第十六話「幸福男」
「何?」
恵梨の異様な雰囲気に俊作は戸惑っていた。背筋に嫌な汗をかいていた。
「いや……なんでも無い。早く寝ろよ」
「? うん。分かった」
訝しがりながら恵梨はドアを閉めた。俊作は先送りにする癖をなんとかしろよとしばらく恵梨の部屋の前でうなだれていた。
自分の部屋に戻った俊作は部屋の真中で胡坐をかきながら頭を悩ませていた。それよりもこれからどうするかだ。恵梨に百万を使い込まれたので、また新しい方法で稼がなくてはならない。ギャンブルという線は悪くないと思う。他にギャンブルはパチンコに競馬か。パチンコは遠隔があるから、運要素はあまり期待できないと思う。それならば競馬だ。
俊作は立ち上がり、天使ちゃんを有効に使うために仕込みをした。その時、部屋の外には恵梨がいた。
「ごめんね。お兄……」
部屋の外で呟くと、恵梨は悲しそうに部屋に戻っていった。
◇
次の日、日曜日なので早速競馬場に出かけることにした。恵梨も連れていこうとしたが、一階に降りたが、恵梨はいなかった。恵梨の部屋も探してみたがやはりいなかった。
「恵梨―。どこだー」
「恵梨ちゃーん」
「あれ、どこかなー」
台所を探索していると、冷蔵庫の前に紙が貼ってあった。
『居間のジャン○の二百三十九頁を開け by恵梨』
「なんだこれ?」
俊作は何の真似だと思ったが、とりあえず居間に行ってみた。行ってみると居間の机の上にジャン○が置いてあった。俊作は手に取ってペラペラとページをめくってみた。その途中で一枚がひらりと床に落ちた。手にとって見るとまた先ほどのようなことが書いてあった。
『玄関のポストの中を探れ』
今度は玄関のポストに向かうと、そこにも紙があった。
『二階の倉庫のマーライオンの銅像の口の中を探れ』
二階の倉庫は家の中には父さんが冒険から買ってきたおかしなものがいっぱいある部屋である。父さんがいなくなってから、俊作は殆どこの部屋には入らなくなった。今日この部屋に入るのも久しぶりだ。ドアのノブを回して俊作は部屋の中へと入った。部屋の中は最近、掃除もしていなかったのでとても埃っぽかった。俊作は部屋の窓を開けて、とりあえず換気することにした。窓を開けると気持いい風が入ってきてとても気持ちが良かった。
マーライオンはニメートルくらいの大きさがあってその倉庫中でもかなり大きな部類のものだった。レプリカではあるがこんなものわざわざ持ってきて、父さんはどうするつもりだったのだろうか。そんなことを思いながら右手でマーライオンの口の中に手を入れた。すぐに紙は見つかり、その紙を開いてみた。
『その場より、西に五十歩、東に三十歩程歩け。その場所で「僕は恵梨が大好きだー!」』
と大声で叫べ』
と書いてあった。恵梨は僕に変態兄貴になれと言うのだろうか。しかし、僕はこういったノリはそれほど嫌いではなかった。部屋の外に出て誰もいないことを確認して、俊作は大きく息を吸い込み、そして爆発させた。
「僕は恵梨が大好きだー!」
部屋の中が驚く程しーんとなった。その静けさで俊作は我に返った。なんでこんなことをしたんだろうかと思い、自己嫌悪に陥っていた。
「この変態! お兄。恵梨は用があるから出かけます」
「……」
どこからともなく恵梨の声が流れてきた。何かボイスセンサーのようなもので、録音してある声が再生するようにしていたのだろうか。なんて手の込んだことをやるのだろうかと思って、その機械を探しみたがなかなか見つからなかった。
「あ、ちなみにこのテープは自動的に消滅するからね」
「お前はどこかのスパイかよ……」
本人はいないとはわかりつつも俊作は思わず突っ込んでいた。習性とは恐ろしいものである。
◇
仕方が無いので、里奈と天使ちゃんを連れてバスで競馬場に行くことになった。天使ちゃんは嫌がっていたが、無理やり連れて行くことにした。最初は暴れていたが、今は観念して俊作の腕の中で小さくなっている。
「藤島君、そのうち天罰が下ると思う」
それは僕も感じていたことだが、最近目立つような不幸が無いのだ。もちろん駅でトイレに入ろうとしたら、掃除中だったとか、トイレに入ったら紙が無いとかそういった小さな不幸はいつも通りあるのだが、命に関わりそうなほどの不幸は最近無いのだ。天使ちゃんと関わるようになったのでその御利益も少しはあるかも知れないがこれはこれで張り合いがないような気がする。ただ、最近家の前には黒猫とカラスが集結しているし、近所のじいさんが僕のことを見て意味ありげににやりと笑っている。それに毎日のように星座占いの最下位がおうし座なのだ。
なんとなく不幸袋というのがあるのならば、僕の不幸袋が段々と溜まっている状態なのかも知れない。今までは少しずつ溢れでている状態だったのだが、どういうことなのか分からないが不幸袋の中の不幸がこぼれて行かないのかも知れない。今に不幸袋が破けてとんでもない不幸が起こるのかもしれない。よく分からないけども。
そんなことを考えていると競馬場に着いた。俊作の家からバスで二十分程の場所に競馬場がある。山の中にある競馬場で他には動物園があるくらいで、それ以外には何もない場所に競馬場ある。僕は自慢では無いが競馬場に来るのは初めてだった。まあ十○歳だから仕方が無いとは思う。
「よし、行くぞ」
「あのさ……」
「何? 小林さん」
「バスに乗ってる時からずっと言おうと思ってたんだけど」
なぜか里奈は言いづらそうにしている。僕ははっきりと言ってもらわないと分からないタイプなのではっきりと言ってくれと言った。
「なら言うけどさ。私たち十○歳じゃないの?」
「うん、そうだね」
「特に天使ちゃんは小学生にしか見えないじゃない」
「うん……で?」
なぜかなかなか本題に入らない里奈に僕は少々いらいらとしてきた。はっきりとものを言わない日本人は美徳ではあるが僕は、それほど気の長い人間ではないのだ。
「あの……だからね。競馬場に私達って入れるかなってさ」
「大丈夫だ。僕に任せろ。僕に策がある、とにかく着いてきてくれ」
競馬場の入り口には門があるのだが、そこには二人の警備員がいる。この関門をなんとかして突破しなくてはならないのだ。俊作が先頭に立って何食わぬ顔で通ろうとしたら、いきなり呼び止められた。
「お前たち未成年だろ。駄目だ。入れないぞ」
「パパから……買ってくるように言われたんです」
俊作は涙目で懇願するように警備員さんに言った。
「嘘をつくな。帰れ。帰れ」
「チ、駄目か」
「やっぱり……はあ」
案の定警備員さんに止められ、競馬場の中には入ることができなかった。
◇
「このままじゃ。親父が探せない。だいたい何で入れないんだよ。馬券買うわけじゃないんだから入場くらいしてもいいだろ」
「買う気のくせに」
「こぜにおちてないかなの」
「お困りのようですね」
三人でうなだれている所に声をかけてきた人物がいた。紫色のスーツの我が生徒会長にして、幸福男の神崎翔だ。前は関西弁みたいな感じだったが、なぜか今日は標準語だった。
「拾え。貧乏人ども!」
生徒会長はスーツのジャケットをバサリと開いた。そこから無数の小銭が散らばった。
「わーい。こぜになの」
天使ちゃんが地面に散らばっている小銭を嬉々として拾いだした。
「生徒会長がなぜこんな所にいるんだ?」
「そんなことはどうでもいい。それよりもひょっとして君は藤島俊作か」
「そうだけど、それが何か?」
「ふむん。よし。俊作君私と勝負しないか? 競馬で」
なぜか生徒会長は唐突に勝負しようと言い出した。
「なんで生徒会長と勝負しないといけないんですか?」
「私は君の父上にはお世話になっていてね。その息子の君がどれくらいやるものか知りたいんだよ」
「はあ……親父と」
急に突拍子も無いことを言い出した生徒会長に俊作は少々呆れていた。だいたい親父の知り合いに碌なやつはいないのは今までの経験上分かっていた。嫌な雰囲気を感じたので俊作はこの所は逃げようと思った。
「すいません。今日はこの辺で退散します。見たいテレビがあったのを思い出したもので」
「ただとは言わない。私が負けたらこの小切手に好きな金額を書くがいい」
そう言って生徒会長は懐から小切手を取り出した。お金がもらえるなら話は別だ。僕はこの勝負受けてたつことにした。
「よし、分かった。生徒会長勝負だ!」