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第十三話「里奈の想い」

「俊ちゃん……思い出したの?」

「え?」

 お風呂から上がった里奈は驚いたような表情で俊作を見つめて、棒立ちになっていた。思い出したとはどういうことなのだろうか。俊作は必死にその意味を考えてみたが、何も思い出さなかった。それよりも里奈が俊作のことを俊ちゃんと呼んだことだ。俊作のことを俊ちゃんと呼んでいたのは、俊作の記憶の中では一人だけだった。その人を思い出そうとしたが、記憶の中に靄がかかったようになり、思い出すことができなかった。

「ねえ。応えて?」

「……」

 里奈は俊作に近寄り、懇願するように言った。その表情は今まで見たことが無いくらいに必死だった。

「思いだしたってどういうこと?」

 その言葉を聞いて、里奈ははっとした表情になったかと思うと一瞬悲しそうな顔をした。

「ううん。なんでもない。ごめんね。変なこと言って」

「小林さん。どういうことなの?」

「早く、シャワーを使ったら風邪引くよ」

 里奈はもうこちらを見ていなかった。俊作に背を向けて窓を開けて、外の雨が降っている景色を見ていた。俊作は諦めきれずに再び聞いた。

「小林さ――」

「お願い……これ以上聞かないで」

 里奈の声は心なしか震えていた。もしかしたら泣いていたのかも知れないが、俊作からはよく分からなかった。これ以上質問しても里奈から良い答えは返ってこないと思った俊作は、諦めてシャワーを借りることにした。

「分かったよ。シャワー借りるね」

「うん」

 俊作はシャワーを浴びながら考えていた。里奈がなぜあんなことを言い出したのか。

「俊ちゃんか……」

 その響きに懐かしさを覚えたが、頭の中には再び靄がかかっていた。しばらくシャワーを浴びると俊作はシャワーを止めて、里奈が用意してくれたグレーのスウェットの上下に着替えて、風呂場から出た。


     ◇


「ありがとう。シャワー貸してくれて」

「ううん。制服乾くまで少し時間がかかると思うから、テレビでも見てて」

 シャワーから戻ると、里奈は先程の宝石をじっと見つめていた。その宝石は白く輝いていた。里奈はその宝石を元の場所に戻すと、台所に向かって行った。

 俊作はやることもなかったので、座ってテレビを見ることにした。テレビでは夕方の情報番組をやっていた。レポーターが街で有名な蕎麦屋に行ってレポートをしていた。俊作はテレビを見ていたが、内容は頭に入って来なかった。先ほどの里奈の言ったことが気になって仕方がなかった。

「これ飲んで、温まるから」

 里奈は温かいコンソメのスープを持ってきてくれた。台所から自分の分を持ってくると、俊作と少し離れた所に座って、テレビを見ていた。部屋にはテレビの音と、時折通る人の話し声だけが消えてくるだけで、二人の間には何も会話が無かった。俊作も何を話せばいいのか分からなくなって無言だった。

 二十分ほどそのままの状態が続いて、里奈が乾燥機から俊作の渇いた制服を持ってきてくれたので俊作はそれに着替えて帰ることにした。

「雨も上がったようだから帰るよ」

「うん……」

「本当にどうしたんだ?」

 先ほどの話をしてから元気が無いように思えたので、俊作は質問してみた。

「なんでもない。ちょっと疲れただけ」

「……。じゃあ。帰るよ。またね」

 もっと深く聞きたい気もしたが、きっと自分が思っているような応えは返って来ないような気がしたので、質問したい気持ちをぐっと抑えて俊作は言葉を飲み込んだ。

「ばいばい」

 里奈の様子はおかしかったが、俊作にはどうしようもなかったので帰ることにした。里奈は俊作の出ていくのを玄関で手を振って見送った。俊作が出て行ってドアが閉まってからも里奈はドアに向かってしばらく手を振り続けた。

「俊ちゃんが忘れていても私は忘れないよ」

里奈は閉まったドアに向かって語りかけたが、もう俊作はいなかった。


     ◇


 次の日、俊作は自宅にて新たな決心をしていた。

「僕は決めたぞ。お金を貯めて親父を探しに行く!」

 俊作は妹の恵梨と一緒に居間でテレビを見ていたが、いきなり思いついたように立ち上がった。

「びっくりした! 急にどうしたの? お兄」

「親父を探しに行くんだよ。そのためにはお金が必要だろ」

「どうやってお金貯めるの? バイトでもするの?」

「そうだな……うーん。そうだ天使ちゃんの力を借りよう」

 俊作は思いついたように手を叩いた。

「華ちゃんのことでしょ。あんまり華ちゃんを利用するのは良くないとおもうけど」

「華ちゃんって?」

「天使ちゃんだよ。いい加減に名前覚えようよ」

 恵梨は呆れたように頬を膨らませた。

「そうだ。こうしちゃ居られない。早速行こう」

「ちょ、ちょっとお兄今から行くの? だいたい華ちゃんの家知ってるの?」

「そういえば知らないな」

 居間から出ていこうとしている所で俊作は恵梨の話を聞いて、足を止めた。

「恵梨も知らないかも、ちょっと待って去年の年賀状があったはず、待ってて」

恵梨は自分の部屋に戻っていった。しばらくすると年賀状を持ってきた。年賀状の裏には手書きのうさぎのような物体が書かれていた。そのうさぎから吹き出しが出ていて、そこには「にゃー」と書かれていた。

「あれ? 意外と近いよ。お兄。せっかくだから行ってみようよ」

 住所を見ると、俊作の家から意外と近かった。


     ◇


「住所だとこの辺りなんだけど、ここって橋だよね」

「うん。そうだね」

 俊作と恵梨は年賀状の住所だと、今立っている橋ということになるのだが、もちろん橋の上に家などあるはずがない。

「もしかして橋の下ってことないよね……あれ?」

「まさか……そんな訳ないだろ……あ」

 俊作と恵梨は橋の下を見ると、よく工事現場で見るような一階建てのプレハブの家のようなものが見えた。

「あれ……なの……かな」

「どう……だろう……ね」

 俊作達は半信半疑になりながらも橋の下まで向かった。あまり整備のされていない河原のようで丈の長い草が生い茂っていた。俊作達はその草をかき分けながら何とかそのプレハブの家まで辿り着いた。

「北川って書いて……ある」

「あるな……」

 なんとなく見てはいけないものを見てしまったような感じがして。しばらく家の前で放心していた。ガラスには紙のようなものが貼られていて、中の様子は見えなかった。

「お兄。帰る?」

「いや、いや、いや、せっかく来たんだから僕は入るぞ」

「じゃあ、お兄呼んでみてよ」

「……。恵梨頼む。友達だろ?」

「え、やだよ。恵梨、華ちゃんが貧乏だとは聞いてたけど、ここまでだとは思わなかったんだもん。お兄男でしょ。お願い」

 二人でどちらがドアを叩いて華ちゃんを呼ぶか押し問答をしていた。本当にこのプレハブの家に人が住んでいるのだろうか。俊作はまるで悪い夢でも見ているような気分だった。

「まあ、悪いことしている訳じゃないし、行くぞ。ドアを叩くぞ」

「う、うん。お願い」

 俊作は意を決し、ドアを叩いた。アルミサッシの引き戸だったので、あまり力を入れてなかったが、家全体がぐらぐらと揺れた。なぜ友達の家を尋ねただけなのにこれほど緊張しなくてはならないのだろうか。

 ドンドンとドアを叩いたが、返事は返ってこなかった。仕方が無いので、呼び方を変えることにした。

「北川さーん。集金ですー。出てきてくださいー」

 集金人を装ってドンドンとドアを叩いた。少し間があって聞き覚えのある声が帰ってきた。

「いま、おとうさんいないのー。でなおすなのー」

 今の声は間違いなく天使ちゃんだ。なんとなく対応が手馴れている感じがした。

「北川さーん。今日こそ頂きますよー。出てきてくださいー」

 再び、俊作はドアを叩いた。今度は先ほどよりも強めに叩いたのでかなり大きくグラグラと家全体が揺れた。

「ちょ、ちょっとお兄何やってるの」

「おとうさんいなからー。はらえないのー。でなおすなのー」

 家の中から天使ちゃんの声が聞こえた。何か集金の人に対する応答集のようなものでもあるのだろうか。

「こら! 北川! 出てこんかい!」

 俊作は悪ノリして、更に強めにドアをドンドンと叩いた。家が震度七クラスの地震に襲われたかのようにグラグラと揺れ、今にも崩れそうになった。

「やめてーなの。いえがくずれるのー」

「お兄……面白がってない?」

「ちょっと可哀想になってきたな。止めよう」

 本当に家が崩れてしまったら困るので、俊作はとりあえず自重することにした。

「ごめん。嘘だよー。俊作だよー。ねえー。開けてー。小銭あるよー」

「だまされないのー。しゅうきんのひとなのー。しゅんさくってだれなのー」

「がーん。僕って認識されてないの?」

「だいたいお兄。名乗ってないでしょ。たぶん華ちゃんの中ではお兄のこと小銭をくれる人くらいにしか覚えてないと思うよ。はあー。恵梨が呼ぶよ」

 恵梨は大きなため息を吐いて、ドアを静かに叩いた。

「華ちゃーん。恵梨だよー。遊びに来たよー」

「えりちゃんなのー?」

「そうだよー。開けてー」

「ちょっとまっててなのー」

 ガチャリという音がしてからガラガラとドアの音がしてドアが開いた。その中には制服姿の天使ちゃんがいた。天使ちゃんの制服以外の服装は今まで見たことがなかった。

「こんにちはなの。どうしたの」

「こんにちは。華ちゃ――」

「天使ちゃん! 大変なんだ。早く来てくれ!」

 恵梨が言い終わる前に俊作が天使ちゃんの手を掴んで、家の中から引きずりだした。

「な、なんなのなのー」

「ちょっと、お兄強引だよ」

「いいから次行くぞ」

「はなしてなのー。ひとりであるけるのー」

 俊作は天使ちゃんを引きずるようにして、連れていった。


     ◇


「ここは?」

「ここは小林さんのアパートだ。昨日様子がおかしかったし、少し気になってたし」

 俊作達は里奈の住んでいる古ぼけたアパートの前に来ていた。カンカンと音がする階段を登って里奈の部屋の前まで来た。部屋の前で呼び出しのボタンを押すと、ビーという音が鳴った。少しすると中からドアの前まで向かってくる気配がした。

「誰……」

 ドアがほんの少しだけ開いて、その中から里奈の目だけが見えた里。声も相当小さい低い声だった。アパートの廊下も少し薄暗かったので、ちょっとしたホラーのようにも見えた。休みなので完全にオフの状態なのかも知れない。ちょっと異様な光景だったので、俊作達は少し腰が引けていた。

「よ……よお、ちょっと出かけないか」

「……行かない。じゃあね」

「ちょ、ちょっと待てよ」

里奈がいきなりドアを閉めようとしたので、俊作はドアに足を引っ掛けて止めた。

「な、なにしてるの?」

「家にばかりいたら干からびるぞ。ほら、出ろよ。待ってるから」

「……分かった……待ってて」

しばらく考えていたが里奈は観念したようで、準備をするために部屋の奥へと行った。

「お待たせしました」

 里奈は前回と同じデザインのシャドーストライプのジャージ上下だった。ただ今回は前回の黒では無く紺だった。

「じゃあ行こうか」

「ねえ。お兄そもそもどこに行くの?」

「まあ着いてこいよ」

 俊作は恵梨たちにはどこに行くかは何も説明しないで、さっさと先に進んだ。


      ◇


 俊作達は里奈のアパートと俊作の家の丁度中間地点に位置しているスーパーに着いた。「ダイナマイトスーパー山田屋山田」この辺りのスーパーではかなりの大きさのスーパーで俊作たちもかなりお世話になっているスーパーである。

 俊作を抜かした他三名のここで何をするのだろうという視線は無視してどんどんとスーパーに向かっていた。俊作は隣接している宝くじ売り場の前で立ち止まった。

「宝くじだよ! これこそジャパンドリームだよ!」

 俊作は宝くじ売り場の前で馬鹿みたいに手を広げた。他のお客さんの何事かという視線に晒されていたが、俊作は気にしていなかった。

「宝くじって結果発表まで時間がかかるんじゃない?」

「甘いね。スクラッチというものがあるのさ。その場で一等百万円だぞ。どうだ!」

 俊作は宝くじ売り場の張り紙に大きく書かれた百万円という文字を誇らしげに指した。

「どうだって言われても。だいたいお兄が宝くじで当たる訳無いでしょうが」

 恵梨は呆れてため息を吐いた。不幸男と言われている俊作が宝くじで当てようなどと愚考に対して呆れ返っていた。俊作が宝くじに当たるよりも車に当たる確率が高い男が何を言っているんだと恵梨は心のなかで思っていた。

「だからここに天使ちゃんを呼んだんだよ。天使ちゃんのご利益を受ければ、不幸な僕でもきっと当てることができるはずだ。だから天使ちゃん。小銭あげるから君のツインテールをもふもふさせてくれ!」

 そう言って、俊作は両方の手をわきわきとさせて、天使ちゃんに迫った。

「藤堂くん。結局それがしたいだけじゃないの」

「こぜにのまりょくにはかてないの。どうぞなの」

「よっしゃああああ!」

 天使ちゃんのオーケーの返事を聞いて、俊作は天を突くようなガッツポーズをした。里奈はジト目で見ている。恵梨もジト目で見ている。

「な、なんだよ。これは仕方が無いことなんだよ。僕は親父を探しに行くお金を探すためにどうしてもやらなければならないんだ」

「へー。そうなんだー」

「ふーん。ふーん。ふーん」

 二人の視線は痛かったが気にしてはいられなかった。大義を成すためには多少の犠牲はやむを得ないのだ。

「よし。行くぞ」

 俊作は意を決し、天使ちゃんの髪の毛をもふもふした。

「ん……きもち……いいの」

 前にも思ったが、天使ちゃんの髪はとても触っていて気持ちがよかった。ずっと触っていたい。

「ぁ……んっ……」

「天使ちゃん、気持ちいい?」

「んっ……うん。……とってもきもち……いいの」

 俊作は我を忘れて、天使ちゃんの髪を触ることに没頭していた。天使ちゃんも俊作の手捌きにうっとりとしていた。

「ちょっと長すぎないですか。ストープ!」

 恵梨が慌てて二人を引き剥がした。

「は! さて買うか。おばちゃん。サマータイムスクラッチ一枚お願い」

「はいよ!」

 宝くじ売り場のおばちゃんに二百円を渡して僕はスクラッチを手に入れた。実を言うと人生初のスクラッチだ。俊作が買ったスクラッチは「サマータイムスクラッチ」と言って、縦三列、横三列のマスがあるスクラッチだ。スクラッチを削ると数字が出てきて、タテ・ヨコ・ナナメのどれかが揃えば、その数字に合わせた金額がもらえるというものだ。

「なんか当たるような気がしてきた」

「買った人はみんなそう思ってますよ。お兄」

「さあ。削るぞ。天使ちゃん悪いけど削るのをお願いしていいかな?」

「いいの。けずるの」

 天使ちゃんは十円玉をポケットから取り出した。ギザギザの十円玉だった。

「天使ちゃん。真ん中のマスの一番上を削ってくれ」

「りょうかいなの」

 天使ちゃんはスクラッチの銀の部分を丁寧に削った。中から段々と文字のようなものが見えてきた。

「一なの」

「一か。よし。次はその上をお願い」

「っていうか全部削っていいんだから一気に削ったら?」

「う。そうだな。天使ちゃん一気にガリガリ頼む」

 スクラッチ初心者には思いつかなかったが、確かにその通りだ。その方が手っ取り早い。天使ちゃんは一気にガリガリと全体を削り始めた。全部削り終わると天使ちゃんはそのスクラッチを俊作に手渡した。

「はいなの」

「おおぉ!」

「当たったの?」

 俊作は思わず、スクラッチの結果を見て、思わず声をあげてしまった。果たしてスクラッチの数は何の文字を出しているのだろうか。


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