第十二話「宝石」
「……親父だ」
俊作はしばらくテレビの前で放心していた。死んだはずの親父が生きていたからだ。本当に親父かどうか決まった訳では無いが、俊作は探しに行きたかった。
「恵梨……僕は親父を探しに行きたい」
「行くってどうやって? お金は?」
「お金はないな」
「それに今どこにいるのかも分からないんだよ。どうやって探すの?」
「まあ、そうだよな」
結局、その日は親父をどうするか結論が出なかった。俊作はもやもやとした気持ちを抱えたまま就寝した。
◇
ジリリリリ、リリリリ……ドカーン。
次の日、俊作はめざまし時計の爆発音で目が覚めた。若干、髪の毛とシーツが焦げていたので、最悪の目覚めだった。
「なんで目覚ましが爆発するんだ……」
「お兄大変だよ!」
「なんだよ。朝から」
「昨日炊飯器でタイマーセットしたらね」
「玄米にでもなってたのかよ」
「ううん。ご飯がパンになってたのよ」
「はあー。確かにそういう炊飯器もあるけど、うちのは違うだろ」
「いいから早く来て」
居間に降りると確かに炊飯器の中はパンになっていた。昨日までは普通にご飯が炊けていたのだが、いつの間にうちの炊飯器はパンを作る炊飯器にクラスチャンジしたのだろうか。
「まあ、パンでもいいや。朝ごはんにしよう」
「うん。そうだね」
もう十数年も不幸と付き合っているので、これくらいのトラブルなどで動揺などしていられなかった。
ピピピピピピ。
「お兄。携帯うるさいよ」
「うん? 僕?」
「その着信音はお兄でしょう」
「あ、あれ」
携帯の画面を開いてみたが、着信している様子は無かった。いつもの鳥取砂丘の待ち受け画面が映っていた。それなのに着信音が鳴り止まない。壊れたのかも知らないと思い、俊作は電源を切ろうとした。
「ん……電源切れないぞ」
ピピピピピピピ。
「うるさい! お兄、早く止めて」
「そ、そんなこと言っても、電源が切れないんだよ」
段々と音も大きくなって、とても我慢できなくなって俊作は壁に携帯を叩きつけた。俊作の携帯は最後の断末魔の叫びをあげながら、次第に音が小さくなり、沈黙した。
「はあ。はあ。なんなんだ」
「きゃあああ。お兄大変!」
「今度は何ですか?」
「スープをチンしたら、凍っちゃったよ」
「嘘をつけ。そんなとんでも機能付いてるわけがないだろうが」
「ほんとだよ。いいから来てよ」
恵梨に手を引っ張られて、電子レンジの中を見てみると、確かにコンソメスープが凍っていた。さすがにまだフリーズドライ機能付き電子レンジは開発されて、いなかったはずだが、我が家では実装されていた。俊作が感心していると恵梨が突然怒り出した。
「恵梨もう嫌だ。他の家の子になる」
「おい! 恵梨待て!」
恵梨は俊作が止めるのをさらりと交わして荷物をまとめて出ていった。なんとなく恵梨が2日に一回は家出しているような気がした。俊作はどうせ飽きたらまた戻ってくるだろうと思って、炊飯器で作ったパンにジャムを塗って、フリーズドライしたスープを齧った。
◇
今日は里奈も天使ちゃんも家に来なかったので、俊作は仕方が無いので一人で学校へと行くことになった。今日は何が起きるかびくびくしながら学校に向かったが、意外と何も無かったので拍子抜けした。
安心して、学校のちょっと前にある自販機でカムカムレモン味のジュースを買おうとした。
「あれ、財布が無い」
カバンの中も探ってみたが、やはり財布は入ってなかった。どうやらどこかに落としたらしい。
「今日の昼飯代が入ってたのに……」
俊作は財布を落としたショックでかなりテンションが落ちたが、学校には行かなくてならないので先を進んだ。校門から校舎に入った先で、浮遊感があった。
「え、ええええええええええええええええ!」
気づいたら、俊作は大きな穴にハマっていた。下にマットが敷いていあったので大事には至らなかったが精神的に痛い。
「ハハハハハハ」
「誰だ!」
「我々は落とし穴同好会だ。落とし穴を極めるために活動している。さあ。見事コンプリートして見せてくれ。ではな。ハハハハハ」
謎の落とし穴同好会の連中はそう言って、俊作を助けずにどこかに言ってしまった。いつからこの学校にはそんな奇妙な部活ができたのだろうか。
「藤堂君。何してるんですか?」
意外と深かったので一人で出れそうに無いので困っている所に、里奈が穴の上から顔を出してきた。
「何ってこの穴に住んでいるように見える?」
「見えないけど。助けなくてもいいんですね」
里奈はそう言って穴から立ち去ろうとした。
「助けてください。里奈様」
「最初からそう言ってください」
「大丈夫?」
穴の上から里奈が手を差し出してくれた。俊作は里奈の柔らかい手を握って何とか穴の外に脱出することができた。
「助かったよ。ありがとう」
「朝から大変ですね」
「まあ慣れてますよ」
◇
「生徒会長だ!」
里奈と一緒に教室に向かっていると、周りがざわついていた。
「自分たち。おはようさん」
制服にタイガース帽の生徒会長の神崎翔が小銭を巻きながら、歩いてきた。神崎翔は神崎グループの御曹司で、さまるとりあ市の全てを掌握している。生まれてきた瞬間に金持ちで周りの人間からは、俊作の不幸男の対極の人間として幸福男と呼ばれていた。
「可哀想な貧乏たれ人の方々、ひらってほしいんやけど」
小銭がパラパラと地面に散らばっていた。天使ちゃんがいたら間違いなく、嬉々として拾うだろうと思ったが、天使ちゃんはいなかった。じっとその姿を見つめている俊作と生徒会長の視線が重なった。一瞬ちらりと見たが、やがて興味を無くしたようで生徒会長は俊作達の前を通り過ぎていった。
「生徒会長、なんて羨ましいんだ。僕もああいった風に生まれたかったよ」
「そうね……」
俊作は先を進もうとしたら、急に地面が無くなる印象を受けた。その瞬間俊作は地面に吸い込まれた。
「藤堂君!」
「……」
簡単に説明すると、再び俊作は落とし穴にハマっていた。俊作はこれが僕と生徒会長の差かと思い、泣きそうになっていた。
「一人で出れない……よね?」
「お願いします……」
俊作は再び、落とし穴から里奈に引き上げてもらって何とか学校まで向かった。
◇
「北川さんはお休みですよ」
「北川さん?」
「天使ちゃんのことですよ。藤堂君」
「ああ。そうか」
俊作はやはり天使ちゃんがいないと不幸が連続するので、ご利益にあやかろうと天使ちゃんの教室に訪れていた。教室の中にはいないようだったので、近くのクラスメイトの女の子に聞いていた所だ。だが、どうやら休みのようだった。
「なんでお休みなの?」
「風邪のようですよ」
「僕、今日どうなるんだよ。ねえクラスメイトの女の子Aさん」
今日はいつもよりも不幸が多かったので、ちょっと焦ってしまい、俊作は天使ちゃんのクラスメイトの肩を掴んで揺さぶっていた。
「私は知りませんよ。ちょっと放してください」
「痛!」
俊作は天使ちゃんのクラスメイトにビンタを食らい、床に尻餅を付いていた。里奈に助けを求めようとしたら、里奈はいつの間にか遠く方まで歩いていた。
その後、俊作は一日中、学校中の落とし穴にハマりまくった。学校のリノリウムの床に落とし穴を作る謎の技術に驚嘆していたのは、さておいて俊作は放課後になるころには心身ともにぼろぼろになっていた。
(天使ちゃん。早く風邪治ってくれ、僕はこのままでは死んでしまう)
◇
放課後、雨が降っていた。朝のごたごたで俊作は、天気予報をチェックしていなかったので傘は持ってきていなかった。
「入っていく?」
「いいかな?」
「いいよ。途中までだけどね」
お陰さまで、期せずして里奈と相合い傘にて帰ることになった。俊作は密着状態に緊張していた。
「……」
「……」
里奈も緊張しているようで無言だったが、嫌な感じは全くなかった。
「グルルルルル……」
校門から出たところで、狂犬病にかかったようなヨダレを垂らした犬が鎮座していた。俊作達は嫌な予感を感じながらもうまくやりすごそうと、静かにその犬を通り過ぎた。
「よかった……」
「いつも、いつも犬に追いかけられる訳がないよな」
「グルルルルルル……ウー!!」
先ほどから唸っているので、振り返ってみると犬がこちらにものすごいスピードで駆けてきた。
「やっぱりかー!!」
俊作と里奈は犬から逃げるために傘を閉じて、走った。雨がざんざんと降り注いでいるので、俊作達はずぶ濡れになったが、気にしてはいられなかった。
◇
「はあ、はあ、はあ、疲れた」
「な、なんとか巻けたね」
俊作達は必死に逃げて、咄嗟に軒先に入ってやり過ごした。だだ、雨の中走ったので、俊作と里奈はかなりずぶ濡れになっていた。里奈の制服が濡れて、肌にぴったりと付いてスタイルが強調されているので、俊作は目のやり場に困っていた。
「ねえ。藤堂君。ここからだと私に家が近いから来ない?」
「え? いいの」
「そのままだと風邪引くよ。すぐ近くだから」
「じゃあ。おじゃましようかな」
「うん。私に着いてきて」
俊作はこんな機会はめったに無いだろうと思って、遠慮せずにご厄介になることにした。里奈のスケスケの制服を見つめながら、十分程歩いた。
里奈の家は古ぼけたアパートだった。やたらとうるさい音がする階段を上がって、二階まで上がった。
「ちょっと待っててね」
そう言うと里奈は慌てた様子で部屋の中へと入っていった。俊作はわくわくしながら、待っていた。しばらくするとドアが開いた。
「入っていいよ」
「おじゃまします」
部屋は1DKでそれほど広くはなかった。噂では一人で住んでいるという話なので、一人で住むには十分な広さだと思った。居室は余計なものは何もない部屋で女の子の部屋とは思えないほど質素だった。ただやたらとでかいぱっちりした目の三本足のヤタガラス君の人形があった。
「シャワー使っていいよ」
「お先にどうぞいや、ここは先にシャワー浴びろよ」
俊作はレディーファーストでは無いが、ここは男気を見せてみた。
「ふふ、分かった。お先するね。このタオル使ってね」
なぜか里奈には笑われたが、里奈が先にシャワーを使うことになった。俊作は里奈から借りたヤタガラス君の柄のバスタオルで髪の毛などを拭いた。だいたい拭き終わると、部屋に座って、暇なので周りを見回した。
そこで部屋に大事に飾ってある宝石を見つけた。それほど大きな宝石ではなかったが、不自然に半分欠けていた。俊作は妙に心引かれて手にとって見た。光に透かすとその宝石は不気味に赤く光った。
「これどこかでみたことが……」
「俊ちゃん……思い出したの?」
「え?」
いつの間にか背後にいた里奈が驚いたような目でこちらを見つめていた。