ー!どこまでいくんだよー!」
二人は無邪気な小学生だったころに戻っていた。
時間も
ついこないだまでの気まずい空気さえも
忘れ
日が落ちるまで
笑い合っていた。
続く。