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第十四話「お金は人を変える」

「当たったの?」

 俊作が天使ちゃんから渡されたスクラッチは、五が横一列に並んでいた。つまり五等だ。

「どれどれ。お……五が揃ってる。よっしゃあああ」

「やったじゃない」

「五は五等か。五等はと……二百円」

 俊作はすぐに換金した。この宝くじ売り場は五万円以下ならすぐに換金してくれる。

「プラスマイナスゼロじゃない」

「そうだな。よし。次だ。天使ちゃん、今度は手をつないでもいい? 小銭あげるからさ」

「どうぞなの」

 天使ちゃんの子供のような小さい手を握る。他の二人はジト目で見ているが気にしないことにした。

「だから長いって!」

「は! さて買うか。おばちゃん。サマータイムスクラッチもう一枚お願い」

「はいよ!」

 おばちゃんに二百円を渡して俊作は再び、スクラッチを手に入れた。今度は四等の五百円だった。差し引き三百円のもうけだ。

「よし。よし。ランクアップしてるぞ。更なるスキンシップをすればもっと儲けられるかも知らないぞ。そうだな。うーん。天使ちゃんハグしてくれ! 小銭あげるから!」

「ちょ、ちょっと待ってください。それはさすがに。華ちゃん嫌だよね?」

「あたし、こぜにもらえるならいいの」

「華ちゃんって?」

「天使ちゃんのことだよ。何回も言わせないで! それと華ちゃん同意しないで」

「あたしはいいの。こぜにがもらえるからいいの」

 どれだけ天使ちゃんにとっては小銭の優先度が高いのだろうか。俊作は少し天使ちゃんの将来が心配になった。

「さあ。行くぞ」

 俊作は両手を大げさに広げて、天使ちゃんをハグするために迫った。そこにそうはさせないと言わんばかりに里奈が天使ちゃんの前に立ちはだかった。

(余計な真似を……)

「ちょっと待って。それは私が許さない」

「恵梨も納得いかないよ」

 恵梨も参戦。二人して天使ちゃんの前に立ちはだかった。俊作は思わぬ邪魔が入ったので舌打ちをした。

「恵梨、小林さんこれは仕方が無いことなんだ。僕も心を鬼にしているんだ」

 この機会を逃したらこんなチャンスは二度と無いと思った俊作は必死に、やましい気持ちは無いというところを必死にアピールした。

「そもそもなんでお兄がやる必要があるの?」

「ぐ……気づいてしまったか」

「代わりに恵梨がハグするよ」

「そ、それはそうなんだけどな。あのな、恵梨」

「どうしましたか? 恵梨がハグするとお兄が何か不都合でもあるですか。ヒッヒヒヒ」

 恵梨がにやついていた。そこまで言われると俊作は引き下がるしかなかった。

「いや……あの……だな」

「無いですね?」

「無いです……」

 暴れだしたいような気持ちを抑えて、俊作は首を縦に振った。振るしかなかった。

「行くね。華ちゃん」

「はいなの」

「ああ……」

 恵梨が天使ちゃんを包み込むようにハグをした。

「んっ……んんん」

「華ちゃん。ふわふわしてて、抱いててとても気持ちいいよー」

「んっ……くるしいの……えり……」

 俊作はその様子を指を加えて見ているしか無かった。

「藤堂君はなぜそんなに残念そうなんですか?」

「そ、そんなことは無いですよ?」

 里奈に突っ込まれて、思わず荒ぶる般若のポーズをしてしまった。

「まったく、私の気も知らないで……」

 里奈は思わず呟いていた。

「?」

「運気充填完了! 当たりそうな気がする」

「ううう……」

 天使ちゃんは生気を全て、恵梨に吸い取られたようで宝くじ売り場の隅で体育座りをしていた。

「おばちゃーん。一枚ちょうだーい!」

「はいよ!」

「華ちゃん。削って」

「はい……なの」

 天使ちゃんは体育座りをしながら、スクラッチを削って、削り終わると里奈に渡した。

「やったー。三が揃った。三等だよ。五千円だよ!」

 人目を気にせず、恵梨は大喜びしていた。恵梨はすぐさまおばちゃんから五千円をもらった。

「マジかよ。ハグで五千円当てたよ」

「恵梨、久しぶりにヒグチ君にお会いしたよ」

「その言い方は誤解があるな」

 だが、まだまだ足りない更なるステップアップをする必要がある。

「華ちゃん。キスしよ」

「おい。恵梨それはどうなんだよ」

「いいじゃん。女の子同士なんだし」

 よく教室で女の子同士が抱き合っているのを見たことがあるが、男なら絶対にありえない。考えるだけで身の気がよだつ。

「えり、あたしちょっと……つかれたの」

「何言ってんの。これからが本番よ。絶対に一等取るんだから」

「ねえ。恵梨少し休ませたら、天使ちゃん辛そうだよ」

「甘い、甘いわよ。お兄、恵梨達はパパ達を探すためにお金を稼がなくてはならないの。そのためには多少の犠牲は仕方が無いと思うの。だいたいお兄が言い出したことでしょ」

「まあ……そうだけど」

 何か恵梨の変なスイッチが入ったようで、やけにやる気満々だった。

「じゃあ行くよ。華ちゃん」

「ちょ……ちょっとまってなの。えり」

「もう恵梨我慢できないの」

(こいつひょっとしたら天使ちゃんとキスしたいだけなんじゃないのか)

 恵梨は逃げようとする天使ちゃんを強引に捕まえる。

「これでもう逃げられないよ。もう観念なさい」

「ちょっと待て。こんな所で止めろ。せめてどこかに移動しよう」

「もう恵梨の衝動は誰にも止められないの。ごめん……花ちゃん……ちゅっ……ちゅっ」

「えり……んくっ」

「んぅ……えり……んぅ! んんんっ」

 世間の冷たい目に晒されながら恵梨と天使ちゃんはキスをした。恵梨は天使ちゃんの生気を全て吸い取るかのように天使ちゃんの唇を吸いつくように啄んだ。俊作と里奈は少し離れた位置でその一部始終を見守った。

「ふぅ……華ちゃん」

「はぁ……はぁ……えり、ひどいの」

 恵梨が天使ちゃんを離すと、天使ちゃんはその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

「何か、なんて言ったらわからないけど、力が沸いてくるような気がするー!」

「おい。天使ちゃん大丈夫か。意識をしっかり持て」

「おばちゃん。スクラッチ一枚。早く!」

「は! はいよ!」

 恵梨は宝くじ売り場のおばちゃんからひったくるように、スクラッチを受け取るともう一秒でも待てないというようにスクラッチを爪でガリガリと削った。削り終わると恵梨はスクラッチを太陽に向けて固まっていた。

「恵……恵梨……どうした?」

「恵梨さん……どうしました?」

「お兄……来た……」

「何が……だよ」

「恵梨やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やったよ。やってしまったよ。やっちまったよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよ。どうしよー!」

 恵梨は気が動転してスクラッチを握り締めながら転げまわっていた。

「恵梨……頼むから落ち着いてくれ。何がどうしたんだよ?」

「何がって、何がって。当たったんだよ。一等だよ。ほら見て!」

「近すぎる! 見えない!」

 まだ落ち着かないのか。恵梨は俊作にゼロ距離の位置にスクラッチを突きつけた。

「お前。落ち着けや!」

「きゃああ!」

 俊作はあまりの恵梨のご乱心に思わずグーパンが出てしまった。

「だって。見てよ。一等よ。一が並んでるんだから。これが落ち着いていられる訳がないじゃないの」

「ちょっと見せてよ」

「あ……」

 俊作は恵梨からスクラッチを奪うように受け取って、じっくりと見た。確かに一が……一が並んでいる。並んでいる。並んでいる。並んでいる。一が三つ並んでビンゴだ。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! まじかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「ねえ。ほら。ほら。すごいでしょ。やったのよ。恵梨達」

「ねえ。二人とも落ち着いてったら。みんな見ているから」

 他のスーパーに買い物に来ているお客さんが何事かと、遠目に見つめていた。

「小林さんも見ろってこれ、本当に興奮するから」

「そんな……はずない……」

 里奈は俊作からスクラッチを受け取ると、しばらくそのスクラッチを持ったまま固まっていた。

「きゃあああああああああああああああああああああああああ! 本当だ。本物だ。初めてだ。こんな体験。すごい! すごい! すごい!」

 里奈は柄にも無く、両手を振り回して喜んでいた。こんなに興奮している里奈を見るのは初めてだった。

「おばちゃん。一等当たった。百万くれ! 早く! 今すぐだ」

「お兄さん。ここじゃあ換金できないよ。銀行に行ってもらわなきゃ」

「どこの銀行にいけばいいんだ! ばばあ! 早く教えてくれ」

 おばちゃんに説明してもらう。銀行にスクラッチを送ってそれから鑑定作業があるようで早くても四日から五日ほどかかるようだ。すぐにもらえないことを聞いて俊作達は少々がっかりした。

「お兄。恵梨が当てたんだから恵梨が八割はもらえるよね」

「恵梨、お前何言っているんだ……。これは親父達を探すための軍資金だぞ」

「何を言っているんですか? 恵梨さん。私も立ち会ったんですから私にも権利があるはずですよ」

「はぁ? 里奈さん何言っているんですか? 華ちゃんとキスしたのも恵梨。お金を出したのも恵梨。スクラッチを削ったのも恵梨なんだよ。本来なら恵梨が全額もらってもいいくらいなんだからね。それが何? 私にも権利あるぅ? 笑わせないでよ!」

「何? その言い方。それが先輩に対する態度なの?」

「何が先輩ですか。急に先輩ぶらないでくださいよ。だいたい前から気に入らなかったんですよ。その無駄にでかい胸でお兄に近づいて」

「今、藤島君は関係ない」

「とにかくこれは恵梨のものなんだからね」

「私のものよ」

「お……おい……なんでそうなる」

「だったら力づくで奪ってみなさいよ!」

「ずいぶんと舐めた口聞くじゃない。後悔するよ」

 二人はプロレスのように手と手を合わせて、押し合って、お互いに罵りあっていた。

その隙に俊作は恵梨からスクラッチを奪った。二人の醜い争いを見ていたら俊作は妙に冷静になってしまった。ああはなりたくはないものです。

「とりあえず受け取るまで、保留にしよう」

「お兄。独り占めする気でしょ」

「藤島君。そんなことしたら一生呪うから」

「このままだと、スクラッチが散り散りになりそうだよ。とにかく二人とも落ち着いてよ。それよりも天使ちゃんが大変なんだ」

「はあ……はあ……」

 天使ちゃんは宝くじ売り場に座り込んで、真っ赤な顔をして苦しそうに息を吐いていた。俊作が額に手を当てるとものすごい熱だった。

「大変だ。早く病院に連れて行かないと」

「だめなの……あたし、ほけんしょうないの……だから、いいの」

「そんなのいいから行くよ」

 俊作は強引に天使ちゃんを抱っこして連れていくことした。

「この勝負はお預けよ」

「望む所、恵梨さんこそ覚悟しておきなさい」

「いいから早く行くぞ」

 俊作達は天使ちゃんを病院に連れていった。ただの疲労からくる発熱のようで、栄養を取って休んでおけば大丈夫のようだった。大金も入りそうなので、色々と天使ちゃんが好きそうなものを買い込んで、家まで送って寝かしつけてやった。その帰り道、銀行にスクラッチを送って連絡を待つことにした。


     ◇


 その日から俊作達はそわそわして過ごすことになった。百万円が当たったので、どれほどひどい目に合うこと思ったが、それほど大きな不幸は起こらなかった。せいぜい通りがかった占い師に近い内にとんでもないことが、起こりますよという不吉な予告をこの世の終わりそうな表情でされただけだった。里奈と恵梨は会うたびに喧嘩を始めて、止めるのが大変だった。

 五日後に銀行から連絡があり、俊作と恵梨と里奈で受け取りにいった。預金を勧められたが、断固拒否した。

「本当に当たった……」

「だね……」

「意外と百万って薄い」

 銀行から出ると、俊作達は百万を当てた喜びに浸っていた。これで親父達を探しに行く軍資金になる。海外にいる親父達を探すには少し足りないが、これからの元手にはなるだろう。

「お兄、ごめん。恵梨欲しいものがあるんだ」

「お……おい。恵梨どこへ行くんだ!」

 恵梨は百万円の入っている封筒を奪うと、ものすごい速さで目の前からいなくなった。

「お前。いくら妹でも許さんぞ! 小林さんはそっちに行ってくれ。挟み撃ちしよう」

「う……うん」

 善人が悪人に変わる原因がお金だと、夏目のそうせきさんも言っていたが、まさかこんなことになるとは思わなかった。俊作と里奈はものすごい形相で恵梨を追った。


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