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「お兄ちゃん、まだ学校にいけてないの?」
心配そうにつぶやくのは、
和也の2つ下の実妹、美月である。
叔母が仕事で忙しいときは彼方達のところまで泊まりにきているのだ。
彼女は単心室という心臓病で
激しい運動はおろか、
歩くことにすら制限があるため、いつも車椅子に乗っている。
「まさか………またいじめられてるの?」
兄がいじめに合っていることは
美月も薄々感じていたのだ。
「美月のお兄ちゃんは簡単にめげたりしないよ。すぐ立ち直るって。」
彼方は精一杯平静を装ってそう言った。
(下らないいじめなんかより深刻だわ。)
「ご飯ちゃんと食べれてるの?私が持ってってあげようか?」
「大丈夫よ。」
(どうせ、食べない。)
それに今日の夕食は
焼きうどんにコンソメスープ と
精神的危機にはあまりふさわしくないメニューである。
そのとき、玄関のベルがなった。
彼方が窓から覗いて見ると
学校帰りの賢一が立っていた。
(あちゃー)
彼方は戸惑ったが、笑顔で賢一を迎えた。
「こんばんは。」
「…こんばんは、あのう…和也と話したいんです。
和也具合悪かったりしませんか?」
「私は構わないけど、あの子部屋から出てきてくれないわよ。身体はどこも悪くないよ。
一日中部屋のクローゼットに篭ってふて腐れてんの。」
彼方は呆れたように言った。
「扉越しでもいいんで…。」
賢一は落ち着いていたが、やるせない表情だった。
彼方は賢一の想いを汲み取り、
和也の部屋の扉の前に案内した。
「和也…」
勿論返事はない。
不安になって彼方の方を向くと
彼方は小声でこう言った。
「話しちゃえ!いるんだから!」
小声だったが、和也にはバッチリ聞きとれていた。
(彼方のやつ、余計なこと言いやがって!)
和也はクローゼットの中で拳を握りしめた。
「…和也。」
賢一はもう一度呼び掛けた。
彼方は気をつかってリビングまで戻った。
「近寄るなって言われたのに、ごめんな?
最後に一度だけ話したかった。」
賢一は言葉を切って続けた。
「俺はあんな噂なんて気にしてない。されて嫌だとも思わない。
そんなことより俺はお前自身が大切だから。」
賢一の誠実な言葉に和也の感情は高ぶった。
喉の奥から何かが込み上げ、胸が熱くなった。
あの頭の芯が溶けるような感覚…
「お前が俺と絶交したいならそれで構わない。
だけど、お前が俺を嫌いでも、俺はお前が好きだ。」
好きだと言われて、和也の胸は高鳴った。
これが友情だとわかっていても、身体が痺れるくらい嬉しかった。
しかし、このあと賢一の口から出た言葉に和也はショックを受ける。
「俺、内海さんと付き合うことになったんだ。
彼女、俺のことすごく想っててくれてたんだ。
彼女も、このことを皆が知ったら、すぐに誤解はとけるだろうって言ってた。
だから、安心して学校に戻ってくれ。」
和也の胸に鋭い痛みが走った。
いつかは受けなくてはならないと覚悟していたはずの痛み。
「………!」
賢一は名残惜しそうに、部屋の扉に額をつけた。
「じゃあ……元気でな。」
賢一はそう言い残すと、扉の前を去っていった。
和也がクローゼットの中で胸の痛みに耐えていることも知らずに。