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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

黄昏の君へ

作者:

大げさかもしれませんが血などの残虐・グロテクスな表現があります。ダメな方は読むのはやめてください。

夕暮れの光景は見ているとなんだかもの悲しくなる。


「おい。セリア」


キンッと金属がかみあう音と共に不機嫌そうな相棒の声が聞こえてきてセリアは軽く目を瞬かせた。


「アレ?コータロウ」


「『アレ?コータロウ』じゃない。のん気に物思いにふけっている場合か」


いつも以上に眉間に皺を寄せ、セリアに説教しながらコータロウは先ほど受け止めた「敵」の鋭くとがった刃の生えた腕を軽く横になぎ払うとそのまま懐に入り込み体勢を崩した「敵」の胴を剣で斬り付ける。「敵」が赤い血を撒き散らしながら崩れ落ちていくのをセリアはボンヤリと見つめる。


そんな彼女に相棒の眉間の皺が更に深くなっていく。


「セリア」


「うん?ゴメン。ちょっと考えごとしてた」


コータロウの咎めに肩を竦めながら背後から襲い掛かってくる「敵」の心臓に手にしていた刀を深く突き刺す。

動かなくなった「敵」を蹴って刀を抜くと同時に襲い掛かってきた三体の「敵」の首を一息ではね飛ばした。


「仕事中に考えごとはいけないよね?減給されちゃう」


「普通は減給以前に考え事などしている暇などないだろう」


「あはは。普通なら、ねっ!」


軽口を叩き合っていた二人がはかったように同じタイミングで「敵」の群れに切り込む。

数の上では圧倒的に不利。だがこの場の誰よりも優位に立っているのは間違いなくセリアとコータロウであった。


夕日に照らされた刃が赤い光を反射させるたびに血飛沫が上がる。彼らの纏う黒い衣服も合わさってまるで命を刈る死神のようにも見えた。


「最後、っと。お仕事終了っと」


血の臭いと死の気配に満ちた廃ビルの中に妙にそぐわないセリアの明るい声が響くと同時に吹き出した真っ赤な血が更に床を朱色に染め上げた。


返り血すら浴びていない彼らが屠った「敵」は実に20体以上。

それら全てを刀を持った華奢な少女と同じく無骨な大剣を携える優男が殺し尽くしたと信じるものはいないだろう。


だが、二人は当たり前のようにそれを実行し、そして傷はおろか返り血すら浴びることなくそこに立っていた。


ブンと刀に付いた血をふるい落とすとセリアは手の中の刀を消した。

微かにその姿がぶれたと思うと彼女の手の中にあった刀は幻のように姿を消してしまう。有り得ない光景にだけど動揺を示すものはいない。


切り殺した「敵」を検分していたコータロウも同じように大剣を消し、冷めた目で何かを探している。

そんな彼に近寄るとセリアはチョコンと隣にしゃがみ込んでまじまじと己が殺した「敵」を見る。


「ある?」


「………今、探している」


見ればわかることを聞くなと叱り付けられセリアは「ぷう」と頬を膨らませるがコータロウは無視して「敵」を視る。


「この程度じゃ碌なのないよ?」


「うるさい」


「ハイハイ。黙りますよーだ」


べっと舌を出して子供じみた反応をするセリアにコータロウは重いため息をつく。が、不意に表情を改め、「敵」の死体に意識を戻す。

変わった空気にセリアも気づいたのかそっぽを向いていた顔をコータロウに向ける。


視線の先には物言わない「敵」の屍。


全体的な印象は人の形をしてはいるが明らかに人にはない突起物や関節があり、体の一部は刃と化している箇所すらある。顔と思しき部位は化け物のように醜悪である。

その「敵」にコータロウは手を伸ばした。


「セリア」


「う~ん?」


「向こうを向いていろ」


「何、それ?いまさらだよ。生まれた時からそんなもの見慣れているから平気だよ?むしろ見るなっていうコータロウがヘン」


強がりでなく本当に不思議そうな顔をされてコータロウは一瞬、眉間の皺を深くしたが言っても聞かないと悟ったのか次の行動に移った。


コータロウの手が迷いなく「敵」の死体の………ちょうど心臓の辺りを貫く。ぐちゃりと肉が立てる音と共に穴からどす黒い血が溢れる。

それにかまわずコータロウは何かを探すように手を動かし、その度に肉が引き裂かれる嫌な音が響いた。かなり気色の悪い光景だが行っているコータロウも見ているセリアも顔色ひとつ変えない。


しばらく何かを探っていたコータロウの腕がようやく引き抜かれる。

血と肉にまみれた彼の腕が握っていたのは子供の握りこぶし大の赤く輝く石だった。


「へぇ、マシなのあったね」


「壊すなよ?」


「壊さないよ」


セリアにコータロウは石を押し付ける。


「さっさと『食べろ』」


「えー。順番でいったらコータロウのほうが先でしょうが」


「お前の方が消費量でいったら上だ。いいから『食べろ』」


「むう……」


ぶつぶつと不満そうにしながらも受け取った石を自分の左胸に当てる。


「―――――っ………」


石が淡く発行したかと思うとグニャリと形をなくしまるで染み込むかのようにセリアの体へと取り込まれていく。軽い衝撃を感じたのかセリアは完全に石が消えた後もしばらく浅い息を繰り返していた。


「うう~毎度毎度のことながら気持ちよくない『食事』だよね。コレ」


「仕方がないだろう。「感染者」である俺達は「賢者の石」でしか生命を維持できないのだからな」


「共食いするしか生きる術がないんだよね」


ポツリと零された言葉にコータロウは黙って少女の頭を抱き寄せる。


「いつまで、続くのかな」


答えは知っている。


死ぬか喰われるか。終わりが来るまで続く。


そして、その終わりはまだ、見えずにいた。



今から百年ほど前、未知のウィルスが人類に牙を向いた。


000(スリーゼロ)と名づけられることになるそのウィルスは感染した人間の細胞を変異させ、理性をなくし化け物のような姿に堕した。


感染源・ワクチンともに不明。感染した場合ほぼ半日の間に発症し、人としての理性は全て消え、ただ化け物となる。


発症し、異形と化した「感染者」は他の「感染者」の体内で作られる「賢者の石」と呼ばれる石のような器官を定期的に摂取しなければ身体の維持が難しくそれゆえに共食いであるが餓えを凌ぐ為か人間も襲い喰らう例がいくつも報告されている。


感染すればほぼ百パーセントの確率で異形化する「感染者」であるが希に人の理性と姿を保つことに成功した人間がいる。彼らは「適合者」と呼ばれ、例外なく人智を超えた力と身体能力を有しており、己の力を具現化し、武器にする能力を有している。


なぜ、彼らが人の姿を残したまま特異な力を得ることができたのか・・・それはいまだ、わかってはいない。


「相変わらず容赦のない殺し方をするねぇ」


任務終了の連絡を受けて後始末に現れた男はビル内の惨状にヤレヤレと首を振ってそう評した。


「後始末をするおれ等のことも考えてくれよ」


そう言ってスーツのポケットから取り出した棒つきキャンディを咥えた。


「三上さん三上さん。ここでキャンディーを食べられる段階で十分三上さんも私達よりだと思うけど?」


「あっはは。嫌だなぁ~~。君ら「適合者」と違っておれ、無力な人間だよ~~~?」


わざとらしく笑いながら三上はポケットから取り出したキャンディーをセリアに差し出してくる。

ぱっとセリアの顔が輝いた。


「わぁ~~い!くれるの?ありがとう!」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


さっそく受け取って口に放り込むセリアとは反対にコータロウは苦い顔で三上を睨み付けるだけで差し出されたキャンディーは受け取らない。


「おやおや。相変わらずコータロウ君はつれないねぇ~~~。セリアちゃんはこんなに素直なのに」


「う~ん?にやに?」


「いやいや。コータロウ君が素直におれへの好意をあらわしてくれなくて」


「こう上なく素直にあらわしていると思うが?」


敵意だとか気に喰わなさとか嫌いだとかいう気持ちを隠そうとしたことなどただの一度としてない。

そう言い切るコータロウを三上はニヤニヤと嫌な笑みで笑い飛ばす。


「あはは~~。本当に素直じゅないなぁ~~~」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


射殺さんばかりに睨まれているというのに三上はどこ吹く風と全然堪えた様子がない。確実に神経が図太い男だ。


「まぁ、ここの後片付けはおれらに任せて君らはもう本部に帰っていいよ~~」


チラリと周囲にいる自分の部下を見るとヒラヒラと手を振る。

指示に戻った三上を見送ることもなくコータロウはまたしてもボンヤリと夕日を見ていたセリアの腕を掴んで歩き出した。


「何するんだぁ!」と少女の怒声が盛大に響き続いてドカバギという何かを殴ったり蹴ったりする鈍い音が響いたがやがてそれらも消え、完全に彼らが立ち去ったと誰もが確信した途端、場の空気が一気に緩む。

はぁ~と三上と数人のベテランを除く全員が一斉に安堵のため息をついた。


そんな部下のあからさま態度に三上は苦笑いを浮かべると近くで青ざめている新人の肩を叩いてやる。


「三上さん……」


血の気を完全に失った新人はガタガタと震える身体を隠そうともせずに二人の消えた方向を食い入るように見つめていた。


「あれは、何ですか?」


人の姿をしたかつて人だったもの・・・・・ウィルスにより変異し、人ではなくなったもの。


知識としては知っていた。だが、実際に彼らを目の前にして感じたあの、圧倒的な恐怖は何だ?


「あんな…あんなのは…」


「まぁ、戦闘直後のあれらが怖いのはわかる。普段は上手く隠している異質さがもろに出ちまっているからなぁ~」


叫んで逃げ出したり気絶しなかった辺りこの新人はマシな方だ。


彼らとて馬鹿ではない。普段は綺麗に己の異質さを隠している。よほど勘の鋭い人間でない限り恐怖や違和感は覚えないだろう。


だが、戦った直後の彼らはただただ異質で人間に恐怖を感じさせる存在なのだ。


ヤレヤレとため息をつく三上の隣で新人がポツリと震える唇で呟いた。


「あの子………男の方も怖いけど……あの、女の子」


何か思い出したのかブルリと一際大きく肩を震わせながら新人は二の腕を擦った。


三上は棒つきキャンディーを咥えたまま少々意外な気持ちで新人を見て、はぁ~とため息をはく。


「お前この仕事、向いているな。その直感、鈍らせるなよ」


「え……?」


「ドンビシャ。コータロウの奴よりセリアの方がずっと異質で怖いよ」


もの言いたげに見つめてくる新人に三上はにやりと笑い、答えた。


「コータロウは人から「化け物」になったがセリアは「生まれた時」から化け物だった。人として生きた下地のある奴と生まれた時から異質であり続けた奴。どっちがより怖いかなんて説明されなくともわかるだろ?」


「生まれた時から、とは?」


「セリアは現在生きている唯一の000の胎内感染者だよ」


生まれ落ちるその瞬間から「化け物」であることを強いられた少女。


000感染者を殺し、喰らうことでしか生きる術も居場所も手に入れることのできない三上から見れば哀れな虜囚。


外見は十五、六歳だがセリアは生まれてまだ十年しかたっていない。生まれたその瞬間から四産程度まで急激に成長し、知能はそれ以上のスピードで伸びた。


人の姿と人に近い心。だけど彼女は決して「人」ではない。


隣で絶句してしまった新人を仕事に戻した三上のもとに長い付き合いの同僚がやってくる。


「さて、おれもお仕事に戻りますかね」


000もその感染者の末路も全て隠匿されるべき事柄。一般の人間には詳細は一切知らされない。


000の感染者を始末するのがコータロウやセリアのような「適合者」の役目。その後始末と隠匿は自分達のような裏の人間の仕事だ。


「日が暮れるな」


赤に彩られた世界が消え、黒が支配する世界がくる。



セリアは母を知らない。父も知らない。


『家族』というものを何も知らない彼女は000に感染した母の命を喰らってこの世に生れ落ちたたった一体だけの真性の「化け物」であった。


自分という「もの」が異質なことも「人」から恐怖される存在であることもセリアは正確に理解していた。


寂しさも悲しさもない。ただ、考える。


自分が生まれ、そして生きていくその理由を。


「セリア」


名を呼ばれ振り向いたその先にはたった一人の相棒であり生まれた時から傍にいる半分だけ同類の青年が不機嫌そうにセリアを待っていた。


「コータロウ」


「行くぞ」


何のためらいもなく差し出される手。その手にしっかりと己の手を重ねる。


大きくて暖かいその手はいつか、自分か彼が食われるか死ぬかするまできっと傍にあり続ける。


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